魔獣ガーゴイル出現
朝、準備を終えて一行は宿を出立した。
林を抜けると目の前に広い平地が現れた。
ここがレティの3度目の人生で、魔獣ガーゴイルと戦った場所だ
広い平地のずっと奥には深い森がある。
あの日……
その森からガーゴイルの大群が一斉に飛び上がり、空が暗くなる程の大群がレティ達の元に押し寄せて来た。
弓騎兵部隊班長グレイを先頭に、その後ろに9名の弓騎兵達が並んだ。
皇太子殿下の「 討伐開始! 」の指令で、僅か10騎の弓騎兵達が何百ものガーゴイルに向かって馬を蹴って駆けて行く。
ガーゴイルに矢が届くギリギリの距離まで近付いて行き、そこで矢を射ってガーゴイルを仕留める。
矢が命中したガーゴイルは面白い程にバラバラと地面に落ちた。
背後から歓声が上がる。
後ろには……
駆け付けて来ていた国境警備隊の弓兵30名と、剣を抜いた騎士達が皇太子殿下を守っていたのだった。
それがレティが見た3度目の人生での戦闘開始の光景だ。
ショコラに乗ったレティは……
5年前の……
今生が始まる前の風景を思い出していた。
そこにグレイがやって来た。
「 リティエラ様……あの森は以前私達が入った森ですよね? 」
グレイにとってのこの場所での思い出は、ガーゴイルに矢を射っていた事では無くて……
森に入ったレティを追って来た事なのである。
あの時の私の事を知らないグレイ班長がここにいる。
改めてその事に直面すると鼻の奥がツーンと痛くなった。
ループをする事で何よりも辛い事は……
皆がレティとの関わりを全く覚えていない事だった。
「 そうみたい。ここが魔獣の出没地帯だなんて知らなかったわ 」
本当の事を言えないレティは、あの日は珍しい薬草を探しに森に行った事にしていた。
あの日は……
ガーゴイルが出没した森に行こうと、1人で出掛けるレティを見掛けたグレイが、レティを追い掛けてあの森に入り、足を怪我したレティをおんぶして森から連れ出してくれたのだ。
グレイは……
あの森の中での出来事に思いを馳せていた。
レティをおんぶした時の優しい香り。
首に回された白くて細い腕。
耳元で優しく笑う声。
背中に伝わる暖かな体温。
激しく鳴る自分の胸の鼓動。
それは……
もう2度とある事の無い淡い疼きなのであった。
レティの3度の人生では……
アルベルトがイニエスタ王国のアリアドネ王女と結婚する運命だったならば……
レティとグレイも結婚する運命だった。
父親であるルーカスが進めていたレティの縁談の相手がグレイだったのだから。
当然ながら今生でもそうだったのだ。
アルベルトが……
レティとあの運命の出会いを果たすまでは。
そんな偶然ってあるのか?
グレイもまた、レティの数々の偶然を不思議に思っていた。
レティだけでは無い。
アルベルトの完璧なまでの準備の良さにも。
まるで……
これから起こることを前もって知っているかの様だ。
そして……
その危険な場所にアルベルトが最愛のレティを連れて行く事も理解出来なかった。
流行り病の時だけは流石に違ったが。
本来ならば……
半年後の御成婚に備えて……
皇宮に閉じ込めて宝物の様にしたい筈だ。
そんな2人の会話をアルベルトは聞いていた。
グレイが怪しんでいる。
あの頃は俺もレティの嘘に苦しんでいた。
レティがあの日……
独りでここに来た理由も今なら分かる。
今、レティは……
以前に俺に向けていた辛そうな顔をして……
グレイに嘘を吐いている。
レティ……
吐かなければならない君の嘘をここで終わらせるぞ!
オリハルコンの矢がここにある事も必然的なんだ。
聖女がいない今……
君がミレニアム公国でオリハルコンを堀当てたのも、この日の為だったんだよ。
だから……
絶対に矢は聖なる矢になる!
その時……
遠くの深い森から凄い雄叫びが聞こえた。
ギィィィィーーン
「 !? 」
アルベルトとレティは顔を見合わせる。
「 魔獣!? 」
「 やっぱり魔獣が出現したのか!? 」
騎士や魔力使い達に動揺が走る。
皆が呆然として森を見つめていると……
森の上に一瞬だけ何らかの生き物の姿が見えた。
「 ガーゴイル! 」
すかさずレティが叫んだ。
あの一瞬で、この距離で、よくぞ正体が分かったものだなと皆は不思議に思うが。
それは勿論知ってるからで。
アルベルトは……
レティ、反応が早過ぎるよとクスリと笑った。
騎士養成所ではレティの騎士時代には、魔獣の勉強はさらりとしただけで殆ど無い状態だった。
しかし……
近年魔獣が増えている事もあり、レティからループの話を聞かされたアルベルトは、昨年から騎士養成所の教材に魔獣に付いての学びを入れた。
なので……
この新米騎士の31名は魔獣の知識はあった。
本物の魔獣を見た事は無いが。
反対に魔獣を討伐してきた国境警備隊から移動して来た、トリス、ワシャル、マージ、カマロは、陸上魔獣の事は何度も討伐して来た事はあるが、空飛ぶ魔獣の事は知らなかった。
「 殿下! ガーゴイルは聖なる矢でしか、絶命させる事は出来無いのではございませんか? 」
ざわざわとしている31名の中からケインが進言した。
皆がウンウンと頷いている。
中にはそうだったっけ?と言う様な顔をしている阿呆もいるが。
ケインはこの学年の騎士クラブの部長だった。
その上、学園の生徒会長もしていた。
今もその関係性は続いている。
この31名はレティの子分だが、レティもケインだけは特別で一目置いているのだった。
アルベルトは全員を集めて作戦会議を開く。
先程のガーゴイルの出現で、この地に出現する魔獣がガーゴイルと特定する事が出来たので、やっと聖なる矢が無い上での作戦を話せる様になったのだ。
レティのループの話をする訳にはいかない事から、演習では空飛ぶ魔獣と言う括りでしか訓練は出来なかった。
アルベルトは皆に説明した。
聖なる矢が無い事から、ガーゴイルを絶命させられない事を。
「 だったら……終わりじゃないか…… 」
ラウル、エドガー、レオナルドは顔面蒼白だ。
ずっと4人で作戦を練って来たのだ。
あらゆる魔獣との陣形を想定して。
それは全て魔獣が絶命すると言う前提だ。
絶命させる事が出来無いのならどうしようも無い。
「 俺の聖剣とレティのオリハルコンの矢が、聖なる矢の代わりになるかも知れない 」
「 オハルよオハル! 」
突然のレティの可愛らしい声が皆を驚かせる、緊張していた皆の心臓を跳ね上げた。
「 煩い! 」
お前が勝手に付けた名前なんかどうでも良いだろが!とラウルがレティをどやしつけて。
全く……
何で何時も何時もくだらない事に拘るんだか。
こいつ本当にアルに抱かれたのか?(←ラウルはまだ知らない )
何時も通りにガサガサしてるし、少しも色っぽくも無いぞ!
これはエドとレオの早とちりだな。
結婚式を挙げるまで何もしないのはアルと俺との約束だから。
怖くて聞けなかったけど、後からアルに聞いてみようと思うラウル兄ちゃんだった。
アルベルトを見ると……
ラウルに叱られてシュンとしているレティを優しく見ていた。
何時も通りの2人にホッとして。
アルベルトはこの雷風の矢が、聖なる矢になる事の説明をした。
「 それ……アタシの…… 」
風の魔力使いイザベラが、アルベルトの持っている雷風の矢を指差した。
アルベルトがイザベラに優しい笑顔を向けるとイザベラは少し赤くなった。
こら!
こんなキラッキラッの素敵な顔をしたら駄目じゃない!
イザベラの気が変わったらどうするの?
マシューは?
マシューは腕を組んで真剣にアルベルトの話を聞いている。
しっかりイザベラの心を掴みなさいよと、レティはマシューに念を送る。
ライバルは排除しなければ。
そんなレティを他所に皆は考え込んでいる。
「 しかし……確証は無いんだよな 」
「 ああ……試す事が出来なかったからな 」
「 あっ! もしかして軍事式典のデモンストレーションでお前らはこれをやってたのか? 」
「 エドガー! ここでは殿下と言え! 」
今度はエドガーがグレイに叱られた。
レティが嬉しそうにニヤニヤとしている。
「 何故そんな練習を? 」
「 まあ、色々と文献を読んで試してたんだよ 」
レティが魔獣に異常な興味を持っていた事は、ラウル達も知っている。
皆は納得のいかない顔をしているが。
はぁ……
嘘に嘘を付く事がこんなにも苦しいとは……
アルベルトがレティを見れば……
レティは全然話を聞いていなくて、エドガーを見ていた。
悪い顔をして何を考えているのか。
「 でも……それでしたらその矢が聖なる矢になったとしても、ガーゴイルは一匹ずつしか殺れ無いですよね 」
グレイが言う。
「 その通りだ! だから……お前達で他のガーゴイルにダメージを与え続けて欲しいんだ 」
一匹ずつ仕留めるまでの時間を稼いで欲しいのだと。
「 まあ、そこは数匹なら問題は無いか 」
エドガーが腕を組みながら言う。
「 問題はやはり聖なる矢になるかどうかだな 」
「 ならなかったらどうするんだ? 」
「 それは考えていない!ならなかった時に考える! 」
アルベルトはキッパリと言い切った。
ラウルとレオナルドだけじゃない。
皆がアルベルトの楽天的な発言に、言葉を失った。
「 おい……」
「 殿下…… 」
大丈夫よ!
その時は私が終わらせるわ。
この4度目の人生を。
アルベルトはレティを見ていた。
覚悟を決めたレティは清々しい顔をしていた。
2人の考えている事は同じ。
レティ……
俺も……
この聖剣で君と一緒に逝くから。
バサバサバサ!!!
遠くの森からガーゴイルの羽ばたく音がした。
一同は森を振り返る。
ガギュィィィィーーン
その時……
鳴き声と共にガーゴイルが森を高く飛び上がり……
その全容を現した。
ガァギギィィーン
2匹!!
ガキィィィーーー
3匹だ!!
鳴き声はドラゴンの鳴き声よりも甲高い。
大きさは、15メートル級はあったドラゴンよりは小さく5メートル級位だが、羽を広げて飛んでいる姿は遠く離れていてもかなり大きい。
3匹のガーゴイルは森の上を旋回し出した。
「 全員! 戦闘配置につけ!! 」
「 御意!!! 」
アルベルトの澄んだ声が響き渡り……
恐怖と驚きのあまりに呆然と立ち尽くしていた騎士や魔力使い達が、ハッと我に返った。
全員がバタバタと持ち場に行き戦闘態勢に入る。
第1部隊の騎士達は剣を抜き、新米弓兵達は弓を構え、魔力使い達も何時でも魔力を出せる様にと身構えた。
そして……
皇宮騎士団騎乗弓兵部隊の10人は、騎乗して最前線に立った。