閑話─アンソニー王太子の憂い
「 アルベルト殿…… 」
執務室の自分の文机の上に肘を付いて……
独り言ちているのはアンソニー王太子。
彼はアルベルトの従兄弟であるが……
今やすっかりアルベルトに恋する乙女である。
最近彼は悩んでいた。
いや、悩まされていた。
この春にアンソニー王太子と王太子妃の間に2人目の子供が生まれた。
第1王女に続き第2王女であった。
王女が2人続いた事で……
臣下達がこぞって側室を持つ事を勧めて来るのである。
自分の娘や遠縁の娘を。
王太子妃は他国の王女で勿論政略結婚。
国の為にと他国王女と結婚させられ、国の為にと自分達の娘や遠縁の娘を勧めてくる家臣達にアンソニーはうんざりしていた。
妃である彼女に対しては激しい恋愛感情は無いが……
他の令嬢なんかを娶ろうとは思わない程には妃を愛している。
第1王女も第2王女もこんなにも可愛い。
それなのに最近は……
王太子妃自らが、夫であるアンソニーに進言をせよ言う輩まで現れ、心労のあまりに王太子妃は臥せってしまっていた。
王族として……
正室に王子が生まれ無いのであれば、側室を持つ事は当然だと思っていたアンソニーだったが……
シルフィード帝国へ行った事でその考えが変わった。
シルフィード帝国では色々とあったが……
アンソニーはアルベルトだけでは無くレティにも惚れていた。
今やレティとは『 皇子様ファンクラブ 』の会員仲間で、サークルの会報誌を送って貰ったり、お互いの近況を伝え合っている程に仲良くしている。
常に令嬢を紹介される毎日。
まるで競い合う様に……
折角シルフィード帝国で学んで来た事を成し遂げ様としているのに、家臣達の関心事は側室選びなのである。
これは政務に関わる事。
この状況を何とかしなければならないと思っていたが、良い打開策も無いままに、シルフィード帝国からアルベルトとレティが来国して来たのであった。
相も変わらず皆の前でも堂々とイチャつく2人。
たとえ他国であろうとも……
アンソニーはこのバカップルに注視した。
彼は世界中の王室から欲せられている帝国の皇太子。
その皇太子が公爵令嬢である婚約者を守る為に最大の愛を注ぎ、それを皆の前で堂々と見せつけているのである。
皇太子の寵愛こそが、愛する女性の地位を確固たるものにすると言う事を彼は実践しているのだ。
2人でいる時は常に手を繋ぎ、会えばチュッと頬にキスをする。
婚約者の頬をつつき、鼻をキュッと摘まんだり……
手の甲や指先に口付けをして、頬やオデコにまでキスをしている。
時には自分の頬にキスをしろとねだる様に甘い顔を彼女に向ける。
彼女がチュッとキスをすると……
彼はそれはそれは蕩ける様に破顔するのだった。
周りの者が顔を赤くする程に2人は仲睦まじい。
眉をしかめる者も勿論いるが……
大半は2人のイチャイチャを暖かい目で見ている。
聞こえて来るのは……
「 シルフィード帝国の皇太子殿下が婚約者を寵愛してるって言う話は本当だったんだ 」
「 聞きしに勝る溺愛振りだな 」
「 2年後にはこんな2人が皇太子と皇太子妃になるのだから、シルフィード帝国も安泰だね 」
そんな緩やかな優しい声ばかりなのだった。
そうか……
王太子である私が王太子妃を寵愛する事こそが、家臣達を黙らせる事になるのか……
アンソニーはアルベルトを真似る事にした。
しかしだ。
ある問題が浮上する。
無理だ!
こんな公開愛撫は私には出来ない。
踊りながらもイチャつく2人を見てアンソニーは頭を抱えた。
だけど……
私がどれ程妃を寵愛してるのかを皆に見せ付けなければならない。
アルベルト御一行様が隣国マケドリア王国に発った後に意を決して頑張った。
彼は妃を散歩に誘った。
先ずはここからである。
妃の手を取り……手を繋ぐ。
あのバカップル……いや、あの2人の様な恋人繋ぎをする。
「 殿下!? 」
勿論こんな風に手を繋いだのは初めてで、妃は驚いて私を見上げた。
真っ赤になる妃が可愛い。
後ろから付いてくる侍女達がキャアキャアと騒いでいる。
通りすがりに挨拶をする城の者達皆が嬉しそうな顔をしている。
良い。
「 殿下? 突然どうされたのですか? 」
「 これからはそなたと歩く時はこうやって手を繋ぐ事にする 」
「 まあ!? 」
頬を赤らめて……
恥ずかしそうな顔をしている妃がたまらなく愛おしい。
そうか……
私と妃もただの恋人同士。
触れ合えばふれあう程に愛情が深くなるのか……
それに……
周りの反応も良い。
王太子と王太子妃の仲睦まじい姿は、国の安寧にも繋がる事になるのだから。
それからアンソニーは事ある毎に王太子妃を横に置き、腰に手を回したり、手を繋いだりして妻への愛情を示した。
あのバカップルの様に……
まだ人前でキスをする事は出来ないが……
自分に自信を無くし……
臥せっていた王太子妃はみるみる内に明るくなった。
夫である王太子から愛されていると言う自信が彼女を強くさせる事に繋がった。
今では……
こんなに仲睦まじい2人ならば他の令嬢が入る隙は無いと言われるまでになっていて。
直ぐにまた御子が産まれるだろうと周りの意識が変わったのだった。
「 アルベルト殿には感謝だな 」
この日は……
皇子様ファンクラブ会員ナンバー6番の、アンソニーの元に届いたレティから送られて来た皇子様ファンクラブの会報誌と、新しい皇子様の姿絵を眺めていた。
蜘蛛型魔獣に魔力を放出している時の姿絵だ。
帰国したレティが、宮廷絵師に無理を言ってレティの話を元に書いて貰った物。
「 あの時の姿絵か…… 」
やはり……
アルベルト殿はどんな時でも格好良いな。
姿絵のアルベルトは黒の軍服姿。
対峙する蜘蛛型魔獣に雷の魔力を放出する所である。
アルベルトの衣装を黒の軍服姿にしたのは……
『 皇子様のイチ推しの姿の報告会 』で、レティが黒の軍服姿を絶賛したからで。
会員ナンバー1番から4番が、その凛々しい姿を是非とも拝顔したいと言った事から。
因みにクラブの会合場所は……
レティが学園を卒業しているので、レティや学園の皆の行き付けのあのスイーツ店である。
月に1度、レティを交えて活動をしている。
『 この軍服姿は、マケドリア王国で亡き王妃様のお墓への献花の時に着ていらした正装です 』
レティからの手紙にはそう書いてあった。
「 私も実際にこの目で見たかった…… 」
サミュエル王子もアルベルトの従兄弟。
アンソニーは猛烈に嫉妬を感じた。
まさか……
彼も皇子様ファンクラブに入会したのではあるまいか?
まさか……
リティエラ嬢とも仲良しに?
サミュエル王子は隣国のアンソニー王太子に……
ライバルである事を格付けされたのだった。