完全防衛
「 それで? 」
「 相談に乗って欲しいと言われた 」
「 それで? 」
「 だから…… 」
口籠るアルベルトにレティの悪い顔が迫ってくる。
レティはアルベルトの部屋にいた。
男女の階が2階と3階に分けられているだけで、出入り禁止とは言われてはいない。
「 まさか……相談に乗るって言ったの? 」
「 そこで嫌だとは言えないだろ? 」
悩んでると言ってるのに、自分で対処しろとは言えないじゃないかとアルベルトはぶつぶつと言っている。
確かに……
悩みの相談に乗って欲しいと言われているのに、嫌だ! おととい来やがれとは言えないわよね。
特にアルは優しい素敵な皇子様なのだから。
「 だから、外交官の悩み事ならレオを連れて行くと言ったんだ 」
ふーん。
レオを……
レティはアルベルトの顔を覗き込む。
「 で? 相談に乗る日は? 」
「 決めていないが……多分明日になるだろう 」
レティは腕を組んでうーんと唸りながら考える。
本当に……
人を糾弾する時のレティはなんてイキイキとしてるんだろう。
物凄く悪そうな顔で。
悪そうな顔はラウルそっくりで笑えて来るが。
しかし……
それがまた心地良いのだから仕方無い。
俺も相当イカれてるとアルベルトはクスリと笑う。
絶対に今夜だわね。
相談女は今夜ここに来る。
アルと2人っきりになる事を狙っているのだから、レオがいる明日では無意味。
「 急に来てご免なさい。どうしても今夜じゃ無きゃ駄目なの 」とか言って、泣きながらドアの前に立つに決まってる。
湯浴みもして、濡れた髪で震えて……
庇護欲をかきたてるのよ。
優しいアルは……
彼女の肩を抱きながらドアの前にいる騎士達に言うのよ。
「 少し話をするだけだ! お前達はこのまま待機していろ 」
「 御意 」
アーッ!! もう、もう、もう!!
アルは、部屋に女を入れたらどうなるか分かって無いのかしら?
全く……
間抜け過ぎるわ。
レティの妄想は炸裂していた。
「 レティ……おいで…… 」
折角、部屋で2人っきりになったんだから、彼女なんかの事より僕とイチャイチャしようと言って、アルベルトはソファーで考え事をしているレティの頭にキスをする。
「 そうだわ!良い事を思い付いたわ! 」
レティが急に頭を上げた。
ゴンッ!
レティの頭がアルベルトの顎に直撃する。
「 レティ、痛いよ 」
レティは石頭。
アルベルトは涙目で顎を擦ったのだった。
***
「 ハリマード侯爵令嬢がお見えになられてます 」
「 ………… 」
部屋から返事は無い。
「 どうぞお入り下さい 」
「 ? 」
返事が無いのに入って良いの?
ラビアは……
すんなりとアルベルトの部屋に入れた事を不思議に思った。
時間は夜の10時。
もしかしたら……
アルベルト様は……
何時も女性を部屋に招き入れておられるのかも知れないわ。
だから……
騎士達も何時もの事だとスルーしたのかも。
妃はただ1人だとか言っていたけど……
こう言う事ね。
妃はあの婚約者1人でも……
閨のお相手は沢山いるのだわ。
あの小さな痩せっぽっちの婚約者では……
満足出来ないのも当然ね。
部屋はアルベルトの香りがしていた。
ラビアの胸は高鳴る。
湯浴みはして来たし……
あら?
アルベルト様はもしかしたら……
今、湯浴みをされてる?
浴室からザーザーと水の音が聞こえて来る。
ドクンと心臓が跳ね上がる。
誰もいない部屋でラビアは1人待っていた。
少し……
胸元を開けた方が良いかしら?
ダンスの時に、腰を引き寄せられた彼の手の感触が甦る。
あの逞しい胸に顔を埋めたい。
あの腕に抱き締められたい。
ラビアは胸の前で腕を交差してギュッと自分の身体を抱き締めた。
彼は……
どんな風に女性を抱くのかしら?
カチャリ。
浴室のドアの開く音がする。
あの逞しい胸を見る事が出来るのだわ。
絨毯を踏む足音がラビアの前で止まった。
ふんわり香るシャボンの匂いに胸の鼓動が跳ね上がる。
頭を深く下げたままのラビアが泣きそうな声を出した。
「 急に来てご免なさい!どうしても今夜じゃ無いと駄目なの! 」
ラビアは真っ赤な顔をして涙をポロポロと流した。
返事が無いので恐る恐る顔を上げれば……
「 えっ!? 」
そこにいたのはレティだった。
真っ赤の顔をして涙を流していたラビアの顔が、みるみる青ざめて行く。
「 わたくしの部屋に無断で入って……何の用かしら? 」
「 えっ!? この部屋は…… 」
「 うふふ……下の部屋にGが出たのよ。だからね殿下と代わって貰ったの 」
「 ………… 」
「 気持ち悪いでしょ? わたくしGが大の苦手なの 」
レティは頭をワシャワシャと拭きながら、ソファーにヨイショっと座る。
「 わたくしに何か用かしら? ハリマード様はわたくしと殿下の部屋が代わった事をご存知でいらっしゃったのね 」
「 ? 」
ラビアの頭の中はパニック状態であり、レティが何を言おうとしているのかが分からないでいる。
「 ハリマード様はわたくしを訪ねて来られたのよね? まさか……殿下を訪ねていらしたのかしら? 」
レティが目を細めてラビアを見た?
「 と……とんでもありませんわ! ウォリウォール様を訪ねて来たのですわ 」
「 そうですわよね。殿下には婚約者がいると分かっているのに……ましてやこんな時間に、お一人で殿下の部屋に行くなんて事はしませんよね 」
わたくし少し疑ってしまいましたわとレティは高笑いをした。
オーホホホホ。
この嘘つき女が!
髪を濡らしたままで、こんなに露出したドレス姿で一体私に何の相談をするつもり?
それにしても……
アルに会いに来るのに、こんな格好で来るなんて不敬過ぎるわ。
アルは我がシルフィード帝国の皇太子殿下なのよ。
これがこの国の侯爵令嬢のする事なんだから呆れるわ。
その上……
「 あら? ドレスのボタンが外れてますわ。お胸が見えてしまう程に…… 」
「 まさか……この部屋に殿下がいらっしゃると思って…… 」
「 違います! このボタンは……先程湯浴みをした時に…止め忘れて…… 」
「 まあ! 濡れた髪、止め忘れたボタン……貴女は騎士達にその姿を見せても平気なの? 」
「 いえ…… 」
誰かがアルベルト様の部屋に来ることを察知して、部屋を交換したに違いない。
どうしょう……
ラビアは後悔した。
この令嬢を侮ってしまった事を。
こっそりと四つん這いになってまで婚約者の浮気を探って来た事も、舞踏会での茶番劇も……
可愛らしい嫉妬をするだけの令嬢だと思っていた。
今も……
殿下に近付くなと、嫉妬丸出しで部屋から追い出してくれれば良いものを。
ワタクシに……
アルベルト様の部屋に来た理由の逃げ道を作った風を装い、じわじわと追い詰めて行く。
医師で、薬学研究員で……
彼女が店の経営者でもある事は、外商であるハルビン氏から聞いていたのに。
決して侮ってはいけない令嬢。
その小さくて可愛らしい可憐な姿に騙されたのである。
「 お気をお付け下さいね。はしたない女性だと思われますから……それともサハルーンではドレスのボタンは止めない主義なのですか? 」
「 そ………そんな事はありませんわ 」
「 じゃあ、はしたないのは貴女だけなのね? 」
レティはバッと扇子を広げて口元を隠してラビアを見つめた。
ラビアは本当に涙目になり真っ赤な顔をして俯いた。
ふむ……
まあ、この辺で許してやるか。
その時に……
ガヤガヤとドアの外が騒がしくなった。
「 ワタクシはアルベルト様にご用があって……皇女のワタクシに無礼な真似はお止めなさい! 」
よし!
はしたない獲物がもう1人やって来た!
「 通して構いませんわ! 」
レティのイキイキとする顔を見たラビアは……
相手が皇女でも怯まないレティに恐怖を感じた。
そう言えば……
隣国の王太子と決闘をして勝利した令嬢なのだと。
***
レティが部屋を交代しろと言う。
今夜絶対にラビアが俺を訪ねて来るからと。
「 じゃあ、今夜は俺の部屋にレティがいれば良いのでは? 」
2人が部屋にいたら彼女は直ぐに退散するだろ?
「 そんなの……つまんないわよ 」
「 いや、僕はレティといたいよ 」
朝まで一緒にいよう。
アルベルトはレティの腰に手を回して、耳元で囁いた。
これにレティは弱い筈。
しかし……
レティはバッと立ち上がって、ドアの外にいる騎士達に話をしに行った。
今夜のアルベルトの部屋の護衛はサンデーとロンの当番。
レティの部屋の護衛はジャクソンとケチャップだ。
「 そう言う訳で、私と殿下の部屋を交代するわ 」
「 しかし…… 」
「 レティの言うとおりにしてやってくれ 」
ドアに凭れていたアルベルトが、やれやれと言う顔をしながら指示を出した。
はぁ……
ラビアの事なんかどうでも良いのに。
折角レティが俺の部屋に来たのにと、アルベルトはレティのベッドに寝転んだ。
「 ………レティの匂いがする 」
暫くレティの匂いを堪能した後に……
アルベルトはガバっと起き上がり浴室に行った。
「 レティの使っているお風呂…… 」
さっきレティが来る前に自分の部屋で湯浴みは済ませたが……
また入浴した事は内緒だ。
皇子様だって普通の健康な21歳の男なので。
その夜。
レティが部屋に戻って来るのを待っていたが。
戻って来ないレティを想って……
皇子様はレティの匂いのする枕を抱き締めて眠りについたのだった。
その頃……
レティは皇女とのバトルを楽しんでいた。
レティは公爵令嬢。
レティより身分が上なのはもはや皇女か王女。
19歳の大人になったレティは……
本来の自分を出せる様になっていた。
今までは遠慮をしていたが……
いや、していない。
キレたレティは王女であろうが王太子であろうが、啖呵を切れる人間だった。
皇女達はその身分の高さから実に厄介な存在である。
ある意味父親である皇帝でさえ手を焼いているのだ。
しかし……
待ち受けていたレティに返り討ちにあった事から、もはや皇女はレティに頭が上がらない。
ラビアの様に恥ずかし思いをさせて追い詰めたのだから。
そして……
この夜の出来事を聞いた他の皇女達は、どの部屋にレティがいるのかが分からない事から、アルベルトへの夜這いが出来なくなった。
レティは……
サハルーン帝国の肉食皇女達から、見事シルフィード帝国の麗しの皇子様を守ったのである。
何よりも護衛騎士達が喜んだのは言うまでも無い。
任務完了だ。
Gとはゴキブリの事です。
実は……
レティはゴキブリも平気です。
ラウルは苦手ですが。
因みに皇子様はGを見たことはありません。
読んで頂き有り難うございます。




