公爵令嬢、鉱山へ行く
この日……
レティはご機嫌でずっと歌を歌っていた。
魔石の採掘場に行くのだ。
テンションが上がらない訳がない。
「 煩いぞ! レティ! 」
まるで何時かの薬草採取の日の様にラウルが声を上げる。
「 ラウル! ご機嫌なんだから構うな! 」
アルベルトはたまに音程を外すレティが可愛くて仕方無い。
薬草採取の日と違うのはこの馬車には、アルベルトとラウル、エドガー、レオナルド、そしてレティの5人が乗っている。
エルベリア山脈に行くので、山道を通る用に作られた馬車はかなり狭い。
昨年のポンコツ旅に乗った馬車よりも狭い上に、御者がいるから中に5人がぎゅうぎゅう詰めで乗っているのである。
そんな馬車の中で歌を歌い続けているもんだからただただ煩い。
それも大事なサビで音程を外すもんだから、いい加減にイライラして来る。
なのに……
恋と言うものはこんなにも思考を狂わすものかと……
下手くそなレティの歌を、幸せそうに聴いているアルベルトを見てると開いた口が塞がらないのだった。
魔石の採掘場は馬車で丸2日がかる。
道中には泊まる宿があり、採掘場は小さな町の様になっていて、そこに夏の間だけ鉱夫達が住んでいるのだと言う。
そんな皇太子殿下御一行様は、道中の宿屋に一泊してから採掘場の側にある町に到着した。
宿屋は皇子が宿泊するには粗末な宿だったが……
あのポンコツ旅を思えばなんて事は無い。
あの旅では皇子様は野宿までしたのだから。
大公邸のある場所からはかなり標高の高い場所にある様で、夜だった事もあり少し肌寒い。
採掘場もこの町も冬籠もりの際は閉められ、鉱夫達は自宅に戻るのであった。
「 お早う 」
町の宿に泊まった翌朝に……
食堂に一緒に行こうとレティの部屋にやって来たアルベルトが頬にチュッとキスをする。
レティはオーバーオールを着て、薬学研究員の白のローブを着ていた。
「 張り切ってるね 」
「 ええ! この為に来たのですもの」
魔石って……自分で採れたら貰えるのかしら?
レティはワクワクが止まらないのだった。
良かった。
何時ものレティだ。
生き生きとしている。
アルベルトはまだ学生のレティに公務をさせてしまった事に心を痛めていた。
そう……
魔石の採掘場に行こうってレティを誘ったのだから。
町は鉱夫達が夏の間にここで暮らす為に作られたものだった。
鉱夫達の家もちゃんとあり、夏の間だけの仕事なので単身赴任の者が殆どであった。
重労働なのだが給料が良いこともあって平民達には人気の職業だ。
町には何でも屋みたいな店があり、何か欲しい物があれば、注文すると1週間後位には持って来てくれると言う。
御一行様が泊まった宿屋には食堂兼飲み屋があり、夜には採掘場から戻って来た鉱夫達で賑わう。
採掘場まではこの町から更に1時間位は歩かなければならなかった。
一緒に来た女官達の2人は昨日泊まった宿屋でお留守番。
女官の中で1番若いエリーゼとサマンサは昨年に一緒に旅をした女官である。
いくら若くても……
彼女達は流石に山道を歩いて採掘場に行くのは無理だった。
「 お兄様もレオも情けないわね 」
山道は登ったり降りたりの結構な道で、日頃鍛えていないラウルとレオナルドはヘトヘト。
案内人の大公の息子の6人の大臣もスタスタと歩いているのにだ。
「 煩い!俺らは文官だ! 」
体力なんか必要無いと、ラウルとレオナルドがぜぇぜぇと息を荒げて歩いている。
レティは最初は張り切って歌いながら先頭を歩いていたが……
いつの間にかアルベルトとエドガーに追い付かれていた。
「 レティ、抱っこしようか? 」
「 お前! もう疲れたのか? 騎士クラブの部員が情けないぞ! 」
エドガーはさっさと歩いて行った。
「 おいで 」
アルベルトがレティに手を差し出して優しく微笑む姿が眩しい。
こんな山道でもキラキラと眩しいなんて……
「 自分で歩けますわ 」
「 まだまだゴールまで長いよ 」
「 女でも頑張って歩けますわ! 」
レティも同行すると聞いた大公の6人の息子から、絶対に無理だと言われ、魔石の採掘場には今だかつて女性が訪れた事は無いと言ったのだ。
だったら私が最初になってなろうじゃ無いのと張り切っている。
女だから出来ないと言われた事にカチンと来たからで。
レティの3度の人生での職業は、どの職種も女性には難しい職業だった。
だけど……
レティは頑張ったと言う自負があった。
「 じゃあ、リュックを持ってあげるよ 」
「 ………えっと……じゃあ……お願いして良い? 」
レティはデカイ顔のリュックを背中から下ろしてアルベルトに渡した。
色々と詰め込んで来たから重かったのだ。
女だからと言われたく無いと思いながらも、優しいアルベルトにちゃっかりと甘える女だった。
「 えっ!? 凄く重いけど……何が入ってるんだ? 」
「 ……色々と……秘密兵器が…… 」
「 秘密兵器!? 」
アルベルトがクスクスと笑った。
「 殿下! 私がお持ちします 」
直ぐ近くを警護しながら歩いていたグレイが言う。
「 いいよ 」
そう言ってアルベルトは腕を通して背中に背負った。
「 !? 」
皇子様がデカイ顔のリュックを背負っている。
キャハハハハ……
レティがけらけらと笑い出した。
「 そんなに可笑しいか? 」
「 だって……ねぇ? 皇子様がリュックを背負うなんて 」
同意を求められグレイは困ったが……
デカイ顔のリュックを背負っている皇子と、何度も背中を見せろとキャッキャと笑いながら楽しそうに手を繋いで歩いている2人の姿を……
グレイは眩しそうに見つめていた。
***
採掘場に通じる巨大な岩の扉の前に到着した。
「 開け~ゴマ! 」
しっかりと閉じた岩の扉を見れば思わず言ってしまう。
足を開いて腰に手を当てて。
「 お嬢様。そんなもので開きませんよ 」
門番さんが可愛いと笑っている。
「 あら? そうなの? 」
なんだつまんないと言うレティの横で、アルベルトもクックと笑った。
そうこうしてる内にラウルとレオナルドがやって来た。
「 2人共弱っちいわね! もっと鍛えなさいよ! 」
「 お前こそ、アルに変な鞄を持たせてるくせに 」
皇子にこんな事をするのはお前だけだと呆れられた。
あっ!
「 有り難う 」
アルベルトからデカイ顔のリュックを受け取ると、レティは中を開けてゴソゴソとした。
「 ジャーン!重かったのはこれがあったからよ! 」
レティはスコップを取り出した。
薬草の手入れに使っている小さなスコップだ。
周りはシーンとなった。
あれ?
何この静けさは?
すると……
アハハハハハ……
「 こいつ……バカ……じゃないか!? 」
「 そんなもんで魔石が採れるものか! 」
「 芋掘りに来たんじゃ無いんだから 」
ラウル、エドガー、レオナルドが、ヒーヒー言いながら腹を抱えてのたうち回っている。
アルベルトも腹を抱えて笑っている。
見れば……
グレイもサンデー、ジャクソン、ロンやケチャップまでが笑っている。
そんなに笑う事無いじゃない。
レティはプンスカしながら岩の扉から洞窟の中に入って行った。
1人がやっと通れる程の暗くて細い岩をくり貫いた道を進む。
先に入って待っていた大公の息子の6人も、レティがスコップを持っているのを見て大笑いをした。
6人と一緒にいたクラウドも笑った。
まあ!私をバカにして、ムカつくったらありゃしない!
こうなったら何が何でも魔石を掘り出してみせるわ。
「 私が採掘した物は貰って帰って良いですか? 」
「 良いですよ~いくらでも持って帰って下さい 」
「 約束ですよ! 」
そんなスコップで魔石が採れる訳も無いので、6人はどうぞいくらでもと頭を下げた。
この先には深い洞窟が続く。
魔石は硬い岩の中にあって、つるはしの様な先の尖った道具で、少しずつ周りの岩を砕きながら採掘するのである。
魔石の色も重さも石と同じ。
魔力を融合させる事で初めて色づき重さも軽くなるので、普通の石と選別するのが難しく、プロの鉱夫で無ければ分からない物であった。
長く続く洞窟の壁際にある灯りは魔道具だ。
これもシルフィードから輸入したのだろう。
ミレニアム公国は魔石の採れる国だったが、錬金術には力を入れて無い事から、色々な魔道具は錬金術に特化力しているシルフィード帝国に頼りっぱなしだった。
スコップで岩を掘ろうとしても硬い岩の音がカツンと成るだけ。
魔石を採ろうとして張り切っていたレティはがっかりだった。
何気に芋掘りを想像していたのだ。
いっぱい採って持って帰ろうと……
大公の息子の6人はアルベルトやラウル達に説明をしながらどんどんと奥に進んで行く。
「 レティ!? 早くおいで! 」
思惑が外れて足が前に進まなくなったレティは、ゴツゴツとした岩場に腰掛けた。
「 私はここで待ってるわ 」
フッと笑ったアルベルトは、グレイとロンとケチャップにレティの護衛をする様にと指示をして奥に消えた。
「 残念でしたね 」
レティが握り締めているスコップを見ながらグレイがクスリと笑う。
「 もっと簡単に採取出来ると思ったのに 」
レティは口を尖らせた。
「 芋みたいにザクザク出てきたら良かったんだけどなぁ 」
ロンとケチャップが屈んで洞窟の床をコツコツと叩いていた。
ふと右側にある通路を見れば……
奥に黄緑色に光る物が見えた。
何だろうと行ってみると10メートル位の空洞があった。
「 これは岩場が崩れた時の為に避難場所として作られた場所ですね 」
「 成る程…… 」
後ろから付いて来ていたグレイがキョロキョロと辺りを見ながら言う。
「 班長、良く知ってますね 」
「 船に乗ってる時にちょっと炭鉱の事を調べたんだよ 」
「 流石ッスねぇ 」
グレイとロンとケチャップが天上を見ながら話していると、レティはゴソゴソとデカイ顔のリュックから容器を取り出して、黄緑色に光る物を採取している。
「 リティエラ様!? それは何なんですか? 」
「 これは苔よ。まあ!? 赤苔がある!! 」
見れば黄緑の苔に混ざって赤い色の苔があった。
黄緑の苔は痛み止めになり、この赤い色の苔は麻酔の様な痛みを麻痺させる効能がある。
レティは夢中で黄緑の苔と赤い苔をスコップで採取した。
黙々と作業をしていたら……
色々と考えてしまう。
あの……
デビュタントでアルと踊っていた令嬢。
あれは完全にアルに恋したわよね。
人が恋に落ちる瞬間を初めて見たわ。
私は入学式でアルを一目見ただけで恋に落ちたのに。
アルとダンスをしたのよ?
甘い顔をして、身体を密着して……
耳元であんな素敵な声で囁かれたら……
レティはムキッキーとなってスコップを赤苔のある場所に突き刺した。
ガツン!!
「 あっ!? 」
何か変な音がした。
スコップで掘り進めると……
黄色い色をした硬い何かが出てきた。
「 これ……何? 」
スコップと手で掘って行くと……
黄色の塊が出て来た。
直径50センチはある金属みたいな大きな塊だが……
大きさに反して随分と軽い。
「 リティエラ様? それは何ですか? 」
「 さあ? 何でしょうね? 」
鉱山の事を勉強したグレイも分からなかったので、誰かに聞こうと、採取した苔を入れた容器と金属の塊を手に持って通路に戻った。
丁度、アルベルト達が引き上げて来た所だった。
「 !? レティ? 何を持ってるの? 」
あんな大きな金属なのに軽そうに抱えている。
「 あそこから出て来たの 」
レティは右側の空洞がある場所を顎でくいっとした。
両手が塞がっているのだ。
アルベルトがその方向を見れば黄緑色に光っていた。
「 !? ………それは……… 」
大公の息子達6人が慌てて駆け寄って来て、金属を凝視した。
「 それは……まさか…… 」
皆は赤い顔をしてガタガタと震え出した。
「 何? 」
アルベルトはレティの手からその金属を貰った。
これに何かあるのかと。
「 それは……幻の金属…… 」
皆は震えながら息を飲んだ。
「 オリハルコン 」
読んで頂き有り難うございます。




