クリスマスの日の贈り物
もうすぐクリスマスだと言うのにレティの機嫌が悪い。
時々塞ぎ込んだ様子も見られる。
また何かやらかしてしまったのかと思ったりもするが……
アルベルトには全く心当たりが無かった。
挨拶の頬へのキスもさせてくれるし、庭園の散歩をしてる時も手を繋いでくれる。
仕事か?
研究で何か悩みがあるのか?
医師として?
もしかして……
最近デートをしてないから?
年末に向けての公務が忙しい事と、皇宮で何時でも会ってるからわざわざ他所でデートをする事をしなかった。
何せ……
俺が動くとなるとその警備が大変な事もあって。
「 なあ、クラウド……やっぱり他の場所でのデートは必要か? 」
アルベルトは恋愛の達人のクラウドに相談をした。
「 当たり前ですよ。自宅デートばかりじゃ愛情を疑われますね 」
私も時々子供達を侍女に任せて妻とデートをしてますから。
クラウドの独身の頃の女性遍歴は有名だが結婚してからは妻一筋。
妻を喜ばせる為には努力を惜しまないと言う。
「 そうか……俺はレティといるだけで嬉しいんだけれども…… 」
宮殿にレティがいると思うだけで幸せな気分になる。
たまに廊下でレティと出会すだけで胸がときめくのだ。
「 クリスマスには何処かでデートをしなきゃな 」
今年のクリスマスは宮殿でバイオリンを弾くつもりでいた。
昨年の様に。
昨年はレティが泣いて喜んでくれたから。
その為にもバイオリンの練習をしたりして。
しかし……
今からでは何処も予約は取れないだろう。
そこは皇太子の権力で……
そんな事を考えていたら……
「 フッフッフッ、そんな事もあろうかと……これは私からのプレゼントでーす! 」
ジャーンと出したのはオペラ観劇のチケット。
クリスマスの日のチケットなんて、今からじゃあとてもじゃ無いが取れない代物だ。
それこそ皇太子の権力を振りかざす必要がある。
その後には高級レストランの予約もしてあると言う。
恋愛の達人は抜け目が無い。
「 どうぞお2人で行ってらっしゃーい! 」
「 クラウド……持つべきものは出来た側近だ! 」
オペラ観劇が苦手なレティだが……
その後の食事もあるなら構わないだろう。
可愛い顔で眠ってしまったら……俺の肩を貸そう。
アルベルトはクラウドに感謝した。
***
「 まあ、レティ……素敵よ 」
これなら殿下はもう1度恋に落ちるわねと、ローズはドレスアップしたレティにご満悦である。
この日のドレスは濃紺の鮮やか絹の生地に金糸と銀糸を織り交ぜた落ち着いたディナー仕上げのドレスだ。
少し胸元が空いたドレスは白い肌に大粒の宝石がより目立つ様になっている。
レディ、リティーシャの店『 パティオ 』の新作だ。
「 綺麗だ…… 」
「 有り難う。アルも素敵よ 」
19歳のレティは、童顔で小柄な少女にだと言っても、やはり大人な女性の色香をかもし出している。
そんな大人に成長しているレティだから……
最近はアルベルトも気が気では無い。
そんなに胸元が開いたドレスを着たら、ハイエナ共の視線にさらされるでは無いか!
俺だってまだ見た事も無いのに……
淫らな想像されては堪ったもんじゃ無い。
「 レティ、今日のドレスは素敵だけど、ちょっと胸元が開き過ぎだよ 」
「 そう? アルからのプレゼントのアイスブルーの大粒の宝石のネックレスが映えると思ったのだけれども 」
アルベルトはレティが手にしていた白いボレロを肩に掛けてしっかりとリボンを結んだ。
保護者である。
このボレロはミレニアム公国で購入した物。
可愛らしいだけでは無くて、暖かい素材である事から『 パティオ 』では飛ぶように売れている。
ミレニアム公国のお店に追加注文をした所である。
「 うわっ! 俺の天使が可愛過ぎる 」
「 このボレロはお気に入りなの 」
白いボレロが良く似合うレティに、可愛い可愛いとデレる皇子様を公爵家の家人達が目を細めて見ている。
ええ!ええ!
うちのお嬢様は世界一可愛らしいお嬢様ですから。
殿下……
今夜も何事も無く無事にお連れ帰り下されと願う家人達だった。
クリスマスの日である事から会場は満席で、何時も以上に着飾ったカップル達が多かった。
クラウドからプレゼントされた席は当たり前だがロイヤルBOX席だ。
ロイヤルBOX席には1人席が二脚とカップルシートが設置されているが、勿論迷わずにカップルシートに座る。
2人の登場に会場からワッと歓声が上がる。
アルベルトは皆に手を振るが……
レティはそれをしない。
アルベルトが手を振ってる間は、後ろに控えて静かに頭を下げている。
レティは決して前には出ない。
自分はまだ公爵令嬢だからと言って。
こんな所もレティを好きな所である。
レティをカップルシートに座らせて自分も隣に座る。
「 レティ……好きだよ 」
アルベルトがレティの耳元で囁いた。
その甘い声にドキドキとするレティだった。
皇子様が座ると直ぐに、隣にいる婚約者の顔に顔を寄せたものだから、会場からはキャアキャアとピンクの悲鳴が上がっていた。
今日はクリスマスだ。
皆がラブラブな2人を見てロマンチックな気分になるのだった。
今夜の演目は『 皇子様と公爵令嬢の恋 』
これは……
レティの誕生日に発売された『 シルフィード帝国皇太子殿下御成婚物語 護衛騎士達から見たお2人の愛の奇跡 』を元に作られた劇だった。
クラウドの監修を元に。
劇場の仕掛けたシークレットサプライズ。
誰もこの日の演目が何なのかは知らなかった。
スポットライトが当てられた支配人から、劇は皇子様と公爵令嬢の物語だと説明されると、会場からはどよめきが起きて2階のロイヤルBOXにいる2人に拍手が送られた。
「 私達の話? アルは知ってたの? 」
「 いや、知らない 」
クラウドの策略だな。
本当は劇場の支配人からチケットをプレゼントされていた。
こけら落としであるクリスマス公演には、是非ともお2人を招待したいと言って。
物語は半分実話であり半分は作られた話だったが……
1番の違いはレティ役の女優さんが……
レティの恋のバイブルであるお姉様だったと言う事だ。
そのお姉様はとてもグラマラス。
アルベルト役の俳優さんもそこそこハンサムなのだが、実物の方が数倍も格好良いのが哀れだった。
今日は実物の皇子がいる事もあり、皆は出て来た俳優さんを見てブーイングをした。
学園の制服を着たこの2人の登場で公演が始まった。
出合いは公爵邸。
遊びに来ていた皇子様が、帰宅した公爵令嬢を見たとたんに歌い出した。
恋の歌を。
「 いや、俺……歌って無いぞ 」
レティはクスクスと笑った。
すると……
公爵令嬢も歌い出す。
「 まあ! いきなり2人でデュエットし出したわ 」
オペラは歌劇である。
何時もなら違和感が無いのだが……
それが自分達だと思うとおかしくてたまらない。
2人が愛を育んだ学園の皇子様のベンチの話は懐かしかったし、学園祭の皇子様VS悪役令嬢は会場から笑いが溢れた。
公爵令嬢が腰に手を当て、オーホホホと高笑いをしながら仁王立ちをしている。
そしてまた歌い出す。
「 私……こんな所で歌わないわ 」
「 俺も……大体2人で何で歌ってるんだ? 」
皇子様のベンチに他国の王女が座って2人の横恋慕する場面になった。
いよいよクライマックスに突入だ。
駆け出した公爵令嬢を皇子が追い掛け、捕まえて無理矢理唇を奪う。
会場からはキャーッと黄色い悲鳴が上がった。
他国の王女との婚姻の話が持ち上がり、2人を引き裂いた大人達の議会の場面では議員役の役者達にヤジが飛んだりもした。
公爵令嬢が涙を堪えて髪を短くする場面では女性達から悲鳴が上がり、異国の地に行く時の悲しい歌声に皆が泣いた。
アルベルトはレティの肩を抱き寄せて頭に唇を寄せた。
レティが髪を切っていた事を思い出す。
切なくて堪らなかった。
皇子様の子種発言では……
「 よく言った! 」
……と、拍手喝采で。
アルベルトは頭を抱えていたが。
レティはクスクスと笑う。
実際に俳優さんが真面目な顔をして大声で叫ぶとおかしくて仕方無かった。
「 俺だって必死だったんだ 」
「 有り難う……頑張ってくれて…… 」
レティはアルベルトの肩にコツンと頭を寄せた。
そして……
皇子様が1人で船に乗り海を渡る場面では、会場は水を打った様にシーンとなる。
恋しい恋人を想って歌う歌は胸が熱くなった。
俳優さん上手い。
ローランド国では……
敵に襲われていた公爵令嬢を皇子様が助けてプロポーズをしたと言う事になっていた。
敵に襲われてる。
アルベルトとレティは顔を見合わせた。
確かにローランド国で敵に襲われたのだ。
誰にも言ってはいないのに……
偶然にしても凄すぎる。
乱闘シーンでは……
剣を抜き敵と戦う格好良い皇子様に女性達は夢中になった。
レティがフライパンを持って戦っている場面では笑いが起こる。
「 フライパンなんか何処から出て来たのかしら? どうせなら扇子にして欲しかったわ 」
そう言って口を尖らすレティに、アルベルトはクックッと笑う。
プロポーズの時は2人での掛け合いの歌だ。
跪きながら皇子様は高らかにプロポーズの歌を歌い、公爵令嬢は皇子様の手に手を乗せてイエスと歌う。
最後は2人のデュエット。
恋が実った瞬間は客席からは拍手が送られた。
そして……
婚約式での2人のラブシーンで劇は終わった。
剣を使っての敵との乱闘シーンやラブシーン。
涙や笑い怒りや胸キュンもあり、ハラハラしたりワクワクしたりの観客が目の離せない凄く素敵な歌劇だった。
これが実話に近いのだから……
2人の物語は何処まで波乱万丈なのか。
婚約式でのラブシーンの場面では……
アルベルトとレティはそっとキスをした。
暗闇に隠れて……
終わるとスタンディングオベーションで、俳優達そして2階のロイヤルBOXにいるアルベルトとレティに割れんばかりの拍手が送られた。
ロマンチックなクリスマスの夜にぴったりの2人の物語は、翌日にはニュースになった。
劇は大成功だった。
きっと長きに渡り公演される事だろう。
***
「 素敵だったわ 」
「 うん…… 」
自分達の事を自分達が見てる事が不思議だった。
「 私達……ちょっと凄いわよね 」
「 うん…… 」
高級レストランのロイヤルルームで、食事が終わった後に窓から夜景を見ていた。
クリスマスの夜なので、皇都の街はライトアップされていた。
窓からは巨大な宮殿が聳え立っているのが見える。
宮殿は何時でもライトアップされて明るい。
夜でもその存在感を示していた。
皇都を見下ろす様に建てられた巨大な宮殿に住んでいるのが、今ここにいる皇子様だ。
シルフィード帝国のたった1人の皇子様。
それが公爵令嬢レティの婚約者、アルベルト皇太子殿下なのである。
「 アル? 」
「 うん……色々あったなって思って…… 」
それでもあれは2人にとってはほんの一部分。
「 アル……歌ってたね 」
「 レティもね 」
2人はクスクスと笑う。
年が明ければレティの運命の20歳の年だ。
これからはもっと大変になるだろう。
レティの4度目の死があるとするならば……
それは刻一刻と近付いて来ているのである。
窓ガラスには部屋の中にいる2人の姿が映し出されていた。
白い首筋に少し開いた胸元……
胸元にあるアルベルトと同じ瞳の色のアイスブルーのネックレスがキラキラと光っている。
アルベルトは窓ガラスに映るレティを見ていた。
俺はレティと出合えて良かったと思っているが。
レティは?
俺と出会えて良かったか?
「 あっ!……去年のクリスマスの夜にアルがバイオリンで弾いてくれた曲…… 」
1階のラウンジから楽士達による演奏が微かに聴こえる。
「 去年は下手だったから……あれから練習したんだよ 」
君はあれからバイオリンのリクエストをしてくれないねと、レティの後ろからレティの細い腰に手を回した。
「 じゃあ……今度バイオリンを弾いてくれる? 」
「 うん……聴いて欲しいな 」
甘く囁いて腰を折ったアルベルトがレティの頬に顔を寄せると……
レティはアルベルトに顔を向けた。
窓ガラスには……
口付けをする2人の姿が長らく映っていた。
この話で第5章は終わりです。
後、書き足りなかった事を閑話であげて第6章に突入します。
誤字脱字報告を有り難うございます。
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作者の励みになります。
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