2つの帝国の2人の皇太子
「 レティ! さっきはずっとジャファル殿を見ていたね 」
アルベルトがレティの腰に手を回しながら耳元で囁いてくる。
「 彼が気になる? 僕よりも? 」
「 ………… 」
ちょっと目を眇め、イラだった顔も恐ろしく美しい。
駄目だわ。
言えないわ。
こんなにやきもち妬きの男に……
狙われていて、拐われそうだとはとてもじゃ無いが言えない。
今言えば険悪になっちゃう。
さっきの素晴らしい会談を台無しにはしたく無い。
会談が上手く行って、嬉しそうなアルベルトの顔を見ていたのだから。
それに……
レティはジャファルに聞きたい事があった。
ドラゴン討伐の事。
絹の生産の事。
そして……
今はジャック・ハルビンの事を。
ジャファルはジャック・ハルビンのお店で、私とアルを見ている。
ジャック・ハルビンは私とアルが婚約者同士なのを知っている。
ジャファルはお店で会ったアルがシルフィードの皇太子だと言う事を知ったんだわ。
だけど……
私が皇太子殿下の婚約者だと言う事は知らない。
私が……
アルの浮気相手だと思ったから……
恋敵の婚約者を排除したいんだろうと想像して、私にあんな事を言ったのか。
しかし……
自分の名前を言わなかった事で、ジャファルの思惑を聞けた事はラッキーだった。
これを知っていて彼の前に出るのと出ないのとでは、全く違う結果になるかも知れなかった。
レオナルドには感謝しなくては。
だけど……
他国の格好良い皇太子の素敵な婚約者を狙うなんて……
それに……
こんなに愛し合っている2人を引き裂くなんて……
馬鹿じゃ無いの!?
昔と今は違うのよ!
とっとと帰りやがれ!
「 レティ? 」
その愛しい婚約者の美しい顔が覗き込んで来る。
何故ジャファルを見ていたのかを言えの圧だ。
「 ジャファル皇太子殿下の眉毛が……その……細過ぎて…… 」
「 ………… 」
また眉毛?
レティの適当に言った言葉がアルベルトを苦しめる事になる。
***
シルフィード帝国と同格の国であるサハルーン帝国の皇太子がいる事で、今回の晩餐会の席は何時もとは違う。
上座には両陛下とアルベルトの間にジャファル皇太子が並んで座る。
因みにレティは、貴族席のウォリウォール家の席。
シルフィード帝国では準皇族扱いなのだが、まだ婚約者でしかない立場のレティは、他国から見ればただの貴族なのである。
アルベルトが早く結婚を急ぐのもこんな理由もあって。
特に外国では……
ミレニアム公国でレティに対してあんな態度を取られた事で、改めてレティの立場の弱さを痛感させられたのだった。
「 皇帝陛下、皇后陛下、アルベルト皇太子殿下、並びにサハルーン帝国のジャファル皇太子殿下のご入場でございます 」
一同が起立して頭を垂れる中4人が入場して来た。
ローランド国の王太子夫婦。
昨年の建国祭では色々とあったイニエスタ王国のリンスター王太子夫婦。
魅力の魔術で廃太子騒ぎのあったナレアニア王国の王太女の姿もあった。
勿論、ミレニアム公国の大公夫婦の姿も。
彼は国王では無いので、シルフィード帝国の建国祭には必ずや参加している。
属国である南のルノール国やザンガ国の王太子夫婦の姿もある。
その他にも沢山の王族が来国していたが王女達の姿は少ない。
シルフィード帝国の側室制度の廃止があったからだろう。
レティは貴族席であるウォリウォール家の席で息を潜めていた。
まだ……
ジャファルにどう対処したら良いのかが分からなくて。
「 おい! 便秘なのか? 浮かない顔をして 」
「 わたくしは何時も頗る快便よ! 失礼ね! 」
「 レティ! 」
ローズが鬼の形相で睨んでいる。
「 快便は医師用語として……は……ご免なさい 」
ローズの、もうこれ以上は喋るなとの圧が凄い。
レティは肩を竦めて小さく丸くなった。
食事前にする話では無いわね。
レティはキョロキョロと会場を見渡す。
まあ……
ここから皇族席は遠いからそんなに気にしなくても構わないわよね。
よし!料理に集中!
「 カンパーイ 」
皇帝陛下の挨拶で晩餐会が和やかに始まった。
建国祭に招待をした王族や要人達とシルフィードからは関係者のみが出席をしているだけの晩餐会。
それでも軽く100人はいるが……
貿易の話をしたり楽しい時間が過ぎていく。
皇帝陛下と話をしていたジャファルは、話が途切れた時に何気無くアルベルトを見やった。
ん?
アルベルト殿は何処を見て……
ああ……
あの辺に婚約者の公爵令嬢がいるのか。
アルベルトの視線の先にはシルフィードの貴族席があった。
どんなに遠く離れていても、そこにレティがいる限り彼女に目が行く。
気が付くといつの間にかレティを見てるのだから仕方が無い。
ふーん。
じゃあ、愛人ちゃんは何処にいるのかな?
彼女は文官だから……
サハルーンの人達がいるテーブルには文官達がいるが……
勿論ジャファルの探すアルベルトの愛人レティはいない。
シルフィード帝国の側室制度があった時は、側室には妃と言う地位があったので正妃と同じ様に公の場には出ていた。
しかし……
妾には地位は無い。
平民が皇帝陛下や皇太子殿下の寵を貰えれば、側妾として宮殿に部屋を与えられるが……
妾は妾。
妾は公の場に出る事は無かった。
我国では正妃も側妾も皆が公の場に出るのが普通なのだがな。
平民である彼女はこの場には来れないのか……
「 アルベルト殿! 私に貴殿の婚約者殿を紹介して貰いたいのだが 」
「 おお……まだだったか……この後に場所を移動したら紹介しておやり 」
皇帝陛下が自慢の嫁だと言って、嬉しそうに皇后陛下と笑顔を交わしている。
「 うちの嫁ですからね 」
皇后陛下が扇子を広げて口元を隠して、ジャファルを見る目を細めた。
「 そんなに素敵な令嬢なら、私も求婚するかも知れませんよ 」
「 !? 」
アルベルトがジャファルを睨んだ。
睨む顔も美しい。
「 冗談ですよ。 」
ジャファルはハハハと笑ったが。
アルベルトもハハハハと笑う。
何故だか大笑いをしている。
仕舞いには腹を抱えて……
「 ? 」
「 失礼……ジャファル殿のジョークがあまりにも可笑しくて…… 」
「 左様か…… 」
そんなに可笑しい事を言ったかと頭を傾げるジャファルだった。
大国の皇子同士が気が合う事は好ましい。
そんな2人を見る両陛下が嬉しそうな顔をした。
***
問題は場所を移動しての歓談タイム。
皆と交流をはかる為の立食パーティーである。
各国の要人達がお酒を酌み交わしながら親睦を深めるのだ。
何とかあの皇太子から逃げなきゃ。
いや……
堂々と婚約者として前に立てば良いのかも。
でも……
レティはまだどうして良いのかが分からずにいる。
!?
嘘でしょ?
アルがジャファル皇太子と一緒にこっちに来る。
何だかケラケラと笑って楽しそうだ。
「 婚約者を紹介して欲しい 」
「 良いよ 」
なんて言う話をしたんだわ。
皆が2人に注目してるから……
皆がこっちを見ちゃうじゃない。
ヒィ~ン。
「 あれ? レティは? 」
「 えっ!? 今ここにいたのに…… 」
酒の入ったグラスを持ったラウルがキョロキョロとしている。
「 手洗いかもな 」
ジャファルがいるから、流石に糞をしに行ったとは言わない。
「 じゃあ、ここで待つとしよう 」
アルベルトは片手を上げてスタッフを呼び、酒の入ったグラスを取ってジャファルに渡した。
すると……
ラウルとレオナルドの周りにいた女性達が、キャアキャアと頬を赤らめて2人を取り囲む。
エドガーは任務中だ。
よし!
女性達に囲まれてる。
はぁ……
婚約者が女性に囲まれてるのを見て喜ぶなんて……
世も末だわ。
レティはテーブルの下に潜り反対側から庭に出ていた。
木の影に潜んで会場のウォッチング中。
嫌だな。
アルの腕に触ってる。
「 殿下~明日はワタクシと踊って頂けませんかぁ~ 」
なんて言ってるんだわ。
アルもあの手を振りほどけば良いのに……
…………嫌じゃないのなら仕方無いけどさ。
ジャファル皇子を見ると……
腕を絡めている女性に……
怪訝な顔をしながら何か言ってる。
あっ!
令嬢が真っ赤になって……何処かへ行った。
「 ………… 」
皇子様でも……
ちゃんと制止するんだわ。
アルとは大違いね。
何を言ったのかは聞こえなかったけれども。
だけど……
何だか嫌だわ。
アルがあんな風に制止をしたら……
ちょっと引くかも。
何か……
モヤモヤする。
レティはお手洗いに行って戻って来た。
さあ……
何時までも隠れていても仕方無いし。
また捜索をされる様な迷惑をかけちゃ駄目よね。
「 !? 」
レティは小路に飛び込んで木に隠れた。
ジャファルが女性と歩いて来た。
女性が腕に絡み付いた時に……
ジャファルが腕を振りほどいた。
「 キャア! 」
女性が後ろに倒れ尻餅を付く。
「 鬱陶しい! ベタベタするな! 」
そう言い放ってスタスタと会場に入って行った。
「 大丈夫ですか? 」
レティは慌てて駆け寄った。
「 か弱い女性相手になんて事を…… 」
「 有り難うございます。何時もの事ですから 」
よく見ると彼女はサハルーン帝国の侍女だった。
ドレスを着ているから分からなかったが、厨房に来ていた侍女だ。
「 侍女にそんな手荒な真似をするなんて…… 」
侍女の癖に主君の腕に腕を絡めるのもどうかと思うが。
「 ワタクシは侍女ですが……ジャファル様の妻です 」
「 へっ!? 」
驚きのあまりに思わず変な声が出た。
慌てて口元を押さえる。
「 正確には……側妾なんですが…… 」
妻なのに侍女。
侍女が妻なら妃では無いの?
妃が侍女の仕事をしてるの?
夜のお相手をする侍女だから同じ侍女でも特別なのだと言う。
同じ様な側妾が後2人いて、彼女達はライバル。
ずっと側妾でいる為には、寵を得る為に閨を頑張るしかないのだとか。
レティは次の言葉が見付からなくて口をパクパクさせている。
サハルーン語で話しているので、こんな入り組んだ恋愛関連の言葉はまだスムーズには出て来ない。
何よりも自分自身の恋愛偏差値が低すぎるのだ。
劇場のお姉様達を呼んで来ようかと思った位に。
「 それでは文官様……失礼します 」
侍女兼側妾は深々と頭を下げてジャファルの近くに戻って行った。
***
レティは……
ずっと考え無い様にしていた事を目の前に突き付けられた気がしていた。
彼女達はきっと自分と同じ年齢か、もしかしたら下かも知れない。
そんな彼女達が……
早く御子を授かりたいと願うのだ。
皇族には皇子が7人もいて、他の皇子には既に御子がいて世継ぎ問題はクリアしている。
ジャファルは正妃の子供だから皇太子なのだが……
世継ぎが生まれないと別の皇子が皇太子になるのだと言う。
世継ぎを残してこそ皇帝になれる。
それが皇族に生まれた者の使命。
何せ皇帝陛下の息子が7人もいるのだ。
だから……
ジャファル皇太子殿下の為にも早く御子を産みたいのだと。
3人はライバルだが……
御子は誰が授かっても良いと言う。
他の皇子が皇太子になるよりは……
そんな話も彼女から聞いた。
シルフィード帝国はたった1人の皇子しかいないのに……
私は……
結婚さえも拒んでいる。
どうしたら良いんだろ?
私にはやるべき事がある。
だから……
どうしても21歳になるまではアルとは結婚出来ない。
世継ぎを産んであげられない。
レティは考え込んでしまった。
やはり……
もう1度アルと話をしなければならない。
彼は……
シルフィード帝国のたった1人の皇子様なのだから。