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皇子様の決死の口説き落とし

 



「 リティエラ様~ 」

「 リティエラ様~ 」


 ミレニアム公国の最後の朝、双子の侍女のリナとルナが涙にくれている。

 レティも涙が止まらない。

 女官達もだ。


 結局リナとルナの間違い探しには降参した。

 違いは右手に黒子があるかどうかだと双子はどうだとばかりに胸を張る。

 そんなの分かるわけが無いわと皆で泣き笑いをした。


 皆が彼女達のお世話になった。

 もしかしたら2度と会えないかも知れないと言う別れであった。




 皇太子殿下御一行様は帰国の途に就いた。


 出国手続きを終え、皆が船に乗り込み出港を待つだけとなった。


 港には沢山の見送りがあった。

 大公に6人の息子達の顔も。

 昨夜お友達になったエイダン医師も来てくれている事がちょっと嬉しい。

 唯一ちゃんとお話が出来た人だ。



「 ほら、レティも手を振って! 」

 2人で甲板に立ち皆に手を振っていても……

 慣れない作業にどうしても手が下がってしまう。


 誰も私を敬っていないのに……


 皆が懸命に皇子様に手を振っている。

 その存在感の尊さを改めて知る事となった旅だった。



 あっ!

 デビュタントでアルと踊った令嬢達だわ。

 皆がアルに手を振っている。


 数えると7人。

 エメリーはその中にはいなかった。

 あんな薄着でいたから風邪を引いちゃったのかも。


 肉食系女子は大概が薄着であるらしい。

 風邪を引いて寝込んだ時が最大の狩場になるのだと、劇場のお姉様達に聞いた事がある。


 16歳にしてあんな肉食なんだから、この先あの女がアルの周りにいようものなら夜もおちおち眠れやしないわ。

 くわばらくわばら。


 あっ!?

 そう言えばボレロ……

 彼女の肩に羽織らしたままだったわ。

 気に入っていたのに残念。




 船が静かに動き出した。


「 !? 」


 まさか……


「 嘘でしょ?」

「 ん? どうした? 」

「 ジャック・ハルビンが…… 」

「 えっ!? 何処に? 」


 ジャック・ハルビンが建物の中から出て来た。

 茶色い屋根の倉庫みたいな建物が並んでいる道の間を、両手いっぱいに荷物を抱えて歩いている。

 顔の表情は見えないがあの赤毛は確かにジャック・ハルビン。


 以前……

 彼を初めて見掛けた時と逆パターンで、あの時は彼が船の上にいた。



 レティはジャック・ハルビンにはデザイナー名のリティーシャを名乗っている。

 勿論アルベルトが皇太子だと言う事も知らない筈だ。


 なので……

 今、ここで出会う訳には行かない事からニアミスに冷や汗が出る。

 私だと気付いて無いと良いのだけれども。



 先日あった船上仮装パーティで、ラウルとジャック・ハルビンが意気投合をして飲んでいたが、ラウルは本名を名乗らなかったらしい。


「 あいつ……話題に事欠かなくて楽しい奴だけど、どうも胡散臭いんだよな 」

 それはレティもアルベルトも感じていた事で。

 ウォリウォールの鼻は同じだった様だ。


 アルベルトは彼の素性を調べていると言う。

 ただ……

 世界中を巡っているからか……

 商人としか今の所は分かって無いらしい。



 なので……

 このミレニアム公国にいるのも不思議では無い。


 だけど……

 魔石の国ミレニアム公国に彼が出入りしているのならば……

 あの時に彼から渡された物が魔石だと言う確信が益々増した。


 誰かから追われる程の魔石とは?

 一体どんな魔力が融合された魔石だったのか。


 これだけは……

 あの時の船に乗って見なければ分からない。

 危険だけれども。



「 レティ……? 」

「 アル……私……船に乗るからね。私がループしてるのはジャック・ハルビンから渡された物が何なのかを、知らなければならないからだと思う 」


「 ………… 」

 アルベルトはフゥっと溜め息を付き……頷いた。


「 私は……あそこで死んだら駄目だったのよ 」

「 大丈夫だ。今度は僕が絶対に死なせない 」

 あれが何だったのかを2人で一緒に突き止めようとアルベルトは言った。




 ***




 その夜。

 レティはアルベルトに話があるからと部屋に呼ばれた。


「 実は、この視察中に皇太子宮を改装してるんだ 」

「 えっ!? 」


「 君を迎え入れる為に…… 」

 アルベルトは嬉しそうな顔をしてレティを見つめる。


「 先代の皇太子時代に改装しただけだから、今回は僕のいない間に基礎をチェックをするらしい。直ぐに君の要望を聞く事になるからね、覚えておいて 」

 結婚はまだしなくても……

 君が学園を卒業したら皇太子宮で暮らそうと言う。


 お妃教育の名で婚約者を宮殿に住まわす事は前例のある事だった。




 皇族の一員になる事には腹をくくったつもりだった。

 勿論……

 ループと言う数奇な運命を回避する事が前提だが。



 だけど……

 レティは今回の視察ですっかりと自信を無くしてしまっていた。

 ループの事もあるのだから……

 今、皇族の一員として苦労をする必要も無いのではと。

 他にやらなければならない事もある事だし。


 こんなマイナス思考をしてしまう程に……

 それだけ心が折れた旅だった。



 期待いっぱいで……

 皇太子殿下の婚約者として初めて挑んだ公務。

 上手くやれると言う自信はあった。


 だけど……

 2週間で色々と頑張った結果がこれだ。

 結局アルベルトにフォローをさせただけに終わってしまった。


 もし……

 自分が王女ならばあんな扱いはされ無かっただろう。


 皇族や王族は特別な存在。

 どんな時でも、どんな場所でもそこにいるだけで敬われる存在。


 グランデル王国から来たリズベット王女と比べても、自分はただの貴族でしかない事を思い知らされた。



 ラウルが皇子になれない様に……

 自分もまた王女にはなれないのだと。


 そんな色々な思いが頭の中を駆け巡り悩んでいた。

 本当に自分が妃になって良いものかと。



「 殿下……本当に私で良いのですか? 私よりも他国の王女の方が殿下の妃に相応しいのではないかと思います 」


「 レティ……何で僕をそんな敬称で呼ぶの? 」

 レティは公の場では殿下と敬称を使って話すが、2人だけの時や親しい者達の前ではアルと呼んでいる事を好ましく思っていた。

 今は2人だけなのに敬称呼びをされたのだ。

 これは怒っている時なのが殆どなのだが、今はそうでは無いらしい。



 アルベルトはレティに配慮出来なかった事を後悔していた。

 もしかしたら……

 公務が嫌だと言い出すのでは無いかと密かに怯えていたのだが。

 公務が嫌どころか……

 いきなり結婚を考えると言う様な事を言い出したのだ。



「 お願いだから僕の妃になる事を諦めないでくれ 」

 君のやろうとした事は何も間違ってはいない。

 今回は配慮出来なかった僕が悪いんだと言いながら、レティの座るソファーに移動をした。


「 でもね、私が王女なら皆はあんな態度をしなかったと思うわ 」

 小さな声でそう呟くレティの顔は今にも泣き出しそうだ。

 アルベルトはたまらなくなってレティの肩を抱き寄せた。



「 それだけじゃ無いわ。私の3度の人生では殿下と結婚するのはアリアドネ王女だったのよ? 本来ならばそれが正しい事なのでは? 」

「 今は違う! 」


 アルベルトの声色が変わった。


「 君の中では俺が王女と婚約をしたのかも知れないが、俺はそんな事は知らない。あの日、ラウルの部屋で初めて出会った時から君だけを想って来た 」


 その後に王女と出会っても何ら気持ちが動く事は無かった。

 君も知っているではないかとレティの手の甲に唇を押し当てる。



「 でもね、私が妃なら帝国の為にならない気がする。敬われない妃に何の価値があるの? 」

「 レティ! 帝国の為じゃない!俺の為に妃になって欲しいんだよ 」


 君のいない未来なんかいらない!

 君と一緒に未来のシルフィードを作りたいのだと言って。


 それでもレティは納得しようとしない。

 頑なに首を横に振り続ける。


 だったら……

「 ……俺は……君が妃にならないのなら皇子を捨てる 」

 アルベルトは俯きながら静かに言った。


「 な……何を……そんな事出来る訳無いじゃない! 」

 レティは声を張り、思わず立ち上がった。


「 君が逃げるなら何処までも追い掛ける。帝国なんか捨ててやる 」


 信じられ無い事を言い出した。

 この国には……

 未来を繋げれる皇族は彼だけしかいないと言うのに。


「 自分で何を言ってるのか分かっているの? 」

「 ああ、分かっているよ。俺に皇子でいて欲しいのなら、レティが妃になるしかない 」


「 そんな……私を脅迫するの? 」

「 なんとでも 」


 アルベルトも立ち上がり、ゆらりと悪い顔になる。

 ドキリとレティの心臓が跳ねた。

 その悪い顔がまた美しいから余計に腹が立つ。


「 シルフィード帝国を消滅させるのも存続させるのもレティ次第だ 」

「 滅茶苦茶な事を言わないでよ! 」


「 さあどうする? 俺の妃になるか否か 」

 アルベルトはレティの腰に手を回して顔を覗き込んで来た。


 皇子として生きて来た彼がそんな事は出来る筈は無い。

 だけど……

 そんな事を言ってまで自分を求めてくれる彼に負ける事にする。



「 ……バカね…… 」

 レティは悪びれた子をあやす様にアルベルトのアイスブルーの瞳を見つめ……

 背伸びをして彼の首に手を回す。


「 良いわ……シルフィードの為に妃になってあげる 」

「 僕の為だと言え! 」

 アルベルトはホッとして顔が自然に綻んでしまい、口調も甘く変わる。


 コツンと額を合わせて……

「 僕を好き?」

「 大好きよ! 」

「 僕もレティが大好きだよ 」


 クスクスと笑い合って……

 2人は熱い口付けを交わした。



 レティ……

 船の爆発を防ぎ、流行り病を終息させ、魔獣を討伐しようとする君は……

 もう既に、国を想い民を想う立派な皇太子妃なんだよ。

 僕と一緒に頑張ろう。


 アルベルトはそう言ってレティを抱き締めるのだった。




 ***




 こうして魔石の国ミレニアム公国への視察の旅は終わった。

 皇太子アルベルトの初めての外遊。

 主君が、気持ちよく公務を遂行出来る様にする事の為に存在するのが臣下達の役目。


 だけど……

 公務が上手く行かなくて悩み苦しんでいるレティを前にして、何にも出来なくてほろ苦いものになった旅だった。


 レティの人となりを理解して、もっと助言をしてあげるべきだったのだと女官達は悔やんだ。

 ただ……

 この女官達がまだ、レティの本質を理解していなかった事は致し方のない事。



 皇太子妃は平民達との関わりが多くある。

 クラウドは……

 レティのそんな人となりを踏まえて、平民であるジルを行く行くはレティに助言出来る秘書官にしようと育てていたのだが。




 だけど……

 皆は、転んでもただでは起きない彼女が愛おしかった。


 奇跡の金属。

 千年に1度採掘出来るかどうかのオリハルコンを、見事掘り出した彼女の引きの強さに惚れ惚れしたのだった。



 レティの人となりに、触れれば触れる程に好きになって行く。


 彼女を命を賭してお仕えする主君だと、改めて認識出来た皇太子殿下御一行様の、結束を高めた旅になったのは間違いない。








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