切ない忠誠の心
「 ロバート、頼みがある 」
国防相である兄のデニスが、国防省の執務室に弟のロバートを呼び出した。
皇宮騎士団団長のロバートはグレイの父親であり、デニスはエドガーの父親だ。
ロバートは今回の事件の事は、既に第1部隊の隊長から報告を受けていた。
良くやったと第1部隊を集めて称えて来たばかりだ。
「 魅了の魔石の検証の実験をグレイにお願い出来ないか? 」
グレイの殿下への忠誠心、騎士としての矜持、崇高な精神力がこの実験に耐えうるべき人物だと言うのだ。
そして……
極秘案件である事から、適任者はグレイしかいないのだと言う。
人を操る魅了の魔石。
「 グレイは操られ無いかも知れないよ 」
実験は失敗するかもねとロバートは笑った。
グレイはロバート自慢の息子だ。
部下としても……
誰よりも精進し、誰よりも訓練を熱心にする優秀な騎士なのだから。
そして……
先入観があるといけないので、グレイには何も知らせずに検証を行う事に決まった。
***
検証の為に何も置いていない広い部屋に移動して来ていた皆は、グレイの登場を待っている所だ。
「 グレイ班長は絶対に掛からないわよ 」
「 アルもレティも掛からないんだから、グレイも絶対に掛からない筈だ! 」
グレイを師匠と慕うレティとエドガーは、アルベルトに忠誠を誓うグレイは、絶対に主君に攻撃なんかしないと断言する。
「 いや、お前らが特殊なだけで、普通の人間は掛かるんだよ 」
「 そう、自分ではどうしようも無いんだからな 」
ラウルとレオナルドは掛かると言う。
特に……
魅了の魔術に掛かったラウルは断腸の思いがある。
「 お前らには騎士の崇高さが分からないんだ 」
「 そうよ、そうよ、騎士の精神力は凄いんだから 」
ねーっ!! と言い合うのはレティとエドガーの騎士コンビだ。
少し前には、レティにポカスカ叩かれていたエドガーだが、今は肩でも組みそうな位に仲良しだ。
肩を組んだらアルベルトが煩いからしないが。
そこにロバート騎士団団長がグレイと部屋に入室して来た。
ロバート騎士団団長の前でビシッとなるのはエドガーだけでは無い。
レティも条件反射でビシッとなる。
頭が騎士時代を覚えているのだ。
エドガーとレティの2人が揃ってロバート団長に敬礼をしている。
何故?
アルベルトだけがクックと笑う。
グレイが皇帝陛下に敬礼をすると、直ぐに皇太子殿下にも敬礼をする。
ん?
陛下まで……
何かあるのか?
皆を1人1人見る。
レティがいる事も確認する。
まさか……
今から辛い実験をされるとは思ってもいない。
「 殿下、前へお越し下さい 」
ロバートに言われてアルベルトは剣を持って前に出た。
グレイは……
剣を持ったアルベルトを見ている。
皆が固唾を呑んで見守る中……
検証が始まった。
ロバートがグレイの騎士服のポケットに魅了の魔石を入れた。
「 ○×☆#*#*☆○× 殿下を攻撃しろ! 」
「!? ………… 」
グレイの琥珀色の瞳が虚ろな目に変わった。
何時もキリリとした精悍な顔をしているグレイの、見た事の無い顔だ。
「 殿下を……攻撃しろ…… 」
グレイはぶつぶつと呟いて……
腰にある剣を抜きながらアルベルトの方を向いた。
カーン!!
早い。
あっという間にアルベルトの前に行き剣を振りかざした。
「 グレイ!? 」
アルベルトもグレイが自分に攻撃して来るとは思ってはいなかった。
毎朝毎朝グレイと剣を交えて稽古をしているのだ。
グレイの剣術は手に取る様に分かる。
カンカンカン!!
グレイは更にスピードアップしてアルベルトに斬り掛かって行く。
「 グレイ! そんなものに掛かるな! 」
アルベルトの悲痛の叫びが部屋中に響く。
カンカンカン!!
尚もグレイはアルベルトへの攻撃を止めない。
アルベルトは防戦一方になる。
アルベルトとグレイの剣の腕前は互角だ。
しかし……
グレイは本気でアルベルトを殺そうとしている事から、グレイを殺さない様にしているアルベルトが不利になるのは当然だった。
そして……
本気のグレイの剣をかわす事が出来るのもアルベルトだけである。
他のどの騎士もグレイの本気の剣には敵わない。
カンカンカン!
「 グレイ! 俺が…… 」
アルベルトの声が涙声になる。
家臣が……
最も信頼していた家臣が……
自分に刃を向ける辛さをアルベルトは今、体感していた。
グレイが俺に……
「 殿下! 大丈夫です! 」
「 殿下! 私がいます! 」
「 必ず殿下は私がお守りします 」
外出時には……
命を狙われている事を念頭に行動するアルベルトに、心の安らぎをくれていたのはグレイ。
守られているだけでは、敵と戦うグレイの足手纏いになるからと、アルベルトはグレイと一緒に強くなったのだ。
「 グレイ!! 俺が分からないのか!! 」
その時……
グレイは涙を一筋流した。
これは抗う彼の血の涙。
たとえ操られていたとしても……
グレイの心の何処かにある誠の忠誠心。
グレイがアルベルトに向かって剣を振り上げる。
その時……
レティがアルベルトの前に立った。
小さなレティがその両手をいっぱいに広げて。
「 もう止めてぇぇ!!! 」
「 レティ!? 」
「 危ない!! 」
皆が同時に叫んだ。
このままグレイの剣が振り下ろさればレティは斬られる。
まるでスローモーションの様に皆は立ち上がり、駆け付け様と動いている。
皆が泣きそうな悲痛の顔をして……
悲劇がここで起こるかも知れないのだと。
グレイは振り上げた剣から手を離した。
カランカラン……
床に落ちた剣の音が大きく響いた。
騎士が剣を手から離すと言う事は死を意味すると言う事。
「 ○×☆#*#*☆○× グレイ! 殿下への攻撃を止めろ! 」
そこにロバートの命令が飛んだ。
グレイの虚ろな瞳が優しくなる。
レティの前にゆっくりと跪く。
そして、レティの手を取り……
その小さな手の甲に口付けをした。
そして……
胸に手を当て……
グレイは騎士の忠誠のポーズをレティにした。
こんな時でも……
溢れる程の切ないレティへの想いがそこにあった。
皆が立ち止まり……シーンとなった。
わぁぁん……うえーん……
声を上げて泣いているレティの声だけが響く。
レティにとって……
師であるグレイが、主君であるアルベルトを攻撃する姿はあり得ない事だった。
身命を賭して主君を守る事は騎士の誇り。
それが出来ない時は死を持って償う事が己の矜持。
主君に忠誠を誓う騎士が……
主君に刃を向けるなんて事は万が一にもあっては無い事。
それをさせられていたのだ。
悔しかった。
憎かった。
騎士の矜持を削り取る魅了の魔力が。
主君である誰よりも愛しいアルベルトを死なせる訳にはいかない。
師匠であるグレイに主君殺しをさせたくは無い。
少しでも主君を自分の刃で傷付けた事を知れば……
グレイはきっと自決する。
レティは飛び出した。
死を覚悟して。
グレイがレティの頬に手を当て優しい顔をして……
少し笑った。
泣かないで……俺の……愛しい人。
そして……
膝を付いたままに……
レティの足元に崩れ落ちる様に倒れた。