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あざとい女

 



 デビュタントでシルフィード帝国の皇太子と踊ったのは8名のラッキーな令嬢達だった。


 その8名の令嬢達の中でも、1番最初に皇太子と踊ったエメリー・ナ・デリクソン伯爵令嬢は特別になった。


 王族がいないミレニアム公国。

 皇太子が踊るのを見ようと皆が壁際に下がり、皇太子とエメリーのダンスに注目すると言う夢の様な世界になったのだった。


 実際には……

 レティと6人兄弟の長男が横で踊っていたのだが。



 誰もが夢みる皇子様とのダンス。

 エメリーが恋に落ちるのも当然だった。

 勿論エメリーだけでは無く他の令嬢達も皇子様に恋をした。

 あの瞬間から人知れず恋心を胸に抱いていた。

 エメリーだけが肉食だっただけで。



「 アルベルト様…… 」

 あの綺麗なアイスブルーの瞳の中に自分が映った時は……

 心臓が張り裂けそうでしたわ。


 ワタクシの腰を持つ手が熱くて……

 どれだけドキドキしぱなしだったか。

 耳元で囁く声は少し低い声でゾクゾクする響き。


 よろけた振りをして胸に抱きつけば……

 あの逞しい胸が目の前にあり、ガッチリした腕がワタクシの身体を支えて下さった。

 その時に香った優しく素敵な香り。



 アルベルトに恋をした16歳のエメリーは、まだ若いのにあざとい女だった。


 1度は踊った間柄だと言っても……

 その後には7人もの16歳の同じ様な令嬢達と踊るのだ。


 だから……

 印象付けたくて婚約者の話を聞いた。

 皇子様は嬉しそうに語ってくれた。

 あの優しい眼差しと素敵な声で。



 お別れ会の時に……

 令嬢達と離れた場所にいたのも計算尽く。


 あんな10人の中にいれば埋もれてしまうわ!

 何せミレニアム公国の人間は、男性も女性も殆どが黒髪でシルバーの瞳をしているのだから。


 少し離れた場所で一途に思う儚げな少女を演じた。


 成功だわ!

 アルベルト様がチラチラとこっちを見ていますもの。



 婚約者は医師だと仰有っておられたから……

 医師の勉強をしたいと言えば、きっとワタクシに興味を持って下さる。


 手紙を渡した時も……

 震えるワタクシの指先に触れて、赤くなったワタクシに胸がキュンとした筈よ。


 この場所に皇子様が来れば後は仕上げをするだけ。

 完璧な自分の演技と策略に、このあざとい女は酔いしれていた。



「 うう……夜はやはり寒いわね 」

 この薄着の格好も……

 アルベルト様から上着を掛けて貰う為。


 寒くて震えていたら紳士ならば絶対に上着を掛けてくれる筈。

 優しい皇子様なら尚更だわ。



 そうして……

 涙を浮かべて弱々しく告白するの。


「 アルベルト様の上着を掛けて頂けるなんて……優しくされたら恋をしてしまいますわ 」


 そう言って涙を流せば……

 ワタクシを優しく抱き締めて下さるわ。

 そして……

 ポロポロと涙を溢すワタクシを慰める為に暖かい部屋に入れて……

 一夜限りの……


「 完璧だわ 」


 もし、涙が出ない時の為に唐辛子も持っているし。



 その時……

 後ろで人が近付いて来る気配がした。


 お越しになられたわ。


 アルベルト様……

 胸の前で両手を組んで振り返る。

 それも凄く嬉しそうな顔で。



「 !? 」



 そこに立っていたのは……

 護衛騎士達を引き連れた、皇太子殿下の婚約者の公爵令嬢だった。




 ***




「 楽しそうだったな 」

「 ええ。医療の話が出来ましたもの 」


 手はしっかりと恋人繋ぎをしているが……

 アルベルトは機嫌が悪い。

 ずっと黙ったままでレティの手を引いて歩いて行く。


 暫くして急に立ち止まった。

「 手が冷たいね 」

 繋いでいるレティの手に唇を寄せると……

 アルベルトは自分の上着を脱いでレティの肩に掛けた。


「 有り難う…… 」

 フワッと令嬢達の香水が微かに香る。

 大した密着もしていないのにどんだけ香水を振り掛けていたのか。

 気合いが入り過ぎなんじゃ無いの?



 すると……

 アルベルトはレティと向き合って両手を持った。

「 やっぱり男と2人だけで話すのは駄目だよ。どんな噂をされるか分からないし……何より僕が嫌だ! 」


 そうか……

 それでグレイ班長が渋い顔をしてたんだわ。


 そりゃあそうようね。

 皇太子殿下の婚約者が、夜の暗いベンチに他の男と座ってるなんて。


 グレイ班長とサンデーさんが私の直ぐ側に立っていてくれたのもそう言う意味なのね。

 何時もならもっと離れている所にいるのに。

 2人だけでは無い事を皆に見せる為に。



「 分かった……これからは気を付けます……ごめんなさい 」

 耳が垂れた仔犬みたいにシュンとしているレティが可愛い。

 アルベルトはレティの頭を撫でた。


 レティは2度目の人生では患者達と、3度目の人生では騎士達といる事で男と女の境界線があまり無い事をアルベルトは理解していた。


 もし……

 レティからループの話を聞いて無かったら……

 知らずに彼女を傷付ける言葉を投げ付けていたのかも知れない。


 そう……

 情けない事に……

 レティを愛する事で初めて嫉妬と言う感情を知る事となった。

 彼女の前では感情のコントロールが出来なくなる程に。




「 あっ!?そうだ……これを君に…… 」

 アルベルトはレティの肩に掛けてる上着のポケットから封筒を取り出した。


「 この手紙を持って来た令嬢が、医師になりたいから話を聞かせて欲しいって 」

「 まあ! そうなの? 」

 レティは封筒から手紙を取り出して読んだ。


「 何故噴水の前? 」

 どれどれとアルベルトも手紙を手に取った。


「これって……アルを呼び出したんじゃ無いの? 」

「 えっ!? 僕に医師の話を相談するとは思えないよ 」


 彼女は……

 ダンスをしてる時に、ずっとレティの事ばかり聞いて来たんだよとアルベルトは言う。



 じゃあ、やっばり手紙は私宛なのか。

 そう言えば……

 今夜はあの3バカとずっといたから、私に近付いて来れなかったのかもね。


 女性が医師を目指してくれるのは素直に嬉しい。

 女医が必要な事は分かっているのにどの国も極端に少ない。

 ミレニアム公国では女医は1人もいないと言う。


 私の経験談で……

 彼女がもっと医療に興味を持ってくれると良いのだけれども。



 外に出ると寒いからと一旦部屋に戻ってボレロを羽織る。

 アルベルトも隣の自分の部屋で着替えて来ていた。

 これからラウル達と飲むからと言って少しラフな格好に。


「 レティ……おいで 」

 トコトコとアルベルトの前に行けば、白いボレロの襟元のリボンを結んでくれる。

 

 ウフフ……

 このボレロは今日の買い物で購入したのだ。

 寒い地方ならではの暖かい素材。

 このボレロをお店にある在庫まで全部購入したから、店主は驚いていたけれどもね。



「 僕のレティは何を着ても可愛いな 」

 そう言ってぎゅうぎゅうとレティを抱き締める。


 ガタイの良いアルベルトの腕の中にすっぽりと入るレティがどんなに愛しいか……

 レティの頭に頬をスリスリとする。



「 あっ! お兄様達に…… 」

「 何? 」

「 ううん……何でも無いわ 」

「 レティ? 言い掛けて止めるなんて止めてよね 」

 言わないとチューするぞ!

 言ってもチューするけどねと言いながらチュッとキスをする。


「 あのね……『大』じゃ無いからと言ったら分かるから…… 」


 帰りが遅いから……

 あの3バカは絶対に『大』だと思ってるのに違いない。

 ううん……

 もしかしたらゲ○ピーだと思ってるかも。


「 『大』じゃ無いって言えば分かるんだな? 何だろう?合言葉?秘密の暗号? 」


 ああああ……

 何でこんなくだらない話を大好きな皇子様(おとこ)にしてしまったのか……

 恥ずかし過ぎる。

 レティはアルベルトの腕の中で顔を両手で覆う。


 その様子が可愛くて……

 アルベルトは更にレティを抱き締めた。


 後から……

『大』の意味を知って、大笑いをする事になるのだが。



 そんなイチャイチャをしてから……

 医師の勉強をしたいと言ったエメリーに会いに行ったのだった。




 ***




 今は夜の9時10分前。

 レティが庭園の噴水に近付くと、噴水の前には1人の女性が佇んでいた。


 この寒さの中、袖無しの肌色のドレスを着ている。

 胸元は開いていないが……

 その肌色のドレスが何も纏っていない裸の様に感じられて妙に艶かしい。


 ミレニアム公国は寒い国。

 だから寒さには強いのかとも思ってみたが……

 周りを行き交う人々は、レティと同じ様にボレロや厚手のカーデガンを羽織っている。


 何だか違和感を感じたが……


 近付くと……

 彼女が1人で喋り出した。

 後ろを向いているのにしっかり聞こえる程のボリュームで。


「 アルベルト様の上着を掛けて頂けるなんて……優しくされたら恋をしてしまいますわ 」


 はぁ?


「 完璧だわ 」


 何が?


 レティは気付いてしまった。

 アルベルトの上着を掛けて貰う為にわざと薄着をしているのだと。


 この女……


 やっぱり手紙はアル宛で……

 医師になりたいなんて嘘八百。


 何て計算高いあざとい女。

 アルの周りにいたボインちゃん達の方が直球でよっぽどマシだ。


 レティは大きく深呼吸した。



 すると薄着の彼女が胸の前で両手を組んで振り返った。

 満面の笑顔で。


「 !? 」


 瞬時に固まった笑顔から……

 やはり待ち人はアルなのだなとレティは確信した。



「 お手紙受け取りましたわ。わたくしに医師の話が聞きたいって言うのは貴女かしら? 」


 婚約者?

「 ……あっ……そうです 」

 もしかして……

 アルベルト様はあの手紙は婚約者宛だと思われたの?


 当然だ。

 医師になりたいから相談したいと言って来たのだ。

 アルベルトはてっきりレティ宛の手紙かと思ったのだった。


「 わたくしが力になれる事なら協力は惜しまないわ! 何でも聞いて下さい 」


 そ……そんなぁ……


「 まあ! そんな寒い格好をして…… 」

 袖無しのドレスを着てるだけのエメリーはガタガタと震えていた。


「 寒い地方の方は寒さに強いのですね 」

 レティはにやりと笑う。 


「 わたくしは殿下の()()()のリティエラ・ラ・ウォリウォールですわ 」

「 あの……初めまして……エメリー・ナ・デリクソンと申します 」

 デリクソンは伯爵ね。



「 では……医師についてのお話を致しますわ 」

 レティは医療に関する色々を話し出した。


 どうしてこんな事に……


 全く興味の無い話しだけれども、エメリーは適当に興味のある振りをして流そうとしていた。

 早く終わらせてしまえと。



 その時……

 レティはボレロを脱いで彼女の肩に掛けて上げた。

「 あっ!……有り難う……ございます 」


 ボレロから香る微かな匂い。


 これは……

 アルベルト様の香り。

 エメリーは思わずレティを見た。

 嫉妬の目で。



「 貴女が本気で医師になりたいと思ったら力になりますわ 」

「 ………すみません……… 」

 見透かされていた。



 アルベルトは、彼女が医師に興味があると聞いたからこそ、夜の9時にも関わらずレティをこの場に来させてくれた。

 護衛は増やされていたが。


 レティの影響で医療に興味を持った事を知れば喜ぶと思ったのだ。

 医師達との交流が上手くいかなかった事を聞いていたから。

 本来ならばこんな呼び出しには応じたりはしない。

 明日には帰国する事もその理由だった。



 レティは悲しかった。

 アルベルトとどうにかなりたいからと……

 まだデビュタントを終えたばかりの令嬢が、こんなあざとい事をして来たのだ。


 何だか悲しくて仕方無かった。



 レティが会場に向かって歩いて行くと……

 4人の護衛騎士がその後に続く。

 自分は1人でとぼとぼと歩いている。


 エメリーは騎士達に守られている彼女を羨まし気に見つめていた。




 誰もが憧れる皇子様の婚約者と言う立ち位置。

 あんなに素敵な皇子様に大切にされて……

 騎士達からも守られる特別な存在。



 だけど彼女達は知らない。

 その影でレティがどれだけ努力をしているのかを。

 どれだけ悩んでいるのかを。








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