閑話─それを嫉妬と言う
年が明けて……
皇室行事である新年祝賀会も終わり、シルフィード帝国にも本格的な冬がやって来た。
レティの元気が無い事にラウルも気が付いていた。
通勤中の馬車であの歌を歌わなくなっていたのだ。
毎朝毎朝歌っていたあの歌をだ。
「 アル。お前達また喧嘩してるのか? 」
「 !?……… いや、何も…… 」
今夜は4人でラウルの店で飲んでいる。
相変わらず仲の良い4人で、少なくとも週に1回は集まって飲んでいた。
「 レティの元気が無い……様に思うんだ…… 」
俺の気のせいかも知れないがとラウルは言う。
やっぱり……
ラウルがそう思うのならレティに何かあるのは確かだ。
「 また何かやらかしたのか? 」
エドガーが失礼な事を言う。
「 何もないよ。心当たりが無いから困ってるんだ 」
「 何時からだ? 」
「 昨年のクリスマスの前位から…… 」
何か様子が変なんだよとアルベルトがグラスを揺すり、中の氷をカランと鳴らした。
「 分からないなら聞くしかないだろ? 」
「 怖すぎて聞けない…… 」
「 やましい事は無いんだろ? 」
「 俺には無くても…… 」
アルベルトは掌で額を押さえた。
そうなのである。
アルベルトは何とも思っていなくても……
常に女性達からは秋波を送られて来ていると言う。
だから……
何がレティを悩ませているかが分からないのである。
以前にそんな事が何度かあったものだから……
「 我等が帝国の皇子様がこんなに情けなくなるなんてな 」
流石レティは魔性の女だと言って2人でゲラゲラ笑い出した。
この2人はただ魔性の女と言いたいだけで。
およそ魔性の女とは程遠い可愛らしいレティとのギャップが面白くて仕方が無いらしい。
「 やっぱり聞くしか無いか…… 」
エドガーとレオナルドをひと睨みしてアルベルトは意を固めた。
***
レティと皇宮の庭園を散歩している時に、アルベルトは元気の無い理由を聞いてみる事にした。
最近は執務が一段落すると、虎の穴にいるレティを誘って2人で散歩をする事が多くなった。
研究をしているレティも気分転換が出来ると喜んでいる。
レティが皇宮で仕事をしている事は、公務に忙しいアルベルトにとっては嬉しい事だった。
ただ……
神出鬼没のレティを探しまくる羽目になる事も多々あるが。
「 レティ? 何か悩んでる? もしかして……僕の事? 」
恐る恐る聞くアルベルトをレティは不思議そうな顔をして見上げている。
可愛い……
何て可愛い顔なんだ。
好き。
レティは暫く考えてから重い口を開いた。
「 あのね、ユーリ先輩にね……新米医師が就いたの…… 」
「 ? 」
この秋からユーリに新米医師が就いた。
これは2度目の人生でのレティだ。
学園を卒業して医師免許試験に合格すると医師になれる。
そんな右も左も分からない新米医師レティが、医療を学ぶ為にユーリに就いていたのだった。
この時代には今の様な医大などは無かったので、新米医師は先輩医師に就いて医療を学んで行く事になる。
要はバディになって患者の診察や治療をして、先輩医師は医療技術を新米医師に身をもって教えるシステムである。
ユーリにはローランド国への研修の関係でずっと誰も就いてはいなかったが、この新米医師が就いていた先輩医師が地方へと帰ってしまったので、今回ユーリに就く事になったのだった。
「 何でそれが悩みなんだ? 」
「 だってね、その医師は四六時中ユーリ先輩と一緒にいるのよ 」
それは私だったのにとレティは口を尖らせる。
何だって!?
医師界のバディ制度は知っているが……
四六時中一緒にいるだって!?
「 レティとユーリは四六時中一緒にいたの? 」
「 当たり前でしょ? 」
庶民病院で働いている時は2人で病院に泊まった事もあると言う。
「 ずっと……私を守る様にして傍にいてくれたんだから…… 」
暴漢に襲われた時は……
自分はぼこぼこに殴られても私を必死で逃がしてくれた。
ユーリ先輩がいなかったら襲われて犯されていたかも知れないと、アルベルトの血の気が引くような事を言う。
今ならあの暴漢をぼこぼこに出来るのにと、小さな可愛いらしい手で拳を作ってパンチをする真似をした。
レティが流行病で死んだ時にはユーリが傍にいたと言う話は聞いていたが……
女性医師が平民達を治療する事は並大抵の事では無い。
危険な事もあっただろう。
それを2人で手を取り合って乗り越えて来たんだ。
武力が決して強くは無い2人が……
アルベルトは……
レティとユーリの絆の深さを知り改めて知った。
「 私がユーリ先輩に質問をしたら……邪魔をしてくるのよ……自分が彼のバディだと言う態度で! 」
レティはずっと心に溜めていた思いを一気に捲し立てる。
「 ユーリ先輩のバディは私だったのに!ユーリ先輩にベタベタしてるのが許せないわ 」
あれは私への当て付けよと、レティはやるせない様な微妙な表情をした。
レティ……
君は嫉妬をしているんだよ。
俺以外の男にそんなに嫉妬をするなんて……
それも相手は同じ学年の生徒だったから余計にムカつくらしい。
「 あいつは成績では何時も私の後だったのよね 」
だんだんと口が悪くなる。
令嬢をあいつ呼びをしている。
その新米医師は学園の成績は何時も2位。
どれだけガリ勉をしてもレティには敵わなかった。
何の勉強もしていなさそうなレティに負けるのだ。
面白く無いに決まっている。
1週間の殆どをクラブ活動に費やして、友達とも頻繁に遊びに行っているにも関わらず、レティは満点所か何百点も加算されたりするのだ。
悔し紛れに……
「 皇太子殿下の婚約者だから優遇されてる 」
……と、レティに聞こえる様に話していたと言う。
「 だから余計にムカつくのよ! 」
レティはムッキーーッとなって怒りを露にしていた。
最年少で皇立特別総合研究所の研究員になったのも、学園を卒業していないのにも関わらず医師になったのも……
皇太子殿下の婚約者だからと言う噂もされていた事は確か。
全てが特異で特別な事なので、そう思われるのは仕方の無い事だった。
レティも色々と苦労をしていたんだな。
俺の婚約者と言うだけで……
何だか申し訳無くなったアルベルトは、レティが嫉妬をする程の新米医師を見に行った。
ユーリにベタベタとする女医を。
病院内に入ると……
ユーリと2人で真剣な話をしている新米医師を、レティが少し離れた所で見ている。
嫉妬丸出しの顔で。
「 えっ!? 」
アルベルトは驚愕した。
新米医師は男だった。
彼はドナルド・ラ・スモールと言う医師。
レティは男に嫉妬していたのだ。
アルベルトは……
恋愛感情があっての嫉妬では無い事にホッとする。
医師として……
ユーリの傍には常に自分がいて、医師としての技術は自分だけに向けられていたのに、他の医師を教えていると嫉妬をしているのだ。
レティのバディは今生では勿論いない。
それは……
アルベルトが許可をしていないからで。
2度目の人生では四六時中一緒にいたと聞けば、改めてそれは正しかったと胸を撫で下ろした。
レティは……
またユーリに就きたがっていたが。
新米時代に修得しなければならない基本的医療は、もうレティには十分備わっているのだから必要ない事で。
いや、今や他国の医師達との交流により、既にそれ以上の技量も知識もあると言えよう。
どんな形であれ……
レティの努力は凄いのである。
アルベルトがいる事に気が付いたレティが駆けて来た。
「 スモールの糞野郎が逐一邪魔をして来るのよ! 」
……と、言ってアルベルトの前に立ち止まるや否や文句を言って来る。
ラウルが聞けば口を捻り上げる程の口の悪さで。
可愛いらしい顔と声で……
時々下品な言葉を口にするレティがおかしくてたまらない。
きっと騎士時代の名残だろう。
アルベルトはクスリと笑って。
「 よしよし 」と言いながらレティの頭を撫でた。
レティ……
嫉妬をしてるのは俺の方だよ。
君の2度目の人生に……
俺は君の傍にはいなかったのだから。




