母国シルフィード帝国へ
帰国に向けての最後の夜。
皇太子殿下御一行様を乗せた船は、気候が良い時を選んだからか、行きも帰りも嵐に巻き込まれる事も無く航海は順調だった。
帰国に逸る胸を抑えきれずに皆はそれぞれのテーブルで楽しく過ごしている。
レティも女官達とスイーツを食べながらキャッキャと楽しそうにしている。
そんな彼女をアルベルトは酒の入ったグラスを持ちながら、緩やかな顔をして飽きもせずに眺めていた。
「 なあ、婚約者がいるってどんな感じなんだ? 」
お酒も進み、皆がほろ酔い気分になった頃にエドガーが聞いて来た。
「 どんなって…… 」
レティを見ていたアルベルトが顔を綻ばせながらエドガーを見る。
「 自分と結婚する女性なんだと思うと……愛しくてたまらない 」
そう言って嬉しそうに俯いた。
親より長く側にいる伴侶だ。
自分の子を産み、育ててくれる大切な女性を愛しく思わない訳がない。
アルベルトにとって……
レティは国を捨てても良いと思える程に好きで好きでたまらない女性。
「 君が妃にならないのなら皇子を捨てる 」
彼女に言った言葉もあながち嘘ではないのだ。
「 そんなもんか…… 」
「 俺もそんな風に思えるかな? 」
「 アルとレティは恋愛カップルだから、そう思えるんだろうな 」
この時代。
貴族では親の決めた政略結婚をするのが普通の事だった。
学園が創立されてからは異性と関わる事になり、自由な恋愛も有りになったが……
高位貴族にとっては、相手が下位貴族や平民ならば、結婚が成就する事は難しかった。
なのに……
国の皇子が恋愛結婚をすると言うのだ。
皇子が政略結婚するのは当たり前で、それも代々他国の王女を娶って来たシルフィード帝国で、皇子が想い人との結婚が許されたのもそのお相手が公爵令嬢だったから。
それも……
皇帝陛下の最も信頼をしている家臣の宰相ルーカスの娘なら尚更な事。
皇子のお相手が公爵令嬢であるレティでは無かったら……
両陛下は勿論、大臣や他の貴族議員達からも結婚の許しが出る事は無かっただろう。
会議で決められる皇子の結婚。
国の為に存在する皇族としてはそれも致し方の無い事で。
両陛下もそうであった様に。
アルベルトは見た目通りの優しい皇子様の中の皇子様で、女性には誰に対しても優しく紳士的な対応を見せていた。
それが激しい勘違いをさせてしまう事に、アルベルト自身は気付いてはいないが。
政略結婚が皇子としての定めだと思っていたアルベルトは特に恋愛には関心が無かった。
あれ程女性に言い寄られていても。
ラウル、エドガー、レオナルドもお年頃だ。
皇子が婚約をしたのだからと、親達は焦っているのだ。
本人達は全くその気は無いが……
「 婚約の話があるのか? 」
「 お袋が煩くてな 」
「 お前よりも、先ずはグレイが先だろ? 」
「 !? そうだよな! そう言って俺は逃げる事にするわ 」
皇族の結婚は世継ぎ問題があるから早いが……
文官よりも騎士の方が若干結婚は遅い。
一人前になるまではと訓練に励むので、結婚適齢期は25歳から30歳位になっている。
クラウドも28歳で結婚をして今では2児の父親だ。
グレイは26歳。
4人は騎士達と飲んでいるグレイを見た。
アルベルトは特に複雑な思いで、時折レティのいる方を何気無く見やるグレイを見ていた。
***
翌朝、船は無事にシルフィードに帰港した。
もの凄い人数の人達でごった返していた。
皇子様が甲板に現れると……
お帰りなさい、お帰りなさいとその熱量は半端ない。
「 やっぱりシルフィードはまだ暑いわね 」
ミレニアム公国は夏でも夜は寒いくらいに涼しかったが、シルフィード帝国は残暑が厳しい。
ラウル達も暑い暑いと手で顔を扇いでいる。
アルベルトが手を振ると凄い歓声が上がった。
帝国民は皇子様がいなかった事が余程寂しかった様で、涙を流して皇子の帰国を喜んでいた。
まるで自分の息子が戦場から帰還した様に。
それ程までにアルベルトは帝国民から宝物の様に大切に思われていた。
彼は帝国のたった1人の皇子様なのだから。
「 ミレニアムの人々と全然違うわね 」
「 これ程までに国民性が違うとは思わなかったな 」
離れて見て初めて分かる事だとアルベルトは満足そうにした。
このパワーこそが我がシルフィードだと言って。
沿道でも、お帰りなさいと手を振る人々の列が途絶える事は無かった。
自国の皇子の帰国の喜びを抜きにしても、人口も桁違いだし、1人1人の熱量もミレニアム公国とは比べ物にならない。
シルフィード帝国民はお祭り好きで団結力が強い。
歴代皇帝が民衆を上手く統制すれば、皆は慕い敬ってくれるが……
反対に見捨てられる事にでもなれば……
その熱量で、革命まで一気に進んでしまう怖さのある国だと言える。
***
「 皇子様がご帰城されましたーっ! 」
ラッパの音が次々に鳴り響いて皇子の帰城を伝えて行くと、クラウドやラジーナ女官長の乗った馬車に続いて、騎士団に護衛された皇太子殿下専用馬車がカラカラと入城して行く。
その後からも次々に馬車が皇宮に入って行き、皇子の帰城を喜んでいるかの様に聳え立つ宮殿に日の光が当たりキラキラと輝いていた。
宮殿の正面玄関の前には出迎えるスタッフ達がズラリと並んで待っていた。
主に皇太子宮のスタッフ達。
長らく留守にしていた主君の帰国に胸が逸る。
侍従が皇太子殿下専用馬車の扉を開ければ……
アルベルトが先に降り、レティの手を取った。
2人が並び立つと皆が一斉に頭を垂れる。
「 お帰りなさいませ 」
侍女長のモニカが前に進み出た。
「 無事のご帰国お喜び申し上げます 」
「 出迎えご苦労。留守中代わりは無かったか? 」
「 はい 」
皆が一斉に頭を垂れた。
「 リティエラ様も、お帰りなさいませ 」
「 ただいま~ 」
「 !? 」
見れば彼女は汚い布袋を抱えている。
殿下の専用馬車に一緒にそれを乗せて来たのかと。
女官や騎士達は何をしているのかと眉を顰めた。
「 リティエラ様! わたくしがそれをお持ち致します 」
「 あのね……大事な物なの。陛下に見せなくてはならないらしいの。私の物なのに…… 」
「 さようで 」
モニカは腑に落ちない顔をしたが……
アルベルトはクスリと笑う。
取られてなるものかと、必死で『私の物』を強調するレティが可愛過ぎて可愛過ぎて……
思わずレティの頭に唇を落とした。
甘い顔をして……
あらあらまあまあ……
皇子様の寵愛振りはご健在だわと皆も顔が緩むのだった。
寵愛されたレティは、キスには気付かずにふんむと汚い布袋を抱えている。
「 おい! 早く入ろうぜ! 」
馬車から降りて来た悪ガキ達がぞろぞろと正面玄関にやって来た。
悪ガキだ!
侍女達はこの3人の悪戯に被害を受けた面々だ。
彼等を見る度に構えてしまうのは仕方の無い事で。
一足先に到着したクラウドやラジーナ女官長は既に陛下の元に報告に行っていた。
皇子の帰還を伝えられた両陛下が彼等の待つ部屋に入室して来た。
アルベルトは両陛下に無事の帰国の報告をする。
ルーカスや大臣達もズラリと立ち並ぶ。
皆が皇子と息子達の元気そうな姿を見て、嬉しそうに囁きあい喜びを隠せない様だ。
皆が度肝を抜いたのは……
レティが、千年に1度採掘されるかどうかのオリハルコンを持ち帰った事である。
「 レティ……オリハルコンをこちらに 」
「 はい 」
ルーカスの指示通りに、抱えていたオリハルコンを持って前に進み出た。
すると……
オリハルコンが汚い布袋から飛び出てゴロンと転がった。
落ちた拍子にカンカンと鈍い音が鳴る。
「 あっ! 」
床には転がったオリハルコン。
皆がゴクリと唾を飲み込んだ。
「 レティ! お前は……そんな貴重な物に…そんな…… 」
慌てふためくルーカスや大臣達。
ルーカスがこんなにあたふたするのは珍しい。
ラウルが口元を押さえている。
皆は必死でオリハルコンの元に走る。
割れたりヒビがいったりしていないのかと。
「 あら? オリハルコンは硬いのよ 」
「 レティ! 黙りなさい!」
叱るルーカスを横目に、アルベルトはクックと口を押さえて笑いを堪える。
両陛下もクスクスと笑う。
「 それは私の物ですから 」
「 !? 」
大臣達はレティを見た。
勿論そんな貴重な宝は国の物だと言う顔をして。
「 いや、やはりこれは国で…… 」
「 これは妹が掘り出したんだからウォリウォールの物だ! 」
ラウルが声を上げる。
所有権の主張をしなければ取られてしまう。
「 違うわよ! 私の物よ! 」
「 あの時、俺がお前のミカタをしたから持って帰れたんだぞ! 」
「 それでも私の物よ! 弓にするんだから 」
ぎゃあぎゃあと兄妹喧嘩が始まる。
「 お前ら……止めなさい! 両陛下の前だぞ! 」
ルーカスが顔を真っ赤にして息子と娘を叱り付けている。
アルベルトは笑いを堪えながら……
「 それは彼女が自ら掘り出した物だから彼女の物だ。ミレニアム公国の大公の了解も得ている。彼女に返してあげなさい 」
……と、所有権はレティにあると言った。
勿論、ガーゴイルと戦うには弓矢が必要だと分かっているからで。
オリハルコンはアルベルトの一言で、無事にレティの物になったのだった。
寂しかった皇宮に賑やかな若者達が帰って来た。
両陛下は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
***
「 俺は展示して一儲けしたかったのに 」
「 煩い! これは私の物なの 」
アルベルトとお別れをして、先ずは荷物と一緒に公爵家に帰宅した。
「 ラウル、レティ、お帰りなさい 」
「 お母様、ただいま~ 」
何時もの様に母親のローズに抱き付くレティ。
ラウルも何時もの様に片手を上げただけで、スタスタと公爵邸に入って行った。
レティが……
馬車から汚い布袋に入ったオリハルコンを運び出すと……
「 また……何を持って帰って来たの? 」
いっつも草や石を持って帰ってくるんだからと、ローズからは早速お小言を貰った。
「 これは千年に1度採掘されるかどうかの金属なのよ 」
「 金属は金属でしょ? 邪魔になるからせめて庭に置きなさい 」
……と、言って庭師を呼ぼうとする。
「 駄目よ! この金属で弓を作るんだから 」
「 弓って……何時までも弓矢で遊んでるんじゃありませんよ 」
向こうではちゃんと淑女らしくしたのかとレティの顔を覗く。
居間に入るとラウルがソファーに寝そべっていた。
「 ずっと淑女だったわ!ねぇお兄様? 」
「 ああ……ゲ○ピーのな 」
「 違うわよ! 」
寂しかったウォリウォール公爵家に、賑やかな兄妹が帰って来て家人達は嬉しそうだった。
そして……
アルベルトは溜まった公務に取り掛かり、忙しい毎日が始まった。
長期間休暇が終わり学園が始まると……
レティは学生に戻って行った。
この話でミレニアム公国への外遊の話は終わりです。
何時もはガンガン突き進むレティが、壁にぶち当たった話になりました。
上手くいかないのとアルベルトに言った時は……
泣きながら書いていました。
すっかりレティファンの作者です_(^^;)ゞ
この後は、書き足りなかった話を何話か書くつもりです。
予告になりますが……
次の話は、サハルーン帝国の皇太子がシルフィードにやって来ます。
引き続き読んで頂ければ有難いです。
読んで頂き有り難うございます。




