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レティの存在する意味

 




 医師団が港街から戻って来たのは、9月の半ばを過ぎた秋の気配がする頃。


 何と……

 約1ヶ月半程で流行り病が終息したのだ。

 正確に言えば1ヶ月で終息していた。

 後の半月は様子をみていたからで。


 しかし……

 これはレティには分かっていた事だった。


 マークレイ・ヤング医師とダン・ダダン薬師が作った特効薬で、流行り病は瞬く間に終息した3度目の人生を知っているから。



 2度目の人生で医師だったレティは、3度目の人生の騎士の時に、何故こんなに早く終息したのかを疑問に思っていたが……


 今なら分かる。


 流行り病が人の手によって作られた毒薬なのだから、解毒剤の『 キクールパンチ 』の効果が絶大なのは明らかだった。



 体力が落ちた人にはポーションの効果が凄かった。

 ポーションを飲んだ爺さん婆さん達が驚異的な回復をみせた。

「 掛かって来いや~ 」……と、中指を立てて威嚇しまくって、まるで実験のマウス状態になっていたと言う。




 医師団の馬車が皇宮に到着した。


 スロットン医師を先頭にユーリ、ロビン、若い医師達が馬車から降りて来た。

 マークレイ・ヤング医師とダン・ダダン薬師もいた。

 ミレニアム公国で知り合ったエイダン医師の姿も。


 戦いを終えた戦士の様に……

 彼等はとても誇らしげだった。


 戦いに勝ったのだから当然で。

 ましてや1人の死者も出さなかったのだから。



 集まった貴族や宮殿のスタッフ達などの大勢の人々から、拍手と称賛の熱烈な出迎えを受けて、両陛下と皇太子殿下の待つ謁見の間に向かった。


 行く時は皇太子殿下だけの見送りだったが、事の重大さを知る事になった両陛下が、医師団に労いの言葉を掛けたいと、この場が設けられたのだった。



 皇族の3人が揃うとそのオーラは半端ない。

 平民の医師や薬師達は、緊張のあまりガチガチに固まってしまっている。


 たとえ貴族であっても、宮殿勤めで無い爵位の低い貴族達は彼等には会う事は殆ど無く、平民達が3人を見れるのは新年祝賀の時と建国祭の時に、バルコニーにお出ましになる時だけで。



 この3人が公的な場所で並んでいると、レティでさえも緊張をするのだから無理もない。

 生まれ持っての王族であるこの3人は、オーラそのものが違うのだから。



 医師団の皆が、緊張のあまりにフラフラになって謁見の間から出て来た。


 そこに待ち構えていた準皇族がいた。


 謁見の間に面した廊下柱の陰から、医師達が出て来るのを今か今かと待っていたのだ。


 もう、彼等を称賛したくて、話を聞きたくてたまらない。



「 スロットン先生! お帰りなさい! 皆様もお疲れ様でした! 」


 医師達は……

 聞きなれた可愛らしい声にホッとする。

 何故か懐かしさすら感じて。


 現場では一瞬の気を緩めずに治療をして来た。

 レティが作成した注意書きノートのとおりに、マスク、手洗い消毒の徹底を実施したのだ。



 そして……

 今、正に皇族達の前で緊張をして来たばかり。


「 リティエラ先生…… 」

 柱の陰からピョコンと出て来た可愛らしいレティを見て、医師達の顔が綻んだ。


 彼女は皇太子殿下の婚約者であり、シルフィード帝国の最高位貴族の公爵令嬢なのだが……

 彼女の人となりに皆は癒されるのであった。



 レティは一人一人に労いの言葉を掛けていく。

 もう、ハグをしたい位だ。

 皆をギュッと抱き締めたい。


 勿論……

 淑女たるもの、夫や婚約者、家族で無い殿方へのハグなんて出来る訳は無い。



「 ヤング先生も現場に行ってらしたのね……えっ!?エイダン先生…… 」

 レティは驚いて口元に手を当てた。


 シルフィード帝国の医師マークレイはともかく、ミレニアム公国の医師エイダンもここにいるのだから。



「 後学の為に私もお仲間に入れて貰いました 」

「 まあ……そうでしたの…… 」

 そう……

 大抵の医師達は熱心なのだ。

 特に若い医師達は。

 経験こそが自分のレベルアップに繋がるのだから。



「 貴女様の話は皆から聞かせて貰いましたよ 」

 皆がレティとの縁をよく話していたのだと言う。


 経験に見合わない高いレベルの医療も然る事ながら、何時も全力で医療に取り組むレティの事を思い出すと、更に頑張れたのだと。


 エイダンは、このまま皇宮病院で学ばさせて貰う事になったと嬉しそうに言った。



 そして……

 レティに高いレベルの医療を教えたユーリがいた。


「 ユーリ……先輩…… 」


 ユーリの姿を捉えてみれば……

 もう駄目だった。

 泣きそうになる。



 ユーリ・ラ・レクサス。

 レティよりも5歳年上の先輩医師。


 2度目の人生は医師を目指したレティと、バディを組んで医療のノウハウを1から教えてくれた優しい師匠であった。



 私が庶民病院に行った時は一緒に来てくれたユーリ先輩。

 酔っ払いに絡まれた時には私を逃がして、自分が殴られていたユーリ先輩。

 私が流行り病にかかった時には……

「 医者が死んだら誰が病人を助けるのか? 」と、泣いてくれたユーリ先輩。


 そして……

 私の最期を看取ってくれたユーリ先輩。



 この流行り病に勝ったのよ。

 私は生きているわ。

 そして……

 皆も生きている。

 誰1人亡くなっていない。



 師匠であるユーリ先輩にハグをしたい!

 溢れる想いを抱いてユーリの元へ向かう。


「 ユーリ()()は疲れているんだ 」

 今のユーリのバディのドナルドが、にょきりとレティとユーリの間に入って来た。


「 挨拶は手短にしてくれ 」

 ドナルドがそう言ってユーリの横に立った。



 キーーーっ!!


 まるで、ユーリのマネージャー気取りの様なドナルドにムカつく。



「 ユーリ先輩……お疲れ様でした 」

「 有り難う。君の活躍は聞いたよ 」

 レティが流行り病の毒薬を撒こうとしていた、ゴードンを捕まえた事の武勇伝は、現場の医師達にも伝えられていた。


 ユーリに、言いたい事や聞きたい事がいっぱいあったのに、普通の労いの言葉だけになってしまったのだった。



 待てよ……

 ドナルドは今何て言った?


 ユーリ先輩?……先輩と言った?



 キーーーっ!!


 ユーリを先輩と呼ぶのは自分だけだったのに。

 生意気なドナルドに怒り心頭だ。

 もう我慢が出来ない。

 このままだと投げ飛ばしてしまいそう。



 レティは駆けて行った。

 まだ謁見の間にいたアルベルトの元へ。


 そして……

 アルベルトの後ろから両手を広げて抱き付いた。


「 うわっ!? 」



 シュタタタタと走ってくるレティに、護衛騎士達はいち早く気が付いた。


「 おい! リティエラ様だぞ! 」

 怪しい奴だと、剣に手をやり足を1歩前に出した騎士達はホッと安堵した。


 あっ!殿下に抱き付いた。

 可愛らしい。

 良いな~殿下。


 昔はこんな風に殿下に突進してくる女がかなりいたもんだ。

 勿論阻止したが。



「 レティ!? 何? どうした? 」

 アルベルトは抱き付いて来たレティの方に向きを変えた。


 レティは黙ってアルベルトの腰に手を回して、その逞しい胸に顔を埋めた。


 アルベルトと立ち話をしていた大臣達が、相変わらず仲が宜しい事でと言って、頭を下げて謁見の間を後にする。

 ルーカスは眉を潜めながら。



「 あの糞野郎! 茄子みたいな顔をしやがって 」

「 ? 」

 レティはアルベルトの胸に顔を埋めながら、とんでも無い悪い言葉を口にした。


「 何があったの? 」

「 ユーリ先輩にハグしたかったのに……ドナルドが邪魔をしたのよ 」

「 何だって!? ハグ? 」



「 あの茄子野郎め! 肥溜めに何故落ちない? 」

 ……と、レティは悪い言葉を並べ立てる。

 ユーリ先輩を先輩と呼んで良いのは私だけなのよとぶつぶつ言って。


 どうやら、またユーリの事でドナルドに嫉妬をしてるらしい。


 これは参ったな……


 レティのユーリへの想いは形容しがたい物がある。

 ずっと側にいて、ずっと二人三脚で医療の道を生きていた2人。

 死んでいくレティを看取ったのはユーリだと聞いた。


 そんなユーリに……

 俺を好きな気持ちとは別の気持ちがそこに芽生えるのは当然で。

 きっとレティはユーリを好きだったのだろう。



 だから……

 嫉妬をしているのは俺なんだけどな。


 ハグの邪魔をしたドナルドに、何か褒美でもやらなきゃなとアルベルトはクスリと笑った。




 流行り病の終息で……

 レティの2度目の死は回避された。

 その陰にあった真実に驚きを隠せないが。


 迷子になって偶然入った酒場で、レティの2度目の死の原因になった流行り病の正体を聞く事になるなんて。

 そんな偶然が本当にあるのかとアルベルトは考える。



 紐解いてみれば……

 レティの4度目の人生の今生では、その全てが良い方向に繋がって行っている。


 彼女のループには意味がある。

 そう思わずにはいられない。


 レティの命を守る事は……

 シルフィード帝国を守る事。


 レティが存在する意味をアルベルトは少し分かった様な気がした。

 そして……

 今生で自分と出会った意味も。



 それにしても……

 勝手な事をしたレティを叱るつもりでいたが。

 皇太子命令にも従わなかったのだから。


 しかし……

 その結果が凄過ぎて誰もが叱れなくなっていた。


 だけど……

 レティの2度目の死は回避されたのだ。

 もうそれだけで良いと、アルベルトはレティを抱き締めた。



「 肥溜めに落ちる呪いは何処かに無いものかしら? 」

 レティはまだドナルドの悪口を言っている。

 どうしても肥溜めに落としたいらしい。


 アルベルトはレティの唇に人差し指を当てる。

「 こら! そんな可愛い口で悪い言葉を言っちゃ駄目だよ 」

 悪い事を言う口はキスで塞いじゃうぞと、レティの耳元に顔を近付けて甘く囁いた。


 効果てきめんで、レティは真っ赤になって口を両手で押さえて首を横に振っている。

 皆がいるこんな場所で、唇にキスなんかされたらたまらない。


 レティが悪い言葉を言うと、ラウルには口を捻り上げられるが、皇子様は限りなく甘かった。



「 虎の穴に送って行くよ 」

 2人は仲良く手を繋いで謁見の間を後にした。


 ちょっと遠回りをしようかと言いながら。




 レティの……

 3度目の人生の時に死んだガーゴイルとの戦いは……

 3ヶ月後に迫って来ていた。













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