建国祭の招かれざる客
建国祭のお祝いの花火がパンパンと朝から皇都の街に上がった。
宮殿の謁見の間では……
皇帝陛下と皇后陛下、皇太子殿下の3人が並んだ壇上に招待された要人達が建国のお祝いの言葉を述べている。
それが終わると3人はバルコニーに立って帝国民達と建国のお祝いを分かち合うのだ。
バルコニーがある広場には沢山の人々が押し寄せていた。
レティは貴族席にいて、家族揃って3人のお出ましを待っていた。
ワッと歓声が上がると、皇帝陛下にエスコートされた皇后陛下と、白い軍服の正装をした皇太子殿下がバルコニーに登場した。
赤いマントが翻り、太陽の光にキラキラ輝く黄金の髪が神々しい。
遠目からもその美丈夫振りがよく分かる。
耳をつんざく程の大歓声が沸き起こる。
会場のボルテージはマックスだ。
手を振る3人に民衆も手を振って答える。
キャアキャアと女性の歓声が一段と大きくなるのは、皇太子殿下が手を振りながら見た方向の女性達だ。
「 2年後にはレティもあの場所に立っているのね…… 」
結婚の日取りが決まったものだから、何かと母親のローズが寂しがっている。
「 そうだな…… 」
寂しそうな顔をしたルーカスがローズの肩を抱いた。
本当に……
私があそこに立つ日が来る?
4度目の死があるならば……
当然ながら2年後なんかは無いわけで。
一体私のループは何時まで続くのだろう。
レティは青く晴れ渡った空を見上げた。
「 レティ! アルがこっち見てるよ 」
「 あっ! 」
レティはアルベルトに向かって胸の前で小さく手を振った。
「 全く……毎日会ってるのにまだレティを見たいのかね? 」
あんな遠くにいるにも関わらずレティを見ているアルベルトに、ラウルは呆れた顔をしてクスリと笑った。
「 お前も知ってるだろうが、アルは兎に角女にモテる。でもな、お前と出会ってからはお前だけだよ。アルはお前に心底惚れてるんだ。それだけは分かっていろよ 」
「 うん……分かってる 」
アルの過去の事なんか気にしていなかったのに。
昨夜はちょっと意地悪をし過ぎたわ。
『 人間は誰しも言いたく無い事もあるし、言え無い事もあるしね、知らない方が幸せな事だってあるのよ。墓場まで持って行く様な秘密もね 』
アルにそう言ったのは私ではないか。
「 私もまだまだね 」
レティは1人言ちた。
***
今宵の大舞踏会はシルフィード帝国の高位貴族も出席しての舞踏会だ。
他国の要人達も交えて行われる舞踏会は、シルフィード帝国では1番大きな舞踏会となる。
勿論、今年卒業したばかりのレティのクラスメート達も出席していて同窓会みたいになっていた。
そんな塊があちこちに見られるのも、各学年が各々に同窓会をしているからであろう。
ウィリアム王子もいる事から皆が集まって来ていた。
レティ達はクラスだけで無く、文化祭で学年全員で妥当4年A組に燃えたから学年全員が仲良しだった。
マリアンナやユリベラ、ケインや他のクラスメートの顔が集まった。
マリアンナは卒業して直ぐに婚約者と結婚をして人妻になっていた。
ユリベラは今年騎士団に入団した1つ年上の婚約者と、来年には結婚をする予定だ。
ケインは……
騎士養成所で洗脳教育をされている最中だ。
またまた背も伸びて随分と逞しくなり、イケメンケインはまだお相手のいない女子達から狙われている。
暫く皆でワイワイしていたが……
遠くで集まっているラウル達の集団にアルベルトがいない事に気付いたレティは、皆にまた会う事を約束してその場を離れた。
皆の所へ行きたいと言ったレティに、同窓会が終わったら庭園の何時ものベンチにおいでとアルベルトに言われていた。
だから……
アルベルトがそこに行ったのだと思って。
しかし……
そこにいたのはアルベルトだけでは無かった。
パトレシアがいたのだ。
レティは2人の姿を見て思い出した。
パトレシアを何処で見たのかを。
ローランド国の王都の街を2人で歩いている時に、アルベルトに近付いて来る女性がいた。
その時に……
何か言おうとした女性にアルベルトが言った言葉が辛辣だった。
「 見て分からない? 今恋人とデート中なんだけど……」
何時も女性に限りなく優しい皇子様がこんな風にはっきりと拒絶したのだ。
それも……
通りすがりの女性に対して。
その女性がパトレシアだった。
ただの通りすがりの女性では無かったのだ。
パトレシアはウィリアム王子の2歳年上ならアルベルトと同じ歳。
留学時のクラスメート。
レティは確信した。
ケイトリンはアルベルトの言う様に何でも無いただのガールフレンド。
元カノはパトレシアだ。
レティは少し離れた木陰に身を隠した。
「 ここにはもう直ぐ私の婚約者が来る。別の場所に移動してくれないか? 彼女に不快な思いをさせたくは無い 」
「 ワタクシは……アルベル様をずっと待っていましたのに…… 」
「 私を待っていた!? 何故? 」
「 一目お会いしたくて…… 」
「 いや、これ以上私と関わらないで欲しい。もう、金輪際話し掛けないで貰いたい。君が去らないのなら……私が移動する 」
アルがこんなに激しい言葉を女性に言うなんて……
木陰に隠れて聞いているレティは胸がドキドキした。
彼女は……
アルの元カノで……
ウィリアム王子ともお付き合いをしていた。
私ともケイトリンともタイプの違う令嬢。
もしかして……
ここに来たのはアルに会う為?
ウィリアム王子は彼女がアルの元カノだとは知らないだろう。
アルも彼女がウィリアム王子と付き合っていた事を知らないと思う。
うわっ!大変。
ウィリアム王子がこっちにやって来る。
2人がいる所を見せたくはない。
アルとウィリアム王子は次世代の皇帝と王になる人物。
今後の両国関係の為にも変な蟠りは無い方が良いに決まってる。
それに……
アルと彼女が一緒にいる所を私も見ていない体にしたい。
私に言い訳や説明をしなくても良い様に。
私も……
元カノの話なんか聞きたくは無い。
よし!やるぞ!
レティはその場から少し離れ、アルベルトを探している振りをした。
「 殿下~わたくしの愛しい皇子様~何処にいますか~ 」
レティが大きな声で叫ぶと、皆の目がレティに注がれた。
あら?酔っぱらってはいませんわよ。
アルベルトが1人で木陰から出て来るのを確認して……
「 あっ! み~つけた! わたくしの皇子様をたった今見付けましたわ! 」
わざとらしくそう叫んで、レティはアルベルトの胸に飛び込んだ。
「 レティ? 」
「 こんな所にいましたのね? 探しましたわ 」
アルベルトはレティを抱き止めている。
「 レティ……僕が……ここにいたのは気付かなかった? 」
「 知らないわ!ぜーんぜん! 」
レティが首を横に振ったので、アルベルトはホッとした様な顔をした。
「 相変わらずのバカップルぶりだな 」
側近と歩いていたウィリアムが、抱き合っている2人の横を通り過ぎて行った。
呆れた顔をしながら。
ローランド宮殿の庭園を改装する事になり、この庭園をウィリアムの母親が気に入ってる事もあり、参考にする為にウィリアムは何度も庭園に足を運んでいる。
だから……
昨夜、パトレシアとここで会ってしまったのである。
彼女はウィリアムの問いには答えられ無かった。
レティの様に……
咄嗟の時の機転が利かない女だった。
彼女と歩いていると……
ケイトリンがやって来た。
ケイトリンの侍女だと言うからウィリアムは彼女にパトレシアを渡した。
「 パトレシアはケイトリンの侍女をしているのか…… 」
ちょっと意外だったがもはやどうでも良かった。
そうしてウィリアムはレティの所に戻って来たのだった。
レティが木陰を見るとパトレシアはいなくなっていた。
どうやら木陰女は完全に消え失せた様ね。
「 アル……離して下さる? 」
普段はレティから抱き付いて来る事は滅多に無いから、アルベルトは嬉しくて仕方が無い。
「 嫌だ!離さない!……ねぇ……このまま僕の部屋に行こうか? 」
アルベルトはレティの耳元で甘く囁いた。
「 駄目よ! 皇子様が途中でいなくなるのは駄目でしょ! 」
アルベルトの甘い声で耳元で囁かれるのが弱いレティは真っ赤になる。
「 そうだわ! ダンスを踊りましょう!」
こうして……
アルベルトともう1度ダンスを踊る事になった。
はぁ……
これって凄い内助の功よね。
私てば……
絶対にアルの良いお嫁さんになれると思うわ。
アルベルトが聞いたら泣いて喜ぶ台詞だ。
***
パトレシア・セイ・ヘーデリン侯爵令嬢はアルベルト達の隣のクラスだった。
帝国の美丈夫皇子とイケメンの3人の留学で、アントニオ学園はパニックになる程の歓喜に包まれた。
皆に囲まれてハーレム状態のアルベルトに、内気なパトレシアは近付く事さえ出来なかった。
パトレシアもアルベルトに一目で恋に落ちた女生徒の1人だったのだ。
時が過ぎ……
もうすぐ彼等が帰国する日が迫って来た。
女生徒達は深い関係になろうと躍起になったが……
彼等は帰国する準備に入り……
女遊びや夜遊びは一切止めた。
そんな頃……
強い風が吹いた冬の寒い日。
風に飛ばされたパトレシアの白いマフラーが木の枝にひかかった。
背の高いアルベルトが手を伸ばして白いマフラーを取ってくれたのが2人の始まりだった。
そして……
ローランド国のアントニオ学園に別れを告げ……
4人は海の向こうの母国に帰国した。
ウィリアムの婚約者候補になってデートをしても、パトレシアはアルベルトの事が忘れられずにいた。
何処でデートをしても彼の事を思い出す。
だから……
何を聞かれても上の空で。
やがて……
ウィリアムからは誘われる事も無くなり、会う事も無くなった。
今回……
外交官になった友達のケイトリンがシルフィード帝国の建国祭に行ったと聞いて、いてもたってもいられなくなりシルフィード帝国行きの定期便の船に乗った。
パトレシアにしてはかなりの勇気を振り絞った事になる。
ケイトリンはアルベルトの恋人でデートを何回もしたと、他の女生徒と同じ様に豪語していたが……
パトレシアはそれは嘘だと思っていた。
ワタクシこそがアルベルト様の本当の恋人だったのだからと。
ケイトリンの泊まっているホテルを尋ねた。
皇宮に入るには許可証がいる。
アルベルト様との恋を応援するからと偽って、皇宮に入る許可証を発行して貰った。
彼女の侍女だと言う事にして。
許可証を発行して貰ったが……
目立つ事を恐れて宮殿内には入る勇気は無く、パトレシアは薄暗い庭園でアルベルトが1人になるのを待っていた。
ウィリアムに出会ったのはその時だった。
そして……
突然にアルベルトの婚約者が現れた。
自分とは全く違うタイプ。
勿論ケイトリンとも。
彼女は……
やっぱり王都の街でアルベルト様と一緒に歩いていた令嬢だわ。
パトレシアはあの時の事を思い出した。
カツラと帽子を被りメガネを掛けていたが、一目でアルベルトだと分かった。
嬉しくて思わず駆け寄ったが……
「 見て分からない? 今恋人とデート中なんだけど……」
聞いた事も無いキツイ言葉と、見た事も無い冷たい視線を向けられてパトレシアは固まった。
恋人繋ぎをして……
お互いの顔を寄せ合い優しく笑い合う2人の後ろ姿を、溢れ落ちる涙を拭いもせずに見ていた。
それがアルベルトを見た最後だった。
婚約者との御成婚の日取りが正式に発表され、記念に発売された本を読むと……
あの時に彼女にプロポーズをした事が分かった。
ケイトリンはもうスッパリと諦めたと言う。
「 ワタクシみたいなチンケな女はあの世界ではやっていけないわ。公爵令嬢程の地位でなければ皇女様には太刀打ち出来ないわ 」
しっかりとチンケが洗脳されたケイトリンは外交官の道を頑張るのだと燃えていた。
アルベルトに会いたいが為に、それなりの努力をして外交官になったケイトリンはある意味素敵な女性だ。
レティにも挑戦状を叩きつけた。
チンケ攻撃で見事に玉砕はしたが。
しかし……
パトレシアは……
この5年間はアルベルトを恋慕うだけで何もして来なかった。
もう1度アルベルトと出会う事で……
焼け木杭に火が付く事を狙っていたのだろうか?
懸命に努力して生きているレティは……
誰が見ても魅力的な令嬢だ。
そんなレティに挑戦状を叩きつける事も無く……
レティの様に宮殿に忍び込む勇気さえも無く。(←レティは過去に忍び込んだ事がある)
パトレシアは静かに帰国した。
***
レティは嬉しかった。
ローランド国で彼女をはっきりと拒否ってくれていた事も……
今もあんなに拒否ってくれた事も。
皇子様が……
そんなキツイ事を女性に言うのは不本意な事だろうに。
だけど……
私の為に言ってくれた。
私に嫌な思いをさせない為に。
「 アル……だぁい好き 」
レティは踊りながらアルベルトを見上げて言った。
「 ………レティ……やっぱり僕の部屋に行こう…… 」
アルベルトはダンスの途中でレティを抱き上げて大講堂を後にした。
こうして今年の建国祭は終わった。
この話で建国祭の話は終わりです。
1番身近な国であるローランド国のウィリアム王子の事を書いて無かったので、少しだけ書いてみました。
アリアドネ王女のその後とアルベルト達の過去も少しだけ。
ウィリアム王子は書くのが難しいです。
最初はチャラチャラした王子のつもりだったのですが……
レティとの絡みで何時しか可愛い王子になっておりました。
後、何話かを更新したらいよいよレティの20歳に突入します。
当初の完結予定より長引いてしまいましたが。
書きたい事が多くて多くて……(^o^;)
引き続き読んで頂けたら嬉しいです。
読んで頂き有り難うございます。




