君は僕のナイト
不思議と、アルベルトとオルレアン王女とのハグの話は帝国民の間では広まら無かった。
またどこぞの王女が横恋慕したのだろうと……
我が国の皇子はあれだけの美丈夫なのだから、女が言い寄るのは仕方無いと言う事に収まった。
しかし……
昨夜のサハルーン帝国のジャファル皇太子殿下が、皇帝陛下の前でウォリウォール公爵令嬢への求婚をしたと言う話は、瞬く間に帝国民に広がった。
どこぞの小国の王女云々よりも……
帝国の皇太子の話の方が断然面白い話であって。
我が国の皇太子殿下が寵愛している婚約者に、サハルーンの皇太子殿下もプロポーズしたんだって?
帝国の2人の皇太子から求婚されるなんて素敵だわ~
今度は魔性の女を間に2人の皇太子が決闘か!?
そんな話が街中で囁かれ、酒のツマミにはもってこいの話題になっていた。
そして……
いつの間にかレティは魔性の女になっていた。
「 お前……皆から何と噂されてるのか知ってるか? 」
忙しかった建国祭の仕事が一段落して、公爵邸に遊びに来ているエドガーとレオナルドとがニヤニヤとしながらレティの顔を覗き込んで来た。
新米騎士のエドガーは、外回りの警備の任務を割り当てられていた為にこの3日間は殆ど皇宮にはいない事から、皇都民の噂話をつぶさに耳にしていた。
「 帝国の皇太子を手玉に取る魔性の女だってサ 」
ギャハハハハと3人で腹を抱えて笑う。
「 私が魔性の女? 」
「 こいつが魔性の………女って…… 」
ラウルがレティを指差してヒィ~ヒィ~と笑い転げている。
「 何だ? 楽しそうだな 」
そこにアルベルトがやって来た。
エドガーが公爵邸に行くと言っていたので、アルベルトも息抜きにやって来たのだった。
直ぐにレティの横に座り、何時もの様に挨拶である頬へのキスをしようとすると……
何気に避けられた。
「 皆がいるでしょ 」
……と、言って。
えっ!?
最近は挨拶のキスは誰の前でも受け入れてくれていたのに。
そんな微妙な2人の距離感を感じ取ったラウルが言う。
「 お前ら……やっぱり喧嘩をしてるのか? 」
ハグぐらい大目にみてやれよ、レオなんか希望されたらホイホイやるぜ。
「 ハグなんか挨拶だ 」
そう言いながら、レオナルドが横にいるエドガーにハグをする。
「 それに……お前は魔性の女なんだろ? 」
ニヤニヤと笑うエドガーとレオナルドは、ただただ面白がっている様だ。
それがまたレティは気に入らない。
「 わたくしはそんなに度量の狭い女ではございませんわ!婚約者の浮気の1つや2つ…… 」
「 してない!! 俺は浮気なんかしてないから! 」
アルベルトは否定をしながら眉間を押さえる。
やっぱりレティはそんな風に思っていたんだと、あの時のハグの理由を皆に……レティに説明した。
あれは王女が最後にハグをしてくれと言うから、円満に済まそうと思ってしただけだと。
そしてその後に踊った時には王女はサバサバしている様だったのだ。
勿論、彼女の本心は分かりかねるが。
「 教えてくれ! あの場合はどうしたら良かったのか? 」
「 そうね……滅茶苦茶美人で、好きで好きで好き過ぎる婚約者が私にはいるから、彼女の了解を取ってくれって言えば良いのよ 」
顎をすこし上げて、ツーンとした顔で言うレティが可愛すぎる。
「 うん……これからはそう言うよ 」
甘い甘い顔をしてアルベルトはレティの手の甲にキスを落とした。
祈る様な気持ちで。
機嫌を直してくれと。
やれやれ……
今回は拗れなかったか。
ラウルは安堵した。
しかし……
心の奥の深い所ではレティはしっかりと拗らせていた。
***
レティにとってはオルレアン王女が束で掛かって来ようが、やはりそれは本当にどうでも良い事で。
レティにはアルベルトから愛されていると言う自信があった。
だけど……
レティのループしている3度の人生で、皇太子殿下と婚約したイニエスタ王国のアリアドネ王女は彼女のトラウマだった。
ループをしていても、そこにある時間はレティの生きて来た時間。
ループしている15年の間に……
3度も皇太子殿下とイニエスタ王女の婚約が決まったと言うニュースを体感して来たのだ。
あの、張り裂けそうな想いを……
3度も。
だから……
もしかしたら4度目の人生の今、自分がアルベルトと婚約をしてると言う事が間違いでは無いのかと言う思いがどうしても消えなかった。
そう、アルベルトは帝国の皇太子。
その結婚は歴史を動かす程の事なのだから。
そして何よりも気になるのは……
アリアドネ王女は3度の人生の時と変わらずにアルベルトの事を好きだったと言う事。
なのに……
4度目の今生は彼女の人生を変えてしまった事に胸が痛んでしまうのだった。
アルベルトに愛されれば愛される程に……
彼女への罪悪感が拭えない。
そんな中で聞いたメイド達の話。
自分とグレイが命懸けで炎の魔力使いと戦っている時に、アルベルトがイニエスタ王女とキスをしていたと言う事に胸が苦しかった。
その事が消しても消しても頭の中に浮かんで来る。
今更考えてもどうしようも無い事なのに。
イニエスタ王女に申し訳無いと思いながら……
彼女に嫉妬している自分がいる。
王女とキスをしていた大シャンデリアの下で、アルベルトと踊る事が出来ない程に。
そして……
それを隠して平然と自分にキスをしようとしてくるアルベルトも嫌だった。
「 もう……どろどろだわ 」
こんな私は醜い。
レティは消化出来ない想いに苦しんでいたのだった。
***
やっぱりおかしい。
レティが目を合わせてくれない。
キスも何気に嫌がる。
何時もの様な恥ずかしがっての事では無い。
キスをしようとすると辛そうな顔をするのだ。
オルレアン王女とのハグをまだ許せないでいるのか?
それだったら……
一生懸命謝罪をするしかないが。
そんな時に女性騎士のエレナが、レティの事で話があると言ってアルベルトに面会を求めて来たので、アルベルトは騎士団の応接室に出向いた。
エレナはアルベルトの同級生で同じクラスだった令嬢であり、騎士クラブでのレティの先輩でもある。
彼女は皇太子妃になるレティを守りたいからと言って騎士になっていた。
「 殿下! 私に罰則を与えて下さい! 」
エレナはアルベルトが入室して来ると直ぐに立ち上がり、敬礼をした後に謝罪を口にした。
もうクラスメートでは無く、皇太子殿下と騎士の関係ある。
「 どう言う事だ? 」
騎士が任務に当たると必ず記録する報告書に、建国祭の時のある事実を書かなかったのだとエレナは言った。
「 もしかして、リティエラ様が元気が無いのはそれのせいかと…… 」
レティは騎士クラブの先輩に護衛をされるのを嫌がっていたが、アルベルトは建国祭の間は色んな人が出入りする皇宮に、手洗いまで同行の出来る女性騎士であるエレナをレティの護衛に就けていた。
レティを正妃にと狙っているジャファルがまだ帰国していない事から、学園以外では今でもエレナをレティの護衛に就けている。
「 如何なる事でも全てを報告するのが騎士の義務の筈では? 」
「 申し訳ございません! 」
「 罰則は後だ!……それで?彼女に何があった? 」
エレナはパウダールームでメイド達が話していた事を、レティが聞いていたのだと言った。
その内容が……
エレナは少し言いにくそうにしながらも話し出した。
「 昨年の建国祭前夜の舞踏会の時に……イニエスタ王国の王女と踊っていた殿下が、王女とキスをしていたと言う話をリティエラ様がお聞きになって…… 」
多分それにショックを受けたのでは無いかとエレナは言う。
内容が内容だけに、つい報告書に書きそびれてしまったらしい。
「 エレナ! 有り難う。よく話してくれた 」
アルベルトはまるでクラスメートだった頃の様に優しい笑顔をエレナに向け、直ぐに部屋を出ていった。
「殿下……その顔は反則です…… 」
エレナは赤くなった顔を両手で押さえた。
彼女もまた……
学園時代にアルベルトに想いを寄せていた女子生徒の1人だった。
***
レティは料理クラブにいた。
この日はロールキャベツ。
4年間、料理クラブにいたらプロになれると言う程に、レティの料理の腕は上がっていた。
料理を作ったら皆で試食。
同じ班のベルとスーザンとミリアは一緒に料理の腕が上がった仲間だ。
そして……
ミリアの父親は1度目の人生でレティを海に突き落とした男である事が判明していた。
複雑な思いはあるが……
ミリアと仲良くする事は継続している。
もし今生であの瞬間があるならば……
レティが自分の娘の友達ならば、躊躇してくれるかも知れないと言う思いがあって。
そこが1度目の人生とは違う事なのだった。
そんな事を考えながら何時もの様に後片付けをして、エプロンと三角巾を畳んで鞄に入れた。
「 皆様ごきげんよう 」
そう言って、並木道のドアを開けた。
そこには……
キラキラとさせた黄金の髪の男性がベンチに座っていて……
アイスブルーの瞳が真っ直ぐにこっちを見ていた。
いつの間にか、皇子様のベンチと呼ばれる様になったこのベンチに座る人はただ1人。
ドクンと胸が高鳴って、心臓が早鐘の様にドキドキし続けている。
「 アル…… 」
立ち上がった背の高い皇子様はその美しい顔で破顔した。
「 この場所も久し振りだ 」
「 どうして……ここに? 」
まだ胸はドキドキとしたままで。
「 君に話したい事があるんだ 」
そう言って皇子様は手を差し出して来た。
少しでも早く誤解を解きたくて、アルベルトはレティのいる学園にやって来た。
この時間がレティの料理クラブの時間だと言う事は勿論知っている。
まるであの頃の様に並木道を2人で手を繋いで歩く。
もう少し秋が深まると木々の紅葉が始まるだろう。
この並木道はまだお互いに片想いをしていた頃に、その愛を育んだ2人にとって何よりも大切な場所である。
アルベルトがレティに想いを告げた場所であり、2人が初めて口付けをした場所でもあった。
周りにいる生徒達からキャアキャアと熱い視線が注がれる。
当たり前だ。
皇子様がここにいるのだから。
勿論制服姿では無く、皇子様然とした姿で。
「 話したい事って? 」
「 昨年の建国祭で、イニエスタ王女と僕がキスをしたと言う話を聞いたんだって? 」
「 そ……それは…… 」
歩いていた足取りが止まってレティの顔が青ざめた。
「 キスはして無いよ 」
「 えっ?……… 」
「 あの時確かにキスをされそうになったが……君が助けてくれたんだよ 」
「 ? 」
アルベルトが何を言おうとしてるのかが分からなくてレティは頭を傾げた。
イニエスタ王女とのダンスを終えた時に、何故だか抱き付かれてキスをされそうになったのは事実。
だけどその時に爆発音がして既の所で免れたんだとアルベルトは説明した。
「 あの爆発音はレティがやったんだろ? 君が皇子を敵から守ってくれた 」
「 私が? 敵から守った?だから……キスをして無いの? 」
「 そう……レティが敵から守ってくれたんだよ 」
アルベルトは……
俯いて少し顔が綻んだレティを見つめた。
好きだよ、レティ。
ごめんね……そんな事で苦しめて……
レティは騎士である。
それは本当に短い間だったけれども。
だけど……
騎士養成所で1年間叩き込まれた騎士としての信条は、ちょっとやそっとで無くなる様な物では無い。
皇族を命を賭して守る事が騎士の使命。
アルベルトを守ったと言う事が何よりもレティの心を動かした。
レティをクルリと自分の方に向けて言い放った。
「 皇子をキスから守ったレティ騎士に褒美を授ける 」
主君の凛とした口調に、レティはビシッと背筋を伸ばし騎士の姿勢を取った。
本当に騎士なんだ。
アルベルトは騎士レティを見る度に目尻が下がる。
小さな騎士レティが……
もう可愛くて可愛くて。
「 皇子からの褒美は………キス 」
アルベルトは自分の唇を指でチョンチョンとして、ニヤリと笑う。
「 止めてよ! ここは学園なんだから! 」
抱き締めようと迫る皇子様と、キャアキャアと抵抗する学生服を着たレティの姿がそこにあった。
学園は久し振りにピンクの風に包まれた。
2人のイチャイチャを見ると幸せになると言う伝説は本当だった。
皆の胸をこんなにもキュンキュンとさせたのだから。
「 それにしても……王女を敵だなんて…… 」
「 皇子の唇を狙うのは敵だろ? 」
2人は皇太子殿下専用馬車に乗っている。
公爵邸までレティを送る為に。
「 僕の唇はレティのものだから…… 」
「 ………何だか……それってエッチだわ 」
「 エッチって……何だよそれ? 」
ウフフと口を押さえて笑うレティが可愛い。
良かった。
誤解も解けた。
やっと何時ものレティに戻ったと安堵したアルベルトだった。
しかし……
まだレティは拗らせていた事をアルベルトは知らなかった。




