理想の妃
建国祭。
朝からスッキリと晴れた空にパンパンと花火が打ち上げられ、帝国民はシルフィードの建国のお祝いムード一色になる。
2日前から休日な事もあり、皇族の3人がバルコニーにお出ましになるこの日は、皇都の街が地方からやって来た人々で溢れ返っていた。
年に4度ある皇室の行事の中でも1番大きな祭典である。
シルフィード帝国に縁のある外国からも、沢山の王族や要人達がお祝いにやって来る事もあって。
お祭り好きなシルフィード人は他国から来た人達とも気軽に交流し、酒を酌み交わして歌い踊り、陽気に騒ぎまくるのであった。
皇宮も、客室にいる王族達が賑やかに建国祭の朝を迎えていた。
本来ならば……
昨日に続き今朝もレティと一緒に楽しく朝食を食べてる筈が、昨夜彼女は帰宅してしまった。
レティが帰宅した事で、初めて愚かな行いをしてしまった事に気付いたと言う。
違うんだレティ。
王女とのハグは何でも無い事なんだ。
だけど……
それを見たレティがどう思ったのか……
昨夜から何度と無く同じ思いが浮かんでは消え、眠れない夜を過ごした。
レティへの想いは募るばかり。
早く会って王女とハグをした理由を言って謝りたかった。
一生懸命に。
正装に着替えている時に……
レティが入城したとの一報が入り、先ずはホッとした。
もしかしたら来ないかもと思って。
レティが皇宮に来ると門番からアルベルトに伝えられる事になっている。
彼女は虎の穴や皇宮病院に不意に来る事があるので。
「 あの……皇子様……リティエラ様は本日はこの部屋には来られませんよ 」
「 !? 」
正装をして式典の準備が出来たアルベルトが、赤いマントを翻しながらレティの部屋の前から皇太子宮の入り口までをうろうろと忙しなく歩いている。
「 リティエラ様は本日は文官として…… 」
侍女長のモニカが言い終わる前にアルベルトは駆け出した。
モニカは口を押さえてクスクスと笑う。
「 本当に……リティエラ様がここに嫁いで来るのが待ち遠しいですわ 」
しかし……
皇太子宮を出た所でアルベルトはクラウドに出くわした。
「 殿下? もうすぐ謁見が始まりますので、謁見の間へ移動をお願いします 」
「 レティは何処にいるのか知っているか? 」
「 リティエラ様はサハルーンの侍女達の通訳をしておられますよ。文官姿が本当に可愛らしくて…… 」
「 会ったのか? 」
「 はい、ここに来る前に。レオナルドと一緒に通訳をするんだと張り切ってましたよ 」
秘書官達には制服は無いが、クラウドも式典の時は黒のモーニングの正装をしている。
「 レオと…… 」
そうか……
文官のバイトをしてるんだったな。
ジャファルに会うのは心配だが、レオと一緒にいるなら安心だ。
「 殿下? 急ぎませんと…… 」
「 分かった 」
アルベルトは謁見の間に向かった。
謁見の間では……
皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下の3人に他国の王族や要人達からシルフィード帝国の建国の祝辞を賜る行事が取り行われる。
皇帝陛下の挨拶が終わると、招待客が国名と爵位や役職と名前が呼ばれて次々に3人の前に行き祝辞を述べる。
式典なのでどの国の者も全員が正装姿で参列していた。
「 サハルーン帝国ジャファル皇太子殿下、前にお進み下さい 」
真っ先に呼ばれたのはジャファル。
皇族達への謁見は国格順である。
サハルーン帝国の正装である白いガラベーヤを着用したジャファルが、3人の前に進み出て礼を執った。
「 シルフィード帝国の更なる繁栄を願って…… 」
アルベルトは口上を述べるジャファルを忌々しい目で睨み付けていた。
今は、シルフィード帝国とサハルーン帝国は正式な国交を結んではいない。
しかし……
国交は無くても人々は行き交い、サハルーンの商人達も自由にシルフィードにやって来る事は出来る。
ノアの母親はシルフィードの男と結婚をし、ジャック・ハルビンはドゥルグ領地で店まで持っている。
魔道具による船の技術開発が進んだ事で、他国へ夢を求めて自由に行き来出来る時代になっていた。
ドラゴンに襲われた時にシルフィードから莫大な支援を受けた事が切っ掛けになり、国交を結ぼうと言う話が両国の皇帝の間で書簡を通じてなされていたのだった。
今回はその第一歩。
その筈だったのだが……
レティの事さえ無かったら……
良い友達関係になれると思ったのに。
「 何故レティを? 」
ドゥルグ領地で一目惚れしたのか?
この男の真意が分からない。
祝辞が終わり席に戻ったジャファルを見ながらアルベルトは言ちた。
***
昨夜、ジャファルはアルベルトがオルレアン王女と抱き合い、その横を婚約者の公爵令嬢が騎士にエスコートされながら歩いて行く様を偶然にも目撃した。
クックックッ……
ジャファルは笑いが出て止まらなかった。
自分はこっそりと王女と抱き合っているのに、婚約者をエスコートする騎士に嫉妬丸出しの顔を向けるなんて。
まあ、気持ちは分かる。
あのイケメンの騎士は公爵令嬢にただならぬ想いを抱いているみたいだし。
婚約者が……
あのジャックの店で会った女と同一人物だと知った時は、側室制度を廃止までした程に好きな相手なんだと感動すらしたが。
流石に世界一のプレイボーイと言われているだけあって、女には不自由をして無いって分けだ。
オルレアン王女がアルベルト殿に想いを寄せている事は一目瞭然。
「 王女にしろよ……婚約者は私が貰ってやるから 」
公爵令嬢がアルベルト殿のお手付きであろうとも、私は少しも気にしないよ。
ジャファルはもう1度高笑いをしたのだった。
そして……
今、ジャファルは感じた事の無い想いに昨夜から困惑していた。
初めてだった。
女性から指を差された事は。
生まれた時から皇位継承権第1位の皇子。
年の離れた兄がいるのにも関わらず、周りからは最優先の皇子として育てられた。
兄弟との差を付ける為に……
それはそれは崇めて育てられたのである。
皇后である実の母親からも距離を置かれ、息子と言うよりも皇位継承権第1位の皇子として崇められていた。
全てが自分の為に回ってる世界で生きて来た。
妻であろうとも彼女達は自分の臣下。
何時も自分の様子を伺い、媚びへつらう。
それが当たり前でそれがジャファルの全てだった。
昨年には破壊された自国を見つめ直す為に他国への旅をしていた。
旅なれたジャック・ハルビンと共に。
その時に、サハルーン帝国の女性の地位が他国より低すぎると言う事を感じた。
なので……
シルフィード帝国の皇太子殿下の婚約者は医師免許を持つ程に頭が良く、グランデル王太子と決闘をして勝利をする程に剣の腕が立つと言う事に興味を抱いたのも、今回シルフィード帝国への訪問を決めた理由の1つだった。
彼女が皇太子妃になれば……
女性の立場も向上するのでは無いかと考えた。
欲しい。
そして……
あの指を差された瞬間に彼は恋に落ちた。
シルフィード帝国の皇太子を庇うように前に立ち、サハルーン帝国の皇太子に指を差して攻撃が出来る女性。
話をしていてもしっかりと目を見つめる事が出来るし、堂々と自分の意見を言ってくる。
今までこんな女性には会った事が無かった。
ジャファルもまたこんな気持ちになる事は初めてで。
想うだけで胸がキュンと締め付けられ、彼女の姿を見るだけで胸が苦しくなる様な想い。
それが何なのかは……
まだ彼には分からなかったが。
***
建国祭の一連の行事が終わり、後は夜の舞踏会を待つだけとなった。
他国の王族、要人達と自国の高位貴族達が一堂に会する舞踏会が開かれるのだ。
集まった貴族達は……
昨夜の出来事の話で持ちきりだった。
我が国の皇太子殿下が他国王女と浮気をしてる間に、サハルーン帝国の皇太子殿下が公爵令嬢に求婚をしたと言う話だ。
殿下は婚約者を溺愛してるのでは無かったの?
側室制度を廃止してまで寵愛していたのでは無いのか?
オルレアン王女に鞍替えしたんだろ?
やはり公爵令嬢では荷が勝ちすぎたんだろうね。
まだ御成婚の日取りを発表され無いのも……
殿下と婚約者の間が上手くいって無いのでは?と訝しげに言う者も出て来た。
婚約者が学園を卒業してから結婚式をあげるもんだと思っていたからこそ、中々発表されない結婚式の日取りに違和感を感じていたと言う事もあったからで。
この舞踏会でアルベルトは、自分の不本意な行いでまたもや噂を引き起こしてしまい、レティの立場を悪くしてしまった後始末をしなければならなかった。
それよりも……
レティに理由を説明して謝りたかった。
一刻も早く。
あのハグには何の想いも無いもので、レティへのハグとは全く違う物だと言いたい。
やはり……
自分には感情の何かが欠落しているのだろう。
アルベルトは泣きそうになりながらレティを探した。
母親である皇后から叱責された言葉に胸が押し潰されそうになっていた。
王族や要人達が昼食や休憩を取るために、食事を用意されたサロンに向かう途中であった。
レティは通訳としてサハルーンの御一行様と一緒にいた。
そこに赤いマントを翻しながらアルベルトがやって来た。
皆は頭を垂れ、女性達はドレスの裾を持って膝を曲げて皇太子に礼を尽くす。
「 レティ! 」
アルベルトはレティに駆け寄るなり跪いた。
周りは騒然となった。
白の正装をした皇太子殿下が女性の文官に跪いたのだ。
「 レティ……ごめん…… 」
「 ……… 」
アルベルトにいきなり跪かれレティは困惑した顔になる。
伊達眼鏡をクィっと指で押し上げる。
「 あれは友情のハグだから…… 」
「 殿下! わたくしは文官です! そんな事をされては困ります 」
一歩後ろに下がったレティの手を握る。
「 ……抱き締めても良い? 」
レティを抱き締めたい衝動が湧き上がり、泣きそうな顔をして懇願した。
「 だから……私は文官で……キャアァァ! 」
アルベルトは立ち上がると直ぐにレティを抱き締めた。
ぎゅうぎゅうとそれはそれは愛しげに、彼女の頭にスリスリと頬をすり寄せていた。
「 待って、待って……アル! 」
「 レティ……嫌な想いをさせてごめん…… 」
皇子の腕の中にいるレティは抗議の声を上げるが、アルベルトはずっと謝罪の言葉を口にしていた。
えっ!?
この眼鏡の文官は婚約者?
皆はアルベルトの許しを乞う姿に困惑した。
皇子様が……
皇子様も……
好きな女性の前ではこんなに情けなくなるのだと。
皇子様は文官をヒョイと抱き上げて……
赤いマントを翻してスタスタと歩いて行く。
「 彼女の仕事はこれでしまいだ! 後はレオナルド! お前に任せる! 」
「 御意 」
レオナルドはニヤニヤしながら頭を下げた。
「 まだ仕事をしたいのに! 」
「 俺の話が先だ 」
「 横暴よ! 」
「 何とでも 」
2人の話す声が小さくなって言った。
そんなアルベルトとレティの様子をジャファルは凝視していた。
帝国の皇太子とあろう者が……
女性に許しを乞う姿に驚いた。
いくら婚約者と言えども彼女はただの貴族令嬢でしかないのにも関わらず。
そして……
何でも言い合える対等な関係の2人を目の当たりにした。
皇太子相手でもポンポンと軽口を言える令嬢。
彼女こそが理想の皇太子妃。
ジャファルは探し求めていた妃に出会った気がした。




