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旅の軌跡

 




 黒い軍服を着たアルベルトが、王家の墓地にある王妃の墓の前で頭を垂れていた。

 両手に持っていた花束を静かに墓に献花する。


「 お婆様……貴女の娘の代わりに孫の私がやって来ました 」


 アルベルトの横には国王が肩を落として佇んでいた。

 国王は毎日の様に王妃の墓に献花をしに来てると言う。



 王妃の墓の横には、もう既に国王の墓が建てられていた。


「 余も直にここに入るからのう 」

 長らく連れ添った伴侶を亡くすのはこんなにも寂しい。

 本当に……

 ただただ寂しいのである。


 国王には側室がいた。

 王妃よりも先に亡くなった側室の墓はここには無い。

 側室の墓は少し奥まった場所にある。

 勿論国王は側室の墓にも献花をしている。

 彼女もやはり彼の妻だったのだから。



 側室の墓が2人の墓から遠くにある理由。

 これには王妃の意思が尊重された。

 側室が亡くなった時に……

 死んでまで3人で並びたくは無いと泣き叫んだと言う。


 ずっと側室に関しては何も言わなかった王妃が……

 初めて感情を見せた出来事だった。

 国王は泣いて肩を震わす王妃を抱き寄せ王妃の思いのままにすると言ったのだった。


 王妃は国の為ならば己れの心に蓋をしなければならない。

 子が出来ぬのなら側室を娶る事は必然的な事。

 好色な王ならば……

 何人も側室がいる事もあるのだから。


 だから……

 だから王族の結婚には愛の無い政略結婚が良しとされる傾向にある。

 しかし……

 例え政略結婚でも、そこに何らかの愛が生まれてしまうのは仕方の無い事だった。



 王妃と側妃。

 正妻と側妻。

 妻と妾。


 どの国も……

 何時の時代も……

 その確執と嫉妬に当人達は心休まる事は無かったのだった。


 側室が亡くなった時に……

 王妃は初めて枕を高くして寝れると言ったと言う。


 王太子を守る為に……

 懸命に生きた王妃だった。


 死ぬ間際には……

 遠い異国に嫁いだ娘シルビアへの想いばかりを口にしていたそうな。


 長らく子が出来なかった2人だったが……

 側室を娶る事も無くただ1人の妃として、ロナウド皇帝陛下に大切にされている事が彼女の安らぎであったと言う。




 国王とアルベルトの横には騎士達がズラリと並び、後ろには王太子や王太子妃、サミュエル王子とコゼット妃、ジョセフ王子や他の王家の一族が並んだ。


 その後ろにレティ達が並んでいる。

 婚約者だと言っても結婚をした訳では無いので、レティはラウル達と並んでアルベルトの献花を見ていた。



 今回はアルベルトの祖母である亡き王妃の墓参りが旅の目的の1つであった事から、皆は喪服を準備して来ていた。

 レティやラウル達も黒の喪服である。


 レティ達女性は黒いベールを頭に被っている。



 亡き王妃、マケドリア王家への献花と祈りは厳かに行われていった。


 しかし……

 レティの黒いベールの下は大変な事になっていて。

 アルベルトの黒の軍服姿に……

 久し振りにお神輿ワッショイ状態になっていたのだ。


 式典での皇太子の正装は白の軍服だが、喪に服する時は黒い軍服を着用する。

 アルベルトの軍服姿が大好物なレティは、黒の軍服姿に完全にやられた。

 その上前髪は後ろに撫で付けられ、額を出しているのである。

 こんな素敵な皇子様にときめかずにはいられ無い。



 なんと不謹慎なと思いながらも……

 ワッショイが止まらない。

 考えるのを止めようと思えば思う程にワッショイ状態になってしまう。


 笛や太鼓がピーヒャラドンドコと頭の中で鳴り響いている。

 ベールがあって助かった。




 だって……

 カッコいいんですもの。



 終わって国王が引き上げるのを見送っている時に、国王がレティの前で足を止めた。


「 そなたも悲しんでくれたのか……王妃も喜んでいるだろう。礼を言う 」

 国王がレティに声を掛けて嬉しそうな顔をした。


 近付いて来たアルベルトに……

 顔が熱くなって両頬を押さえていただけなのに。


 貴方のお孫様がカッコ良すぎて辛い。

 ……とは言えないレティであった。




 ***




 王妃が亡くなってまだ1年が過ぎていない為に、喪に服しているマケドリア王国では公式の行事は行われない事から、どの国でも催してくれた豪華な晩餐会や舞踏会は開かれない。


 国王達は申し訳無さそうにするが……

 いささか疲れが出ていた御一行様には寧ろ有り難かった。

 シルフィード帝国に帰国すれば直ぐに建国祭が待っている事もあって。



 マケドリア王国での最後の夜は身内だけでのお食事会となり、楽しい食事が終わって皆で宮廷楽団の奏でる音楽を楽しんでいた。


 楽士達がワルツを奏でると国王が静かに涙を流していた。

 侍従からハンカチを渡され、涙を拭いた国王が隣の椅子に座っているアルベルトに思いを告げる。



「 アルベルト殿。最後にそなたと未来の妃のダンスを余に見せてくれまいか? 」

 王妃の好きだった曲で踊って欲しいと言う。


「 良いのですか? 」

 まだ喪が明けていないのにとアルベルトは困惑した顔になる。


「 母上はダンスが好きでよく父上と踊っていたんだ。国王と王妃なのに舞踏会では毎回3曲以上も踊ってたんだよ 」

 王太子の言葉に皆からほっこりとした笑いが漏れる。


「 私達はまだ踊れ無いが……そなた達のダンスで亡き祖母を偲べればと思う」

 そう言って……

 サミュエル王子とコゼット妃がニッコリと微笑み合った。


 因みに……

 シャーロットとクリストファーも食事会に行きたいとごねたが、流石に夜は駄目だとサミュエルパパに叱られてお留守番だ。

 今の時間なら2人はもう夢の中であろう。



「 分かりました 」

 アルベルトが良いねとレティと視線を合わせると、レティはコクンと頷いた。


 立ち上がったアルベルトはレティの前まで歩いて行き、胸に手を当てて腰を折る。


「 亡き祖母を偲び……私と踊って頂けますか? 」

「 はい。喜んで 」

 差し出された手にレティの小さく白い手が乗せられた。


 ワッと皆からの拍手と歓声を浴びながら2人はホールの前に進み出た。



 今宵の2人は当然ながら舞踏会で着る様な豪華な衣装は着てはいない。

 レティは舞踏会のドレスは何時もふんわりと広がるドレープたっぷりのドレスを着ている。


 レティの作るドレスはどれもドレープがたっぷり。

 だからこそ軽いシルクのドレスを欲しているのである。




 ホールで向き合ってお互いに挨拶をして、アルベルトに腰をグイっと引き寄せられ手を合わせる。


 ワルツが奏でられると2人は流れる様にステップを踏む。

 ダンスを踊る時はお互いの目を見つめ合うのがマナー。


 レティがアルベルトの瞳を見つめていると……

 何だかアルベルトの様子がおかしい。


「 どうしたの? 」

「 レティ……今夜のドレス……なんだか薄いね? 」

「 なっ!? 」


 レティの腰を持つアルベルトの手が、サワサワと動いている。


「 アル! 止めてよ 」

 レティは真っ赤になった。


 そう。

 舞踏会用のドレスは、いくらコルセットを着けないと言ってもダンスを踊るのだからとレティは下にパニエを着ている。

 レティのデザインした腰を覆うタイプだ。


 しかし……

 今宵は沢山食べるわよと、食いしん坊レティは腰回りの緩いドレスを着ているのだ。

 勿論パニエは着てはいない。



 アルベルトの手が何だかいやらしい手になってレティの腰を撫でている。


「 止めてったら! くすぐったいじゃない! 」

 身を捩って抗議をするレティが可愛いとアルベルトはニヤリと笑う。


 勿論、他の女性と踊ってる時は女性の腰に当てた手なんかは意識していない。



 もめながら踊っている2人は……

 イチャイチャしてる様にしか見えない。

 どの口が亡き祖母を偲ぶと言うのか。



「 まあ、楽しそうですわね。陛下と王妃様を思い出しますわ 」

 そう言って王太子妃が涙を拭った。


 ダンスをしている間はお喋りタイムでもある。

 国王と王妃はよく言い合いをしていたのだ。

 1曲では収まらず3曲も。

 彼等の3曲は決して甘いものでは無かった。


「 余の楽しい思い出じゃ 」

 国王も涙を拭った。



 この2人のダンスは甘い甘いダンス。


 アルベルトはブゥと膨れて見上げて来るレティのオデコにキスを落とす。

 ごめんごめんと言いながら。

 涙目になったレティをあやして。


 アルベルトはキスが好きである。

 レティが側にいるとチュッチュとキスをしてる。

 シルフィードの者達は慣れっこだったが……

 他国の者は皆が驚いている。


 この全てに渡って完璧な皇子が……

 愛しくてたまらないと言う顔をしているのだから。



 この時もレティをからかったり、宥めたり、あやしたりと甘い雰囲気を出しに出しまくって……


 レティがアルベルトにカーテシーをして、ダンスは終わった。




 ***




 翌朝、御一行様は城の前にいた。


 眠そうな目を擦りながらシャーロットとクリストファーも見送りに来ていた。


 皆へのお別れの挨拶が終わると……

 シャーロットとクリストファーがレティに抱き付いて来た。


「 ヒーローお姉様! 」

 ……と、言って。



 アルベルトは護衛のカレンとエレナの報告書から、レティが毒蛇に矢を射てシャーロットとクリストファーを助けた事を知っていた。


 いきなり人気者になって慌てるレティを楽しそうに見ていた。


 ほらね、レティ。

 君を知れば知る程に誰もが君の虜になって行くんだよ。


 しかし……

 ヒーローお姉様って。


 アルベルトは……

 クリストファーをレティから剥がしながら、クックッと笑った。


 こうして皇太子殿下御一行様は帰国の途に就いた。




 サハルーン帝国に対して、グランデル王国とマケドリア王国は祖父世代までは敵対関係にあった。

 小さな小競り合いは常にあった。


 図らずもドラゴン襲撃で国力が小さくなったサハルーン帝国。

 シルフィード帝国がいち早く支援物資を送った事で、グランデル王国もマケドリア王国もサハルーンに支援物資を送った。


「 サハルーンの民は恩を忘れない 」

 敵対していた3ヶ国の関係が緩和されたのだった。


 時代は少しづつ動いている。

 アルベルトの御代では更に動く事になるのだろう。




 シルフィード帝国の軍船がサハルーン帝国の海岸沿いを通った時に……

 サハルーン帝国から航海の無事を祈って花火が打ち上げられた。


 パンパーンと音がなった時に……

 船の中では敵襲かと驚いたのは言うまでも無い。

 皆が甲板に走り出て来た。



「 ジャファル殿がしてやったりの顔をしてるのが目に見えるな 」

 ……と、アルベルトは笑ったのだった。






 






この話でサハルーン帝国からグランデル王国、マケドリア王国への外遊の話が終わりです。


この後は、書き足りなかった事を閑話として少し書く予定です。


読んで頂き有り難うございます。

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