任務遂行
アルベルトとのダンスを終えたレティの前にはジャファルがやって来ていた。
公務として踊る予定は入って無いが、皇太子殿下の申し込みを断る分けにもいかない。
気持ちはまったく進まないが。
「 そなたと踊る幸せを私に与えて下さい 」
「 あら? 公務ではございませんのに、わたくしと踊ったらお妃様達が妬いてしまいますわよ 」
「 妃達は、私がそなたを正妃に……皇太子妃になる事を歓迎しているが? 」
それは嘘だ。
彼女達は早くジャファルとの間に皇子を設けたいと言っていたが……
それはあくまでも自分達の中の側妾からで、他国の公爵令嬢なんかを望んではいなかった。
次の皇子が出来てからこそ、皇太子の地位が安定する。
ジャファルは正妃である皇后陛下の皇子だから、今は皇太子の座に就いてはいるが……
世継ぎの皇子が生まれなければ、その座を追われる事になる。
皇子は他にもいるのだからと。
皇子が多ければ国は安泰の様に思われるが……
それはそれで争いの元になるのであった。
「 まあ! 嫌ですわ……わたくしはシルフィード帝国の皇太子妃になるのですわ。わたくしの21歳の誕生日の時の結婚式には、是非とも皇太子妃様とお2人でご出席下さいね 」
それまでに正妃を迎えろとレティはやんわりと忠告をして、ジャファルの差し出した手にそっと小さくて白い手を乗せる。
ジャファルはレティの手の甲に口付けをして、2人は踊り出した。
「 私はそなたと、こんな風にポンポンと会話が出来る事が気に入っている 」
そうだったわ。
この皇子はそう言っていたわね。
「 でも……わたくしが気に入っているのは……ドラゴン討伐をしたアルベルト皇太子殿下ですわ 」
今日、騎士団の隊長にドラゴン討伐のお話をお聞きしましたが……
隊長と医師の勇気と知恵に感銘を受けましたのとレティが、ニヤリと悪い顔をしながらジャファルに畳み掛ける。
「 勇敢な隊長と冷静な医師の2人がドラゴンが眠るあの場所に行かなければ、宮殿におられる者達が翌日には逃げ惑う事になったでしょうね 」
ジャファルは押し黙った。
また、ドラゴン。
だいたいこの令嬢はどんだけドラゴンが好きなのかと。
話す事と言えばドラゴンだ。
「 私の殿下は違いますわ。ドラゴンが飛んでくる海に向かって……先頭に立って出陣して行きましたわ 」
「 それは……アルベルト殿には雷の魔力があるから…… 」
はぁ?
魔力が無かったガーゴイルの討伐の時にも、殿下は出陣したわよ!
ああ……
それを言えない事が口惜しい。
「 魔力があろうが無かろうが、私の殿下がドラゴンを討伐し、ジャファル殿下はあの場にもいなかった……全て結果が大切なのですわ 」
レティは容赦無い。
ジャファルを更に追い込んで行く。
「 わたくしは勇敢な殿方が好きなのですわ。ジャファル殿下! 1度わたくしとお手合わせ致します? 」
クルリとターンしながらレティは挑発的な顔をする。
「!? 」
この女はグランデル王国の王太子と決闘をして勝った女。
グランデルの王太子も中々の腕だと聞き及んでいたから驚いたが。
この女の挑発に乗って手合わせなんかしようものなら、グランデルの王太子の様に世界中から嘲笑されてしまう。
本当にとんでもない女だ。
「 よかろう。私もこれから武道の鍛練に励み、次のドラゴンの襲撃には討伐に向かう事を約束する 」
勇敢な男になり、そなたに改めて求婚をしようと言って、ジャファルはクックッと笑い出した。
「 !? 」
ちっ!
しつこい皇子だ。
まあ、それでも……
この外遊ではこれ以上言い寄られる事は無いでしょうね。
ジャファルとのダンスが終わりレティが席に戻ろうとしたら……
そこには他の皇子がレティとダンスを踊ろうと待っていた。
皇帝陛下にはジャファルの他に6人の皇子がいる。
「 貴女の可憐な姿に一目惚れをしました 」
「 色が白くて……本当に美しい 」
「 貴女の頭の良さは私の妃に必要です 」
「 私の5番目の妃に…… 」
「 私の妃になるなら、正妃に致しましょう 」
「 ジャファルよりも私を選んで下さい 」
「 嘘でしょ!? 」
レティは6人の皇子に囲まれ……次々に求婚された。
サハルーン人は男女共に体躯が良く、褐色の肌に金色の瞳が特徴である。
皇子達は色が白く小さなレティに興味津々だ。
一夫多妻制度は恐ろしい。
こいつらには節操と言うものは無いのか?
***
「 面白れーなあいつら 」
ラウル、エドガー、レオナルドが酒の入ったグラスを手にして、しっちゃかめっちゃかになっているサハルーン帝国の舞踏会劇場を楽しんで見ている。
アルベルトは皇女達に囲まれ、レティは皇子達に囲まれている。
「 レティは魔除けになると張り切っていたんじゃ無かったのか? 」
船でレティが言っていたよなとエドガーが言う。
「 アルは何時もの事だが……まさか自分が言い寄られるとは思って無いからな 」
ラウルがクックッと笑う。
あのレティの慌て振りが笑えて仕方無い。
「 おっ! アルが外交官の令嬢と踊るぞ 」
「 踊るのは皇女では無いのか? 」
3人は暫く2人が踊るのを黙って見ていた。
「 アウトだな 」
「 完全にアルを狙ってる 」
鈍感なエドガーでさえ分かるのだから、もはや周りの目も気にしていないのだろう。
「 あの女……かなりしたたかだぜ 」
外交官として2人の側にいたレオナルドが断言する。
「 そんなにか? 」
「 最初はな……仕事の出来る良い女だと思ったんだが…… 」
だんだんと本性を見せ始めたと言う。
「 仕事の話をしながら、アルにボディタッチを繰り返す様なんかは、下品な娼婦と何ら変わらないよ 」
「 仕事を重視して……色事なんか関係無い感を出していたのに? 」
「 だから……ちょっと彼女について調べたら……彼女は魔性の女だと言われていて、結構外国の男と派手に遊んでるらしい 」
「 マジか…… 」
3人は顔を見合せ嘲笑した。
「 俺……女性不振に陥りそう 」
「 大体、婚約者がいる男に秋波を送ってくる様な女は、ろくでもない女だからな 」
「 まあ、アルのお陰で女を見る目が肥えた事には違いない 」
「 だからだよ……俺達一生結婚出来ないかも 」
「 まあ、先ずはアルとレティを無事に結婚させなきゃだな 」
俺らの結婚はそれからだと言って3人は笑い合った。
「 おっ!我が国の魔性の女が我が国の皇子様の所へ向かって行くぞ! 」
「 ギャハハハハ武器もちゃんと持ってる!! 魔性の女が遂に暴れるぞ! 」
「 うわ~! また、お袋に何故止めなかったとどやされる~ 」
しかし……
こんな面白い出し物は止めたくは無い。
3人はワクワクしていた。
***
レティは女性達に囲まれているアルベルトの元へと向かう。
手には武器……いや、細長い扇子を握り締めて。
「 抜かったわ!! アルを守ると誓ったのに 」
あんな糞皇子達に構ってる場合では無かった。
他国の皇太子の婚約者に求婚するなんて、頭がイカれてるのはジャファルだけでは無かったわ。
この国絶対におかしいわよ。
レティがぶつぶつと言いながらアルベルトの方を見れば、アルベルトはラビアと踊っていた。
歯軋りしながら鋭い目をラビアに向ける皇女達の姿が印象的だ。
皇女とは踊らなかったの?
もし、この場にジャファルの妹がいるならば、アルベルトはその妹と踊った筈だ。
それは……
彼女が皇后陛下の娘だから。
同じ皇帝の娘でも母親の地位によって立場は違う。
他の皇女達は、皆が側室の娘と言う同じ立場。
公式には皇后陛下の生んだ子供こそが特別な存在になる。
ジャファルが三男の立場でも皇太子になった様に。
だから……
敢えて皇女を選ばずにラビアを選んだのだが。
それが……
皇女達は気に障る。
ラビアは自分達の従姉妹だが、その才女振りに父である皇帝陛下は自分達よりも優遇しているのだ。
彼女の父親が外国人で、彼女の瞳の色が紫なのも気に入らない。
自分達は皆同じ金色なのだからと。
そして……
アルベルトがあんなにも色っぽく彼女と踊ったのだ。
その素敵な時間を自分もあやかりたい。
今、チャンスを作らなければ彼は帰国してしまい、もう2度と会えないかも知れない。
ラビアと踊り終わったアルベルトに皇女達が殺到した。
「 アルベルト様! 次のダンスをワタクシと…… 」
「 いえ、ワタクシですわ 」
またもや皇女達が揉め出した。
勘弁してくれよとアルベルトは困惑する。
公務ならば踊るが、こうも激しく揉められては。
予め、アルベルトが踊る相手をクラウドが決めていた筈なのに、他の皇女達がそれを許さないのだ。
皇女達の我が儘振りが炸裂して、会場の皆も呆れた顔をしている。
そこに……
レティがトコトコとやって来た。
皇女達はレティよりは頭1つ背が高い。
レティは長い扇子を巧みに使い、アルベルトから距離を取れとばかりに皇女達を後ろに下がらせた。
「 ちょっと! 何なの無礼だわ 」
皇女達が抗議の声を上げるが、それを無視したレティはアルベルトの前に行き、手を伸ばして抱っこをせがむ。
「 レティ? ここで抱っこするの? 」
驚くアルベルトにレティは真面目な顔をして言う。
「 わたくしは任務を遂行しに参りました 」
「 任務? ……分かった 」
アルベルトは一体何をするつもりなのかと、不思議そうな顔をしながらも、何時もしている様にひょいとレティを抱き上げた。
よし! 皇女達よりも高い目線になったわ。
大きく深呼吸をして……
「 殿下はわたくしの婚約者ですわ! それにわたくしは殿下の婚約者ですの。本人の気持ちを無視した求婚や、我が儘な争いは止めて頂きたいですわ! 」
レティは皇女達や皇子達を順に見回した。
ニヤリと笑った顔が美し過ぎて皆が息を飲む。
「 それにシルフィード帝国は一夫一妻制です! わたくしが殿下の唯一無二の妃になる事は決まっておりますの!! 」
そう言い終わると……
レティはアルベルトを見つめた。
そして……
アルベルトの両頬に手を当ててその形の良い唇にキスをした。
「 !? 」
レティがこんな大衆の面前で?
一瞬驚いたアルベルトだったが。
直ぐに蕩ける様な甘い甘い顔になって……
レティの可愛らしい唇を堪能する。
ちょっと!
アル……止めてよ!
ここでそんなねちっこいキスをする?
無理矢理唇を外すと……
まだ甘い顔をしているアルベルトを一睨みしてから、皇女達を見やった。
「 ほらね! 殿下がこんな甘い顔を向けるのは私だけなの!分かって頂けるかしら? その違いを…… 」
レティはそう言うと、皇女達の後ろにいるラビアに視線を合わせた。
さっき貴女と踊った時の殿下の優しい顔は……
ただの公務の顔なんだと。
一瞬だが、奥歯をキリリと噛んで悔しそうな顔をするラビアをレティは見逃さなかった。
彼女は直ぐにニッコリと笑って手をパンパンと叩いたが。
「 皇女様方! シルフィード帝国からのお客様を煩わせてはいけませんわ 」
ラビアはそう言って外交官として、この場を取り仕切ったのだった。
アルベルトは……
「 どうだ参ったかぁ!! 」と言って、高笑いをするレティを片腕で抱き上げたままスタスタと歩いて行く。
「 何処に行くの? まだ任務の仕上げが残っているわ! 」
あの外交官の女に止めを刺したいのに。
任務遂行中のレティの鼻息は荒い荒い。
アルベルトは木の影にレティを下ろすと、レティの両頬に手をやりその美しい顔を近付ける。
「 レティ……嬉しいよ。最高の防衛だ 」
……と言って、レティにキスの続きをネダるのだった。
会場は唖然としていたが……
やがてクスクスと笑い出した。
凄い婚約者だと言って。
彼女の噂は本当だったのだと。
ラウル達は……
我が国の魔性の女がやりおったと、腹を抱えて大笑いしていた。
「 全く期待を裏切らね~ 」
主役の2人は……
暫く戻って来る事は無かった。




