閑話─何でも食べますわ
アルベルト皇太子殿下の2度目の外遊は、サハルーン帝国、グランデル王国、マケドリア王国の3ヶ国を訪問した。
グランデル王国やマケドリア王国は初めての訪問でも、同盟国であり親戚の国で。
本格的な外交はサハルーン帝国にあった。
知らない異国と国交を開くと言う、1番の難関の公務をやり遂げなければならなかったのだ。
アルベルト皇太子殿下や側近達にとっては、前もってミレニアム公国への外遊があったからこそ、比較的落ち着いて取り組む事が出来た事は確かだ。
特にレティの働きが大きくて。
アルベルトの魔除けの為に同行している様だが……
実はそれだけでは無かった。
人見知りもする事もなく物怖じもしないレティの人となりは、彼女を知る者なら誰でも好感の持てるもので。
外交をする立場の者としては無くてはならないものを持っているのであった。
レティはミレニアム公国での反省を生かし、自分の興味のある事を優先させる事にした。
レティからその相談をされたアルベルトは二つ返事でオッケーを出した。
「 君の思うままにすれば良いよ 」と言って。
レティはまだ皇太子妃としての強い身分を持った立場では無い。
皇太子の婚約者だと言うだけなのだから公務をする必要は無いと判断した。
ミレニアム公国での失敗はアルベルトも反省をする所である。
外遊時に何よりも欠かせないのが食事である。
どの国へ行っても晩餐会や食事会はあるし、女性達だけでのお茶会なども必ず開かれる。
なので……
その国の食文化を理解する事は大切な事であった。
そこで食いしん坊のレティの本領発揮となる。
兎に角レティはよく食べる。
元々食への拘りが強い事と、自分で料理を作る様になった事もあって、何でも残さず綺麗に食べる事が彼女のモットーだ。
そして……
身体を鍛える事を毎日の日課とし、頭もフルに使っているからか兎に角食べる量が多い。
特に甘い物には目が無くて……
大食い大会で優勝した事は自分史の武勇伝だ。
「 他国の珍しい料理を食べなくてどうする 」
ここでしか味わえないのだから食べない選択肢は無いと、外遊先では特に貪欲に食べた。
サハルーンの食べ物は香辛料がきつかったけれども、グランデルの料理は少し味付けが濃い気がするわね。
マケドリアは少し甘い味付けだったわ。
サハルーンではデザートに奇妙な物が出て来た。
お兄様達は気味悪がって食べなかったけれども、あれはあれで美味だったわ。
一体何の料理なのかはシェフに聞きそびれちゃったけれども。
食いしん坊レティは何でも食べちゃう良い子。
勿論アルベルトも、例え奇妙な料理でも出された物は普通に食する。
それは……
皇子として教育の賜物。
相手国の食文化を理解して不快にさせない為には大切な事であった。
アルベルトは出されていた分を食しただけだったが……
レティは勿体無いとラウル達の分までパクパク食べた。
「 まあ!? 他国の方がこのデザートを好まれているのを初めて見ましたわ 」
皇帝陛下や皇后陛下をはじめシェフや皆がレティの勇気ある食べっぷりに感嘆の声を上げた。
自国では当たり前の料理だが、他国の者は誰もが口にさえしないのだと言って。
特に女性達はサハルーンの料理そのものを残すと言う。
まあ、人前ではあまり食しないのが貴族令嬢達のたしなみとされているのだから、これはある意味仕方の無い事ではあるが。
それが……
この令嬢は見事な食べっぷりで、誰も食しない料理を臆する事なく食べるのである。
そんなレティを好ましく思うのは必然的で。
砂漠の国サハルーン帝国では食糧は貴重な物。
特に……
ドラゴンの襲撃があってからは。
それはサハルーン帝国だけでは無かった。
どの国に行っても勿体無い精神のあるレティは歓迎され、後に行われる会談での話を円滑にさせるのだった。
「 そなたの婚約者に、我が国の料理を沢山食して頂けて皆が喜んでいる 」
「 彼女が美味しそうに食べてる姿を見てるだけで幸せになります 」
アルベルトはそんな風に言われるのであった。
アルベルトが今まで共に食事をしたどの女性達も小食だった。
王女達も然りだ。
それが淑女の嗜みと言われているのだから、出された料理を食べなくてもそれに関しては思う事は何も無かった。
しかし……
レティは違った。
出された食事は残さず綺麗に平らげるのだ。
この小さな身体の何処に入るのかと思うのは今も変わらないが。
だから……
レティとの食事は楽しい。
美味しい美味しいと楽しそうに顔を綻ばして食べるレティが可愛くて仕方無い。
それは他の人々も同じで。
皇宮のシェフなんかはレティの食べっぷりをわざわざ見に来る位だ。
アルベルトはレティとの新たなる外交を想像した。
レティ……
ずっと俺の横にいて……
2人で世界をまわろう。
美味しいものをいっぱい食べながら。
……で………
あのサハルーン帝国のデザートが何だったのかは……
アルベルトはレティには答えなかった。
いや、答えたく無かった。