招かれざる客─6
「 どうしたらいい…… 」
アルベルトは頭を抱えていた。
晩餐会が終わり、レティを部屋に送り届けた後にアルベルトはラウル達と合流をした。
ここは皇宮にあるラウンジで、ラウルの店が出来るまではよくここに4人で集まって飲んでいた。
あちこちのBOX席にも各国の要人達が各々で楽しみながらお酒を飲んでいる。
絶えずピアノの曲が流れている心地よいラウンジだ。
「 知られたのか? 」
「 多分…… 」
「 それでレティは何て? 」
「 気にしないでって…… 」
ラウルの問いかけにそう言うと、アルベルトはテーブルの上に顔を突っ伏した。
「 知られた事を気にしなくても良いと言ったのか? 」
「 ああ…… 」
「 流石俺の妹だ!心が広い! 」
「 いやいや、気にしないと言ってもな~ 」
知ってしまえば気になるよな~とエドガーが言う。
そりゃあそうだ。
気にならない訳がない。
「 だったら俺はどうしたら良いんだ? 」
「 どうもこうも……過去は変えられないだろ? 」
「 過去の事だよ 」
「 誰でも苦い過去はあるさ 」
3人が次々に慰めの言葉をくれるが……
何気に楽しそうにしている。
こいつら……
面白がってるな。
アルベルトはテーブルに突っ伏したままで動かない。
ラウル達の前でも何時も凛としているアルベルトが、こんな風に落ち込むのは大概がレティの事なので、彼等にとって面白くない訳がない。
「 俺が裸を見た事は知られたく無かった 」
「 何だって!? 裸って…… 」
「 お前達……最後までいったのか? 」
「 ? お前達も最後まで見たじゃ無いか!? 」
突っ伏していたアルベルトが、顔を上げて3人を見回した。
「 えっ!? 」
「 えっ!? 」
4人で顔を見合わせる。
「 えっと…… アルは何の話をしている? 」
「 あの酒場に行った事だろ? 」
あの酒場とは、ローランド国にある酒場の事で、毎夜ラストに妖艶な女がストリップショーをする事で有名な酒場の事だ。
シルフィード帝国からの男子留学生が成人の記念に必ず訪れると言う酒場。
留学期間の間に何度も訪れる学生達もいる。
勿論……
アルベルトやラウル達も何度も行った。
彼等も健全な男の子。
ましてや彼等は1年間もローランド国に留学していたのだから。
「 えっ!? 」
「 えっ!? 」
またまた4人で顔を見合わせた。
「 お前………ケイトリンと付き合っていた事がレティにバレて、凹んでいたんじゃ無いのか!? 」
「 ケイトリンと俺が? 」
「 付き合ってただろ? 」
「 いいや、付き合ってはいない 」
アルベルトがとんでもないと胸の前で手をヒラヒラと振った。
「 お前達付き合って無かったのか…… 」
じゃあケイトリンのあの言い様は何なんだとレオナルドが言う。
「 何回かデートしただけだ 」
デートを何回かしただけで付き合っているなんて言われたら……
俺は何人と付き合った事になるのか?とアルベルトは怪訝な顔をする。
だから……
だから帝国の美丈夫皇子様は……
『 女子生徒をとっかえひっかえして食い散らかしている、プレイボーイ 』
……と、ローランド国ではウィリアム王子にまで、そんな風に思われていたのだった。
アルベルトとしては……
好きでも無いから告白もして無いし……
誘われたからただ一緒に出掛けただけ。
「 ケイトリンはお前と付き合っていたとあの頃は豪語していたから、てっきりお前達は付き合っていると思っていたぞ 」
「 まあ、そんな事を言っていた女生徒は他にもいたけどな 」
レオナルドとエドガーがグラスに入った酒を飲みながら、遠い目をした。
留学先のアントニオ学園では、シルフィード帝国の皇子とデートをする事が令嬢達の一種のステータスとなっていた。
ケイトリンの様な自信満々の令嬢達が、こぞってアルベルトにデートをして欲しいと誘ったのだった。
そんな事もあり、アルベルトは気軽にデートを楽しんでいた。
成人になったばかりの16歳だったのだ。
「 お前達もそうだったじゃないか!? 」
「 それは最初から遊びだと言っていたし…… 」
「 俺は……お互いに割り切っていたから 」
「 俺はしっかりと清算して来たから問題は何も無い 」
ラウル達も似たようなものだった。
他国と言う事で気楽にデートを楽しんだり、4人で夜遊びをしたりと遊び回っていたのだった。
「 俺は……デートに誘ったのも付き合ったのも……女性を好きになったのもレティが初めてだ! 」
アルベルトは胸を張って言った。
だから……
「 俺がストリップショーに行った事はレティには知られたくないんだ 」
知ればきっと……
幻滅されて……嫌われる。
「 ああああ……どうしよう!! 」
アルベルトは……
レティの歌う歌が、ストリップショーのある酒場の歌だと知ってからは気が気では無かった。
誰かがその事をレティに言ったら。
あの酒場には……
シルフィード帝国からの留学生の男子生徒達が皆行くのだと聞けば……
きっとレティに尋問される。
「 お前らは知らないんだよ。レティが俺を糾弾する時のあのイキイキとした顔を…… 」
「 糾弾された事があるんだ? 皇子のお前が? 」
「 一体何をやらかしたんだ? 」
お前達は面白過ぎると言って皆が大笑いをした。
アルベルトは言う。
レティの前では何時も素敵な皇子様でいたいのだと。
レティには何時もキャアキャア言って貰いたいのだと。
相変わらずの溺愛っぷりには呆れるが……
しかし……
勘違いしているケイトリンをどうにかしなければならないなと皆は思った。
多分レティが言ったのは、ストリップショーの事では無い。
ケイトリンの匂わせの事を言ったのだ。
「 ストリップショーの事なら……あいつは俺にも糾弾して来るだろうからな 」
そんな奴だと言って、ラウルはフンと鼻を鳴らした。
確かに……
だったら誤解を解かなくては。
ケイトリンの誤解とレティの誤解を……
しかし……
レティの誤解は自分が解くしか無いが……
ケイトリンの誤解はどうやって解けば良い?
今更呼び出してあのデートは誤解だったと告げるのもどうかと思う。
「 男なら一発殴って元カノの話なんかするな!と言うのにな~ 」
……と、エドガーがパンチをする真似をした。
「 元カノ? いや、俺は元彼じゃないってば! 」
本当にややこしい事になったぞとアルベルトは頭を抱えた。
***
そのややこしいケイトリンを、魔除けレティはどうにかする所であった。
翌日の昼下がり……
手紙で呼び出された庭園の東屋にレティとケイトリンがいた。
向かいあって東屋にあるテーブルに座っている。
「 もう、貴女もご存知かと思いますが……ワタクシはアルベルト様が留学時代にお付き合いをしてましたの 」
デートも何度もして……
手も繋ぎましたわ。(←ただのエスコート)
……と、ケイトリンはにやりとして勝ち誇った様な顔をする。
「 デート場所は『氷の微笑み』で、王都公園を歩いたのですよね 」
「 あら? アルベルト様から聞いたのかしら? 」
アルベルト様も懐かしく想って下さったのね。と自分の頬に手をやった。
「 違いますわ。私もそこでデートをしたからそう思っただけですの 」
「 まあ! ワタクシとデートした場所で貴女とデートをしたの? 」
アルベルト様も無粋な事をとケイトリンはクスクスと笑った。
「 ええ、そうね。本当に失礼な事ですわ 」
「 ウフフ……ワタクシとのデートが楽しかったからかしら? 」
「 それで? 貴女は何がしたいのかしら? そんなチンケな思い出だけでわたくしに張り合おうと? 」
「 チンケ!? 」
およそ高貴な公爵令嬢が発する言葉では無いが……
レティの反撃開始だ。
「 貴女は皇女様とバトルが出来ます? 」
「 皇女様!? 」
「 そうよ!サハルーン帝国の皇女様が、アル……殿下の元へ夜這いに来ましたのよ。裸同然の格好で。チンケな貴女の身体なんか目じゃ無い位の、ダイナマイトボディーをゆさゆさしながらやって来たわ 」
「 チンケ…… 」
ケイトリンは自分の胸の膨らみを両手で押さえた。
目の前のレティよりは遥かにあると思うが……
ケイトリンが何を言いたいのかを察したレティは、明らかにムッとした顔になる。
「 そして……わたくしに指を指してお下がりなさいと言いますのよ。分かる? 殿下の部屋に裸同然で夜這いに来たくせに、婚約者のわたくしにお下がりなさいと言ったのですわ 」
さあ!貴女ならどうします?
レティは細長い扇子をグイグイとケイトリンに突き付ける。
「 皇女様の命令を拒む事なんて……ワタクシには出来ないですわ 」
「 あら? だったら殿下は皇女様のモノになってしまいますわ? それでも良いのかしら? 」
「 じゃあ……貴女はどうなさったの? 」
レティはニヤリと広角を上げて笑う。
「 わたくし達の様なただの貴族は、皇女や王女達からすればチンケな生き物に過ぎないのですわ 」
チンケな貴女が皇女や王女から殿下をお守りする事が出来ますかと、レティは扇子をバッと広げて口元を隠した。
「 わたくしには皇女様を言い負かせる頭脳と、騎士としての剣の腕がありますわ 」
頭脳は分かるけど……騎士?
ああ……そうか……
この令嬢は他国の王太子と決闘をした程の剣の腕の持ち主。
しかも勝ったと言うのだから。
まさか……
皇女様にも決闘を?
ワタクシには出来ない……
チンケなワタクシには。
「 殿下とお付き合いをすると言う事は、こんな事が日常茶飯事ですわ。今、貴女がわたくしに仕掛けて来てる様にね 」
「 いえ……ワタクシは……そんなつもりは…… 」
確かに……
美貌のアルベルト様なら……
皇女様や王女様だけで無く……
ワタクシの様なチンケな女性達が言い寄って来る筈。
学園時代も……
アルベルト様はワタクシの様なチンケな令嬢達とデートをなさってたわ。
ローランド国には王女がいない。
ウィリアム王子には弟王子がいるだけだ。
だから……
外交官デビュー1年生のケイトリンは、まだ皇女や王女の存在がいまいち分からなかった。
ワタクシには彼女の様な頭脳も無ければ剣の腕も無い。
そう……
彼女は医師で薬学研究員と言う天才的頭脳を持っている令嬢でもある。
王女や皇女とはワタクシごときのチンケな貴族ではとてもじゃ無いが太刀打ち出来ない。
ケイトリンは項垂れた。
「 わたくし……今宵の舞踏会でもチンケと戦わなくちゃなりませんから、これで失礼致しますわ 」
もはやチンケの後に女性も付けない。
レティは……
自信満々なケイトリンにチンケの植え付けに成功した。
ホホホホホと、優雅に立ち去って行くレティの後ろ姿を見ながら、腹を抱えて笑う4人の男達がいた。
レティがケイトリンからの手紙を受け取った時に、側にいたアルベルトが、レティが手紙を開いて読むのをこっそりと覗いて、時間と場所を知ったのだった。
「 あの口には誰も勝てないぃ~ 」
「 凄い女だなお前の妹は…… 」
「 俺よりあいつが宰相に向いてそうだ 」
3人はチンケの連発で勝ったと言ってはヒーヒーと笑い転げている。
いや……
笑い事では無いと言いながらも……
アルベルトも笑いが止まらなかった。
ラウルがアルベルトの肩を叩いた。
「 お前の嫁は我が妹しか務まら無いよな 」
「 ああ……俺にはレティが必要だ 」
本当に……
見事な魔除け振りだ。
「 まあ、あの酒場の事は……お前が頑張れ 」
エドガーはまだ笑いまくっている。
「 お前がやり込められている所を見学したいから、あの酒場の事を尋問される時は、俺達にも言ってくれよな 」
「 確かに……俺も妹の尋問を参考にしたいから頼むわ 」
「 言わない! 」
アルベルトから、レティがケイトリンから呼び出されたと聞いたお兄ちゃん達が心配してやって来たのだ。
いや、心配をしていたと言ったら嘘になる。
面白そうだからとやって来たら……
これが予想外の面白さだった。
去って行くレティが、ご機嫌にあの歌を歌っているのを聴きながら……
3人はアルベルトの肩を叩いた。
そんな4人の姿を……
木の陰から見つめる1人の令嬢の姿があった。




