公爵令嬢ヒーローになる
レティは子供が苦手だ。
自分が下の子だった事から、小さい子をあやしたり面倒を見る事は無かった。
何よりも子供と接触した事が無い。
だから……
どう接したら良いのかが分から無い。
分からないから子供には近付かないのである。
皇子であるアルベルトが結構子供の扱いが上手い事にレティは驚いている。
「 最近はクラウドの子や他の家臣達の子と遊んだりしてるんだ 」
予行演習だと言って嬉しそうにしている。
子煩悩なパパになりそうだ。
意外と言えばあの悪ガキ達だ。
生意気な事を言うクリストファー王子を揶揄して泣かしてはいるが、クリストファーは何故か3人と遊んで貰いたがっている。
きっと彼等は子供の取り扱いが上手いのだろう。
レティがそれをラウル達に言うと……
「 お前の面倒を見てたんだから当たり前だ 」
……と、鼻で笑われたのだった。
だから……
レティも子供に好かれ様と頑張ってはいるが。
中々一筋縄ではいかない。
クリストファーは懐いてくれたが……
抱っこをすると直ぐにアルベルトが剥がしに来るので、スキンシップが出来ない。
シャーロットはもはや目も合わせてくれない有り様だった。
シルフィード帝国の若き皇太子アルベルトは、世界一の美丈夫だと言われている。
その類い稀なる美貌と鍛え上げられた見事な体躯を持ってる事から、どの国に行っても女性達からの人気は絶大だ。
それは……
小さな王女とて例外ではない。
「 ロロはあのお姉様がキライ 」
「 まあ! あの方は将来の皇太子妃になられるお方なんですから、そんな事を言ったら駄目ですよ 」
乳母に叱責されるもシャーロットはレティが嫌いだった。
絵本を読んで貰うのが好きだったシャーロットは、特に王子様の絵本が大好きだった。
お姫様が魔獣に襲われていると、白馬に乗った王子様が何処からともなく現れて、魔獣を倒してお姫様を助けました。
一目で恋に落ちた2人は結婚式を挙げて幸せに暮らしました。
……と言う絵本を、寝る前にベッドで何度も何度も乳母に読んで貰っていた。
「 姫様も何時かは、このお話の様な王子様と結婚をなさるんですよ 」
「 本当? 」
「 ええ……シャーロット姫様は本当のお姫様なのですから 」
シャーロットは……
自分を助けてくれるヒーローみたいなカッコいい王子様が現れるのを夢見る様になっていた。
そんな絵本の様な王子様が実際に現れたのだ。
マケドリア王国では、国中が帝国の皇子様が来ると言って沸き立っていた。
城の皆もずっとソワソワとしていた。
その日は侍女達の化粧が濃かった。
シャーロットの母親であるコゼット妃や、祖母である王太子妃の化粧も一段と濃かった。
白い馬車から降りて来た皇子様は絵本の中の王子様そのものだった。
いや、絵本よりも遥かに格好良かった。
キラキラと輝く黄金の髪。
綺麗なアイスブルーの瞳を持つ彫刻の様に整った美しい顔。
背が高く立派な体躯の皇子様に皆がみとれた。
まだ4歳のシャーロットもときめく程に。
しかし……
同じ馬車から……
皇子様の手にエスコートされた綺麗なお姫様が降りて来たのだ。
キライ。
こうしてレティはいきなり4歳のシャーロット王女に嫌われたのだった。
***
時に4歳児は残酷である。
自分の感じている事をそのまま口にする。
「 わたくし、お姉様がキライ! 」
「 あっち行って! 」
レティがアルベルトと一緒にいると、こんなあからさまな暴言を吐かれるのである。
そりゃあね。
大人の女性達からどう思われても構わないわ。
だけど……子供にまで嫌われるのはちょっと凹むのよ。
牝馬にまで嫌われちゃってるし。
レティはアルベルトの愛馬である白馬のライナに嫌われている。
彼女に皇子様を取らないと約束したのに……
結局は約束を破ってしまったからであるが。
「 子供と動物に嫌われる存在って、人として何処か欠陥があるのかと思われ無くない? 」
「 そんな事は無いよ。皆が君を好きだよ 」
これは慰めなんかじゃない本当の事だ。
彼女の人となりは素晴らしい。
君を知れば知る程に虜になる。
人たらしレティなんだから。
いや……魔性の女か。
アルベルトはクスクスと笑った。
その時……
「 お兄様~ 」
「 姫様!淑女は走ってはいけません! 」
侍女達の制止を振り切ってシャーロットが駆けて来た。
ああ……
また嫌がられるわ。
レティはアルベルトと繋いでいた手をそっと離した。
しかし……
アルベルトはレティの手を繋ぎ直した。
「 アル!? 」
シャーロット王女がきっと嫌がるわ。
案の定2人が手を繋いでるのを見たシャーロットは口を尖らせる。
「 お姉様はあっちに行って! 」
「 あっちに行くのはロロだよ。今は彼女とデート中なんだから 」
何時もは優しいアルベルトなのに、厳しい事を言われてシャーロットの目に涙が溜まって行く。
「 彼女はね。私と結婚をする私の大好きな女性なんだから、ロロも仲良くしてくれたら嬉しいな 」
「 仲良くしない! 」
涙がポロポロと出てくるシャーロットの前にアルベルトは跪いて涙を拭った。
「 じゃあ、私もロロとは仲良く出来ないな 」
「 ちょっとアル! 」
アルベルトは立ち上がるとレティの肩を抱いた。
シャーロットはワンワン泣きながら歩いて行った。
侍女達が後を追い駆ける時に……
レティを睨んで来た。
何?
私が悪いの?
「 泣かしちゃたけど良いの? 」
「 我が儘を言った時はきちんと叱ってくれと、サミュエル殿から言われたんだ 」
彼は良いお父さんだよとアルベルトは笑った。
「 はぁ……私……益々嫌われちゃうわ 」
侍女達からも……
レティは項垂れた。
***
その日はシャーロットとクリストファーは広場で遊んでいた。
ブランコと小さな滑り台と砂場のある広場で、彼女達の為に作られたのである。
たまに臣下の同じ年齢位の子供も招かれて一緒に遊んでいる。
アルベルト皇子の遊び相手としてラウル達が招かれた様に。
「 キャア! 」
ベンチに座って2人が遊ぶ様を見ていた侍女が叫び声を上げた。
「 誰かー!蛇ですーっ!! 」
「 !? 」
周りにいた護衛騎士達が駆け付けると、侍女がガタガタと震えながら指を指している先に蛇がいた。
木の枝にいるそれは身体は小さいが毒蛇だ。
近くに池があるからたまに出没する。
木の下にはシャーロットとクリストファーがいた。
2人の視界にも蛇が入った様だ。
「 お2人共……そっと……そ~っとこちらに来て下さい 」
しかし……
3歳と4歳がそんな風に出来る訳がない。
シャーロットは大声で泣き出し、クリストファーがバッと走り出した時に………
シュッ!
バーン!!!
木に命中した矢には蛇が串刺しになっていた。
!?
皆が振り返ると……
そこには弓を持ったレティがいた。
風が彼女の亜麻色のサラサラとした髪をなびかせている。
ドレスの上から羽織った白いローブは翻り……
銀色の弓を持ったその姿は……
まるで神の使いの如く美しく凛々しい姿だった。
レティは……
驚きのあまりに声も出せずに立ち尽くしている皆の横を通って、串刺しになった蛇に向かってトコトコと歩いて行く。
白い手袋をした彼女は蛇の頭を持ち、矢を引き抜いた。
まだ蛇は生きていて彼女の腕に絡み付いている。
そして……
彼女は蛇を腕に絡ませたまま何も言わずにトコトコと去って行った。
「 す……素敵…… 」
「 彼女があの噂の公爵令嬢ですね 」
「 噂通りの令嬢だ 」
もう、侍女達はキャアキャアと大騒ぎになり、騎士達は完全に見惚れてしまっていた。
あんな小さな蛇に矢を命中させる事も凄かったが、毒蛇を平気で掴むのも凄かった。
そして……
黙って去って行く姿が尊かった。
***
この辺りには毒性は強くは無いが毒蛇がいて困っていると言う話を聞き、レティは解毒剤をつくる為に蛇を探していたのである。
背中には矢とデカイ顔のリュックを背負い、薬学研究員の白いローブを羽織って、手にはアルベルトから貰った白い手袋をして。
この白い手袋はアンソニー王太子に決闘を申し込んだ時の手袋で。
アルベルトから貰ったふたつと無い大切な手袋なので、ちゃんと拾って持って帰って来ていた。
「 誰かー!蛇ですーっ!! 」
その声を聞いてレティは駆け付けた。
見れば探していた毒蛇である。
「 よし! 」
レティは背中に背負ってる矢を取りオハルを構えた。
シュッ!
バーン!!!
見事に蛇に命中した。
レティの弓矢の腕はかなり上がっていた。
そして……
シャーロット王女にも侍女達にも嫌われている事から、声を掛けずに黙って蛇を回収したのである。
嫌がられたらまた凹むと思って。
レティは領地で釣りをして過ごしていたので、虫も蛇も平気である。
蛇の捕まえ方は、領地の執事のセバスチャンに習ったのだった。
毒蛇を矢で射止めて……
その毒蛇を手で掴んだ。
そして腕に蛇を巻き付けて歩いている。
「 カッコいい 」
「 すごーい!! 」
シャーロットとクリストファーも大興奮。
スキ。
それ以来……
レティを見るシャーロットの目が変わった。
勿論クリストファーも。
ヒロインでは無くヒーロー。
レティは……
王女様と王子様を救ったヒーローになっていた。




