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あの噂の婚約者

 




 それは……

 一瞬の出来事だった。



 グレイが馬から飛び降りレティの前に立つと同時に、馬で駆けて来たアルベルトがレティの腕を掴み、自分の乗っている馬に引き上げた。


 魔獣は蜘蛛型の魔獣。

 アルベルトの落とした雷に感電して身体をピクピクとさせている。

 グレイの剣には、雷が落ちる前に蜘蛛がレティに放出した糸が絡み付いていた。


 間一髪だった。



「 グレイ! 怪我は無いか!? 」

「 問題ありません! 」


「 レティは? 」

「 ………無いわ 」

 自分の腕の中にいるレティをギュッと抱き締めて、アルベルトはふぅぅっと大きく息を吐いた。


 グレイも……

 グレイの横に並んだサンデー、ジャクソン、ロン、ケチャップも、その会話を聞いてホッと肩を撫で下ろした。



「 どうしてここに? 」

「 話は後だ!」

 アルベルトを見上げているレティにそう言うと、アルベルトは蜘蛛型魔獣を見据えた。


 ドラゴンに遭遇してから、アルベルトはあらゆる魔獣に付いて調べていた。

 あの時はレティの知識に助けられた。

 予め頭に入っているのと、何も知らないでいるのとでは結果が違って来るのは当たり前なのだと。



「 蜘蛛が放出する糸は毒糸だ! 注意しろ! 」

「 御意! 」


 しかし……

 この距離では矢が届かない事は明白で。

 だから……

 レティが飛距離の出る()()()で弓を射る所だったのだ。


「 だからね! 私がオハルで射る所だったのよ! 」

「 よし! レティ! 蜘蛛の中心を狙え!」

「 御意! 」


 御意って言った。

 可愛い。



「 俺がレティの矢に雷を乗せる! お……オリハルコンの矢は飛距離が出るから、命中したらおまえ達は首を落としに行け! 雷が矢の先から蜘蛛の体内に入り込むから、蜘蛛が感電している時間が長くなる! 」

「 御意!」


「 アル! この子はオハルよ! オ・ハ・ル! 」

 レティはどうでも良い事を言って弓矢を構える。


 何だろう?オハルって?

 シルフィードの騎士達の頭の中がオハルだらけになってしまった。


「 蜘蛛型魔獣に集中! 」

「 ラジャー!! 」

 瞬時にグレイが叫ぶ。

 皆は既に抜いている剣の柄を握り締めて、蜘蛛型魔獣に集中する。


「 しかし……殿下! どれが頭か分かりません! 」

「 奴の頭は……何個あるんだ? 」


 蜘蛛型魔獣には頭らしき物が何個も付いていた。



「 キモいぞーっ! 」

 叫んだのはエドガーだった。


 2年前のドラゴン討伐の時は、ラウルやレオナルドと同様に震えが止まらなかったエドガーだったが。

 今は堂々と騎士達と並んで剣を抜いている。


 エドガーは立派な騎士になっていた。



 アルベルトと現場に向かった騎士達の後ろから、エドガー、ラウル、レオナルドも続いていた。

 彼等も何だかレティが居る様な気がしていたのだ。


「 やっぱり居た 」

「 居ると思ったよ 」

 アルベルトの腕の中に、大事そうに包まれているレティを見てホッとする。


 ラウルとレオナルドは騎士では無いので、勿論剣は持ってはいない。

 事の成り行きを見る為に騎士達の後ろに待機した。



「 右端にあるのが頭だ! グレイ!お前がそれを切り落とせ! 」

「 御意! 」


「 普通は真ん中にあるのが頭じゃ無いのか? 」

 吐きそうだとエドガーが言う。

 蜘蛛が苦手な彼は本当に吐きそうだった。



 ギィィィン………

 起き上がった蜘蛛型魔獣が、さっきみたいに後ろを向いた。

 糸を放出する様だ。


「 皆、剣で凪払え! 」

 グレイが叫ぶ。


「 レティ、糸を放出して蜘蛛がこっちを向いたら矢を射るよ。僕が直ぐに雷を放出する 」

「 御意! 」



 ああ可愛い……

 あんな可愛らしい声で御意って……

 グランデルの騎士達も萌え萌えした。


 何時もは怪我人や死人が続出の殺伐とした現場だが、何だかフワフワして……

 幸せな気持ちになる。

 絶対に魔獣に殺られる気はしなかった。


 レティがキリリと弓を引いた。

 アルベルトが後ろから雷を放出する体勢に入る。


 グランデルの騎士達も弓矢を置いて剣を抜いた。



「 来るぞ! 」


 蜘蛛型魔獣のケツから糸が飛ばされた。

 ロンが剣で凪払う。

 糸自体には威力は無くフワッとしている。


「 触るな! 手がやられるぞ! 」

「 オーケー!大丈夫です 」

 グレイがロンに注意をするも、ロンは上手く毒糸を絡め取れた様だ。


 これで終わりかと思いきや、蜘蛛は瞬時にケツから糸を放出した。


「 うわーっ! こいつ2発も屁をこぎやがった 」

「 屁じゃ無いっス! 」

 飛んで来た毒糸をケチャップは懸命に絡め取ろうとした。


 うわっ!!

 突然にケチャップは剣を落とした。


 毒糸に触ってしまった様だ!

 シューシューと上着が溶けて……見えた手首が赤く爛れている。


「 ケチャップ! 爛れた所を触ったら駄目よ!」

 レティの声が飛ぶ。


 皆はそれでも前を向く。

 ケチャップ待ってろよ。

 直ぐに奴を片付けるからと。



「 クーモーリーン!! 私のオハルの矢を受けて見ろー! 」

 レティが叫ぶと……

 クモリンの沢山の顔が一斉にレティを見た。


「 キモ過ぎるンじゃー!! 」

 レティの悪い言葉にラウルお兄様の眉毛がピクリと動く。



 次の瞬間にシュッと矢が射られた。

 直ぐにアルベルトが魔力を放って矢に乗せる。


 金色に光った矢が蜘蛛型魔獣に向かって真っ直ぐに飛んで行く。

 まるでスローモーションで見ているかの様だった。


 雷の矢が真っ直ぐにクモリンの腹に突き刺さると、ギィ~~ンと言う声が辺りに轟いた。


 蜘蛛の身体の中心に突き刺さった矢の先が光ると……

 鳴き声は止み、蜘蛛型魔獣は仰向けに倒れた。

 ピクピクと痙攣している身体中が黄金色に光っている。



「 今だ! 首を落とせ! 」

「 おーー!! 」

 アルベルトが叫ぶと騎士達は一斉に蜘蛛型魔獣に斬りかかって行った。


 グレイの剣の一太刀で、右側にある蜘蛛の頭が跳ねられ宙を舞う。


 サンデー、ジャクソン、ロン、エドガーが他の頭も斬り落として行く。

 もしかしたらと念の為に全部切り落とした。

 ゴロゴロと落ちた頭が気持ち悪い。

 止めれば良かったかも。


 蜘蛛型魔獣はアルベルトの雷に感電したまま……

 断末魔の声も無く絶命した。



「 ケチャップ!! 」

「 大丈夫か!! 」

 皆が振り返りケチャップの元へ駆け付け様とすると……

 レティ医師が解毒剤を飲ませていた。


 赤く爛れた手首も綺麗に消毒されて行く。

 皆は泣きそうになった。


 ああ……

 大丈夫だ。

 リティエラ様は医者だった。

 


「 ケチャップ!痛くは無いか? 」

「 はいぃ! 」

 アルベルトの優しい言葉に感動をする。


「 まだ、痛いよね。でも解毒剤を飲んだ所だからもう少し辛抱してね。後、4時間位したら痛み止めと化膿止めを飲んでも大丈夫だから……そうしたら痛みは収まるわ 」


 経過をみたいから4時間後に部屋にお薬を持って行くわね。

 そう言って、蜘蛛型魔獣の所へ駆けて行った。



「 は……はいぃぃ…… リティエラ様が俺の部屋に……怪我をしたのにこんなに幸せで良いのかな 」

 手首はやはりズキズキと痛かったが……

 ケチャップは嬉しくて泣いた。


 ケチャップはサンデー、ジャクソン、ロンにデコピンされていた。

 ムカつくと言われて。



 アンソニー王太子達が騎士を引き連れてやって来ていた。

 彼はアルベルト達の蜘蛛型魔獣の討伐を見ていた。


 アルベルトが魔獣の出現した場所に行った事を、ニコラスから聞いて急いでやって来た。

 他国皇太子に怪我でもされたら大変な事になると。



「 アルベルト殿……我が国の為に礼を言う 」

 魔獣は首を落とさなければ絶命しない。

 何時もは沢山の怪我人や死人まで出るのだ。

 あの雷の魔力の凄さは流石にドラゴンを討伐しただけの事はある。


 それに……

 あの澄んだ声を張り上げての的確な指示。

 騎士達への見事なまでの統率力。

 アンソニーはシルフィード帝国の最高指揮官としての凛々しいアルベルトにときめいたのだった。



 この場にいたグランデルの騎士達は地面に突っ伏して泣いていた。

 シルフィードの騎士達が突然現れた時の嬉しさは計り知れなかった。


 そして……

 皇太子殿下の指示の元……

 見事な連携プレイで、あっと言う間にクモリンを討伐したのだ。



 特に……

 初めて見た皇太子殿下の雷の魔力には皆は腰を抜かした。

 これ程の威力があるのかと。


 魔獣を倒すには何時も怪我人や死人が出ていた。

 特に毒糸を噴き出すこの蜘蛛型魔獣は厄介な魔獣で、必ずや怪我人や死人が出るのだ。


 弓矢はある程度近付かなければ命中はしない。

 噴き出す糸に誰かが犠牲になりながら、前に進んで行くのだ。

 振り下ろされた8本の大きな脚に、投げ飛ばされて絶命した騎士達は数え切れない。



 令嬢の騎士を守りながら咄嗟に糸を絡め取った、あの騎士の見事な剣捌き。

 その上彼は、一瞬にしてあの硬い蜘蛛の頭を切り飛ばしたのである。

 同じ騎士として憧れずにはいられない。



 そして……

 皇太子殿下が自分の乗ってる馬に一緒に乗せたと言う事は……

 この騎士服を着た令嬢が、皇太子殿下の婚約者なのだと言う事を唐突に理解した。


 勇敢な彼女がここに来てくれたからこそ、彼女を守る為に皇太子殿下が騎士を引き連れてこの場にやって来たのだ。

 彼女のお陰で命拾いをした事になる。



 その彼女こそが……

 我が主君である王太子殿下と決闘をして勝利した、()()勇敢な公爵令嬢。

 そして……

 毒糸に触れた騎士を素早く手当てする医師である姿。


 彼女が()()()()婚約者なのだと。




「 レティ! 帰るぞ! 」

 アンソニー達と話を終えて、アルベルトがレティの元へやって来た。


 マスクをして白のローブを着たレティは、蜘蛛型魔獣の毒糸が作られるお尻の袋を持って振り返る。

 蜘蛛の毒の研究だ。


「 まだクモリンの解剖中だからもう少し待って! 」


 クモリン……

 また変な名前を付けて……


 アルベルトはクックッと笑う。



 クモリンの側では、エドガー、サンデー、ジャクソン、ロンが蜘蛛の脚を持たされていた。


 皆の顔が青ざめている。



 騎士レティは……

 医師であり薬学研究員なのである。












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