閑話─レティの歌う歌
今回の外遊は軍船に乗る事から馬車も多数乗せて来た。
戦争時の軍船は、他国の陸地に侵入すると直ぐに騎乗して馬や馬車を走らさなければならない事から、軍船の中には厩舎がある。
今回は16台の馬車を各国の宮殿への往復に走らせていた。
宮殿まで御一行様と荷物やお土産を運ぶと、馬車は軍船に戻って待機して、出立の日に迎えに行くと言う形を取っていた事から、馬は全部で40頭程連れて来ていた。
馬の世話は主に御者がしていたが……
レティや騎士達もしょっちゅう厩舎に来て馬の世話をしていた。
うふふふ。
レティはご機嫌である。
ご機嫌な時は何時もの歌を自然と口ずさんでしまう。
この日は御者達に差し入れのクッキーを持って、馬の世話をしに来ていた。
「 随分とご機嫌ですね 」
「 ええ 」
レティは領地にいる時から馬に乗っていた。
3度目の人生では弓騎兵として常に馬に乗っていたので、今は益々馬が好きになっていた。
暫くは愛馬のショコラはアルベルトの牧場にいたが……
今は家に居て、毎日の様に世話をしている。
鼻歌を歌いご機嫌なレティは、馬にブラッシングをしながら御者に聞いた。
「 港に停泊してる間は馬はどうしてますの? 」
「 港街を歩かせてますよ 」
「 まあ!? ちゃんと陸を歩かせて貰ってますのね 」
良かったねと頬を撫でると、馬はブルブルと鼻を鳴らして嬉しそうにした。
船の乗組員達は軍船で寝起きをしている。
「 港街の皆さん親切にしてくれますが……言葉が通じないのが悩みの種ですね 」
共通語の話せる船長達は近くのホテルに泊まったりと、気分転換をしてはいるが……
共通語の話せない御者や乗組員達はどうしても引き込もってしまっているらしい。
「 それじゃあ、つまらないわよね 」
お買い物位は楽しまなくっちゃと、サラサラとペンを走らせた。
レティは即席翻訳ノートを作った。
発音と意味を綴りの下に書いて。
「 この通りに発音すれば、お買い物が出来ますわ 」
もしも通じなければ、このノートを見せて指をさせば良いと言って。
これには御者や乗組員達が喜んだ。
これから先も我々の宝物にしますと言って。
***
「 なあ? 不思議に思っていたんだけどさ~ 」
エドガーが飲み干した酒の入ったグラスを置いて、船のスタッフにお代わりを要求してからその続きを口にする。
シルフィード帝国へ帰国の途に就いている軍船は今は涼しくなった甲板で何時もの様に4人で飲んでいる。
少し離れたテーブルにはレティがいて、女官達と女子トークに夢中だ。
「 レティが何時も歌ってる歌があるだろ? 」
「 ……サビで音程を外すあの歌か? 」
毎朝の出勤中の馬車であの歌を歌われてうんざりしてると、ラウルが舌打ちをする。
「 あの歌ってローランド国でのあの酒場で歌われていた歌なんじゃ無いか? 」
「 ……確かに…… 」
今まで気が付かなかったが……
言われてみればそうだ。
留学先のあの酒場で歌われていた歌を何故レティが歌っているのかと、4人は疑問に思った。
「 お前が歌っていたんじゃ無いのか? 」
「 いや、俺は歌って無いと思う…… 」
1番の可能性はラウルが口ずさんでいたって事だが……
口ずさむ程頭に残ってはいないのだから、歌った事さえ無いとラウルは言う。
「 レティもあのあの酒場に行ったんじゃないか? 」
「 何だと!? 」
「 まさか!? 」
レオナルドの言葉にラウルの目の色が変わる。
勿論、アルベルトも。
あの酒場は……
妖艶なお姉様が1枚1枚ドレスを脱ぎながら踊るストリップのショーがあるのだ。
酒場で毎夜1度だけ開かれるショータイムがある。
これを観て帰るから……
男子学生達は学生寮の門限ギリギリになるのであった。
「 まさか…… 」
そんな事は無いよなと皆は顔を見合わせた。
「 あっ!? ウィリアム王子から教えられたのでは? 」
「 そうだよ! ウィリアム王子からだよ 」
レティはあの王子とかなり親しそうだからとエドガーが言うと……
アルベルトの眉がピクリと動く。
「 レティと一緒に留学したケインの可能性も…… 」
「 そうだよな 」
レティの学園時代は何時もケインが側にいたのだから。
レティが行くわけは無いよな。
……と、レティがあの酒場に行ったかも知れない疑惑を、無理矢理否定したのだった。
しかし……
何だか行ってそうで怖い。
あの好奇心の固まりは天をも突き抜ける程なのだからと。
ローランド国への留学はシルフィード帝国のジラルド学園の2年生の長期休暇を利用して毎年行われている。
留学の条件には、成績の良さと共通語を話せる事が必要不可欠で。
あのストリップショーのある酒場は……
留学した男子生徒が必ず行くと言う場所であった。
16歳の成人になる記念にと、大人の世界を覗くのだ。
勿論水面下での事だから女子生徒には秘密裏の事で。
レティが口ずさんでる歌は……
酔っ払ったローランドの男達が酒場で歌っていた歌だったのだ。
だから……
シルフィード語では無く共通語での歌なので、シルフィード帝国では馴染みが無いのであった。
***
厩舎からご機嫌なレティの歌が聴こえて来ていた。
「 ん? リティエラ様が何故あの歌を? 」
グレイも16歳の2年生の長期休暇に留学していた1人である。
レティがあの酒場に行ったのかと思ってドキっとしたが。
直ぐに……
ラウルが歌っていてそれで覚えたのだろうと考えた。
グレイはこの歌を気に入っていた。
まさか……
自分がレティに教えたのだとは露程にも思わないのは当然で。
レティがご機嫌で歌う歌は……
皆がまだ青臭い少年だった頃の……
ドキドキする甘酸っぱい思い出の歌なのである。
甘酸っぱ過ぎて……
誰から教えて貰ったのかをレティに聞けない男達であった。
しかし……
サビで音程を外ずして相変わらずラウルをイライラさせている。
多分……
グレイだけは……
レティの歌は正解だと思っている。
この歌は……
レティが3度目の騎士時代の人生で、20歳の誕生日のパーティーの時にグレイが歌ってくれた歌なのだから。
ローランド国に留学をした事のある男達は、甘酸っぱい青春の1コマを思い出しているのかも知れない。
レティの歌う歌は……
男達をドギマギさせる罪深い歌になっていた。
勿論レティはそんな事を知らないで……
今日もご機嫌で歌うのだった。
サビの部分で音程を外しながら。