一緒に帰ろう
海に飛び込んだグレイ、サンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップは海水をジャーっと豪快に絞っただけで、そのまま馬に乗り帰城の途に付いた。
「 我々は雨の日も警護に当たるのだから、何でも無い事だと笑って 」
初夏だと言ってもまだ6月の終わりだ。
馬に乗って風を切れば濡れたままの衣服では寒さは倍増する。
それでも彼等は意気揚々として馬で駆けて行く。
探していた魔石を主君と一緒にゲットした事が誇らしいのだ。
心配そうな顔をして馬車の窓から顔を出すレティに……
グレイは大丈夫だと笑って親指を立てる。
サンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップも親指を立てて、馬車を並走していた。
馬車は2台。
2台目の馬車には、ラウル、エドガー、レオナルドとクラウドが乗っている。
クラウドは今回初めてジャック・ハルビンに会った。
普通ならば……
諜報員は他国の皇太子に姿を見せる事はしないのだが……
アルベルトがレティを追い掛けて行ったローランド国でのあの短い滞在期間に、2人が彼と出会っていた事にクラウドは驚いた。
勿論、お互いに正体は知らないが。
サハルーン帝国との国交をこれ程までにスムーズに結べた事は、この3人のお陰なのだろうとクラウドは思った。
両国の皇太子が情報を交換し合っている事も前代未聞だ。
これも一重にレティがいるからで。
サハルーン帝国との国交が結ばれた時に……
「 ジャファル殿がレティちゃんを妃にと狙っているのが、また面白い関係だ 」
……とロナウド皇帝が笑っていたのが印象的だった。
ルーカス宰相は渋い顔をしていたが。
勿論、この馬車にはジャック・ハルビンは乗ってはいない。
ルーカス宰相に詳細を話して欲しいと言ったら……
「 あんなおっかない人の前に出たら小便チビる~ 」
くわばらくわばらと言って彼は姿を消したのだった。
クラウドはこの事件を、何処から伝えたら良いのかと頭を抱えている。
前もって陛下と宰相には伝えておくべきだったと。
ラウル、エドガー、レオナルドはこの港にロブスターを食べに行こうとアルベルトから誘われただけだった。
早朝に皇宮に行けば……
第1部隊までもが出動する事態になっていた。
昨夜にジャック・ハルビンからの密輸の密告があったと言うならば、こんなに面白い事に参加しない訳にはいかない。
変装しての潜入捜査に強力する。
潜入捜査だからレティとは別行動で……
家を出る時から別行動の意味があるのかと思ったが、それが潜入捜査だと言われればそんな物なのかと……
夜勤明けのエドガーを、レティの護衛として公爵邸に行かせて皇宮を出発した。
皇太子殿下の命は絶対だ。
まさか……
こんな事になるとは思ってもいなかった。
海から上がったレティは尋常では無かったと、ラウルは後からエドガーとレオナルドに聞かされた。
アルベルトが戻って来るまでは、ただガタガタと震えながら泣き続けているだけで……
どんな言葉も頑として受付け無かった。
アルベルトだけを見つめ……
アルベルトが戻って来るのをポロポロと大粒の涙を溢しながらひたすら待っていた。
あんなレティは初めてだったと。
レティの……
毛布グルグル巻きの芋虫状態は、どうしたら良いのか分からないエドガーとレオナルドの愛情だった。
エドガーとレオナルドもボートの桟橋から一部始終を見ていた。
アルベルトから誰かが船から落ちるかも知れないから、直ぐにボートを出せる様に待機していて欲しいと言われた。
落ちて来たのは……
まさかのレティとアルベルトだった。
ボートの桟橋は少し離れた場所にあった。
そこで2人でのんびり喋っていると……
船の周りにいる人々の悲鳴が聞こえて来た。
船を攻撃しようとする男達を見て、エドガーはボートに乗り込み直ぐに漕ぎ出した。
エドガーは騎士である。
レオナルドも慌ててボートに飛び乗った。
その時……
海の上で2人が見たものは……
手摺に立ったレティだった。
あっと思った時は既に男の腕に矢を射っていた。
大歓声が起きる。
皆がレティを応援している。
直ぐにレティは、もう一矢放った。
男が頭を抱えて下げなければ頭に命中して即死だったろう。
レティは本気だ。
本気であの2人を殺るつもりだ。
直ぐにボートはエンジン音を立てて逃げ去って行ったが。
次の瞬間にレティは海に落ちたのだ。
「 !? 」
ボートを漕ぐ手を止めて見ていたエドガーが、急いで漕ぎ始めた。
すると……
直ぐにアルベルトが手摺に飛び乗り、レティを追って船から海に飛び込んだのだ。
「 !? 」
レティがアルベルトに向かって手を上にあげる。
アルベルトはレティを掴もうと手を下に伸ばしている。
まるでスローモーションを見てるかの様に2人が海に落ちて行く。
ざぶーーーーん!
ざぶーーーーん!!!
エドガーはボートのオールを握り直してスピードを上げた。
すると……
次にはグレイが……
その次には騎士達がどんどん海に飛び込んで行った。
「 殿下ー!! 」と、叫びながら。
レティの本気の攻撃があったからこそ男達は逃げ去ったのだ。
エドガーは思った。
レティは騎士。
何故だか分からないけれども彼女は騎士なのだ。
敵を仕留めると言う……
騎士の覚悟が備わった騎士の中でも最も崇高な騎士。
第1部隊に入れるんじゃ無いかと思う位の。
そして……
何故か自分より先輩で。
エドガーは第1部隊に入りたいと思った。
主君を助ける為に海に飛び込んだ彼等に感動した。
捜索していた魔石を見付けて……
主君と一緒に運ぶ彼等の誇らしい顔。
彼等の絆は強い。
羨ましい程に。
レオナルドは愁いていた。
彼は学園を卒業したら、レティと結婚したいと親に言うつもりでいた。
今までに色んな令嬢と付き合ったが……
こんなもんかと思っただけだった。
どの令嬢も同じだと。
彼女達は皆、アルが駄目なら俺に来ると言う程度の女達だった。
だから……
どうせこんなもんなら、気心の知れたラウルの妹で良いじゃ無いかと。
何よりもレティは公爵令嬢だ。
それに……
とても美しい様相で可愛らしい。
親からの反対がある筈も無いので面倒な事も無い。
しかし……
まさかまさかの事が起こった。
皇子のアルベルトがレティに恋をしたのだ。
アルが?
どんな美女が言い寄って来ても本気にならなかった皇子だぞ。
小さい頃に可愛がっていたラウルの妹に本気の恋をしたのだ。
皇子である彼は政略結婚を受け入れていた。
自分は他国の王女と結婚をする事になるのだと日頃から言っていたのだ。
だから……
婚約が決まるまではと、適当に女をとっかえひっかえしているのかと思っていた。
政略結婚では無い本気の恋。
2人の絆の強さは自分が思っている以上に深い。
ラウルは……
春を過ぎた頃からのレティの変化を感じ取っていた。
まるで……
今生の別れかの様に公爵家の家人達と接しているのだ。
皇宮に上がるからか?
親父やお袋はそう言うが……
俺はレティが皇宮に上がるのは反対だった。
親父もお袋もレティの事はアルに丸投げだから、2人共に何も言わないが。
友達として、兄として……
やはりそこには複雑な感情がある。
しかし……
最近はアルの側に行くのが賢明と思う様になった。
ウォリウォール家の娘としても、アルの婚約者と言う立場としても……
レティはかなり危険な立場にいる。
数々の女達の嫉妬は勿論だが……
魅了の香水に魅了の魔石なんてとんでも無い物までが出て来たのだ。
命をも危険に晒す事ばかりだ。
そして……
我が妹は、自らその危険に飛び込んで行くのだ。
女だてらに剣や弓矢を持って。
いつの間にそんな妹になったのだろうか?
多分親父はそこを考えているのだ。
レティはアルの側にいる事が何よりも安全なのだと。
ラウルが騒ぎを聞いて駆け付けた時には、レティは踞って泣いていた。
握り締めて離さなかったオハルとデカイ顔のリュックは、お兄ちゃんであるラウルには素直に渡した。
ラウルは……
レティが男達に矢を放ち、海に落ちる所は見てはいない。
エドガーとレオナルドに凄かったと聞いただけである。
彼等は言う。
アルがレティを追って海に飛び込む姿は感動的だったのだと。
各々の思いを乗せて馬車はカラカラと走る。
***
「 何故あの場所に魔力使いがいる事が分かったの? 」
もう1台の馬車では、レティは皇太子殿下からの事情聴取を受けていた。
「 あいつらは魔石だけで無く、魅了の魔石や香水をあの袋に入れて隠したのよ。我が国では外国籍の人は手荷物検査をするでしょ? 」
タシアン王国に着いたらこっそりと取るつもりでいたのでしょうと言って。
「 それで彼等は、ジャック・ハルビンに聞かれたく無い事を聞かれて、アルが来たから怖くなったのよ 」
「 だから証拠隠滅をしようとしてあの場所にいたのか…… 」
尋問中だとしても、レティはアルベルトの膝の上にいるのだから甘々だ。
アルベルトはレティの頭や顔中にチュッチュッとキスをしているのだから。
レティはあの船が爆発する事を知っている。
自分達が逃げる事を考えて船を爆発させるにはどうしたら良いかを考えたら、船から降りているだろうと思ったのだと言う。
「 もし、あの魔力使いが攻撃性の強い魔力使いだったら、レティに攻撃したかも知れないんだよ? 」
魔力は飛ばせるのだからと言うアルベルトは雷の魔力使いだ。
「 あの魔力使いは光の魔力使いだわ……多分 」
今、世界で確認されている魔力使いは光、炎、水、風、雷だ。
後は聖女の浄化の魔力だ。
魅了の魔力使いもいるかも知れないが。
水を通すのは光だから……
船を攻撃しようとしていた魔力使いは、光の魔力使いだと思ったのだと言う。
でないとあそこで魔力を使う事はしないだろうと。
「 成る程 」
レティの咄嗟の判断に恐れ入る。
光の魔力はどの魔力よりも一番攻撃力が弱い。
仮に当たってもダメージは殆ど無い。
「 それから……ん?……レティ? 」
アルベルトの体温の高さと、彼の優しい甘い香りに安心したのか、レティがうつらうつらとしだした。
「 ……ん…… 」
レティがアルベルトの逞しい胸に顔を擦りつける。
甘えて来るレティが可愛い。
「 あのね…… 」
「 何? 」
「 お腹……空いた 」
「 お腹空いたの? 」
「 朝早く食べただけだから……後は船の部屋でね……クッキーを食べたの…… 」
それでもお腹空いたと言う。
可愛い……
「 うん、城に帰ったら、一緒に食べよう 」
「 アル? 」
「 何? 」
「 食べさせて……くれ……る? 」
「 !? 」
可愛い過ぎて狂いそうだ。
アルベルトはレティの頭に唇を寄せる。
余程眠いのかもう瞼は閉じていた。
長い睫毛も愛おしい。
「 私……ちょっと……疲れちゃった……の…… 」
「 うん、良いよ。僕がお腹いっぱい食べさせてあげる 」
「 あり……が……と…… 」
レティはスヤスヤと寝息を立てて寝てしまった。
あんな事があったんだ。
疲れる筈だ。
こんな小さな身体で船を……
いや、港を守ったのだ。
全身全霊で。
命を掛けて。
今日この日まで……
何度も眠れ無い夜を過ごしたに違いない。
死ぬかも知れないと言う恐怖と、レティはずっと戦って来たのだから。
アルベルトは……
レティが自分にしがみついて離れなかった事が嬉しかった。
きっと俺の腕の中が何よりも安心だと思ってくれているのだろう。
こんな時には同じ屋根の下に帰れる事が嬉しい。
レティが……
愛しくて愛しくてたまらない。
今夜は一緒に眠ろう。
俺が一晩中抱き締めていよう。
君が安心して眠れる様に。
***
─おまけ─
「 それにしても、俺が皇子様スタイルなのは何故なんだ? 」
あの侍女達はアルとレティの着替えは用意したが、俺の着替えだけ用意して無いときた。
全く腹立たしい。
ラウルが皇子様なのはレティが当時を再現したいと言ったからで。
レティが海に落ちる時に見た皇太子を演出したかったのだ。
アルベルト自身は船のスタッフに変装してレティの側にいる事から、ラウルに代わりをやって貰った。
だから……それ以外は特に意味は無いもので。
皇子様衣装を用意した侍女達は……
次はダンスの講師のゴンゾーの着ている衣装を参考にして、ラウル皇子様に着せようとほくそ笑むのだった。