小さなライバル
グランデル王国とマケドリア王国はシルフィード帝国の同盟国である。
ローランド国やイニエスタ王国やナレアニア王国の様に、シルフィード帝国が戦争をして勝ち取った国では無く、政略結婚で結ばれた血の同盟国。
しかし……
ローランド国や他の国はシルフィード帝国と遠い昔からの関係、国としてシルフィード帝国と同じ様に発展はしているが……
グランデルとマケドリアは先代に寄って結ばれた日が浅い同盟国であり、シルフィード帝国から遠い地の為に受ける影響も強くは無く、国の発展は遅れていた。
まだ、グランデル王国はシルフィード帝国の皇女であったフローリア王妃の助言である程度は発展していたが……
マケドリア王国はまだまだ小さな国だった。
そんな国だから……
アルベルトは国としての施設の充実を、レティは医療関係の向上を必死で伝授する事に尽力をした。
レティの考えは元から情報の共有だ。
特に医療関係は人の命に関わる事に直結している。
人の命に国境は無い。
皆で共有して、より高めあって更なる発展をしていく必要があると考えている。
実際にシルフィード帝国の医療も、レティが医師であった2度目の人生の時よりも今の医療の方がかなり進んでいる。
それは……
レティが医師としての経験を今生の医療に持ち込んだからであった。
サハルーン帝国ではシルフィード帝国の医療よりはかなり進んだ医療だった。
時間の許す限りサハルーン帝国の医療を学んだ。
そして……
それをグランデル王国でも惜しみ無く知識を伝授して来た。
それらを全てノートに書き綴り、少ない滞在期間の中で医師や薬師達に懸命に教えていたのだった。
「 はぁ……疲れた……」
薬草畑で薬師達と話をしていたが、少しだけ休憩しようと言ってブラブラと歩いていた。
頭をリフレッシュさせようと思って。
「 あっ……アルがいる…… 」
そこから見える庭園にアルベルトの姿があった。
陽の光に照らされた黄金の髪は、金髪の多いマケドリア王国の人々の中でも一際綺麗に輝いている。
誰かと話しているのか背の高いアルベルトが俯いていた。
「 やっぱり格好良いわ…… 」
『 皇子様は遠くから愛でるもの 』と言う掟も納得がいく。
周りにも沢山の人がいるのに……
頭ひとつ背の高いアルベルトにレティは暫し見とれていた。
会員ナンバー1番から4番と……
アンソニー王太子殿下が喜びそうなアングルだわ。
ん?
何でアンソニー王太子殿下が喜ぶと思ったのかしら?
未だに……
アンソニーが皇子様ファンクラブに入っている理由がレティには今一つ分からなかったが。
ファンクラブの会報誌を渡したらそれはそれは喜んでいた。
「 アルにギュッとされたいな…… 」
そんな風に考えていたら……
アルベルトがヒョイと誰かを抱き上げた。
シャーロット王女がアルベルトに抱っこされていた。
アルベルトの首に手を回したり、逞しい胸に顔をスリスリとしたり……
アルベルトがシャーロットのオデコに自分のオデコをコツンと合わせたり。
「 嫌だな……私の場所なのに…… 」
レティは思わずポツリと呟いていた。
えっ!?
シャーロット王女はまだ4歳よ。
これじゃあクリストファー王子にやきもちを妬くアルと一緒だわ。
私達って……
3歳と4歳相手に何をやってんだか。
3ヶ国を巡る長旅の疲れがピークに来ているのは確か。
その上に夜遅くまで、薬剤の調合の材料や処方箋をノートに書いたりしていて、マケドリアに来てからは全くの寝不足だった。
レティはヨロヨロと薬師達の方に歩いて行った。
その時に……
アルベルトがレティにおいでと手を振った事は知らない事であった。
あれ?
レティは気付かなかったのかな?
「 お兄様! 次は僕だよ! 僕を抱っこして! 」
「 ダメよクリス! お兄様はわたくしのものなんだから! 」
アルベルトはクリストファーも抱き上げた。
自国では血縁関係者が少ないアルベルトにとっては、血の繋がった小さな王女と王子が可愛くて仕方無かった。
だから……
直に会えなくなる彼等の為に……
忙しい時間の合間を縫ってこうして遊んで上げていたのだった。
「 お父様はね、2人も一緒に抱っこ出来ないわ! 」
「 お兄様格好良い! 」
「 そうだ! 私はスーパー大魔人だーっ!! 」
「 キャーーッ!! 」
暫く庭園にキャッキャッと楽し気な声が響いていた。
***
シャーロットは会議の場でもアルベルトの膝の上に乗っていた。
「 ロロ! いい加減にしないか! アルベルト殿だけじゃ無く皆が迷惑だ! 」
サミュエルパパは怒るが……
シャーロットに甘々な祖父である王太子が許してしまうのである。
「 まあ、良いじゃないか……ロロはアルベルト殿を気に入っているんだから 」
騒ぐ訳でもあるまいしと大臣達も顔を綻ばせる。
煩い3歳のクリストファーは泣いても絶対に入れて貰えない会議にも……
4歳と言う邪魔にならない年齢が、彼女の我が儘を受け入れてしまうのである。
始終アルベルトの膝の上に乗っているシャーロットを皆は微笑ましく見ていた。
しかし……
これは魔除けとしては大いに役立ったとクラウドは上機嫌だった。
女性全員が肉食系であるサハルーン帝国は勿論の事だったが。
グランデル王国でも……
レティのいない所では令嬢達が言い寄って来ていた。
仕事に託つけて誘って来るから、穏便に断る事に苦労をしていたのだ。
肉食系女子はどの国でも必ずや存在する。
文官の令嬢がアルベルトにこっそりとメモを渡すと、シャーロットがそのメモにお絵書きをしたり……
アルベルトに話し掛ける為にある令嬢が廊下で待ち伏せをしてるが、シャーロットがアルベルトに抱っこされてるので近付け無いのである。
リズベット王女の時の様に……
婚姻の噂をされる心配も無いので、シャーロット王女の魔除は有り難かった。
しかし……
だからこそレティと廊下ですれ違っても、挨拶の頬にキスどころか話も出来なかった。
何よりもレティはシャーロットから嫌われていたのだ。
リズベットもそうだったが……
まさか4歳にまで嫌われるなんて。
レティがアルベルトに近付くと……
「 お兄様抱っこ 」
そう言ってアルベルトに抱っこをせがむのだ。
時には泣き出したりも。
この美丈夫皇子様には4歳までもが恋に落ちるのだ。
そう言えば……
アンソニー王太子殿下の第1王女も私とは話もしてくれなかったわ。
もっとも彼女はシャイでシャーロット王女みたいに活発な王女では無かったけれども。
それでもアルに抱っこされると頬を赤らめていたもの。
この日も廊下で偶然出会ったが……
アルベルトに抱っこされてるシャーロット王女が、レティを見るなりプイッとそっぽを向いた。
アルベルトは何か言いたそうだったが……
レティはアルベルトに目配せをした。
何も言わないでと。
相手は4歳なのだ。
勝てる気がしない。
シャーロットの侍女達が申し訳無さそうに頭を下げて、アルベルトの後をぞろぞろと付いて行くのを黙って見送った。
いや……
侍女多く無いか?
何気に若い侍女達ばかりだし。
寧ろこっちの方が気になったレティだった。
***
「 はぁ…… 」
何か……
息が詰まる。
食事を終えて部屋に戻って来たレティは、ぼんやりと部屋の窓から外を見ていた。
窓の下にはライトアップされた庭園が広がっていた。
夕食は……
アルベルトとラウル達は大臣達との会食で、レティは王太子妃とコゼット妃との食事会だった。
息抜きに庭園を散歩したいと思っても……
必ずや護衛の騎士が付いて来る。
他国なので当然の事なのは理解しているが……
もうずっと護衛の騎士が側にいる生活が辛くて仕方が無かった。
学園を卒業してからは、狙われていた事もありずっと護衛騎士を就けられている生活をしてはいるが……
少なくとも自分の家では、何処に行こうが監視はされてはいないので息抜きは出来ていた。
たまに変装をして、自分の店や劇場のお姉様達の所へも行ったりして……
これがまたレティの気分転換になっていた。
勿論アルベルトには内緒だが。
今、庭園に行きたいと言えば……
当然ながらドアの向こうにいる騎士が付いて来る。
1人で散歩したいと言っても駄目だと言われるだろう。
彼等も仕事なのだから仕方無い。
気が付いたらレティは窓によじ登っていた。
両手を窓枠に掛けて後ろ向きになり、ピョンと壁を蹴って飛び降りると、身体を半回転をしながら着地をして地面をゴロゴロと転がった。
2階なのでレティにとっては容易い事だった。
これ……
簡単に抜け出せるって事は、簡単に侵入出来るって事よね?
うーん……
どうなのこれって。
パンパンとドレスに付いた葉っぱを払いながらキョロキョロと辺りを見回した。
頭にも葉っぱが付いていないかと念入りに払う。
誰も気付いて無いわね。
今は夜の8時。
そんなに遅い時間でも無いので人の行き来する姿も見て取れた。
庭園を1人で歩いていても……
誰も私だとは思わないだろうし。
まあ。
30分位は自由に散歩出来るわよね。
レティはうーんと伸びをして歩き出した。
後ろを振り返っても誰も居ない。
うふふ……
自由って素晴らしいわ。
人間には息抜きは絶対に必要だわ。
ストレスの溜め過ぎは病気になるって言われてるし。
その時……
ガサガサガサ!!
何かの音がした。
「 !? 」
次の瞬間にレティは何者かに口を塞がれた。