たった一人の叙任式
この話から最終章の第6章に入ります。
春の訪れと共に騎士団の入団式が行われた。
ラッパのファンファーレが鳴り響くと、皇帝陛下、皇后陛下と皇太子殿下が入場して来た。
3人の後ろには、シルフィード帝国の神器である聖杯と聖剣が台座の上に置かれており、3人の前には騎士養成所を修了したばかりの、真新しい騎士服を着た新米騎士達がずらりと並んでいた。
体躯の良い20名あまりの騎士達の中に一際小さい女性騎士がいた。
まだ着なれぬ騎士服は少々ブカついている。
彼女は他の騎士の卵達と同様に今から始まる入団式に心を踊らせていた。
白い軍服の正装に赤いマントの凛々しい皇太子殿下が、目の前に立っている。
この小さな女性騎士の卵の白い顔が赤くなっているのは、叙任式の緊張からなのか、はたまた愛しい皇太子殿下が登場したからかは分からないが、彼女は心臓が飛び出そうな位にドキドキとしていたのだった。
彼女はもう15年あまりも皇太子殿下に想いを寄せている。
式典は粛々と進んで行き……
いよいよメインである騎士の誓いの叙任式が始まった。
優秀な成績を収めた順に1人ずつ名前が呼ばれ、シルフィード帝国最高指揮官のアルベルト皇太子殿下の前に進み出て
跪く。
小さな女性騎士の卵は……
筆記試験の成績は何時もトップだったが、実技はどうしても屈強な男達よりは劣っていた。
彼女は1番最後にその名前を呼ばれた。
「 リティエラ・ラ・ウォリウォール前に出よ 」
「 はい! 」
小さな女性騎士の卵も他の騎士達と同様に皇太子殿下の前に進み出て跪いた。
そして……
彼の持つ聖剣がその小さな肩に当てられる。
「 リティエラ・ラ・ウォリウォールは騎士としてシルフィードに忠誠を誓い、この命ある限り主君と民を守り抜く所存でございます 」
小さな女性騎士の卵が可愛らしい声で騎士の誓いを述べた。
「 そなたはこれよりシルフィード帝国の騎士となる。民を守る事は国を守る事。民と帝国を守る為に己の剣を捧げよ 」
「 御意 」
頭を垂れて俯いていた顔を上げると……
皇太子殿下は目の前で跪いている小さな女性騎士の卵を見ていた。
2人は暫く見つめ合っていた。
15年目にして初めてこんな至近距離で見つめ合ったのだ。
アイスブルーの綺麗な瞳に見つめられて……
彼女は心臓がどうにかなってしまう程にドキドキとした。
この時の皇太子が何を思っていたのかはもはや誰も知る事は無い。
皇太子は……
一昨年にイニエスタ王国のアリアドネ王女との婚約が成立していた。
そして……自分の剣を取り……
女性騎士リティエラ・ラ・ウォリウォールが誕生した。
彼女は……
この後、皇宮騎士団騎乗弓兵部隊に所属し……
8ヶ月後に若い命を落とす事になる。
この入団式は……
レティの3度目の人生の時の入団式である。
その時と違うのは……
先ずはレティがいないと言う事。
そして、新米騎士が+31名いると言う事で。
この+31名は、レティが学園の騎士クラブに入部したから入部したと言うよこしま騎士達である。
成績が良く1番に名前を呼ばれたケインも、そのよこしまな部員の1人であった。
ノアはよこしま考えで入部した訳では無いが……
レティがいたからこそ騎士の道に進んだのである。
あの時……
暴漢と対峙しているレティを身体を張って助けたが……
その時に駆け付けて来た皇太子殿下の圧倒的な強さを目の当たりにして、自分も強くなりたいと思い、騎士クラブに入部をしたのだった。
そして……
皇太子殿下の持つ聖剣が今生の様に黄金に輝く事は無かった。
何故なら……
アルベルトも、レティがいたからこそ雷の魔力を開花させる事になったのだから。
レティの入団式の時は20名だっが……
今年は50名もいる事を騎士団団長が喜んでいる。
毎年騎士団の入団は20名程度で、少ない事を危惧していたのだ。
そして……
その内の31名は騎乗弓兵部隊に入る事になる。
彼等は学園の騎士クラブで既に弓矢の練習をしていた騎士達だ。
一気に大所帯となる皇宮騎乗弓兵部隊。
そこの隊長であるグレイが激務になる事は分かっていたが、それでも彼は第1部隊を辞する事は考えてはいない。
普段のアルベルトやレティの護衛は第2部隊の任務だが、馬車での移動や遠出などの危険の伴う場合には第1部隊が任務に当たる。
第1部隊を辞め、騎乗弓兵部隊だけに所属すればその任務に就けなくなる。
そうすると……
レティを守れない。
それが理由だった。
彼女を守りたい。
そこには……
切ない程のレティへの想いがあるのだった。
***
入団式も終わり、誰も居なくなった大広間にレティはやって来た。
この大広間は騎士団の入団式や叙勲式などに使われる神聖な部屋である。
周りには客席が設けられており、家族や関係者達はここから式典の見学が出来る様になっている。
先程の入団式をレティはこの客席に座って見ていたのだった。
3度目の人生では……
騎士の卵であったレティは確かにこの場にいた。
学園時代……
2度目の人生は勉強を頑張ったから、今度は運動系を頑張ろうと入部した騎士クラブだったが……
元々領地では馬に乗る程のお転婆だった事もあり、彼女は見事に騎士として目覚めたのだった。
「 騎士になりたい 」
そう思う事にそんなに時間はかからなかった。
2度目の人生で流行病にかかり衰弱して死んでいった自分を哀れに思い、身体を鍛える事によって健康な身体である事を望んだのだった。
新品の騎士服を配られ、袖を通した時の喜び。
憧れの騎士。
これからは皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下を守れる名誉に心が震えたのだった。(←騎士養成所ですっかり洗脳されて来た)
その裏ではルーカスが動き、騎乗弓騎兵部隊を急遽作り、グレイにレティの事をお願いしていた事は勿論レティは知らない。
グレイは……
やがて妻になるレティだから引き受けた。
第1部隊から騎乗弓兵部隊への移籍。
自分の未来の妻を守る為に。
勿論……
これは誰も知る事の無いレティの3度目の人生での話。
レティは……
叙任式で皇太子殿下の前に跪いた新米騎士達のいた場所に立った。
私も……
ここにいたのよ。
ちゃんと……
いたんだから。
その時……
バタン!!
扉が開く音がした。
レティが音がした方を見ると……
皇族達が出入りする扉からアルベルトが現れた。
アルベルトは入団式の白い軍服姿の正装のままで、腰には聖剣を装備していた。
「 ? 」
赤いマントを翻しながら長い足で歩く様は絶対的な威厳を放ち、その美しさ故に老若男女の誰もが心を射貫かれる事だろう。
22歳になったシルフィード帝国の若き皇太子アルベルト・フォン・ラ・シルフィードは青年らしさが消え、今や立派な大人の男に成長していた。
成し遂げた乗合馬車の導入は今や他国からも称賛され、医療改革は現在進行中である。
帝国の道を全て公道にすると言う壮大な計画も少しずつ前に進んでいる。
外交に関しても……
昨年の夏にサハルーン帝国に出向き交渉した、両国の国交がこの春正式に結ばれた。
魔力の開花、ドラゴン討伐……
その経験による自信の表れか……
レティの知る3度目の人生での入団式の皇太子殿下よりは、随分と威厳に満ち溢れている様だった。
まあ、3度目の人生での皇太子殿下の事は、遠くから見るだけだったので少しも知らないが。
レティの前に立つとアルベルトはその澄んだ低い声で告げた。
「 リティエラ・ラ・ウォリウォール前に出よ 」
優しい目をしてアルベルトがレティを見ている。
「 ………はい 」
もしかして……
私の為に叙任式をしようとしているの?
レティはアルベルトの前で跪いた。
そして……
アルベルトは腰の剣帯にある聖剣を抜いた。
オリハルコンで作られた聖なる剣。
その昔に……
聖女が浄化した魔石が埋め込まれた皇太子だけしか持つ事の出来ない剣である。
レティの小さな肩に聖剣が当てられた。
聖剣が黄金に光る。
「 リティエラ・ラ・ウォリウォールは騎士としてシルフィードに忠誠を誓い、この命ある限り主君と民を守り抜く所存でございます 」
ちゃんと台詞を覚えていた。
これは前もって決められている言葉である。
騎士の卵達は何日も前からこの言葉を練習するのだ。
「 そなたはこれよりシルフィード帝国の皇太子の専属騎士となる。皇太子を守る為に常に皇太子の側にいる事を命ずる 」
「 ………御意 」
その時……
黄金色に光っていた聖剣が更に光を強くしてレティを包み込んだ。
魔力がレティに反応している。
不思議な光景だった。
アルベルトがレティの肩から聖剣を外すと……
光はスッと消えた。
「 私……光ってたわよね? 」
「 うん、光ってたね 」
それはレティが魔力を操る能力者だからで。
彼女がいなかった昨年の叙任式では聖剣が光る事は無かった。
レティがヒーラーだと言う事は虎の穴のルーピン所長も知ってはいるが……
レティに魔力を吸いとる能力もあると言う事は、アルベルトだけが知る事だった。
勿論、これからも誰にも言う事は無い。
アルベルトは聖剣を鞘に入れてレティを立たせた。
レティはまだ自分の身体が光っていないかとキョロキョロと見ている。
因みに……
アルベルトの腰にある剣帯は一昨年のエドガーの入団式の時にレティがプレゼントした剣帯。
皇族の色であるロイヤルブルーの剣帯で、レティのイニシャルが刺繍されたレティの手作りである。
「 入団式を思い出していたんだろ? 」
「 うん……騎士の誓いを皇太子殿下に告げた後にね、あの時初めて皇太子殿下と至近距離で見つめあったの 」
とってもドキドキした事を思い出したのだと、可愛い事を言う。
「 君と見つめ合ったのに、皇太子は何も言わなかったの? 」
こんな風に抱き締めなかったのかと、アルベルトはギュウギュウとレティを抱き締めた。
「 こんなに綺麗で可愛い娘と見つめ合ったのに、恋をしないなんて全く理解できない 」
……と言ってレティを抱き締めたままにアルベルトは天を仰いだ。
「 この時は……もうアリアドネ王女と婚約していたわ 」
「 …………… 」
レティが俯いてそう言うと、アルベルトは眉根をピクリと動かした。
そのまま2人の間に沈黙が流れる。
レティの今生だってアリアドネ王女は存在していて、ちゃんとアルベルトの前に現れていた。
だけど……
今生はレティを選んだ。
アルベルトはレティに出会って恋をした。
レティの3度目の人生のアルベルトだって、レティの存在を知っている筈なのだ。
レティは宰相ルーカスの娘で親友ラウルの妹なのだから。
人生って分からない。
「 レティ……僕は君を好きだよ。君と出会って、君との婚姻を頑張って良かったと思ってる。僕の未来は君無しではあり得ないんだ 」
「 うん…… 」
自分の腕の中で見上げてくるレティがどんなに愛しい存在か。
アルベルトは……
レティの額に掛かる亜麻色のサラサラな前髪を掻き分けて、そっと唇を寄せた。
「 有り難う……叙任式をしてくれて…… 」
「 うん…… 」
「 今日は大変だったね 」
「 うん……50人もいたからね 」
そんな事を話ながら……
レティの4度目の人生で出会った2人は、手を繋いで大広間を後にした。
読んで頂き有り難うございます。




