招かれざる客─4
「 ワタクシも当時の様に、アルベルト様とお呼びしてもかまいませんか? ワタクシの事も……あの頃の様にケイトとお呼び下さい 」
甘ったるい声を出してそれを言うのはケイトリン・セイ・ラザイヤ侯爵令嬢。
彼女は外交官。
彼女はアルベルトとウィリアムに仕事の話があるからと言ってこの席に加わったのである。
「 それで重要な話とは何だ? 」
「 えっ!? あっ……あの…… 」
彼女の甘ったるい声を完全にスルーして、ウィリアムがケイトリンを睨み付ける。
ウィリアムは自国の外交官である彼女の無礼な発言に不快感を示したのだ。
アルベルトはレティの事を婚約者だと紹介した。
その婚約者の前で、親しい者にしか許されていない愛称呼びで呼んでくれと言ったのだ。
彼女は外交官なのである。
「 王子殿下とアル……皇太子殿下の会談の日時をお教えしたくて…… 」
確かに重要だが、食事中に乱入してまで伝える話では無い。
しかも……
場所や詳細を聞けば、まだそこまでは……と口ごもる。
本来ならば……
双方の秘書官から会談をしたい内容の連絡を受けて、双方の外交官同士が日時や場所を決める。
そこで決まった事を双方の秘書官に伝えて、秘書官からこの2人に伝えられると言う手順の段取りを取らなければならないのだ。
限られた時間での会談だ。
資料に目を通したりの前もっての下準備をしていないと話が前に進まない。
その資料の作成も外交官の仕事である。
各国の情報を調べる為に書簡でやり取りをしたり、前もって外国を訪れたりする事もある。
まだローランド国からの要人達しか来国はしていないが、沢山の国がやって来ると、この調整が重要な事になる。
他国の外交官達からの会談の申し込みが殺到して、皇帝陛下や皇太子殿下のスケジュールが分刻みで組まれるからだ。
限られた時間での会談をスムーズに行う事を出来る様にする事が外交官の仕事である。
大臣達同士の会談も然り。
ケイトリンは……
自国の外交官が計画している話だけを聞いて、アルベルトと話をするきっかけにしようとしたのである。
だから……
ウィリアムの問いには何も答えられなかった。
「 ウィリアム殿、彼女も我が国に到着したばかりで、張り切るあまりに勇み足をしてしまっただけだと思う 」
アルベルトがケイトリンを庇ってこの場を取り繕った。
「 そうだな……ラザイヤ外交官、以後気を付ける様に 」
「 はい、申し訳ありません 」
これが我が国の外交官なのか?
ウィリアムにとっては初の外遊。
勝手知ったる国だからと、祖父である国王や父親である王太子から、シルフィード帝国への外遊を任されたのだった。
ウィリアムはアルベルトの前で恥をかいた。
「 アルベルト殿、リティエラ君、俺はこれで失礼する 」
ウィリアムは片手を上げて、近くにいる側近達を呼んだ。
ウィリアムの後ろを皆が慌てて付いて行く。
この後……
ローランド国の外交官達が、ウィリアムに叱責されたのは言うまでも無い。
さあ……
残ったのはレティとアルベルトと、目の前に座っているアルベルトに熱い視線を送るケイトリン。
ケイトリンはアルベルトに庇って貰ったのが嬉しくて仕方無い。
やっぱり……
ワタクシの事を大切に思ってくれてるのだわ。
婚約者の前ではっきりとワタクシを庇ってくれるなんて。
「 アルベルト様……庇ってくださって嬉しいです 」
「 ああ……では我々もこれで失礼する。皇宮の料理は美味しいと評判だ。ゆっくりと楽しんでくれたまえ 」
レティ行くぞ!
アルベルトはそう言ってレティのトレーも持って席を立った。
「 えっ!? 」
ケイトリンは小さい声で呟いて……
アルベルトに続いて席を立ったレティを、凄い目で睨んで来た。
えって何? えって……
この女……
アルが私を連れて行くのが意外だったんだわ。
私は婚約者なのよ?
一緒に行くに決まっているじゃない。
トレーを返却口に置いたアルベルトは、後ろから付いて来ていたレティに手を伸ばして、2人は手を繋いだ。
あっ!?
悔しがってる。
うわ~!! 特上ランチをぐちゃぐちゃにしてる。
食べ物を粗末にするなんて許さないわ。
シェフは盛り付けにまで神経を尖らせるのよ!
レティはアルベルトに手を引かれながらケイトリンを観察した。
サハルーン帝国ではラビア外交官にやり過ぎた感があった。
彼女はあれ以来病気だと言って公務を休んでいた。
レティに指摘された事が恥ずかしくて出て来れなくなったのだった。
当たり前だ。
夜遅く相談があると言って、私の婚約者の元を訪ねて来たのだ。
あんなに恥ずかしい格好をして。
だけど……
ちょっと反省している。
突然の休みで皆が困っていたのだ。
だから……
今度は仕事に支障が無い程度に止めを刺さなければならないわ。
ハンターレティは燃えていた。
アルとあの女が留学時代に付き合っていた事は確かだわ。
前にローランド国でデートした時に入ったジェラートの店には何度も行った風だったから……
あの店で何度かデートをしたのだろう。
プロポーズをしてくれた公園もデートスポットだった。
アルはあそこで色んな女性達と愛を語らったのかも知れない。
素敵な場所だったから……
プロポーズをする場所にと選んだんだわ。
良いのよ。
アルがモテるのは当たり前だわ。
あんなに格好良いんだもの。
留学時代は私と知り合っていなかったのだから、もうそれは今更どうにもならない事。
レティは過去には拘らない。
たまにはキーっとなったりしてやきもちを妬くが。
そう……
拘るのはレティの3度の人生で3度も婚約をしたイニエスタ王国のアリアドネ王女だけ。
アルベルトとアリアドネ王女との婚約は過去の事では無く未来の事。
だからこんなにも拘りトラウマにもなっているのだ。
レティは知っている。
婚約中の22歳の皇太子殿下と22歳の王女が並ぶ姿を。
大人な2人が身体を寄せあって愛しげに見つめ合って踊る姿を。
3度の人生で何度も何度も見ていた……
まるで絵の様な2人。
美しさだけで言えば、きっと世界の誰よりもアリアドネ王女は美しい女性だ。
そんな世界一の美丈夫皇子と世界一の美しい王女が結婚をするのだから、世界中が2人の恋物語に沸き立っていた。
まだ記念の本は発売されていなかったが……
きっとそこにはうっとりする様な恋物語が書かれている事だろう。
世界中の誰もが認める美しい皇子と王女の御成婚。
きっと今のレティの様に横恋慕なんかされる事の無い結婚だ。
今生だって……
あのまま王女との結婚が決まっていれば、アルが議会で苦労する事も無かっただろうに。
アリアドネ王女が突然やって来て……
アルベルトと婚約をするかも知れないと言う懸念が、今もレティの心の何処かにある。
婚約中であろうとも……
既に王太子妃であろうとも……
婚姻を破棄された現実がある。
王女で無い貴族女性達の扱いは軽い。
「 そんな時は……派手に婚約破棄なんかしないで、こっそりとお別れを言って欲しいもんだわ 」
悪役令嬢は……
笑いながら美しく去って行くわよ。
アルベルトに愛されれば愛される程に怖くなる。
こんな事を思っていると知ったら、アルベルトは悲しむだろう。
自分が信じられないのかと言って。
違うのだ……
アルベルトを信じられないのでは無い。
レティは自分に起こるアルベルトとの未来が信じられないのだった。
そんな3度の人生を抱えて来たのだから……
16歳のまだガキんちょの頃のアルベルトの恋なんか屁でも無い。
しかし……
今の敵は叩き潰す!
クラウド様にも殿下を守れと言われている。
たとえ皇女であろうとも……
サハルーン皇帝の側室が相手でも……
絶対に我が国の皇太子殿下を守り抜いて見せますわ!
これがわたくし……騎士リティエラの使命なのですわ。
オーホホホホ!
レティは……
虎の穴の自分の研究室で腰に手を当てて叫んでいた。
***
そうする内に……
シルフィード帝国にはどんどんと他国からの招待客がやって来て、アルベルトは忙しくなった。
皇都の街も建国祭に向けてどんどん賑やかになって行く。
建国祭の2日前には各国要人達との晩餐会があり、前日には要人達との舞踏会がある。
そして建国祭当日には、シルフィード帝国の高位貴族達との華やかな大舞踏会が繰り広げられるのである。
沢山の人々が行き交う皇宮は危険が伴う事から、皇太子殿下の婚約者であるレティは、今回も建国祭の3日前から皇宮に入城していた。
レティの本格的なお妃教育は……
来年のレティの誕生日に皇居に入内する時からと決まっている。
皇后陛下から宮廷のあらゆる作法や行事のあれこれを学ぶ予定である。
なので……
今年の予定は晩餐会や舞踏会に出る事だけであるから、入城するなり皇太子宮の侍女達と公爵家のレティの侍女のマーサと気楽にお茶タイムをしていた。
マーサは……
将来レティが皇太子妃になってもレティの侍女でいたいと思っているので、ここに来れば侍女の勉強を懸命にしている。
「 レティ? 話があるんだが…… 」
アルベルトが皇太子宮にあるレティの部屋にやって来た。
皆はアルベルトに頭を下げると慌てて部屋を後にした。
「 アルもお茶を飲む? 」
「 レティが入れてくれるの? 」
ウフフと笑いながら入れてくれたレティのお茶は……
やはり不味かった。
料理はあれだけ美味しく作れるのに、何故お茶が不味いんだろうと頭を傾げるアルベルトだった。
生徒会室でも何時もお茶を入れるのはラウルで。
何故かラウルの入れたお茶は美味しかった。
あんな適当な奴なのに。
「 やっぱり美味しく無いわね 」
レティは自分の入れたお茶を飲んで眉をしかめた。
「 で? 話ってなあに? 」
不味いお茶を眉をしかめて飲みながらレティはアルベルトに尋ねた。
「 イニエスタ王国のリンスター殿がね、レティに謝罪をしたいと言ってるんだ 」
イニエスタ王国と聞いてカップを持つレティの手が少し固まった。
一昨年にイニエスタ王国の侍女が事件を起こした事から、昨年の建国祭には自重して来国しなかったので、2年振りにリンスター王太子が来国して来たのだった。
固まるレティを見てアルベルトは言う。
「 嫌なら会う必要は無い。あんな事をされたのだから謝罪は言葉だけ受け取れば良いよ 」
事件当時は色んな事があったから……
リンスターは、レティに正式に謝罪をしていない事をずっと気に病んでいた。
レティは将来はシルフィード帝国の皇太子妃となる令嬢だ。
その令嬢を自国の侍女が魔力を使って攻撃をした。
リンスターは正式にレティに会って謝罪をしたかったのである。
イニエスタ王国の王女の侍女が炎の魔力で皇太子の婚約者を襲撃しただけでは無く……
光の魔石が爆発して、大シャンデリアが皇太子の頭上に落ちれば、皇太子の命までが危うい所だった。
一時はシルフィード帝国とイニエスタ王国が開戦するのでは無いかと、世界中に流れた程の大事件であった。
グレイがいなければレティが……
レティがいなければアルベルトが大怪我をしていたのだ。
いや……
3度の人生ではアルベルトは大怪我をしていた。
側にいたアリアドネ王女も一緒に。
レティはカタカタと震えだした。
アルベルトが慌ててカップをレティから取り上げた。
火傷をするよと言って。
「 やっぱり断るね 」
怖い筈だ。
炎が自分に向かって飛んで来たのだから。
「 王女様は……アリアドネ王女様も来たの? 」
「 えっ!? 」
アルベルトを見つめるレティの顔は……
今にも泣き出しそうだった。