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医師の矜持

 




「 ゴードンは魅了で操られていたのよね?」

「 ゴードンは操られてはいなかっただろう 」


 ルーカスはゴードンから聞き出した事を、先ずはロナウド皇帝とアルベルトとレティに報告をした。

 泥棒してまで流行り病の毒薬を手に入れたレティも、聞いていた方が良いだろうと判断して。



 ドレイン卿が、変な女(←レティ)に邪魔をされたからと言って、魅了の魔石をゴードンに持たせる事が出来なかった事から、元はゴードンを魔石で操るつもりだったのだろうとルーカスは言う。


 魔石が無いが為にそれが出来なかったと言うのなら、ゴードンは自分の意志で毒薬を井戸に撒いた事になる。



「 だったらそのドレイン卿が魅了の魔術師なのよ。あの魅了の兄妹みたいな…… 」

「 確証は無いが、ドレイン卿は魅了の魔術師では無い筈だ。彼女が魅了の魔術師ならば、魅了の魔石を作ったりはしないだろう 」

 そんな風に言うルーカスの言葉に、納得のいかないレティはアルベルトを見た。


 アルベルトはその通りだと小さく頷く。



 レティの大きな瞳に涙が浮かんで行く。


「 嘘よ……魅了の魔術で操られていたから……だからあんな事が出来たんだわ 」

 レティは泣き崩れた。


 ずっと……

 魅了の魔石で操られたからだと思っていた。

 いや、思いたかったのだ。


 あそこまでの医療が出来る様になるまでには、ゴードンだって若い頃は先輩医師について懸命に学んだ筈。

 自分と同じ様に……


 そこには患者を助けると言う強い矜持があった筈だ。



「 レティ…… 」

 アルベルトはペタンと床に座って泣いているレティの前に跪いた。

 頬に手を当てて親指で涙を拭う。


「 アルや、レティちゃんを部屋に連れて行っておやり 」

 もう、夜も遅い。

 ロナウド皇帝が優しく言う。


 同じ医師としてショックなのは無理も無い。

 アルベルトにあやされるレティを見て、ロナウド皇帝とルーカスは顔を見合わせた。


 レティだけで無く皆もショックだった。

 シルフィード帝国の医師ゴードンは、操られていたからこんな事を仕出かしたのだと思いたかった。



 そんなゴードンだが……

 彼等の話は司法取引に相応しい価千金の話だった。


 タシアン王国はかなりヤバい国になってる事を、ロナウド皇帝やルーカスは認識した。

 隣国であるだけに厄介だ。

 今後の事を早急に話し合わなければならない。


 まだまだタシアン王国の内情を聞く必要がある事から、ゴードン達には暫くはルーカスの厳しい尋問が続くだろう。



 アルベルトはレティを抱き上げて皇太子宮に向かう。

 レティはアルベルトの首に腕を回し、アルベルトの耳に顔を寄せた。


 ずっと胸を痛めていた事がある。

 これはアルにしか話せない事だから、2人だけになってから聞こうと思って。



「 ゴードンがあんな事をしたのは私のせい? 」


 レティの2度目の人生では、ゴードンは流行り病が流行った頃は庶民病院に勤務していた。


 彼がアル中だったのかは知らないが。


 初めて庶民病院に行った時に……

 貴族で女性医師だと言う事で馬鹿にされ、襲われそうになった事から、それからは関わりを持たない様にしていたのだから。



 だけど……

 今生では、あの大火の時にレティが庶民病院に行った事で、勤務中に酒を飲んでいた事がバレ、医師免許を剥奪され病院を追い出されてしまったのだ。


 ゴードンの人生を変えたのは自分かも知れないのだと、レティは唇を噛み締めた。



「 それは違う。大火の時はレティがいたから大勢の人の命が助かったんだ 」

 酒を飲んでいるからと、病院に鍵を掛けて患者を閉め出す様な事は、許されざる行為なんだとアルベルトは言う。


「 レティが病院に行かなかったら、あの寒空の下で患者が凍え死んでいたかも知れない 」

「 私が医師だと言ったら皆、喜んでいたわ…… 」

 逃げる時に怪我をして血を流していた人もいたから。

 

「 だろ? ゴードンが道を踏み外したのはそれとは無関係だ。 君が気に病む事は無い 」

 そう言ってアルベルトは、レティを抱っこしたままに自分の部屋に入って行った。

 


 皇子様の……

 優しく諭す様に話す言葉は絶対で。

 レティの苦しかった思いは少し救われた。




 ***




 そして……

 更にレティの苦しみを少しだけ救う事があった。



 薬学研究員で毒薬の第1人者であるミレーから、流行り病の毒薬の成分を調べた結果が知らされた。


 毒薬の分析には1週間程掛かった。

 その間に港街の医師達からはキクールパンチとポーションで、大方の患者は驚く程の早さで回復をしていると言う朗報が入って来た。


 ゴードン達が毒薬を流し入れた井戸は、ルーカスの命により直ちに港街にいる騎士達が使用禁止にした。



 この時期に流行る事を、レティから知らされていたアルベルトの全ての対処は早かった。


 しかし……

 流行り病が人為的なものとは、アルベルトもレティも思ってもいない事だった。


 まさか井戸に撒かれるとは。

 大勢が利用している井戸水なのだから、時を同じにして一気に大量の患者が出た事は当然の事だった。



 レティの2度目の人生での流行り病は、ローランド国から感染して来た事もあり感染力は強いが、こんなに1度に大量の患者が発症すると言う事は無かった筈だ。


 多分……

 ゴードンでは無い誰かがローランド国の港街の井戸に撒いたと思われる事から、ローランド国ではこんな風にいきなり大量の患者が出たのだろう。



 その患者達がシルフィード帝国を初め、他国に足を運んだ為に世界中に蔓延したのだ。

 マークレイ・ヤング医師とダン・ダダン薬師が奇跡の特効薬を作るまで。


 勿論それを知るのは医師だったレティでは無く、3度目の人生での騎士レティである。

 2度目医師レティは比較的早い時期に感染して絶命したのだから。




 毒薬はキクール草が使われていた。

 キクール草はイニエスタ王国から赤のローブの10人の爺達が持ち帰った物。


 イニエスタ王国は薬草作りに力を入れている国で、その薬草は世界中に輸出されていると言う。


 爺達が名付けたキクール草は、ギザギザした葉の様な白い花を咲かせる事から、イニエスタ王国では『 ホワイトジャギー草 』と言う名が付けられていた。


 皇立図書館の禁書を扱う蔵書を調べてもこの花の名が無かったのは、イニエスタ王国でも発見されたのはつい最近だったからで。


 もしかしたらこの花の発見は爺達の方が早かったのかも知れない。

 爺達は種を拾って来ただけだったが。




「 この小瓶の液体は水で薄められていました 」

「 !? 」

 ルーカスにミレーが追加の報告をする。



 井戸に毒薬を撒く事は大罪だ。

 無差別殺人に繋がるのだから。

 それがどんな結果になるのかを分かっている医師ならば尚更で。


 しかし……

 最後の良心がゴードン達にあったのだ。

 だからって決して許されるものでは無いが。


 水で薄められた事で毒薬の効果はかなり低いのだと言う。


 これが魔術師ドレイン卿が、ゴードンに魅了の魔石を持たせたかった理由に繋がる。

 心を操られていないゴードンは毒薬を撒かない恐れがあるからで。


 結果的に、ゴードンは毒薬を撒く事を止めなかったが……

 毒薬を薄める事をしたのである。



 そして……

 その魔石をゴードンに持たせられなかったのは、レティがガスターの船に乗り込んだ時に、魅了の魔石を彼等から奪ったからで。


 あの日……

 アルベルトが雷の魔力で破壊したのは3個の魔石だ。


 ミレニアム公国から魔石を盗掘して来た事から考えても……

 今の所、現存する魅了の魔石はこの破壊された3個だけだと考えられる。



 因みに、この3個の魅了の魔石とは……

 ジャック・ハルビンが部屋から盗んだ魔石とガスターが持たされていた魔石、船の舵の部分に盗掘された魔石の入った袋が括り付けられていて、その中に入れられていた魅了の魔石の3個の事である。



 この魅了の魔石が無かったからゴードンを操る事は出来なかった。

 その結果……

 魅了の魔石で操られ無かったゴードンが、最後の良心で毒薬を薄めたのだった。



「 そう……ゴードン()()は毒薬に水を入れて効果を弱めていたのね…… 」


 アルベルトからその事を聞いたレティは、少し嬉しそうな顔をしてアルベルトを見やった。



 今までゴードンと呼び捨てだったが……

 ゴードン()()になってる事がレティらしいと、アルベルトはクスリと笑った。














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