魔性の女と2人の皇太子
建国祭が終わり、来国していた近隣諸国の王族や要人達は続々と帰国の途に就いた。
しかし……
遠方から遥々やって来ていたサハルーン帝国御一行様は、シルフィード帝国の視察も兼ねて、まだ1週間程滞在予定であった。
アルベルトがレティの警護の警戒を解かない理由も彼がいるからで。
ジャファルは通訳としてレティを指名した。
勿論レティと会いたかったからだが、何よりやはり侍女達が不自由をしていた。
お土産を買いに街に行くのにもやはり女性がいた方が良いだろうと。
言葉や態度は乱暴だが……
ジャファルも優しい気持ちをちゃんと持ち合わせている皇子であるにはある。
「 ウォリウォール公爵令嬢は学園に通われていますので、通訳は出来かねますと仰っておりました 」
言伝てを頼んだ侍女が頭を下げる。
「 彼女はまだ学生だったのか…… 」
驚いたジャファルは予定を変更して学園への視察を入れた。
まだ正式に国交を結んでいないサハルーン帝国の皇太子が、シルフィード帝国を視察出来る場所は限られている。
当然ながら帝国の秘密機関である虎の穴の視察や、騎士団の訓練場への立ち入りは出来ない。
病院や学園ならば問題は無いとして視察の許可が下りた。
学園では珍しく全校生徒が講堂に集められた。
「 えー本日はサハルーン帝国の皇太子殿下が学園を視察に来られる。皆はくれぐれも失礼の無いように申し付ける 」
皆が一斉にレティを見た。
勿論皆が舞踏会での事は知っている。
レティが魔性の女だと言われている事も。
「 何で学園に来るかなぁ 」
1人言ちていると……
「 我が国のアルベルト皇太子殿下がご案内をなさるので、くれぐれも失礼の無いように申し付ける 」
キャアーッ!!っと言う黄色い悲鳴と共に……
皆が一斉にレティを見た。
ワクワクする目で。
「 ………… 」
レティは頭を抱えた。
こうして……
魔性の女を挟んだ帝国の皇太子の嫁取り合戦が学園で幕を開けた。
学園の生徒達は大喜びだった。
レティは目立たずにやり過ごそうと、ただの1生徒として4年B組のクラスにいた。
先生達もジャファルに同行する為、今日は授業にはならない事から、クラスで11月にある文化祭の準備をしていた。
ジラルド学園は4年間でのクラス替えは1度も無い。
4年B組の皆は1年生の時からの悲願である優勝を学園最後の文化祭にかけていた。
クラス一丸となって最後の文化祭に燃えている所である。
サハルーン帝国の視察の御一行様は4年B組の教室の前で足を止めた。
廊下の窓からレティが見える。
可愛い……
机に向かって一生懸命何か書いてる。
授業中のレティは初めて見るかも。
ああ……
本当に可愛い。
初めてレティにプレゼントしたアイスブルーの宝石の着いたバレッタは、何時も彼女の頭にある。
アルベルトが萌え萌えしていると……
「 制服姿もキュートだ 」
ジャファルを見ると目を細めてレティを見ている。
「 私のだから 」
可愛いレティを見つめるのも気に食わない。
アルベルトは直ぐにレティの所有権を主張する。
「 ウォリウォール君は才色兼備は勿論だが、文武両道、頭脳明晰で我が校自慢の生徒ですな 」
そんな2人の様子を知ってか知らずか学園長がレティの自慢話を始めた。
「 ウォリウォール公爵令嬢が無遅刻無欠席をモットーにしてる所は……彼女は学生の鏡じゃな 」
文相は無遅刻無欠席を主張するレティを大層気に入っている。
2人は如何に彼女が勇敢で、優れた女性だと言う事をジャファルにアピールする。
横にいるアルベルトが喜ぶと思って。
このジジイ達は……
余計な事を。
「 益々私の妃に欲しくなった 」
ジャファルが感嘆の声を上げると、学園長と文相は顔を見合わせて慌てている。
ジャファルがレティに結婚の申し込みをしていた事を思い出した様だ。
「 いえいえそれは困ります……ウォリウォール君は我が国の妃になる方ですぞ 」
アルベルトをチラチラ見ながら慌てふためいた。
「 もう! いい加減にして下さい! 」
教室でレティが立ち上がって眉毛を潜めて怒っている。
怒った顔も可愛い。
「 怒った顔も可愛いなぁ 」
「 私のです 」
火花を散らして睨み合う2人に、他のクラスの生徒達も廊下に出て来てキャアキャアと黄色い悲鳴をあげる。
2人の皇子様が1人の令嬢を取り合うなんて……
皇子様と公爵令嬢の恋はどうなっちゃうのかしら?
恋に恋する少女達は妄想をヒートアップさせる。
文相と学園長が2人の仲を取り繕うと右往左往する姿が痛ましい。
すると……
アルベルトが黒板に書いてある文字に気が付いた。
『 悪役令嬢のご奉仕喫茶 』
「 レティ! 何を奉仕するの? 」
「 !? 」
アルベルトが血相を変えて教室に入り、レティの横の席のケインを押しやって座った。
キャアキャアとクラスの生徒達が頬を染めている。
男女共に頬を染めるのは皆が敬愛している皇太子殿下であるからで。
「 何って……奉仕するのよ。アル……殿下のクラスの便乗だけどね 」
ペロッと舌を出す仕草が可愛らしい……
いや、今はそれ所じゃ無い。
「 誰が奉仕するんだ? 」
「 私が…… 」
「 駄目だ! 」
「 アルがしていた事をするだけよ 」
「 余計に駄目だ! 」
「 ? ……何をしていたのよ? 」
「 それは…… 」
アルベルトは目を反らした。
怪しい。
4人で一体何をしてたんだか。
お兄様の事だから絶対に良からぬ反則をしてたに違いない。
「 兎に角レティが奉仕するのは認めない! これは皇太子命令だ! 」
「 はぁ? どうして皇太子命令を出されなきゃならないのよ? 」
「 どうしてもだ! ケイン! お前が奉仕しろ! 」
「 御意 」
「 では殿下……奉仕の仕方を伝授して下さい 」
……と、2人でひそひそやっている。
クラスの男子達が遠巻きに聞き耳を立てているのは、やはり皇太子殿下にはおいそれとは近付けない事もあって。
レティは呆れ顔で、クラスの女子達と文化祭に向けての打ち合わせを始めた。
そんな2人の様子をジャファルは見ていた。
サハルーン帝国には学園は無い。
貴族は個人的に講師に習うだけの教育だった。
だからこんな楽しそうな事は経験した事が無い。
「 どうですかジャファル殿下? うちの殿下も2年前まではここの生徒だったんですよ 」
生徒会会長をなされていて、それはそれは活気溢れる学園でしたからと、学園長が当時を思い出して嬉しそうにしている。
シルフィード帝国も16歳で成人を迎えるのだが、それは昔の慣習であるだけで、学園が設立されてからはあまり重要視されてはいない。
特に貴族は学園を卒業してから社会人になる事から、16歳で結婚をする事は稀だ。
ジャファルはアルベルトと同じ年齢。
16歳から側妻を娶り、皇太子として……
立派な大人として公務をこなして来た。
しかし……
こんな学園の世界を見ていると……
学ぶ機会や楽しむ事が少ない事で、何だか人生を損してる様な気分になるのだった。
「 我が国は全ての面に置いて随分と遅れている 」
ジャファルは1人言ちた。
「 あら? 医療は進んでるでしょ? 」
レティがジャファルを見ていた。
「 ドラゴンの血からポーションを作るなんて…… サハルーンの薬師達は優秀だわ 」
またドラゴン……
この娘はドラゴンに大層執心をしている様だ。
本当に不思議だ。
あれだけの被害があったのに、我が国の女性達はドラゴンのドの字も言わない。
いや……
シルフィード帝国でも魔獣なんかに興味を持ってるのはレティ位だが。
「 そうだな。我が国の薬師達を誉めておくよ 」
「 機会があれば……学びたいですわ 」
両手を胸に当てて真剣に言うレティを、やはり欲しいと思った。
学びたい……
女性でもそう思うのだと。
「 リティエラ嬢……来年は我が国に招待するよ 」
「 !? 招待と言う事は……費用はそちら持ちかしら? 」
レティは商売人。
「 !? 」
こんなに可愛らしい高貴な令嬢なのにお金の事を言うとは。
そうだったな。
確か……
彼女は店を持ってて、ジャックが大口の顧客だと言っていたな。
ジャファルはクックッと笑い出した。
「 私のだから 」
レティとジャファルの間にアルベルトがヌッと入って来た。
ジャファルはおかしくておかしくて声を上げて笑った。
こんなにも笑った事が過去にあっただろうか。
世界に名を馳せる……
いや、世界中から欲せられている美貌の皇太子が、金に細かい商売人の貴族令嬢にこれ程までに執心しているとは。
そして……
浮気をした位で彼女の許しを求めて懇願し、私には嫉妬剥き出しの顔をするのだから。
笑わずにはいられない。
ジャファルにとって、アルベルトとレティとの出会いはとても刺激的な物になった。
彼もまたサハルーン帝国の改革に力を入れ、近い将来にはシルフィード帝国との国交を結ぶ立役者になる事だろう。
「 アルベルト殿! 来年は是非我が国に来てくれ!」
ジャファルは港に見送りに来てくれたアルベルトと握手をした。
「 リティエラ嬢と共に……私は彼女が貴殿の妃になっていたとしても全然構わない。是非とも魔性の女を手に入れたいからね 」
「 何だと!? 」
そんな事を言われて行く筈が無い。
ましてや……
来年もレティは俺の妃では無いのだから。
眉を潜めるアルベルトを横目に、ジャファルは笑いながらタラップを上って行った。
ジャファルはレティがシルフィード帝国民から魔性の女だと噂されている事を面白がっていた。
いや……
彼女は本当に魔性の女なのかも知れないな。
離れて行くシルフィード帝国の陸地をぼんやりと見ていたら……
「 ジャファル様……お茶の支度が出来ました 」
侍女……いや、彼の側妻が頭を下げたままオズオズと近寄って来た。
「 そなた達もご苦労だったな。皆も呼びなさい。皆で一緒に茶を飲もう 」
「 !? 」
ジャファルから労いの言葉を掛けられる事は滅多に無い事で、彼女は驚いた顔をした。
「 はい。皆も喜びます 」
嬉しそうに俯いた彼女の顎を上げて優しく目を見つめ……
ジャファルは妻の肩を抱いて船室に入って行った。
こうしてジャファルは帰国の途に就いたのだった。




