招かれざる客─5
王女様もやって来たのかと言って、泣きそうな顔をしているレティにアルベルトは驚いた。
「 レティ! 来てないよ。アリアドネ王女が来るわけ無いから 」
「 そう…… 」
そうよね。
王女が来るわけ無いわ。
レティはそう言ってふぅぅと大きな溜め息を吐いた。
「 レティ、おいで 」
アルベルトが両手を広げると……
レティはアルベルトの前に行き……膝の上によじ登った。
ギュッと抱き締めて欲しかった。
両手をアルベルトの首に回して肩に顔を埋めた。
自分とアリアドネ王女がレティのループする世界で、3度も婚約をした事をレティから聞いていた。
3度の人生でもずっと自分を好きだったレティが……
それがとても悲しかった事も。
こんな時は……
アルベルトはレティには何も聞かない。
ただただ静かにレティを抱き締めるだけ。
レティは凄いものを背負っている。
自分には到底想像も出来ない現実を彼女は生きているのだ。
言いたく無い事も……
言えない事も……
俺が知らなくて良い事もある筈だから。
本当は全てを聞きたいが……
「 あのね…… 」
「 ん? 」
首のすぐ横で話すレティの息が掛かってくすぐったい。
「 人間は誰しも言いたく無い事もあるし、言え無い事もあるしね、知らない方が幸せな事だってあるのよ。墓場まで持って行く様な秘密もね 」
だから……
だから気にしないでとレティは言った。
「 !? ちょっ!! レティ! 待って! 」
何の話?
それは俺の話なのか?
もしかして……
知ってしまった?
アルベルトは真っ青になった。
あれは……
過去の事だ!
レティと知り合う前の……
コンコンコン!
その時強くドアをノックする音がした。
アルベルトはビクッと飛び上がった。
「 殿下! 次の会談は陛下と御一緒なんですよ! 早くいらして下さい! 」
絶対に遅刻は出来ませんからと、ドアの前でクラウドが叫んでいる。
「 えっと……レティ……また話をしよう 」
アルベルトはレティの頬にチュッとキスをして、レティの部屋を後にした。
***
レティはイニエスタ王国のリンスター王太子から謝罪の言葉を受けた。
そこにはルーカス宰相が同席した。
グレイは……
騎士としての任務を果たしただけだから謝罪は必要無いと言ってこの場には来なかった。
あの出来事はレティの3度の人生でも起きていた出来事だった。
もっと早く気付いていれば……
防げたかも知れないと思うといたたまれない。
3度の人生で……
自分が死んだ時に起こる出来事ばかりに拘っていたから、気付くのが遅かったのだった。
炎の魔力使いは……
何故大講堂の大シャンデリアを爆破しようと思ったの?
シャンデリアの下にはアルと王女がいたと言うのに。
3度の人生で起きた事故も……
彼女がそれをしたの?
もう……
誰も分からないし、知る由も無い事。
もしも……
5度目の人生があるのならば……
事件の真相が分かるのだろうか。
似てる……
やっぱり兄妹は似てるわね。
ループするレティの3度の人生の、全ての人生で皇太子殿下と婚約をしたアリアドネ・カステラ・デ・イニエスタ。
彼女はイニエスタ王国の王女。
彼女は昨年に……
他国の第3王子が臣籍降下した公爵家に後妻として嫁いだ事を、ルーカスから聞かされた。
レティは知っている。
世界中が祝福した……
皇太子と王女の婚約が発表された日の事を。
彼女には輝かしい未来があった。
晩餐会で……
舞踏会で……
彼女は輝く場所に確かにいたのだ。
アリアドネ王女はアルを好きだった。
きっと3度の人生ではアルだって美しい彼女を好きだった筈。
私がアルと出会った事で狂ってしまった今生での彼女の人生。
いや、アルの人生も然りだ。
シルフィード帝国とイニエスタ王国の未来も変わってしまったのだ。
彼女は……
今も空を見ながらアルの事を想っているのかも知れない。
ごめんなさい。
私が貴女の大切な妹の人生を変えてしまいました。
アリアドネ王女と良く似たリンスター王太子が、部屋を退出して行く後ろ姿を見送りながら……
レティは静かに頭を下げた。
そんなレティをルーカスが見ていた。
以前に……
レティがこの結婚は正しいのかと泣いた事を思い出していた。
シルフィード帝国がイニエスタ王国の王女との縁談を断った事を危惧して。
国の為ならば王女と婚姻を結ぶべきだったのでは無いのかと泣いたのだ。
ルーカスは今でも時々思う。
レティはグレイとの結婚の方が幸せだったのだろうと。
平凡な結婚をさせたかった。
父親とは……
どんな時も娘の幸せだけを願うもので。
その時……
アルベルトがレティを迎えにやって来た。
直ぐに手を繋いで楽し気に歩いて行く2人の後ろ姿を……
ルーカスは暫く見ていた。
***
この日の夜は各国の要人達との晩餐会がある。
前のメインテーブルには、両陛下と皇太子殿下と婚約者であるレティが座り、招かれた王族達が縦長のテーブルに座り次に各国の大臣達と続く。
昨年はジャファル皇太子がいてしっちゃかめっちゃかだったわね。
一昨年は……
あの事件があった。
その前は……
そうだわ! 婚約式をしたのだわ。
建国祭は何時も何かあるわ。
そんな事を考えていると……
横にいるアルベルトが……
エスコートするレティの手をギュッと握り締めて気合いを入れる。
「 皇帝陛下、皇后陛下、並びに皇太子殿下と婚約者の公爵令嬢のご入場でございます 」
「 レティ行くぞ! 」
「 はい 」
2人は晩餐会の会場に入場して行った。
3日間に渡る華やかな建国祭の行事がスタートした。
おかしいわね。
あの女。
あれから近寄って来ないわ。
皇宮では夜這いは無理だから……
3階の皇族のプライベートエリアには猫の子一匹入れない厳重な警備がなされている。
アルを呼び出すお手紙作戦か?
相談があると言って呼び出すのかしら?
それとも……
待ち伏せ?
今回はレオが凄く彼女を警戒をしているのよね。
留学時代のクラスメートの彼女の事を知ってるからだわ。
アルと彼女が付き合っていた事も……
余計な事は止めて貰いたいわ!
あの女が攻めて来なくてはバトれないじゃないのよ。
レティはサハルーン帝国の皇女とのバトルに味をしめていた。
何なら次はサハルーン皇帝の側室とバトりたいと思っている程で。
侯爵令嬢は些か役不足だけれども……
アルの元カノならば手応えはある筈。
晩餐会の豪華な料理を美味しく頂いて。
こっそりと……
アルベルトのデザートまで貰って……
レティはご機嫌で晩餐会の会場を後にした。
帰り際には……
レティの食べっぷりをこっそりと覗きに来ていたシェフ達に、親指を立てていいねをして。
皇宮のシェフ達とレティは仲良しなのだ。
その時……
皇宮のメイドがレティに手紙を持って来た。
「 ローランド国の外交官のラザイヤ様からお預かりしました 」
皇宮に務める者は、得体の知れない者からの手紙や物は本人には直接渡さない様に言われている。
このメイドは、ケイトリンが外交官だからレティに手紙を持って来たのだった。
レティの横にいるアルベルトを見て真っ赤になるメイドが気になるが。
メイドが皇族の側に行く事は滅多に無い。
ましてや3階にある皇族のプライベートエリアの担当で無いメイドなら尚更だ。
特に若いメイド達は皇子には近付か無い様に言われている。
キターーー!!!
アルには近寄れ無いもんだから私に仕掛けて来たのだわ。
もう……
ワクワクしますわ。
レティは手紙を胸の前でギュッと抱き締めた。