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4度目の20歳の誕生日

 





 6月の終わりがレティの誕生日である。

 皇宮では7月の始めにある軍司式典の準備で丁度忙しい頃だ。



「 お嬢様、20歳の誕生日おめでとうございます 」

 公爵家の家人達が次々にレティにお祝いの言葉を述べている。


「 レティ、おめでとう 」

「 レティ……本当に……素敵なレディになったわ 」

 ルーカスとローズが、レティの全身を上から下まで丁寧に見やった。


 サラサラの亜麻色の髪、ピンクがかったパープルの瞳は大きくて。

 白い肌にほんのりピンクの頬に赤く形の良い唇。

 背は低いが均整の取れたスレンダーなスタイルのレティは、いくら食べても太らないらしい。



 学生時代の試験では500点満点以上を取る秀才で、学生の内に虎の穴の研究員になり、学生でありながら医師になった天才。

 学園では料理クラブと語学クラブ、騎士クラブに所属していて、他国の王太子と決闘をして勝利した程の剣の腕前である。

 シルフィード帝国の皇太子殿下と学園時代に婚約をしていて、来年の彼女の21歳の誕生日に結婚式が行われる。


 それが4度目の人生の今のレティである。



 しかし……

 彼女が天才なのも剣の腕が立つのも、それは彼女がループして人生をやり直しているから。

 彼女は20歳の年に死を迎え、その度に彼女の学園の入学式に戻って来ると言う事を3度も繰り返しているのだった。


 何故そんな事が起きているのかは勿論謎で。


 しかし……

 彼女の1度目の人生では船から突き落とされて死に、2度目の人生では流行病によって絶命して、3度目の人生ではガーゴイル討伐の時に、ガーゴイルに襲われて死んだ事は確かな事であった。



 シルフィード帝国では……

 成人となる16歳の誕生日と20歳の誕生日には、人生の伏し目として盛大にお祝いをする。


 アルベルト皇太子の20歳の誕生日には、貴族達から祝福の挨拶を受け、バルコニーに出て帝国民達からも盛大な祝福を受けて帝国中でお祝いをしたのだった。



 レティの20歳の誕生日は、家族水入らずのパーティーを開いてくれた。


 昨夜は眠れなかった。

 いや、ここ何日も眠れていない。


 20歳の年に3度も死んだのだ。

 1度目の人生では海で溺れた。

 2度目の人生では流行り病にかかり……

 3度目の人生はガーゴイルと戦って。



 3度の人生ではループの事を深く考えないでいた。

 この繰り返される奇妙な自分の運命を受け入れたく無くて……

 何も考えないでいたからこそ生きていられた。


 元来の猪突猛進的な性格もあって、2度目の人生は勉強する事に夢中になり、医師になってからは医療と向き合う事に夢中になった。

 3度目の人生では騎士になる為に来る日も来る日も剣を振るう事に集中した。



 その3度の死と向き合い、抗う事を決めた4度目の人生の今が怖くない筈が無い。


 その3度の死の後に4度目の死があるのか……

 それともそれ以外にあるのかは分からない。

 確信も何も無いままに……

 終にレティの20歳の誕生日がやって来たのである。



 大きなテーブルの上にズラリと並んだ豪華な料理はレティの好きな物ばかり。

 いや、レティには好き嫌いは無いが。


 家族4人水入らずの会話はレティの子供の頃の話中心だった。


 15歳の誕生日以前の話は、レティにとっては20年以上も前の話だ。

 今のレティは15歳からの5年間を4度も生きているのだから。



 知らない話や忘れていた話が次から次へと出てくる。

 時には執事のトーマスやローズの侍女のサマンサ達の、家人達の話しも加わって。

 ラウルと同じ場所にいても違う視点の話が楽しくて、賑やかな時間が過ぎて行った。



 そして……

 昔話には必ずや登場するエドガーとレオナルドとの幼い頃の4人の話も。


「 私が川に落ちた時に助けてくれたのはエドガーじゃ無かったの? 」

「 お前を助けたのはレオ。そしてそのレオを助けたのがエドだ 」


 領地の館の裏にある川で4人で遊んでいた時の事である。

 毎年の様に……

 夏にはエドガーとレオナルドがウォリウォール家の領地に遊びに来ていた。



 レティが5歳の頃。

 足を滑らせて落ちた川で助けてくれたのが7歳のエドガー。

 ……だと思っていたらレオナルドだとラウルが言うのだ。


 直前にラウルが木から落ちた事もあり、何時も側に仕えている侍従や侍女が目を離した一瞬の出来事だった。


 決して深くは無い川だけど……

 5歳のレティが溺れるには十分だった。

 誰も助ける人がいないその瞬間ならば。



 レオナルドが直ぐに川に飛び込みレティを抱えた。

 レティを川岸に押し上げた時に、レオナルドは足を取られ流されそうなった。

 2人に気付いたエドガーがレオナルドに手を差し出して支えている所に、侍従達が彼らを助けたのだった。


 レオナルドがエドガーに助けて貰った事のお礼を言っていたから……

 レティはてっきり自分を助けてくれたのはエドガーだと思っていたのだった。


「 レオだったのね…… 」

 猫の名前の件では未だにムカついているが、レオナルドを許す事にしたのだった。



 昼過ぎから行われていたパーティーは、来訪を告げる執事のテリーの言葉で終わった。

 この日はレティが皇宮に入内する日でもあった。


「 皇宮よりお嬢様のお迎えの馬車が到着致しました 」

 既に支度を終え、お茶を飲みながら待っていたレティは立ち上がり、ルーカス、ローズ、ラウルに別れを告げる。



「 レティ……シルビア様に誠心誠意を持ってお仕えするのよ 」

「 はい……でもお母様……まだ嫁ぐ訳では無いわ 」

「 そうね……まだ私達の娘よね 」

 ルーカスとラウルは黙ったままで挨拶のハグをレティにしたが、ローズは寂しさのあまり涙を流していた。



 レティは……

 1年後には皇太子と結婚をする事から、皇族になる為のお妃教育を受ける為に入内する。


 今までの週に1度のお妃教育は、レティに会いたいが為にアルベルトが無理矢理決めた事から始まったが、3年前の秋からは本格的に帝国史や皇族史を学び、今ではそれも既に終了していた。



 しかし……

 これからは皇后シルビアに就いて、宮廷での行事や儀式の慣習や作法に付いて学ぶ事になる。


 生まれながらの王族として生活をしている王女であるならば、他国に嫁いでも少しの違いはあるにしろ、大方の事は身に付いているものなのだが。

 貴族令嬢にしか過ぎないレティは、それらの全てを1から学ばなければならないのであった。


 平民と貴族の違いの様に、貴族と皇族の違いもかなり大きなもので。

 それは………

 皇族や王族は神に近しい者として存在しているからで。



 しかしだ。

 お妃教育と言っても必ずしも皇宮に住む必要はないのだが。

 それはアルベルトの希望で。


 レティからループの話を聞かされた今、20歳で死ぬ事を繰り返しているレティと、どうしても離れて過ごす事が出来ないからだった。



 いよいよこの日が来た。

 しかし荷物は……無い。

 皇太子宮にある自分の部屋にはもうレティの物が溢れていた。


 そう……

 皇宮でのお妃教育となっているが、レティが住むのは皇太子宮にある自分の部屋。

 アルベルトの部屋の前にある客室だ。




 玄関から出ると皇宮から迎えに来た馬車の周りには……

 跪いた騎士達と彼等が乗って来ていた馬がいた。


 皇宮騎士団第1部隊第1班の面々がレティを出迎えた。


「 リティエラ様、殿下の命を受けてお迎えに上がりました 」

 第1班班長のグレイが、優しく微笑みながらレティに手を差し出した。

 レティは戸惑いながらも、グレイの手にその小さくて白い手を乗せて馬車に乗り込んだ。



 公爵邸から皇宮までは10分も掛からない距離。


 昨日の朝にはルーカスとラウルとの3人で馬車に乗り、何時もの様に歌を歌いながら出勤した場所に、皇太子を護衛する騎士団の10人に護衛をされながら馬車で向かうのである。


「 嘘でしょ? 」

 レティは颯爽と馬に跨がり出発の準備をする騎士達を、馬車の窓から見ながら1人言ちた。


 皇宮に人内すると言う事はそう言う事。



 グレイの号令で馬車がカラカラと進み出した。

 窓の外ではサンデーやジャクソン、ロン、ケチャップ達が馬車の横を騎乗して並走している。

 先頭にはグレイが馬に乗り駆けているのだろう。


 馬車はあっと言う間に皇宮の門に到着した。

 今から橋を渡るのである。


 すると……

 ラッパの音が鳴り響いた。


「 リティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢がご入内なされます! 」

 門番が敬礼をしながら高らかに告げた。


「 嘘でしょ? 」

 レティは何時も手を振って挨拶をする橋の上の門番を、目を大きくて見開いて見ていた。


 皇宮に人内すると言う事はそう言う事。



 橋の両脇の欄干には騎士達がズラリと並んでいて、レティの乗った馬車に敬礼をしている。


「 嘘でしょ? 」

 ズラリと並んだ騎士達の中には、レティの友達であるケインやノア達の新米騎士達がズラリと並んでいる。


 騎士クラブの先輩達の顔も見えて来た。

 橋を渡り終える頃には……

 敬礼をしているエドガーとエレナの姿もあった。



 馬車は公爵邸からは10分と掛からない距離を倍以上の時間を掛けてゆっくりと進み……

 グレイの号令と共に皇宮の正面玄関に静かに止まった。


 馬車の扉が開けられると……

 差し出されたグレイの手に手を乗せたレティが降りて来る。



 皇宮の正面玄関には、侍女や女官達、メイドやスタッフ達が、頭を垂れてズラリと並んでレティを出迎える。


 その中心にいるのは、シルフィード帝国の若き皇太子アルベルト皇子だ。

 レティの婚約者である。


 夕焼けのオレンジ色の日差しが彼に注ぎ、黄金の髪がオレンジ色と合わさってキラキラと輝いている。


 レティが馬車から降りて来るなり、アルベルトが両手を広げた。

 形の良い唇が「 おいで 」と言って、破顔した。


 レティはその姿を見た途端に掛け出して、アルベルトの逞しい胸に飛び込んだ。



 ずっと20歳のこの日が来るのが怖かった。

 何時死ぬかも知れないのだ。

 怖くない訳が無い。


 自分の数奇な人生を呪い……

 独り涙を流して眠れない夜を何度過ごした事か。



「 レティ……待ってたよ 」

 アルベルトの胸に顔を埋めているレティの頭上から甘く優しい声がする。


 レティが顔を上げると……

 アイスブルーの綺麗な瞳がレティを見つめて優しく笑った。



 大丈夫。

 私は守られている。

 こんなにも沢山の人達に。


 そして……

 このアルの腕の中が私の一番安心出来る場所。


 大丈夫!

 私は頑張れる。

 この皇子様と一緒に帝国民を守る!



 こうして……

 レティの運命の20歳の年が始まった。












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