未来を乗せて
アルベルトは次の攻撃の準備を始める。
「 ガーゴイルが再生すれば、次は魔力使いに攻撃をして貰う。 マシュー前に出てくれ! 」
魔力の中で強い攻撃性のある魔力は、炎の魔力と雷の魔力だ。
マシューの炎の魔力がどれ程の威力があるのかを、アルベルトは把握したかった。
自分の魔力は……
聖なる矢を作り出さなければならない事から、出来るだけ使いたくは無い。
不安気に自分の手を見ながら立ち尽くしているマシュー。
あんな恐ろしい魔獣の前に立つのだから無理もない。
皇都で暮らしている限りは魔獣と遭遇する事は無いのだから。
魔力使いは人を攻撃する事をタブーとされている。
勿論、マシューは誰かを攻撃した事なんか無い。
水や光の魔力使いは重宝されるが……
攻撃性の強い炎の魔力使いは敬遠されがちだ。
ともすれば怖がられてしまう事から、自分が炎の魔力使いだと言う事は秘密裏にしている。
火災が起これば一番先に疑われるからで。
それでも用心の為に……
何時も誰かと一緒にいる様に心掛けているのだった。
しかし……
魔力使いの生き辛さは何も炎の魔力使いに限った事だけでは無い。
普通の人とは違う生き物。
それは……
常に好奇の目の対象だった。
アルベルト皇太子殿下が……
雷の魔力使いだと発表されるまでは。
皇子が魔力使いだと言う事で、人々の魔力使いを見る目が変わり何時の間にか好意的に見られる様になっていた。
そして……
何時の間にか虎の穴にやって来ていた薬学研究員の可愛らしい小さな少女が……
キラキラと瞳を輝かせながら、「 魔力使いが魔力を放出する所が格好良い 」と、キャアキャアと言ってくれる事が何よりも嬉しい事だった。
ルーピンがマシューに魔力の放出をする技を伝授している。
虎の穴の所長であるルーピンは水の魔力使いだ。
「 両手を上げて弧を描く様に手を動かせば、大量の魔力を放出出来るぞ 」
ルーピンは今や消防団の所長も兼ねている。
火事場では大量の魔力を1度に放出した方が効率が良いのだから。
1度に大量の魔力を放出した事が無いマシューは真剣だ。
勿論、ここにはドラゴンの血から作った回復薬のポーションも大量に持って来ている。
流行り病の回復薬として作ったポーションが……
こんな所で活躍をするのだった。
「 私は何時もこのポーションを飲みながら大量の魔力を放出しているのだよ 」
ルーピンがポーションの入った瓶をユラユラと揺らして大事そうに持っている。
「 ルーピン所長! ポーションは限りがあるんですからね! 加減して飲んで欲しいですわ! 」
虎の穴の薬学研究員のレティが口を尖らす。
ルーピンは薬学研究室からポーションを持ち出しては、毎回薬学研究員の皆と揉めているのだった。
「 君が一緒に来れば問題が無いのに…… 」
レティの手を握ろうとするルーピンに……
アルベルトが雷の魔力を落とした。
「 うわっ!? 殿下ぁーっ! 魔力で人を攻撃するのは禁止されてるんですよ! 」
毎回毎回と、痺れた手をブンブンと振るルーピンにアルベルトは素知らぬ顔をする。
「 お前がレティを触ろうとするからだ! 」
レティが魔力を供給するヒーラーだと言う事は、アルベルトとルーピンと皇帝陛下とルーカスしか知らない。
その上……
魔力を吸収する力もあるなんて事はアルベルトだけが知る事で、レティ本人ですら知らない事である。
レティが魔力使いの操り師だと世に知られる事になれば、他国の政府機関だけでなく、世界中のあらゆる悪の組織からレティが強奪されるかも知れないからで。
兵器にもなる魔力使いの魔力を、自由自在に操れる能力など、必要の無いものだとアルベルトは思っているのだった。
「 俺のレティは……俺だけの操り師であれば良い 」
アルベルトはそう言って独り言ちた。
ドラゴンなんかには滅多に遭遇しないのだから、いざと言う時以外は肉を食べて回復をしろと、ルーピンにギャアギャア言うレティを見つめながら。
***
矢が効果絶大な事が判明した。
ガーゴイルは、命中した1矢で地面に落ちたのだから。
「 アル! ガ……ガーゴイルが……動いた! 」
レオナルドが地面に落ちているガーゴイルを指差しながら叫んだ。
何時も飄々としている彼がこんな大きな声で叫ぶのは珍しい。
戦場は誰もが興奮状態になるもので。
弓騎兵達も焦りを隠せない程に動揺した。
つい先程、自分達が倒した奴なのだから。
グレイも……
動き出したガーゴイルを、唇を噛み締めて悔しそうな顔をして見つめている。
部下達と命懸けで戦ったのにと。
「 やはり死んでいなかったか…… 」
「 やっぱり…… 」
レティとアルベルトは顔を見合わせた。
血が吹き出る程に矢を射続けた3度目の人生での事を、レティは思い起こす。
射ても射てもガーゴイルの数が減らなかった訳だ。
死なないのだから。
「 問題無い! 想定内だ。次の検証に移る 」
主君の落ち着いた声、迷いの無い言葉は動揺した皆を冷静にさせる。
復活を遂げた3匹のガーゴイルは再び上空に舞い上がった。
そのまま空中を旋回している。
まるで人間を嘲笑うかの様に。
「 マシュー! 今からガーゴイルを攻撃してくれ 」
「 はい! 」
マシューが魔力使い達の方を見れる。
皆は手を片手を上に上げて魔力を放出する態勢に入っている。
何かあったら自分達も加勢しようと。
どれだけの力になるのかは分からないが。
騎士の方を見れば……
弓矢をガーゴイルの方に向けて何時でも弓を引ける準備をしていた。
皇太子殿下はうんと頷いてくれた。
公爵令嬢を見れば……
魔力の放出する所を見たくて目をキラキラと輝かせている。
ならば……
この可愛らしい小さな少女の期待に答えよう!
マシューはルーピンに伝授された様に両手にありったけの魔力を込める。
黒のローブが翻り……
赤い炎がメラメラと手の回りで燃える。
頭の上で弧を描く様に両手を広げると……
赤い炎が凄い勢いでゴーーっと言う音と共に飛んで行く。
ガガガギギーィィーーン
3匹のガーゴイルが叫び声と共に一瞬にして炎に包まれた。
そして……
炎に包まれたままガーゴイルはバラバラと地面に落ちた。
一度に3匹。
何と言うパワー。
魔力使いが兵器として戦場に連れて行かれる訳だ。
皆は魔力使いの桁違いの能力に度肝を抜かれた。
炎の魔力使いに攻撃された事のあるレティは青ざめていた。
さっきまでのテンションが嘘の様に。
もし……
この炎が自分に当たっていたのなら一瞬にして灰になっていただろう。
ずっと疑問に残る事件だった。
炎の魔力使いは何故大シャンデリアを落とそうとしたのか……
そこには主君であるアリアドネ王女がいたと言うのに。
自らを炎で燃やし……
死んでいった彼女に何も聞く事は出来なかったが。
考え込んでいたレティはふと視線を感じた。
その視線の先を見ればそこにグレイがいた。
大丈夫かと気遣ってくれているのだ。
もし……
あの時あの場所にグレイがいなかったら、レティは死んでいたか或いは凄い火傷を負っていただろう。
グレイは今でも腕に火傷の跡が残っている筈だ。
レティは大丈夫だと親指を立てれば……
グレイは安心した様に破顔した。
グレイ班長の懐かしい顔だわ。
グレイの笑顔にレティは胸がキュンとした。
何時もはキリリと男らしい顔付きなのに……
笑うと優しい顔になるのだった。
今はグレイはレティの前では騎士然としていて、何時も敬語で話す。
立場上当たり前の事だが。
それが寂しいレティだった。
レティがイザベラを見れば……
マシューの側に駆け寄って抱き付いていた。
「 よし! 」
マシューよくやったと、レティはガッツポーズをした。
歓喜の声を上げて喜ぶ皆とは違う意味でのガッツポーズだ。
***
次は……
アルベルトとレティの番だ。
雷風の矢をレティのオリハルコンの弓で射る時に、アルベルトが聖剣から雷の魔力をオリハルコンに放出して、雷風の矢に融合させるのだ。
これはかなりのタイミングを必要とするが、実際に練習したのは軍事式典でのデモンストレーションの1度だけだった。
矢に刺さって落ちたガーゴイルよりも……
炎の魔力で焼かれたガーゴイルの再生は遅く、アルベルトはマシューの炎の魔力のパワーに満足した。
これならかなりの時間稼ぎが出来る。
しかし……
何度も攻撃された事でガーゴイルは怒り狂い、狂暴さを増していた。
グレイ達弓騎兵が一斉に弓矢を構える。
31名の新米弓兵達も。
「 レティ……次は俺らの番だよ 」
「 はぁい 」
殿下……
甘いです。
弓矢を構えている騎士達が、先程までと声のトーンの違うアルベルトに思わず顔が緩んでしまう。
レティと接する時のアルベルトは限りなく甘い。
どんな時でも。
そして……
レティの可愛らしい気の抜けた返事に、恐怖と緊張でガチガチだった皆の心が和むのだっだ。
「 準備は良いか? 」
レティは背中に背負ったオハルと、矢筒に入った雷風の矢を手に持つと、アルベルトを見つめてコクリと頷いた。
「 行くぞ! 」
「 はい 」
レティがオハルを構えた。
雷風の矢はかなりの飛距離が出る。
ガーゴイルがギャアギャアと喚いている場所まではかなり離れてはいるが……
ここから矢を射ても十分に到達する距離だ。
アルベルトは聖剣を抜いた。
抜かれた聖剣は黄金色に輝いた。
皆からどよめきが起こる。
雷風の矢が聖なる矢にならなければ……
この戦いの行方がどうなるかは、最早誰にも分からない。
ただ……
絶望的になる事だけは予測出来る。
弓矢を射ても……
魔力を以ってしても……
魔獣ガーゴイルは絶命しなかったのだから。
レティがオリハルコンの弓で雷風の矢を射ると同時に、アルベルトがオリハルコンの弓に向かって雷の魔力を聖剣から放出した。
放たれた矢は……
黄金に輝きながら……
ガーゴイルに向かって飛んで行く。
聖なる矢になってくれ!!
皆の願いを込めて。