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招かれざる客─7

 



「 君がどうしてここにいるんだ? 」

「 あ……あの……… 」


 少し先の木陰に揉めている感じの男と女がいる。


 男はローランド国のウィリアム王子。

 彼にしては珍しく声を荒げている。


 令嬢は大人しそうで儚げな令嬢だ。

 声が小さくて聞こえない。

 レティの耳はダンボ状態になっているにも関わらず、彼女の声は小さくて聞こえなかった。


 そんな大人し目の女性に何故かウィリアムがイライラしている様だ。


 いや……

 別に覗き見をしてる訳でも無い。

 たまたまだ。

 たまたま歩いていたらこのシチュエーションに出会したのだ。



 今宵は要人達との舞踏会。

 レティはアルベルトと踊っていた。


 今回は王女は来ていないので、公務ダンスは予定されてはいない。


 遠くから令嬢達が踊って欲しそうにチラチラと見てくるが、そんなものは関係無い。

 そもそもアルベルトは公務ダンス以外には踊らない主義なのだ。

 レティと出会ってからは特に。



 何かを言いたそうで言わない。

 口を開こうとすると……

 また閉じてしまう。


「 アル?どうしたの? 何か言いたい事があるの? 」

「 ………君こそ僕に何か聞きたい事は無い? 」

「 私? そうねぇ……あるわ! 聞きたい事 」


 アルベルトはドキリとした。

 しかし……

 質問にはちゃんと答えられる様に言葉を用意して来た。


 さあ、来い!


「 あのね、弓騎兵の練習は何時からさせて貰える? 」

「 ………えっ!? あっ……うん……出来るだけ俺も行きたいから、クラウドと日時を調整する 」

「 うん……楽しみに待ってるわ 」


 レティはクルリとターンしてニッコリと笑った。


「 えっと……他には? 」

「 うーんと……今のところは無いわね 」

「 そう? 」


 アルベルトはレティを引き寄せて腰をクイっと引いた。


 聞かれてもいないのに、ラザイヤ侯爵令嬢とは何でも無いからとは言えない。

 そんな事を言おうものなら余計に怪しまれてしまう。


 何も言い訳が出来ないままにダンスを終え、レティは綺麗なカーテシーをした。



 2曲続けて踊った事から休憩の為に2人で庭園に出る。

 学園の皇子様のベンチじゃ無いけれども、皇宮の庭園にも2人のお気に入りのベンチがある。


 大講堂の大きな窓から庭園に繋がる小路の、少し奥ばった場所にあるベンチが2人がよく座るベンチになっている。

 そこに座ると……

 宮廷楽士達の奏でる曲が耳に心地よく聴こえて来るのだ。


 スタッフの持つトレーから、飲み物の入ったグラスを手にして2人でベンチに座る。

 すると……

 直ぐにクラウドがやって来た。


「 殿下、紹介したい人がいて…… 」

「 分かった。レティ、ここで待ってて直ぐに戻るから 」

「 はい 」

 アルベルトは護衛騎士達に目配せをして、足早にクラウドと大講堂の中に入って行った。



「 忙しいわよね。皆が皇太子殿下と話をしたがっているのだから…… 」

 ベンチに座って1人でオレンジジュースを飲んでいると……


 丁度音楽が鳴り止んで静かになった所で、声がした。

 聞き覚えのある声だったのでその声の方を見ると……

 ウィリアムがいたのだった。



 声を掛けようとして、レティは慌てて口を両手の指で塞いだ。


 令嬢と一緒だ!

 それも2人っきりで話をしている。


 まあ、これがアルなら言い寄られている所よね。

 ウィリアム王子なら仕事の話かも知れないし……

 レティは前を向いてオレンジジュースをゴクンと飲んだ。


 だがしかし……

 気になる。


 あの令嬢は誰だろう。

 何だか見た事がある様な。


 その時ふいに思い出した。

「 まあ、顔は君程美しくは無いが、性格は君とは正反対の淑女だ 」

 令嬢は大人しく控えめで趣味は刺繍と言っていた。



 まさか……

 彼女がその令嬢?

 彼女がウィリアム王子の婚約者候補だった侯爵令嬢かも知れない。


 外遊に連れて来たのかしら?

 それとも……

 まだ婚約もして無いから……

 勝手に付いて来ちゃったとか。


 いや~ん。

 可愛い~

 これは是非ともお友達になりたいわ。

 4人でダブルデートとか。


 確かオペラデートもしたと言っていたから……

 やっぱりダブルデートならオペラ観劇が無難よね。

 あんなに大人しい令嬢は絶対に馬には乗らないだろうし。



 レティはワクワクした。

 2人がこちらに歩いて来る所を見計らって、2人の前に進み出た。


 あら?

 ウィリアム王子のくせに手も繋いでいないの?



「 今晩は。王子殿下……御一緒している方を、わたくしに紹介して頂いても宜しいでしょうか? 」

 レティはウィリアムに挨拶をすると、後ろにいる令嬢を覗き込んだ。


「 …………彼女はパトレシア・セイ・ヘーデリン侯爵令嬢だ 」

「 初めまして……… 」

 パトレシアは消え入りそうな声で挨拶をした。


「 リティエラ・ラ・ウォリウォールでございます 」

 レティが名乗ってドレスの裾を持ち上げて挨拶をすると……


 パトレシアは大きく目を見開いてレティを見た。


「 貴女が…… 」

 また、噂の……って言うのね。 


「 そうですわ! 噂の公爵令嬢ですわ 」

 レティがそう言うとウィリアムが吹いた。


「 君は元気で良いね……ではまた……彼女を送って行く 」


 えっ!?

 もう行っちゃうの?

 ダブルデートの申し込みをしたかったのにな。


 レティの横を通って行くウィリアムの後ろを歩く彼女は、少し頭を下げて俯いたまま歩いて行った。



 ふむ……

 やっぱり彼女を見た事があるかも。


 何処かで……

 何処だったかしら?



 すると……

 ウィリアムが戻って来た。


「 彼女って……もしかしたら王子殿下の婚約者候補の令嬢かしら? 」

 レティはニヤニヤ笑いが止まらない。


「 えっと……ここではなんだから……ちょっと移動しよう 」

 そうよね。

 ウィリアム王子と2人でベンチに座る訳にはいかないものね。


 ウィリアムが手を差し出すと、レティはその手に手を乗せた。


 行った先はデザートコーナー。

 小腹が空いたからそこで話をしようとレティから言ったのだ。

 ウィリアムはお友達だから何でもへっちゃらだ。



 トレー皿にスィーツを乗せると、シェフもせっせとお勧めのスィーツをレティのトレー皿に乗せる。

 ウィリアムの分はシェフがテーブルに運んでくれた。


 レティのトレー皿に乗せられたデザートの量を見て、ウィリアムはクックッと笑う。


「 相変わらず食いしん坊なんだな 」

「 ええ……スィーツの大食い大会で優勝しましたもの 」

「 本当に? 」

 ナプキンで手を拭いていたウィリアムの手が止まる。


「 優勝の商品が馬車だったの。だから優勝するしか無いでしょ? わたくしスィーツの英雄と呼ばれましたわ 」

 えっへんと偉らそばったレティを見て、ウィリアムはゲラゲラと笑い出した。



「 君といると……本当に話題に事欠かないね 」

 ウィリアムはそう言ってレティを眩しそうに見た。


「 その馬車は盗まれたわたくし達の馬車で……… 」

 いやいやいや……大食い大会の事を話してどうする。

 彼女の事を話して貰わなきゃだわ。



 コホン……

 レティは咳を1つして話題を変えた。


「 この話は後程に……ヘーデリン様はあの時の話の方ですよね? 」

「 …………そうだ!彼女との婚姻は成立しなかったよ 」

 別れたんだと言う。


「 ……そうですか……残念でしたね 」

 婚約してた訳じゃ無いから……

 何度かデートしてる時点で駄目になったのね。


「 俺を追って来たのか……いきなり彼女が現れて……ちょっと困っていてね 」

 モテる王子(おとこ)は辛いよと言ってウィリアムはおちゃらけた。


 ウィリアムはそれ以上は彼女の事を話す事は無く、レティもそれ以上は聞かないで、大食い大会の話の続きをしたのだった。



 パトレシア・セイ・ヘーデリン侯爵令嬢。

 見掛け通りに非常に大人しい令嬢だ。


 ウィリアムの周りにいる令嬢も、アルベルトの周りにいる令嬢と同じ様に肉食系で。

 ハーレム状態の事を思えばそうなんだろう。


 何人か紹介された中にパトレシアがいた。

 2歳年上の彼女はとても大人で落ち着いた女性に見えて、17歳のウィリアムは彼女を好ましく思った。



 しかし……

 何度か会う内に物足りなくなった。

 彼女は大人しい令嬢。

 最初はそこに惹かれたが……


 話をふっても少しも会話が続かない。

 自分からは何も話さない。

 自分が王子だから緊張してるのかと思っても限度がある。


 シルフィード帝国の皇太子殿下の婚約者のレティと比べる訳では無いが……

 これでは外交を重んじる王太子妃としては成り立たないと思った。



 そう……

 未来の国王になるウィリアムも、結婚のお相手には王妃となるに相応しいかどうかを見極める必要がある。

 小さい頃から帝王学を叩き込まれている王子ならば、恋に溺れる様な王子には普通はならない。


 国のために王女が嫁がされるのであれば、王子は国のためになる妃を娶らなければならない。

 だから……

 王族が政略結婚になってしまうのは仕方の無い事で。


 アルベルトとレティのパターンは本当に珍しい事であった。

 皇子が恋をしたお相手が公爵令嬢だなんて……



 ウィリアムは勿論恋をした訳でも無いし、婚約を結んだ訳でも無いのでそのままフェードアウトしたのだった。


 そんな彼女がこの皇宮にいた。

 外交官でも無いのに。

 ウィリアムは理由を聞いていた所だったのだ。



 話を終えてデザートコーナーを後にしたら……

 丁度アルベルトも用事を終えて戻って来た所だった。


「 何でウィリアム殿は私の婚約者とこんな場所から出て来るのかな? 」

「 楽しくお喋りをさせて貰ってたんだよ。そうだリティエラ君、今から俺と踊って欲しいな 」


「 それは駄目だ! 」

 アルベルトはレティの腰を引いて威嚇すると、ウィリアムは笑いながら立ち去って行った。



「 何の話をしていたの? 」

「 大食い大会で優勝した話ですわ 」

 勿論、まだ婚約もしていなかった彼女とウィリアムが、別れたと言う話なんかはアルベルトにはしない。


 2人は手を繋いで庭園のあのベンチに戻った。



「 ウィリアム殿と随分と仲が良いんだね 」

 自分の事は棚に上げて……

 そんな事を言うアルベルトにカチンと来た。


「 留学時代のクラスメートでしたし、ジラルド学園でも隣のクラスでしたもの。アルもあの()()()様と随分と仲が宜しかった様で…… 」


 やった!

 ウィリアム殿に感謝!

 これでケイトリンとは何でも無い事を話せる。


「 レティ……彼女とは何でも無い。ただの友達だよ 」

 よし言えた。



「 あら? ()()()とお呼びになる位に親しかったのでしょ? ただのお友達ならわたくしもウィリアム王子殿下の事をウィル様と呼ぶべきかしら? 」


「 それは駄目だ! 」

 なんて事を言い出すんだ!


 アルベルトはレティの鋭い返しに慌てふためく。



 レティは獲物を捉えた様にアルベルトを射貫く様な目で見つめる。

 人を追い詰める時のイキイキとした顔が美しい。

 いや……怖い。


「 と……兎に角、彼女とは3回位デートしただけで…… 」

「 『氷の微笑み』……王都公園での手繋ぎデートは楽しかったのかしら? 確かわたくしともそこでデートをしたのよね? 」


 デート所か、あの公園はプロポーズをした場所よ。



「 君とのデートは……彼女達とは違う……彼女は他の女性達と同じで…… 」

 アルベルトはレティの想像も付かない反撃にしどろもどろになる。



「 他の女性達と()()デートした場所に私も行ったのね? 」

「 それは……『氷の微笑み』にはレティが行きたいと行ったから…… 」


「 そうね……アルが()()の女性達とデートした場所だなんて知らなかったもの……まさか……()()の女性達と同じ思い出を共有してるとは思わなかったですわ 」


「 それは……だから……レティは……皆とは違う…… 」

 もはや防戦一方のアルベルトは叱られた仔犬の様に……

 いや、蛇に睨まれた蛙。


 誰もレティの口には敵わない。



「 あ~んして食べさせあいっこしたのも……皆と同じ思い出? 」

「 違う! それは絶対に違う! そんな事をするのもして貰うのもレティだけだ! 」

「 そう? 」

 レティの目付きが優しくなった。


「 そうだよ……僕はレティを好きなんだから……大好きなレティだから…… 」

「 もう良いわ。ご免なさい意地悪を言って……過去の事を言われてもどうしようも無いわよね 」

 それは理解しているわとレティはニッコリと笑った。


 アルベルトは地獄の尋問から解放された。

 ふぅ~っと大きく息を吐く。



「 じゃあ……仲直りのキスをしてくれる? 」

 アルベルトが自分の頬を指でチョンチョンとすると……

 レティはチュッとキスをした。


「 でも……これからは駄目だからね! 」

 ……と、釘を刺すのを忘れずに。




 そんな事があった翌日に……

 レティはまたもや遭遇した。


 男と女が庭園の木陰で話をしている所に。


 女はパトレシア侯爵令嬢。


 男は……

 アルベルト皇太子殿下だった。










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