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爺達は物理学者だった

 




 医師であるレティは、公爵家の家人達の健康診断を定期的に行っていた。


 庭師に至るまで漏れ無く医師レティに診て貰えるものだから家人達から大変喜ばれている。


 この時代はよっぽど酷い状態にならないと医師に診て貰う事は無くて、腰痛や肩こりなどで湿布薬を処方して貰えるのは有り難かった。


 レティが皇宮に入内した事で、もう健康診断は無いのかと残念がっている所だ。




 この日。

 アルベルトは文相や病院長や関係者達と共に、会議を終えて皇宮病院にやって来た。

 先日の流行り病の後処理の為に。



「 ん? 何だ? 」

 病院に近付いて見れば赤い列があった。

 よく見ると……

 赤いローブを着た爺達で。


 爺達がズラリと順番に並んでいる。

 皇宮病院の外まで。

 縦に1列に……

 手には1枚の用紙を持って。



「 爺! 何をやっている? 」

「 !?…… これはこれは……我が帝国の若き太陽、アルベルト皇太子殿下にご挨拶を申し上げます 」

 爺達が振り返ってアルベルトに頭を垂れる。


「 我々は健康診断をして貰っているのであります 」

「 健康診断? 」


 すると……


「 次の爺ちゃん、どうぞ~ 」

 中から何やら可愛らしい声がする。


 窓から診察室を覗いて見れば……

 白衣を着たレティが椅子に座り、その前に上半身裸の爺が座っていた。


 皇宮病院は暇なのである。

 レティは応診に出向く医師達の代わりに、病院で留守番をしているのが仕事だ。

 騎士達の怪我などの突発性の治療をする事に備えて。


 勿論、レティの応診は立場的に駄目だとアルベルトから言われている。


 だから……

 今日は爺達の健康診断を行っていた。



「 妃様、ワシはいぼ痔でしてのう 」

「 あら!? それは排便の時は大変ね 」

 脱いで下さいと言うレティの前で、ズボンを脱いで尻を出そうとしている爺の首根っこをアルベルトがつまみ上げる。



「 !? アル? 」

「 !? 殿下? 」

「 レティに尻を見せるな!! 」

 アルベルトにつまみ上げられた爺は、病院長に放り投げられた。


「 院長! お前がジジイを診察しろ! 」

「 !? ………はい! 」

 慌てた病院長は、ズボンを半分脱いでいる爺を直ぐに連行して行った。


「 ワシは妃様に診て貰いたいのじゃ~~ 」

 連行されて行く爺の叫びが小さくなって行った。



「 レティ! 君は……ジジイの尻を……恥ずかしく無いのか? 」

「 どうして? 私は医者よ? 」

「 もしかして……もう他の男の尻の……いぼ痔を診た事があるのか? 」

 アルベルトは青ざめている。

 手がガタガタと震える程に。



「 実は……まだいぼ痔は診察をした事が無いのよね 」

 ユーリ先輩が、若い女医が診察しなくて良いと言って。


 それって男尊女卑だわとレティは悔しがる。

 勿論、あの時は素直にユーリに従ったが。


 レティは2度目の人生での医師時代の時の事を言っているのである。



「 だからチャンスだと思ったのに 」

 どうして駄目なのかとレティはアルベルトを睨み付ける。

 可愛らし顔だ。


「 君は……まだ僕のを見ていないんだよ? 」

「 ? 」

 アルベルトは片手で眉間の皺をグイグイと揉んだ。

 良かったと言って。


「 アル……僕のって……何……を…… 」

「 兎に角、ユーリが正しいからな! 」


 アルベルトの言葉の意味を理解して真っ赤になるレティに、絶対にジジイの尻を診るなとアルベルトは命令した。



「 嫉妬じゃ 」

「 ジジイの尻に嫉妬をするとは…… 」

「 殿下も小さいのう 」


 縦に並んだ爺達がヒョコッと顔を出して口々にアルベルトを非難する。


「 当たり前だ! その汚い尻をレティに見せるな! 」

「 殿下! それは聞き捨てならぬお言葉! 」

「 ジジイの尻が汚いかどうかは、我々の尻を見てから判断して貰いましょうかのう! 」


 何でお前達の尻を見なきゃならんのだと、アルベルトと爺達がギャアギャアと揉めている。



「 来月には太陽が消えますぞ 」

 妃様に面白い話があると、次の診察の順番でレティの前に座った爺が言う。


「 太陽が消える? 」

「 そうじゃ 」

 計算したら12月にそれが起こり、その日は太陽に月が重なって少しの間暗くなるのだと。



 ジジイのいぼ痔の話からのジジイの天文学の話。

 もう頭が付いていかない。



 爺達10人はシルフィード帝国の重鎮達である。

 所謂ご意見番だ。

 しかし……

 この中にはちゃんとした物理学の研究者もいる。


 物理学と言っても……

 虎の穴の物理学研究所は、天文学から地質学、考古学などあらゆる分野の学問を研究する為の研究所なのである。


 しかし……

 いつの間にか爺達ばかりになってしまっているのが問題になっている所で。

 若い芽を育てなければと。




 ***




 レティは爺から聞いた()()()に驚いた。


 その日はガーゴイルが出現した次の日。

 私達があの温泉地に駆け付けて……

 そして……

 私が絶命したあの日だわ。


 空が暗くなる現象が起こっていたのなら……

 あの時の空はガーゴイルだけで暗くなったのじゃ無いのかも知れない。



 レティは思い起こしていた。

 ガーゴイルと戦った日を。


 少し青ざめたレティをアルベルトが優しく抱き締めた。


 レティは夜になってこの話をアルベルトにした。

 皆がいる所ではとてもじゃ無いが話せない内容なので、2人だけになれるアルベルトの部屋で。



『 太陽が月に隠れる日 』

 今で言うなら皆既日食の事である。



「 以前に文献で読んだ事がある 」

 その日は不思議な出来事が起きると言う言い伝えがあるとアルベルトは言う。


 流石に子供の頃から書物ばかり読んでいただけの事はある。

 アルベルトは、レティが知らない事を沢山知っている尊敬出来る皇子なのである。



「 あの日……空が真っ暗になる程のガーゴイルがいたと思ったけれども……もしかしたらもう少し数は少ないのかも知れない 」


 指から血が吹き出る程に何度も矢を射たのに、一向に減らなかったガーゴイル。

 それもあってか、余計に何百もの数がいたとレティは思っていたのだった。


 しかしそれは……

 ガーゴイルが聖なる矢でしか絶命させられない事を知らなかったからで。

 矢を射られて墜落しても、直ぐに再生して来たからなのである。



 それを知ったのはレティが留学をしていたローランド国の王立図書館だった。


「 アルが留学時代に王立図書館で読んでいてくれたら……少しは何とかなったのかも知れないのに 」

 レティが恨めしげにアルベルトを見上げる。



 レティは3度目の人生でのアルベルトの事を言っているのだ。

 レティに出会ってからのアルベルトの運命は変わっているが……

 それまでのアルベルトの行いは今と同じなので。


 勿論全てがレティの記憶の中の事に過ぎないが。



「 他国の者が王立図書館には入れないよ。我が国だってそうだろ? 」

 本当は遊びに夢中で、図書館のとの字も脳裏に浮かんでは来なかっただけなのだが。


 ローランド国での留学時代の話は避けたい。

 4人で遊び回っていただけの過去の話は墓穴を掘るに違いない。


 ああ……

 俺はどうして俺の知らないレティの3度目の人生での事を責められているのか。



「 それに……知っていたとしても聖なる矢が無ければどうしょうも無いだろ? それよりも……ガーゴイルの数が少ないなら願ったり叶ったりだな 」

「 そうなのよ! これは朗報だわ 」


 アルベルトは話を逸らせた事にホッとする。

 何よりもレティの追及が怖い皇子様なので。




 ガーゴイルは聖なる矢でしか絶命させられない。

 しかし……

 聖女がいない限りは聖なる矢は存在しない。


 今は……

 アルベルトの持つ聖剣から放つ雷の魔力をオリハルコンに融合させて、オリハルコンから射た矢に乗せるしか方法が無いのである。


 聖剣から放出された雷の魔力が聖なる魔力になると仮定したら、オリハルコンから放たれた矢が聖なる矢の代わりになると考えて。

 勿論何の確証も無いが。



 そうしたら……

 ガーゴイルの1匹毎に、1矢ずつ聖なる矢を射らなければならないのである。

 オリハルコンの弓は1つしか無いのだから。


 気が遠くなる作業を繰り返さなければならないのだ。

 なので……

 ガーゴイルの数は少ないに越した事は無いと言う訳だ。



「 それでも物凄い数だったわ。何であれだけの数が発生したのかしら? 」

「 それだったら月が影響しているのかも知れない 」


「 月? 」

「 うん……月の満ち欠けは何らかの生命の誕生に関係してると言われているんだ 」


 アルって凄いわ。

 何でも知ってる。

 レティがキラキラとした尊敬の眼差しでアルベルトを見ている。


 そんな目でレティに見られる事が嬉しい。

 兎に角大好きなレティにキャアキャア言われたい皇子様なのである。



「 それにしても爺ちゃん達って凄いわ 」

 この爺達の朗報は、かなり困難な状況から大いなる期待に変わった。


「 また、ご馳走しなきゃな 」

 アルベルトとレティは嬉しそうに笑った。




 ***




 爺達10人は……

 仕えていた皇帝が崩御した事により代替わりが起きて、早くから表舞台から引退した爺達だ。

 新皇帝になったロナウドからこの場を与えられているのだった。


 残りの人生を……

 アルベルト皇子の成長を生き甲斐にして、陰から見守って来た爺達。


 それがレティによって皇子とも親しくなり、今では皇子と未来の妃の為に陰日向で尽力している。



 街に出て2人の事で良い噂を流すのは爺達。

 10人が酒場で騒げば簡単だ。


 実は……

 アルベルトのロリコン疑惑の噂も爺達が打ち消したのだった。


「 妃様にしか子種を注がないと宣言している殿下が、他の王女など相手にするものか! 」

「 殿下はな、妃様にしか発情しないんじゃ! 」

「 妃様になら何時でも発情しておるがのう 」


 勿論本人達にはそれをしてる自覚は無い。

 ただ酒場で騒いでるだけで。



 爺達は……

 アルベルトの奢りだと聞いて……

 皇宮の食堂で1番高い料理を注文するのだった。


 何の理由でなのかは気にしない。

 今宵はラウルの店にも行くつもりだ。

 アルベルトの奢りなのだからと。



 良く食べ、誰彼構わず言いたい放題のストレスの無い爺達は今日も元気だ。


 最近では……

 建国祭に来国していたローランド国のウィリアム王子とイニエスタ王国のリンスター王太子を捕まえて、我が国のアルベルト皇太子がどれだけ立派なのかを自慢して来たばかりだ。



 健康診断の結果は全員良好で。


 いぼ痔のジジイも……

 皇帝陛下の主治医である病院長に診て貰ったと喜んでいる。



 ガーゴイル討伐の日は1ヶ月後に迫っていた。












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