聖剣と聖杯の秘密
オリハルコン。
硬くて軽い幻の金属。
千年に1度採掘出来るかどうかの超レアな金属である。
「 ど………どこにあったんですか!? 」
「 そこの苔の下に…… 」
大公の息子達6人が苔の周りを調べてから円陣を組んで話し合っている。
「 レティ……手が泥だらけじゃないか! 」
「 手も使って掘ったから…… 」
アルベルトはハンカチを出してレティの手を拭こうとする。
「 ハンカチが汚れちゃうわ! 」
そんな高そうなハンカチ……
レティは手を引っ込めようとしたが、アルベルトに無理やり拭かれた。
綺麗に指先の泥は取れなかったが。
「手袋はどうしたの? 」
「 ………汚れちゃうから 」
決闘を申し込んだ時に、投げた手袋が汚れていたからちょっと恥ずかしかったのだ。
勿論決闘をするつもりは無いが……なんとなく。
「 手袋は君の手を守るんだから何時もちゃんと着けなさい 」
「 はい……」
アルベルトはレティの頬っぺに付いていた泥もゴシゴシと拭いた。
オリハルコンはクラウドやラウル達が手に取って見ていた。
「 硬くて軽い……レア物か? 」
「 また、凄い物を掘り出しよったなぁ 」
「 あいつは転んでもただでは起きない奴だからな 」
皆でクックと笑った。
すると……
話し合いが終わったのか6人が皆の前に並んだ。
ちょっと込み入った話になりますので、宿に戻ってから話しましょう。
レティはラウルからオリハルコンを受け取って、自分で持った。
これは私が掘り出したのだ。
自分の手で。
返せと言われてもこれは私の物。
自分の物だと主張するかの様に……
ふんむと鼻息も荒くオリハルコンを抱えて歩く小さなレティが可愛い。
背中にあるデカイ顔のリュックを見ながらアルベルトはクスリと笑った。
***
ミレニアムが王国時代だった頃。
オリハルコンは代々ミレニアムの宝として王城の宝物庫にあり、聖女様がシルフィード王妃になられた時に、大公様からシルフィード帝国にお祝いの品として贈答したのだと言う。
「 そのオリハルコンで作ったのがシルフィード帝国にある聖剣と聖杯なのです 」
錬金術師達の手により作られた聖剣と聖杯に、聖女が浄化の魔力を融合したのである。
「 だから……シルフィードは聖杯から浄化が発せられて、魔獣の被害がすくないのだと言われています 」
「 確かに……皇都に魔獣が出現した事は無いですね 」
クラウドがアルベルトを見ながら言った。
「 ……と、言う事は……私の持つ聖剣も浄化の魔力が込められていると言う事か? 」
「 いや……本当の所は他国である我々は分かってはおりません。これは殿下のお父上である皇帝陛下がご存じかと…… 」
聖剣と聖杯が特別な物だと言う事は聞かされていたが……
浄化の魔力が込められていると言うのはアルベルトは聞かされてはいなかった。
皇太子に伝えていなかった事には理由があるのだが。
シルフィード帝国に伝わる聖剣と聖杯の伝説がある。
『 皇帝陛下が聖杯を持って国を守り、皇太子殿下が敵に向かって聖剣を振るえば必ずや国は勝利する 』
「 成る程……皇帝が聖杯を持つと言う意味はそれか…… 」
アルベルトは呟いた。
黙って話を聞いていたレティが悲痛な目でアルベルトを見つめた。
だったら……
どうして……
どうして魔獣ガーゴイルはあんなに発生したの?
アルベルトは静かに頭を横に振る。
それは……
俺にも分からないと。
そして……
もう1つの疑問が湧いてきた。
これはレティにしか分からない事だが。
そして……
6人は姿勢を正した。
「 そのオリハルコンは我々に返して頂きたい! 」
やっぱりそう来たか。
レティはオリハルコンを抱き抱えた。
「 あら? シルフィードの聖剣と聖杯の話に、このオリハルコンは関係が無い事ですわ! 」
「 しかし……シルフィードには聖剣と聖杯がもうあるでは無いですか? 今度は我が国に譲るのが筋でしょう? 」
「 だけど……このオリハルコンはわたくしが掘り出したものですわ 」
「 そうだぞ!妹が掘り出したからこれはウォリウォール家の物だ! 」
急にウォリウォール兄妹の顔が悪そうな顔になる。
悪そうな顔はそっくりだ。
こんな時の連携ぶりは見事としか言えない。
「 それに……あの時約束しましたわよね。わたくしが採った物はわたくしが持って帰って良いと 」
「 それは……だからこうしてお願いしているのです 」
6人は当然返して貰えるものだと思っていて……
ウォリウォール兄妹の激しい抵抗に困惑する。
「 約束の意味をご存じですか? 約束とは双方が交わした決め事です。それは信頼している者同士だからこそ交わせるものなのです。その信頼を一方的に破る事になると結果はどうなるか分かりますよね?」
「 シルフィード帝国のウォリウォール公爵家を敵に回すと言う事になるな! 永遠に。」
レティのうんちくに兄のラウルが止めを刺す。
2人は脅しに掛かった。
ウォリウォール家から多くの食物を輸入をしているミレニアム公国では、この兄妹を無視する事は出来ない。
ここで遺恨を残せば……
ラウルはウォリウォール家の嫡男で、今はともかく未来の自分達の代には支障が出るのは間違いない。
ましてや……
オリハルコンを掘り出したその妹は皇太子殿下の婚約者。
勝負あった!
「 こうは考えられないか? 」
ここでアルベルトが口を開いた。
「 このオリハルコンがあの場所に埋まっていたのは、昔、鉱夫の誰かが掘り出してあそこに埋めたからだと考えられる。後から掘り出そうと考えたのかどうかは知らないが、あの場所に何百年も忘れられていたのだ 」
魔石と同じ様に硬い岩の中から採れるオリハルコンが、あんな土の中に埋まっているのはそう言う事だろう。
そして……
あの苔の状態からは何百年もあの場所にあった事は確か。
埋めた鉱夫がどうして取り出さなかったのかは、もはや知る由も無いが。
レティが掘り出さなければ、これから先もあの場所に埋められたままだった筈。
皆はアルベルトの言葉の1つ1つに納得をした。
「 それを彼女が……この国の者では無い彼女が、今日ここに来て掘り出したのだ。これは運命だとは思わないか?オリハルコンが彼女を選んで、彼女をここに呼んだのだと 」
揉め事には、負けた方を退きやすくしてあげる事も必要な事である。
今、アルベルトは彼らに退ける理由を提案したのだ。
退く理由がウォリウォール家との取引云々では、双方の立場がウィンウィンでは無くなる事を避けて。
「 そのオリハルコンは持ち主を選んだのですね………分かりました。オリハルコンは諦めます。リティエラ嬢がお持ち下さい 」
6人はアルベルトに丁寧に頭を下げて、応接室を後にした。
ウォリウォール兄妹はハイタッチをして喜んだ。
「 この兄妹のいく末が恐ろしい 」
「 アルが上手くまとめてくれたけど…… 」
エドガーとレオナルドが呆れていた。
レティはオリハルコンをゲットした。
***
「 レティ? ちょっと良いか? 」
各々が部屋に戻って暫くして……
アルベルトはレティの部屋に入って来た。
レティとお喋りしていた女官達が頭を下げて退室して行く。
どうやらオリハルコンを掘り出した時の話をしていた様だ。
この日は皇太子殿下の視察と言う事で、魔石の採掘は休みだった事もあり、まだ陽も沈まない内から階下の食堂や酒場は賑わい、ガヤガヤと楽しそうな声が聞こえて来ていた。
ソファーに座ったけれども……
アルベルトは中々口を開こうとはしない。
「 ? 」
首を傾けるレティが可愛い。
「 ちょっと思い出させてしまうけど…… 」
「 前生の事? 」
アルベルトはレティの3度の人生での事を自分からは聞くことはしなかった。
聞きたい事は山程あるのだが……
レティはどの人生も壮絶な死を遂げたのだ。
安易に聞くことは憚っていた。
「 良いわよ……何でも聞いて 」
「 ガーゴイルの討伐の時に……俺は聖剣を持っていたか? 」
ガーゴイルとの戦いはレティの死に直結した話。
思い出すのも辛いだろう。
あの時……
レティは押し黙って考えを巡らす。
「 辛かったら思い出さなくて良いから…… 」
アルベルトはレティの横に移動して手を握った。
あの日。
宮殿に緊急招集のラッパが鳴り響いた。
コーサス地方(温泉施設のある一帯)に空飛ぶ魔獣が多数出現したと、早馬で知らせが入った。
騎士達は全員大広間に集められ、皇帝陛下の命を受けて第1部隊と騎乗弓兵部隊が皇太子殿下と共に先発隊として出陣したのだ。
空を飛ぶ魔獣には弓矢が効果的だと言う事で、第1部隊と共に弓騎兵が出陣したのだが……
「 皇太子殿下……は…… 」
アルベルトをじっと見つめるレティ。
「 多分……出陣の号令を掛ける時に手に持っていたかも…… 」
「 じゃあ……宝の持ち腐れだったんだな 」
アルベルトはレティをヒョイと抱えて膝の上に乗せた。
「 聖剣に浄化の魔力があったなら、ガーゴイルに対して何らかの効果はあった筈なのに……君を……君を最前線に立たせてしまったんだね 」
俯くアルベルトの首にそっと手を回して抱きしめた。
「 あの時のアル……殿下は雷の魔力も使って無かったわ 」
「 うん……雷の魔力はレティと出会ったからこそ開花したんだから、そうなんだろうね 」
空中戦では剣は全く役には立たない。
僅か10名の弓騎兵で何百もの魔獣の前に立つなんて……
それも……
その時は20歳だと言えどもこんな小さな女性なのだ。
どれだけ恐かった事か。
それも……
聖なる矢でしか絶命させられないガーゴイル相手に。
反対に……
聖なる矢ならば、ドラゴンの様に首を切り落とさなくても絶命させる事が出来ると言う事になるが。
「 あのオリハルコンで聖なる弓矢を作るつもりなの 」
レティはアルベルトの首に手を回したままで話をする。
「 ………聖女がいないから弓矢を作っても聖なる矢にはならないよ 」
「 あっ! そうか…… 」
聖なる矢は聖女が浄化の魔力を注ぐ事で出来る矢。
何故ガーゴイルが聖なる矢でしか絶命させる事が出来ないのかは謎だが。
浄化させると言う目的ならば、聖なる矢はどの魔獣にも効果が期待できるかも知れない。
何せ……
魔獣に関してはまだ世界的にも研究不足なのである。
その中でも……
ドラゴンを解体して薬学研究員達が研究出来ている事は、素晴らしい事であった。
あの場にレティがいたからこそ出来た事なのである。
「 聖剣に魔力を込めればガーゴイルを絶命させれるだろうか? 」
「 !?……聖剣に浄化の魔力が融合されているのなら……有りかも知れないわ! 」
2人は暫く見つめ合いながら自分の考えを整理する。
「 聖剣を持って魔力を放つと……何か不思議な力を感じるんだ 」
軍事式典で、聖剣を使って魔力を放出するデモンストレーションした時に感じたんだとアルベルトは言う。
「 聖なる矢が無くても……アルがいれば…… 」
「 俺と君がいれば…… 」
ヒーラーである君のキスがあれば……
俺の魔力はエンドレスなのだから。
ドラゴン討伐の時は意識していなかったが。
虎の穴で実験をした時に……
意識してレティにキスをすれば、凄い勢いで魔力が注がれたのだ。
この事については……
まだまだ検証をする必要はあるが。
2人で見つめあって抱き締めあって……
嬉しくて嬉しくて何度も何度もキスをした。
部屋には……
窓から入るオレンジ色の夕焼けが2人を照らしていた。
何だかファンタジーの世界になって来ましたが……
この小説は恋愛小説です。
毎度ながら誤字脱字報告を有り難うございます。
感謝でいっぱいです。
読んで頂き有り難うございます。




