続きの港へ
「 着いたらここを訪ねなさい 」
突然ローランド国に店を出しに行くと言い出した私に、お父様は知り合いの住所と名前を書いたメモ書きを渡してくれただけで……
私には何も言わなかった。
今から思えば……
お父様はこうなる事を知っていたのかも知れない。
この頃……
軍事式典に合わせてアリアドネ王女はシルフィード帝国に来国していた。
アリアドネ王女が私にウェディングドレスの依頼をする事を、お父様が知らない筈は無い。
私に依頼する事を聞いていて……
私の殿下への気持ちを知っていたお父様が、私を不憫に思って、ローランド国の知り合いを訪ねて行く事の手配をしてくれていたのだわ。
何時までも想い続ける私の叶わない恋に……
ピリオドを打たせる為に。
早朝にトランク1つ持って自宅を出たレティは、馬車に乗り港に向かっていた。
1度目の人生の記憶を手繰り寄せる。
もう、15年も前の事だから記憶が曖昧なのは仕方が無い。
そもそも共通語の話せない私が他国に行くなんて……
無鉄砲過ぎて笑える。
別にローランド国で無くても良かったのよ。
たまたまこの日の船の出港先がローランド国であったと言う。
ただそれだけの事だったのよね。
全ての現状から逃げ出したかっただけで。
殿下と王女の逢瀬は連日ニュースになっていた。
耳を塞いでも、目を伏せても聞こえてくる程の盛り上がり様だった。
皇太子と王女の結婚なのだからそれは当然で。
オペラ観劇をしたとか。
湖でボートに乗ったとか。
「 あっ!?………… 」
やっぱりアルは王女と湖デートをしたのだわ。
だから……
私を湖には連れて行ってくれ無いのよ。(←まだ拘っている)
いやいや……待てよ。
この時の殿下は今のアルじゃ無いのよね。
でも……
連れて行ってくれ無いのは今のアルで……
「 グゴゴゴゴー 」
その時、御者席からイビキが聞こえた。
「 エド! 煩いわよ! 」
馬車の窓が開いているから、眠りこけているエドガーのイビキがレティの思考を止める。
1度目の人生ではレティは1人だったが……
今朝、アルベルトに頼まれたからと言って、エドガーが護衛としてやって来たのだった。
「 あの時の再現をするから、1人で行くって言ったのに 」
全く……
アルってば過保護なんだから。
皇太子宮でも……
心配だから一緒に寝ようってしつこいのなんのって。
「 皇宮が1番安心な場所だから入内する様に言われたのにおかしいわ! 」
……って追い返したんだけど。
そりゃ……
アルの腕の中が1番安心出来るのには違い無いけど。
それは気持ちの問題で。
結婚もしてないのに毎日一緒のベッドで寝る訳にはいかないわ。
叱られた仔犬みたいに……
シュンとしたアルはちょっと可哀想だったけれども。
アルは優しい。
カッコ良いだけじゃ無くて。
皇子様と言う立場だけじゃ無くて。
1人の人間としても出来た人だと思うわ。
彼が……
我が国の皇太子である事が私達帝国民の誇りなんだから。
何より……
あの曲者のお兄様達がアルを大好きなんですもの。
ただ……
女性にモテ過ぎるのが難点なだけで。
だけど……
私だけを好きでいてくれる。
?
私だけじゃ無いわね。
王女と3度も婚約したのだから、アルはアリアドネ王女と結婚したいと思ったのよね。
だから……
私はシルフィード帝国から去る事になって……
あれ?
それは今のアルとは……
「 グゴガーガガガ……… 」
「 …………… 」
エドガーのイビキが激しい。
「 煩ーい! 考えの邪魔をしないでよ! 」
……と、レティは窓から手を出してエドガーの耳を引っ張った。
「 うーん………肉……むにゃむにゃ 」
エドガーは昨夜は夜勤だった事もあり、すっかり寝入ってしまっていて、横にいる御者が落ちやしないかとハラハラしながら馬車を走らせていた。
「 お嬢様! エドガー坊っちゃまがズリ落ちそうです 」
「 もう! 仕方無いわね 」
レティはデカイ顔のリュックから紐を取り出して、エドガーの身体に巻き、その紐を扉の取っ手に括り付けた。
「 グゴゴゴゴ…… 」
それでも起きないエドガーで。
はぁ……よっぽど疲れてるのね、
帝国の為に頑張ってくれているんだわ。
レティは……
デカイ顔のリュックから取り出したタオルを、枕代わりにエドガーと窓枠の間に挟んであげた。
ともすれば……
色んな事を考えるあまりに、負の感情に陥りそうな辛い道中になるかも知れなかったが……
エドガーがいる事で気が紛れる事になったのだった。
***
レティは『出入国管理所』で『 ◯ぴー丸 』の乗船券を買って、出国のサインをした。
ローランド国行きの船に乗るのだから必要な事だった。
「 あっ!?…… 」
「 !? 」
窓口に座っている女性の驚いた様子に、レティはサインを書き終えたペンを置いてその女性を見た。
「 ジル……さん? 」
「 ………… はい。お久しぶりでございます 」
ジルは肩までの短い髪型にしていた。
「 ここで働いていたのね 」
懐かしい顔につい顔が綻ぶ。
ジルは平民であったが優秀な頭で文官になり、皇太子の側近であるクラウド秘書官就きの女官になった。
将来は……
皇太子妃となったレティの秘書官にするつもりで、クラウドは随分と目を掛けていたが……
彼女もまたアルベルトに想いを寄せている女性で。
決して叶わぬ想いを拗らせ、約束された将来を棒に振った女官だった。
「 お……お一人ですか?…………いえ、余計な事を申しました。申し訳ございません 」
レティの後ろを覗き込む様にして一瞬目を輝かせたジルだったが……
誰もいないと分かると少しがっかりした様な顔をした。
相変わらずレティには無愛想だ。
さっきは事務所から彼女であろう笑い声がしていたのに。
彼女もアルに恋い焦がれていたのだから……
私に対して冷たくなってしまうのも仕方無いわよね。
ジルは1度目の人生の私と同じ。
そう思うと……
何だかとっても愛おしい、
私は……
あの時死んじゃったけれども……
彼女はちゃんと生きていて、別の場所で、別の人生を生きている。
笑いながら。
「 ジルさん……貴女は今……凄く生き生きとしてますわ。ここで貴女に会えて良かった…… 」
以前の暗い彼女とは違って……
随分と表情が明るくなったジルを見て嬉しくなる。
新しいこの職場は彼女に合っていて……
とても楽しいのだと言う事が手に取る様に分かる。
そしてレティは……
停泊している目的の船を見上げた。
大丈夫!
ちゃんと次がある。
私にも続きの人生を見る事が出来る!
レティは……
背筋をピンと伸ばして……
トランクの持ち手をギュッと握り閉めて、停泊しているローランド国行きの船のタラップを上った。
前だけを見つめて。




