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真実の裏にあるもの

 




「 お前は……殿下の意向を無視して1人で港街に向かい、道に迷ってたまたま入った酒場で、たまたま知り合いの医師に遭遇して、その医師が大罪人で、だから流行り病の元となる薬剤を盗んだと言うのか? 」


「 そうなの……だから捕まっちゃって……ノーバート様の領地の館の牢屋に入ってたの 」

 レティは流石に申し訳無さそうに俯いた。


 娘が牢屋に入るなんて嫌よね。

 これはちょっと反省するわ。

 いくら入ってみたかったからと言って。



 だけど……

 プライバシーはトイレだけだなんて……

 それも音は丸聞こえ。

 いくら犯罪者を収監する場所でも、女性にはもっと配慮があって然るべきだわ。


 これは改善を要求しますわ!


 レティはキッと隣にいるアルベルトを見上げた。

 またもや皇太子の名を使おうと考える腹黒レティ。



 レティに睨まれたアルベルトは、何を勘違いしたのか嬉しそうで。

 睨む顔も可愛らしいのだから仕方が無い。


 なぁに?と眉尻を下げてレティの顔を覗き込んで来た。

 ああ……この顔が好き。



 視線でイチャイチャする2人を他所に……

 帰城したアルベルト達から詳細を聞いたこの時のルーカスの顔は、今まで見たことの無い顔をしていた。


「 牢屋…… 」


 大抵の事では動じないルーカスが……

 口をあんぐりと開けて、我が娘をしばし見つめていたと思ったら、口をパクパクと開けるだけで次の言葉が出てこない。


 ルーカスの顔……

 レティちゃんは全くもって面白い。


 その様子をロナウド皇帝は肩を揺らしながら見ていた。



 そして……

 ルーカスと同じ様な顔をしているのが、オリバー・ラ・ノーバート文相だった。

 自分の領地で……

 自分の館でとんでも無い事が起きていたのだから。


 オリバーがそれを知ったのは、アルベルト達と一緒にやって来た執事から朝一番に聞かされたからで。



 さらに青ざめているのは皇宮病院と庶民病院の医院長達だ。


 まさか……

 ゴードンが……


 酒浸りの厄介者を追い出したと思っていたら。

 医師として、風上にも置けない事を仕出かしたのだから。



 事が事だけに……

 アルベルトは虎の穴のルーピン所長と、薬学研究員のミレーもこの場に呼び寄せていた。


 ミレーはレティの指導薬師で、毒薬研究の第一人者でもある。


 ミレーは緊張の塊であった。

 虎の穴勤務だが、皇帝陛下の前にこんな風に出るのは初めてで。


 そして……

 彼女の父親はこのウォリウォール宰相で、彼女は皇太子妃になる存在なのだと今更ながらに認識した。

 あまりにもの気安さに忘れていたが……



 レティが虎の穴にやって来てからの5年間、ずっと指導をして来た。

 医師でもある彼女からの新しい提案も新鮮だったし、何よりも医師界との関係を友好にし、スムーズにやり取りが出来る様にしたのはレティだ。


 医師達に新薬の開発を要求され、虎の穴で研究をしているだけの薬学研究員の地位を上げたのは、紛れもなくレティなのである。




 皇帝陛下直々に、この小瓶の中身の分析をする事の命が下った。


 先ずはこの中身の正体を明確にする事が重要で。


 ゴードンと小太りの薬師が撒いた事で、流行り病が蔓延したのだと言う事実を証明する必要があった。


 しかしだ。

 分かっているのは高熱と嘔吐、下痢の症状が多人数に出てると言うだけでその他の情報は無かった。


 無い筈だ。

 医師団が港街に向かったのは昨日なのだから。


 しかし……

 全てを分かっている人物がレティだった。

 彼女はこの流行り病の患者を看病して、自分もその患者になったのだから。



「 感染は吐瀉物からで、唾液からも感染します 」

 要は空気感染では無いのだとレティは主張する。


 ウィルスの正体が毒物ならば空気感染はあり得ない。


「 だから……マスクと手袋を装着していれば、小瓶の蓋を開けても大丈夫ですわ 」

 これはレティが医師に渡したノートに記載している事と同じで。


 そうして……

 小瓶の中身の成分の分析は、毒物の第一人者であるミレーに託された。



 何故レティがそれを知っているのかの謎は残るが……

 皆は敢えてそこはスルーした。

 皇太子殿下が頷いているのなら、それが正しいのだろうと。

 それが皇太子パワーなのである。



 それと同時にルーカスはゴードン達の取り調べに入った。


 彼等は平民だから普通ならルーカスの管轄外だが、事が国会転覆に関わる程の大罪なので、ルーカスが直接取り調べを行う事になった。



 小瓶の中身の正体が分かればゴードン達の極刑は免れ無い。

 無差別の大量殺人を犯そうとしたのだからそれは当然で。


 まだ……

 昨日の今日である事から、港街にいる医師達からの何の情報も得てはいないが。




 ***




 その日。

 ゴードンと小太りの薬師は小瓶を手に港街にいた。


 小瓶の中身は勿論知っている。

 これは毒薬だ。


 だから……

 空気感染では無くて吐瀉物や唾液から感染する。

 液体は井戸に流し入れた。


 ()()()から言われた通りに。



 ゴードンは2年半前……

 皇都の大火の時に勤務中に酒を飲んでた事で、庶民病院を追い出され、行く宛も無く酒場で飲んだくれていた。


 彼はアルコール依存症だった。

 アルコール依存症になったのには理由がある。

 妻を早くに病で亡くした事が原因で。


 自分が愛人と皇都で暮らしている間に、地方にいる妻が流行り病で亡くなった。

 妻は医者の治療も受けずに逝った。

 夫が医師にも関わらず。


 後悔先に立たず。


 それからゴードンは酒浸りになった。

 自分の罪の意識から逃げる為に。



 小太りの薬師の男がゴードンに付いて行ったのは、彼は庶民病院で盗みをしていたからで。

 ちょくちょく病院の金庫からお金を盗んでいた。

 彼はギャンブル依存症だった。

 こんなギャンブルばかりしている男には勿論妻子はいない。


 皇太子が病院改革をすると聞いて、捕まらない内に先に辞めさせられたゴードンの後を追ったのだった。




 井戸に毒物を混入した事で、その井戸を利用している港街の人々に直ぐに症状が出た。


 この毒物は本人だけが中毒症状になるだけで無く、吐瀉物や唾液で次々に人々に感染して行く様に作られた、実に厄介な毒物。


 港街で感染が広まれば……

 シルフィード全域だけで無く、世界中に感染して行く事を考えてゴードン達は港街の井戸に撒いたのだった。


 シルフィード帝国の貿易国は他のどの国よりも多い事を視野に入れて。



「 毒物を撒いた後に、俺達が特効薬で治療をすれば……英雄になれるから 」


 なんと……

 それが動機だった。



「 狂ってる…… 」

 激しい怒りを抑えながらルーカスは話を進める。


「 では……その毒物はどうやって手に入れた? 自分達で作ったのか? その特効薬は何処にある? 」


「 宰相様……ここから先は、()()()()を致しましょう 」

 頭の良いゴードンがニヤリと笑う。


「 司法取引? 何か我々にとって価値のある事があるのか? 」

 薬の出所位では取引をする価値も無い。

 毒物の成分が分かり次第、彼等には極刑を下す事になる。



「 俺達は……タシアン王国にいた 」

「 !? タシアン王国だと!? 」


「 知りたくありませんか? タシアン王国の事を 」

 極刑から免れる約束をしてくれるのなら、タシアン王国の今を話しますよとゴードンがほくそ笑む。



 毒物による大量殺人を実行したゴードンと小太りの薬師は、極刑を免れる方法はこれしかないと、ノーバート邸の牢屋に入れられた時に打ち合わせをしていたのだった。


 ウォリウォール宰相の娘で、皇太子の婚約者である公爵令嬢が関わってしまったのなら、最早逃げ道はこれしか無いと考えて。


「 でないと、タシアン王国の事は墓場まで持って行く事にする 」

 ゴードンはそれからは口を噤んで黙秘をした。



 タシアン王国。


 最近はタシアン王国の情報が全く入って来ない。

 送り込んだ間者達は皆、消息不明になっている。


 隣国シルフィード帝国にとっては、益々不気味な存在になっているタシアン王国。


 既にロナウド皇帝は、デニス国防相に戦争の準備を秘かに行う様にと通達して、タシアン王国との国境を守るカルロス・ラ・マイセン辺境伯には守りの強化の指令を出している。



 魅了の魔石がタシアン王国に関係している事を考えても、タシアン王国の情報は喉から手が出る程欲しい。



「 分かった。取引に応じよう 」


 皇帝陛下と相談をしたルーカスは、ゴードンの司法取引に応じる事を約束した。



 レティのたまたまは……

 とてつもないビックな朗報を持ち込んで来たのだった。












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