ウェディングドレス
レティは悩んでいた。
結婚式の日まで後1年となった今、そろそろウェディングドレスの製作をしなければならないのだ。
勿論、自分の着るウェディングドレスは自分でデザインして、『 パティオ 』のお針子さん達の手で仕上げる事にしている。
今生では16歳の時に立ち上げた自分の店『 パティオ 』は、オープン以来3年半が過ぎて順調だ。
1度目の人生の時の『 パティオ 』は19歳の時に立ち上げ、貴族中心の高級ブランド店だった。
夜会などにも頻繁に行き、結婚前の令嬢達の流行のリサーチを懸命にして、1年後には異例の早さで新進デザイナーとしてモード界に名を馳せる様になった。
自国の皇太子殿下のご成婚の時の、ウェディングドレスの発注を他国から受ける程に。
しかし……
今も貴族中心のドレス店ではあるが……
母親達の着る様な高貴な夫人のドレスから、学園の生徒達の好む可愛らしいドレス、平民達の着るちょっとお高いお洒落なワンピースまで幅広いドレスを売っている。
殆どの貴族のドレスはオーダーだが、『 パティオ 』は既製品もある事でも評判だ。
たまに……
デカイ顔のリュックや猫耳などの、妙な雑貨もヒットしていると言う異色の評判の店でもある。
1度目の人生では店を大きくする事に必死だったが……
今は自分の趣味程度に儲ければ良いかと思っている。
働いてくれているスタッフとお針子さん達に十分な賃金を支給出来る程の。
まあ、皇太子の婚約者になっているのだから、セーブしなければならないのは仕方の無い事で。
最近ではサハルーン帝国から仕入れて来たドレスや雑貨が売れ筋だ。
特に妖艶なドレスは劇場のお姉様達が大喜びで。
サイズがピッタリなのは……
劇場のお姉様達流石ッス!と、言いたい所だ。
サハルーンの女性達に負けない彼女達のナイスボディーは我が国の誇りである。
この春にはめでたく国交が結ばれた事もあり、定期便の船が行き来すればもっと仕入れをしたいと思っている所だ。
店の経営をセーブしていると言いながらも……
商売根性は健在である。
今、レティが頭を痛めているのが自分が着るウェディングドレスの事で。
1度目の人生ではイニエスタ王国からアリアドネ王女が着るウェディングドレスの発注を受けて、そんな物作りたくないとローランド国に逃げたのだが。
デザイナーの性で……
ウェディングドレスのデザインを考えてしまっていた。
アリアドネ王女の顔やスタイルを想像して。
そして……
頭の中ではしっかりとウェディングドレスが出来上がってしまったのだ。
最高の花嫁となるデザインのドレスが。
だから……
どうしても自分の着るウェディングドレスが思い浮かばない。
アルベルトと並び立つ花嫁を想像すると……
思い浮かぶのは、自分のデザインしたウェディングドレスを着たアリアドネ王女なのである。
1度目の人生で、レディ、リティーシャの店『 パティオ 』にイニエスタ王国の使者がやって来たのは……
今日、この日であった。
15年も前のあやふやな記憶だったが……
港から出港するローランド国行きの船を調べたら直ぐに分かった事で。
イニエスタ王国の使者が来た翌日に、その船に乗った事は覚えている。
レティは……
まるで夜逃げの如くシルフィード帝国を後にしたのだった。
港での船の運航予定は、皇宮にある7つの省庁の内の1つの運輸省に出向けば直ぐに分かる事であった。
ローランド国行きの船は週に1度と決まっている。
レティが調べた所では……
明日の船の名は『 ◯ぴー丸 』で、船の所有者はガスター・ストロングの名前が運航予定帳に記載されていた。
これは……
レティがミリアの猫に付けた名前。
名付け親はレオナルド。
ガスター・ストロングはミリアの父親。
レティを海に突き落としたその男だ。
この◯ぴーの意味を知っていて付けているのか、知らずに付けているのかは知らないが、ガスターが猫を可愛がっているのは確かである。
『 ◯ぴー丸 』
この船の名前はレティの1度目の人生では違う筈だ。
船の名前までは覚えていないが……
覚えているのは猫のマークの船旗があの船にあったと言う事だけだったが。
1度目の人生ではレティは料理クラブに入部はしてないので、当然ながらミリアとは友達にはなってはいない事から、ミリアがレティの庭に来ていた猫を貰う事はあり得無いのである。
そもそも、1度目の人生では……
思春期に入ってからはラウルとそれ程仲良くは無かった事から、レオナルドやエドガーとも当然仲良くは無かった。
幼い頃は別にして。
だから……
だからアルベルトとの出会いも無かったのだろう。
***
レティが海に突き落とされて絶命した後に、船が爆発して沢山の人が死傷する事になるのは明日。
その運命の日を再現する為にレティは公爵邸にいた。
皇宮に入内したばかりなのに、2日後にはもう帰宅しているのであった。
虎の穴での研究が終わるとルーカスとラウルと一緒に馬車に乗って帰宅した。
あの歌を歌いながら。
ラウルの仕事が終わり総務省の部屋のドアを開けると、レティがドアの前で待ち伏せしていた。
今から一緒に帰ると言って。
まだ仕事が終わっていないルーカスも無理矢理誘って。
誕生日の日に流した……
あの母の涙は何なんだったのかと思う父と兄だった。
乗船するには朝早くに手続きをしなければならない。
公爵家を出る所から1度目の人生の再現をやるつもりだ。
家族には……
朝早くから港に行くから、皇太子宮の侍女達に迷惑をかけたく無いからと言っている。
その港に行く理由は……
店の仕入れの為にローランド国の業者と会わなければならないのだと言って。
私用だからとルーカスは納得をしたのだった。
この、店の仕入れの為と言う理由は便利だった。
仕入れの為だと言えば結構あちこちに行けるのである。
これからも使わせて貰おうとレティは味を占めた。
家族4人での夕食も終わり……
レティは自分の部屋にいた。
ペンを持って文机に座るも、全く捗らないウェディングドレスのデザイン画を見つめてレティは憂いていた。
その時に……
「 お嬢様。旦那様が執務室でお呼びです 」
執事のトーマスがレティの部屋のドアをノックした。
「 ?……… はい、ただいま参ります 」
そう言ってルーカスの執務室に出向いた。
「 お父様、わたくしです 」
「 入りなさい 」
レティが執務室のドアを開けるとそこにはローズもいて、ソファーに座ってお茶を飲んでいた。
レティが中に入って行くと……
執務机から立ち上がったルーカスが、レティに何かの書類を渡した。
手に取って書類を見ると……
それは『 依頼書 』 だった。
「 我がウォリウォール家から、レディ、リティーシャの店『 パティオ 』に、正式にウェディングドレスの依頼をする 」
そう言ってルーカスがニッコリと笑った。
「 世界で1番素敵なウェディングドレスを、わたくしの可愛い娘の為に作って下さいね 」
ローズがレティを愛しげに見つめる。
イニエスタ王国から、レディ、リティーシャの店『 パティオ 』に、アリアドネ王女のウェディングドレスの製作を依頼された正にこの日……
シルフィード帝国最高位の貴族であるウォリウォール公爵家から、リティエラ令嬢の着るウェディングドレスの製作を依頼されたのだ。
勿論、答えはイエスだ。
「 はい! ウォリウォール公爵令嬢の為に、世界一素敵なウェディングドレスをお作り致しますわ 」
レティはドレスの裾を掴み……
膝を折って丁寧に挨拶をした。
歯車は動き出した。
運命の日に向かって……