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生きている熱

 




 く………苦しい………



 レティ……大丈夫だ……僕がいるよ……





 ***




 アルベルトがレティと別れた場所に戻ると、レティはもうそこには居なかった。


「 全く……待ってろと言ったのに 」

 何処に行った!?


 神出鬼没のレティは……

 待っていろと言われて待っていた試しがない。



 甲板に出ても誰もいなかった。

 乗客は部屋に待機させている事から、甲板にいれば直ぐに見付けられる筈だ。


 アルベルトが建物の中に戻ろうとした時に……

 呻くような男の声が聞こえた。


 その声の方に行って見ると……

 レティが手摺の上に立ち、弓矢を下の方向に向けて構えていた。



 声が出そうになるのを、手で口を押さえて我慢する。

 いきなり声を掛けたらビックリして海に落ちてしまう。


 恐ろしい事に……

 レティは両手で弓矢を構えており、彼女は何も掴まらずに手摺の上にいるのだ。



 ああ……

 弓矢を構えるレティは何よりも綺麗だ。

 朝日に輝いているその姿はまるで女神の様。


 なんて……

 見とれている場合じゃない。

 海に何かあるのか?


 アルベルトは気付かれない様に近付いた。


 レティは矢を放った。

 ひぃぃぃ……と言う男の声がすると、船のエンジン音がした。



 逃げたのか?


 アルベルトが手を伸ばしてレティを掴もうとしたら……

 グラリと揺れたレティが海の方に落ちて行った。



「 くっ! 」

 アルベルトは上着を脱ぎながら手摺に飛び乗り、手摺を蹴って頭から海に飛び込んだ。



 その時……

 甲板に出て来たグレイが海に飛び込むアルベルトを目撃した。



「 殿下! 」



 

 海に落ちて行くレティが……

 頭上から落ちて来るアルベルトを見て手を伸ばした。

 アルベルトもレティを掴もうと手を伸ばす。



「 レティ!! 」



 ざぶーーーーん!




 ざぶーーーーん!!!




 駆け付けてくるグレイの顔は青ざめる。


 水の音が2回……

 殿下の先に誰か落ちたのか!?


 まさか落ちたのは……



 リティエラ様!?


 剣帯を腰から外して剣を甲板に置くと、手摺に掛け登り海に飛び込んだ。


 そして……

 グレイの後から駆けて来ていたサンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップも、腰から剣帯を外して剣を置いて次々に海に飛び込んで行く。



「 殿下っ! 」

「 殿下ーっっ!」





 ***




 レティが海に落ちると直ぐにアルベルトは海に飛び込んだ。



 死なせるもんか!




 く………苦しい………



 レティ……大丈夫……僕がいるよ……



 泡の中でもがくレティの腕を引き寄せ……

 レティの頬に唇を寄せる。



 アル………



 あの日……

 海に落ちる寸前に見た皇太子殿下は……

 今、目の前にいて……

 私を見つめている。



 私は死なない。

 アルがいるから大丈夫。



 レティを抱えたアルベルトが海面から顔を出した。

 ゴホゴホ……

 顔を出したレティも必死で息を吸う。



「 レティ!……ゴホ……無事か!? 」

 レティはアルベルトの首に手を回したままで、コクリと頷いた。


 手にはしっかりと()()()が握られて。

 背中にはデカイ顔のリュックも背負われていた。

 流石に矢筒に入っていた矢は何処かへ行ってしまったが。



 良かった。

 無事だった。



「 殿下! ご無事ですか? 」

「 ああ、大丈夫だ 」

 直ぐにグレイが泳いで側に来た。

 騎士達も次々に泳いで来る。


 皆が2人の無事を確認して安堵の表情をする。



 レティはアルベルトの首に両腕を回してしがみついている。


 今日は風も無く波も穏やかなのが幸いしたが。

 しかし……

 こんなにしがみつかれてはアルベルトは泳げない。

 このままでは溺れてしまうかも知れない。



 グレイがレティの腕を持ち、一旦離そうとしても……

 レティはイヤイヤと首を横に振り、アルベルトにしがみついて決して離れ様とはしない。


 勿論、オハルも決して離さない。

 これは私の物だと。

 このオハルには並々ならぬ執着心を見せている。


 騎士団の訓練でも……

 オリハルコンの弓を使わせて欲しいとロンやケチャップが言っても、嫌だと言って絶対に使わせてやらないのだ。



「 アル……船尾にある舵の部分を……調べて……欲しい 」

 アルベルトにしがみついたままでレティが言う。

 消え入りそうな声で。


「 あそこに……ジャック・ハルビンが言っていた……ミレニアム公国……から……盗まれた魔石があると……思う 」

 海水を飲んだからか、話すのが少し苦しそうだ。


「 !? あんな場所に? 」



 ミレニアム公国で魔石を盗掘した彼等は、そのままエルベリア山脈を越えてこっそりとシルフィード帝国に入国した。


 シルフィード帝国では、外国籍の者の荷物は、入国する時も出国する時も必ず調べられる事から、夜の内に用意していたボートで、舵のある部分の突起に針金を巻き付けて魔石の入った袋を括り付けた。


 どうりで……

 第1部隊の騎士達が必死で探しても見付からない訳だ。



 彼等は魅了の魔石でガスター船長を操り、航路を変更させてタシアン王国に向かうつもりだった。

 タシアン王国のゲーベルの港に入港したら、この魔石を取り外す手筈で。


 

 しかし……

 まさかの皇太子が乗り込んで来ての捜査が始まったのである。


 そして……

 怪しい男に、魅了の魔石の事とこの船がタシアン王国に向かう事を聞かれた事で、船から降りてボートに乗り証拠隠滅に取り掛かったのである。


 彼等は……

 ミレニアム公国から盗んで来た魔石と……

 禁忌である魅了の魔石と魅了の香水をこの袋に入れていた。


 失敗した時は跡形もなく証拠を消し去る事が組織の鉄則。


 魔力が融合された魔石に別の魔力を注げば、この船を簡単に爆発させる事が出来る。



 その時に……

 レティが現れたのだった。




 アルベルトはグレイに舵の部分を調べる様に命じた。


「 御意 」

 グレイ、サンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップの5人は、やって来たボートを見やってから泳いで行った。

 乗っている男達に軽く手を上げて。


 ギィギィキと言う音と共に手漕ぎボートがやって来ていたのだった。



 乗っているのはレオナルド。

 ボートを漕いでいるのはエドガーだ。


 アルベルトから……

 誰かが海に落ちるかも知れないから待機していてくれと頼まれて、桟橋でボートを準備して待機していたのだった。



「 どうやら無事な様だな 」

「 まさか、お前らが降って来るとは…… 」

 レオナルドは苦虫を潰した様な顔をしながら、アルベルトにしがみ付いているレティに手を伸ばした。


 まだアルベルトにしがみついて離れ様とはしないレティに、アルベルトがあやす様に言う。


「 レティ、もう大丈夫だから。ボートに乗って 」

 レティはコクンと小さく頷いて、アルベルトの首に回していた手を離し、レオナルドに引っ張りあげられてボートに乗った。


 海水を吸ったワンピースも重いが、背中にあるデカイ顔のリュックがずっしりと重い。


 ボートに乗ると、レオナルドが積んであった毛布をレティに掛けた。



 手漕ぎボートにはとてもじゃ無いが大の男の3人は乗れない。

 エドガーが代わるとアルベルトに言ったが……

 アルベルトはそのままボートを漕いでレティを岸に連れて行けと言う。


「 エド、レオ、レティを頼む 」そう言って、アルベルトはグレイ達の向かった舵の方に泳いで行った。

 


 今の今まであったレティの熱が離れて寂しくなる。

 あの熱がレティの生きている証で。

 あの暖かさを感じる事で、アルベルトは安心していたのだった。


 少し振り返ると……

 岸に向かって行くボートの上で……

 毛布にくるまったレティが、泣きそうな顔をしてこっちを見ていた。



 グレイが懸命に船体の突起から針金を外そうとしているが、海の中の作業なので上手く外れない。


 短剣を取り出して、鞘を口に加えて何とか切ろうとしているが……

 針金は短剣では切れない。

 立ち泳ぎをしながらの作業なのでだんだん体力が奪われて行く。


「 グレイ班長! 俺が変わります!」

 サンデーがそう言った時にアルベルトが泳いで来た。



「 殿下…… 」

「 ちょっと下がっていろ! 」

 皆を下がらせてアルベルトは手を頭より上に上げる。


 指から出した小さな稲妻の魔力で針金を焼き切った。

 もうすっかり魔力のコントロール出来る様になっている。


 騎士達がワッと歓声を上げる。



「 殿下! 魔力って便利ですね 」

「 まあな 」

 皆がアルベルトの指を凝視している。


 あんな所から雷の魔力が出るなんて……

 殿下は神か。

 


「 俺も魔力が欲しいッス 」

「 お前なら俺らは感電死してる 」

 ロンとケチャップがワチャワチャしながら、2人がかりで魔石の入った袋を運んで行く。


 サンデーとジャクソンは……

 お前らふざけて海に沈まさない様にしろよと、叱りながら泳いでいる。

 疲れたら代わるから言えよと言う優しい先輩達だ。



 騎士達は泳ぎの訓練もするので泳ぎは達者だ。

 特に第1部隊は沼での訓練もある。

 彼等はそれらをなんなとこなす凄い騎士達なのである。


 皇子様も水泳の訓練はさせられている。

 沼での訓練は流石にしないが。

 如何なる場合も生き残る為に。

 皇子様は軟弱では成り立たないのだ。


 勿論、ラウル達も。

 若きクラウド騎士に彼等は鍛えられたのだった。



 騎士達の歓声の声を聞いてレティは安堵した。

 思っていた通りに魔石はあの場にあった。


 2度目の人生の爆発も、3度目の人生での爆発も……

 何故起こったのかは誰も知る事は無い。



 だけど……

 レティが爆発を防いだ。


 そして……

 レティが死ぬ事はアルベルトが防いだのだ。


 それがレティの……

 この4度目の人生での出来事である。




 終わった。

 船の爆発は起きなかった。


 そして……

 私は海に落ちても死ななかった。




 岸に降りたレティは……


 涙をポロポロと溢しながら……

 騎士達と泳いで来るアルベルトを見つめていた。











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