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公爵令嬢の矜持

 




「 アル? 大丈夫? 」

「 大丈夫じゃ無い……俺の治療をしてくれ 」


 グランデル城に引き上げた御一行様は、解体したクモリンを研究施設に持って行ったりと、その後片付けがようやく終わり、クモリンの解剖でデロデロになったレティが湯浴みを終えた所で、アルベルトに呼ばれた。


 魔力切れを起こしているから部屋に応診に来る様にと。


「 食べても駄目なの? 」

「 ああ……魔力が空っぽなんだ…… 」

 ソファーに身体を投げ出して、ぐったりとしているアルベルトに聴診器を当てる。


 一応医師として診察はするが……

 やはりドラゴンの討伐の時に魔力切れを起こした時の様に、身体には何ら異変は認められなかった。

 ちょっと脈拍が早いのが気になるが。


 ならば……

 やはりキスをするしか無い。


 魔力切れを起こした時は食べる事で回復出来るが、愛し合っている者とのキスならばより早く回復をするとアルベルトが言っていた事を思い出す。


 医師としては魔力の事は理解出来ない世界だから、アルベルトに従うしか無い。



 アルベルトは片目を薄く開けてレティを見る。

 脈を取られたり、はだけた胸に聴診器を当てられたりと、レティの可愛らしい手でペタペタと触られたらドキドキとするのは当然で。


 聴診器を置いたレティが、意を決した様に顔を近付けて来る。

 ふわりと香るシャボンの香りがたまらない。


 アルベルトの両頬にひんやりした手を添えて……

 チュッと唇を重ねた。


 うわっ!

 凄い勢いで魔力が溜まって行くのを感じる。

 やはりレティはヒーラーだ。


 それに……

 レティは魔力を与えるだけでは無く、吸いとる事も出来る能力者だ。


 アルベルトはその事は誰にも言ってはいない。

 勿論レティにも。

 自分にそんな能力があると知ったら彼女は別の方向に行きそうで。


 魔力使いの魔力を自由に出来る操り師の力。

 レティが強く願う事で発動するその力は、自分の為だけの物で良いと思うアルベルトだった。



 本当はレティに触れてるだけでも魔力は戻る。

 ましてやあの位の魔力の放出はちょっと腹が減る程度だ。


「 そんなキスでは……うっ……駄目だ……もう死ぬかも…… 」

 苦しそうな顔をするアルベルトに、大変だわと焦った顔をしながらレティは今度はチューっと深く唇を付けて来た。


 可愛い……


 アルベルトはレティの後頭部の髪に手を差し入れて、固定すると強くレティの唇を貪った。



「 ☆↓*○×#☆ 」

 もう良いだろうとばかりに、レティが何かを言いながらもぞもぞと動くが……


 放してやらない。

 俺がどれだけ心配したと思ってるんだ。


「 まだだよ……まだ足りない 」

 少し唇を外してそう言うと、また口付けをした。


 その後は……

 茹でダコレティになっていた。


 皇子様……

 魔力を吸い過ぎです。




 皆のいる丘に戻った時にはレティは皆から叱られた。

 カレンやエレナは勿論の事、女官達にまで。


 そして……

 アルベルトの侍従のテリーにも。

「 次に勝手に1人で出歩いたらお尻をブツと言いましたよね? 」

 これでお尻を叩きましょうか!?と、テリーは馬の鞭をブンブンと振り回した。


 温泉施設への視察の時にも1人で抜け出して、ガーゴイル襲撃の場所まで行った事があって……

 その時にテリーにこっ酷く叱られたのだ。

 今回もテリーが1番怖かったらしい。


 ラウルは公爵令嬢が下品な言葉を使うんじゃないと言ってレティの頬を捻り上げた。


「 皆……ごめんなシャイ 」




 ***




 レティはグランデルの人々からは嫌われていると思っていた。

 アンソニー王太子に手袋を投げて決闘を挑み、そして勝ってしまった事を恨んでいるだろうと思って。

 王太子は国の宝物なのだ。


 我が国でも……

 アルの立太子の礼の時には、立派になってと言いながらお父様が泣いていたわ。


 ウォリウォール家も、ドゥルグ家も、ディオール家も皆が皇子様を大好き。

 お母様なんかお部屋にアルの姿絵を飾っているのだもの。

 あら?

 ………私もだわ。



 そんな風に、婚約者であるレティも違った意味でも大好きな自国の皇子様なのだから、グランデル王国だって同じな筈で。


 そんな大好きな王太子に決闘を申し込んで勝ってしまった令嬢なんかは憎くて当たり前なのだ。


 しかし……

 グランデルの貴族達はそうでは無かった。

 皆がレティに好意的であった。


 好意的で無いのは……

 アルベルトに秋波を送って来る女性達だけで。

 これはまあ毎度の事なのだが。



 舞踏会では皆がアルベルトと共にいるレティに挨拶に来た。


「 貴女が()()()()」公爵令嬢ですね 」

「 内緒なんですがね……スカッとしました 」

 そんな風に言う貴族達が大半だった。


「 これはどう言う事? 」

 レティは横にいるアルベルトにこっそりと聞いた。


「 だから言ったろ? 皆は可愛らしいレティに恋をしたんだよ 」

 そう言ってアルベルトは、レティのサラサラの亜麻色の髪を1房掬い取って唇を当てた。


 勿論、2人はグランデルの貴族達の思いなんかは知る由も無い事で。



 そんな中……

 アルベルトの元に、ある女性がやって来た。

 周りがざわざわとして2人に注目をしている。


「 皇太子殿下にご挨拶を申し上げます 」

 女性は優雅にカーテシーをした。


 何? このざわつく感じは……

 もしかしてこのご夫人は……

 未亡人で、殿方を手玉に取るプレイガールとして名高い夫人なの?


 レティは船での退屈しのぎに、ドロドロの恋愛物の小説を読んでいた。

 40代の麗しき女官達に借りて。



 アルは……

 母親位の熟女も惑わすの?


 それはある意味間違いでは無い。


 大人の色気ムンムンの美丈夫皇子様は……

 まだ学園に在学中から、未亡人や旦那とは上手くいって無い夫人達からの、火遊びのお誘いの秋波は絶えず送られて来ていたのだから。

 熟女も侮れないのだ。



 しかし夫人はアルベルトに挨拶をすると……

 直ぐにレティに視線を這わせた。


 レティを優しく見つめてくる瞳には他意は無い様だ。

 サハルーンの女性達は、その殆どがレティに敵意むき出しだった。


 2人が恋人繋ぎで手を繋いでいるのを見て……

 彼女はニッコリと微笑んで自分の名前を告げた。


「 わたくしは、ナタリア・ア・オークシスと申します 」

「 そなたはオークシス侯爵夫人だな 」

「 殿下は……フローリア様にも似てらっしゃいますね 」



 レティはこの夫人の名前を知っていた。


『 王太子殿下と決闘をしてくれて、勝ってくれて嬉しく思います。長年の蟠りが消えてスカッと致しました。 ナタリア・ア・オークシス 』


 王太子と決闘をした後に、彼女からこんな書簡を貰っていたのだった。



「 お初にお目に掛かります。リティエラ・ラ・ウォリウォールでございます 」

 ドレスの裾を持ち淑女の礼をした。


「 まあ、想像以上にお可愛らしいお嬢様です事…… 」


 コロコロと笑う夫人は前王太子妃。

 フローリア王妃が嫁いで来た時に側室になり、そして宮殿から追い出されたと言う悲劇の夫人その人だった。



 当時の国王の命により、家臣であるオークシス侯爵の三男に下賜されて、今は侯爵夫人である。


 ナタリアは元はレティと同じ公爵令嬢。

 今の国王がまだ王子時代に両家で結ばれた婚約であり、幼馴染みの2人は何の問題も無く王太子時代に結婚をした。


 あの……

 世紀の3ヶ国での政略結婚の話さえ無ければ……

 彼女は王太子妃を経て、今では王妃と言う地位になっていたのだろう。



 レティはフローレン王妃からその話を少しだけ聞かされてた。

 愚かな自分を悔いていると。


 これはレティにも起こり得る事だと思った。

 アルベルトと結婚をして皇太子妃になっても……

 皇命が出れば……

 簡単に捨てられる身分なのだと言う事を悟った。



 潔く身を引いた悲劇の王太子妃が……

 どんなに弱々しく儚げな女性かと思いきや。

 彼女はキリリと切れ長の目をした、見るからに活動的な夫人だった。


「 殿下? この可愛らしい婚約者様を少しお借りしても宜しいですか? 」

 アルベルトはレティの顔を見て、レティが頷くと構わないと言って2人を見送った。


 辺りが更にざわざわと騒がしくなっていた。



 ナタリアは王室主催の舞踏会には滅多に来る事は無かった。

 自分がいる事で会場の雰囲気が台無しになってはと、もう何十年もひっそりと生きて来たのだ。


 今回は……

 勿論アルベルトとレティがいるからで。


 王女との婚姻を断り公爵令嬢を選んだ美貌の皇太子と、自国王太子に妾になれと言われて、手袋を投げて決闘をした公爵令嬢にどうしても会いたいと思ったのだ。



 会場の好奇な目を避けて2人はテラスのテーブルに座る。


 侯爵夫人になって自由になった彼女は、事業を始めたのだと言う。

 香水の事業だとか。


 レティは夫人の話に飛び付いた。

 スキンクリームや絹の生産の事業をしたいと思っているレティにとって、夫人は憧れの存在になった。


 2人は長いことテラスのテーブルで話し込んでいた。





 ***




「 オークシス侯爵夫人と何の話をしていたの? 」

「 ………王太子の非情さを…… 」

 レティが上目遣いでアルベルトを見上げて来た。


 2人はホールでダンスを踊っている。



「 !? レティ! 僕は違うよ! 僕はレティを愛しているから……決して君を手放さない 」

 アルベルトも、叔母であるフローリアと元皇太子妃の事は知っている。


 そして……

 今の国王が輿入れして来たフローリアに一目惚れをした事を。

 今でも自分の両親の様に仲睦まじい事も。



 必死の形相で叔父上とは違うと言うアルベルトが何だか可愛くて……

 レティは意地悪を言ってみたくなる。


「 わたくしを下賜する時は……そうねぇ……エドかレオにして貰おうかな~ 」

「 レティ………なんて事を言うんだ! 」

「 あら? 本気よ。エドとレオなら身分的にも問題は無いし……あっ! ケイン君でも…… 」


 クルリとターンしながらレティはニヤリと笑う。


「 僕の気持ちを弄ぶなんて……悪い子だ 」

 ターンをしたレティを引き寄せて……

 悪い顔をしているレティの頭に唇を寄せた。


 ケインの名前が出た事は気に入らないが……

 レティの口からグレイの名前が出て来なかった事でホッとしていた。


 レティにとってはグレイは剣と弓の師匠である事は、レティから聞かされてはいるが。

 それでも……

 レティの心の中に大きく存在するグレイを無視する事は出来ないのである。




 レティはナタリアの言葉を思い出していた。


「 運命に逆らわずに生きただけですわ 」


 貴族の最高位である公爵家。

 王族の為に存在し、息子が生まれれば王族を支える為の教育をされ、娘ならば王族に嫁ぐ為に教育を受ける。


 運命に逆らわずに生きる人生。

 王家の赴くままに……

 それが公爵令嬢としての矜持だとナタリアは言った。



 私は違う。

 そんな矜持なんかいらない。

 気に食わない運命ならば変えてみせる。


 抗って抗って生き残るのが私の矜持。



 レティは……

 自分を領地に置いて、自由に過ごさせてくれた父ルーカスに感謝した。


 もしも……

 皇子に嫁ぐ為に幼い頃から教育をされていたのなら……

 魚釣りを知らない人生だったのだ。


 そんな人生耐えられないと頭を横に振った。



 後にアルベルトにこの話をしたら……

 レティは両頬をウニっと摘ままれた。


「 俺より釣りの方が良いってどう言う事だ? 」

 そう言って。


 あっ!?

 そう言えば……

 その皇子様ってアルの事なんだわ。

 ……と、レティはクスクスと笑った。









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