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皇女様のお里帰り

 



 その日、皇宮は朝から大騒ぎであった。


 28年前にグランデル王国に嫁いだ皇帝陛下の姉君が、お里帰りをすると言う連絡が入った。


 一国の王妃が動くのである。

 数十人の同行者が来る事になるので、受け入れ態勢を万全にしなければならないのだから。



 嫁いでから初めての里帰りになる。

 他国に嫁いだ皇女が里帰りする事は希な事。

 例え父母が崩御しようとも。


 今回の里帰りは背景に政治的な事があるから実現した。

 雷の魔力を持った世界最強の皇子がいるシルフィード帝国は大国だ。

 その大国であるシルフィード帝国と更なる関係を強化する為に。


 グランデル王妃にとってはシルフィード皇帝は弟で、皇太子は甥なのだから。



 シルフィード帝国の皇女だったフローリア・ティシモ・ア・グランデル王妃には、王太子、第1王女、第2王女の3人の子供がいる。


 同行したのは王太子と、第2王女。


 王太子は26歳で王太子妃は現在第2子を妊娠中。

 20歳の第1王女は既に自国の貴族に降嫁している。

 第2王女は14歳で、来年には学園に入学する。




「 お父様……お母様……やっとお墓参りが出来ますわ 」


 あの日……

 2度と戻る事が無いと覚悟を決めて母国を発ってから28年が過ぎた。



 昔からどの国の王女も政争の道具であった。

 物心のついた頃から、国の為に他国に嫁ぐ事を当たり前とする教育を受ける。

 早い内から他国王子と婚約を決められる事もある。

 全ては国の為に。



 シルフィード帝国のフローリア皇女も例外では無かった。

 学園に在学中にグランデル王国の王太子との婚約が正式に決まった。


 数年後には弟のロナルド皇太子が、グランデル王国の隣国のマケドリア王国の第3王女シルビアとの婚姻が、水面下ではもう決まっていた。


 この結婚は……

 シルフィード帝国、グランデル王国、マケドリア王国の3国の間で交わされた政略結婚。

 グランデル王国の隣国であるサハルーン帝国への、抑止力を強化する為のものであった。



 嫁入り道具は船2隻で運んだと言う、凄く豪華な輿入れだった。

 馬車はなんと30台以上が連なってグランデルの街を走ったとか。


 港に迎えに来たグランデル王国の王太子は、姿絵とは違って平凡な顔立ちであったが……

 幸いにも自分を愛してくれて王子と王女2人の3人の子宝に恵まれた。



 しかし……

 嫁いだ当初にはこの王太子には側室がいた。

 それは嫁ぐ前から知らされていた事であり、王太子の想い人ならば仕方の無い事だとして受け入れるつもりであったが……

 政略結婚とはそう言うものだから。


 その側室は王太子の想い人でも何でも無く、ただの政略結婚だと知って、気の強いフローリアは結婚式をあげて直ぐにこの側室を追い出したと言う。


 側室を追い出さないと王太子との初夜は行わないと頑なに拒んだ。

 想い人で無いなら何故側室が必要なのかと。


 実は……

 このシルフィードとグランデルとマケドリアの3国で、政略結婚が決まった時には、グランデルの王太子は既に結婚をしていたのである。


 公爵令嬢である彼女は昔からの許嫁だった。

 愛は無かったが……

 学園を卒業して予定どおりに結婚をしたのだった。


 このままだと折角の政略結婚が水の泡になる。

 国王も王妃も仕方無いとして、王太子と側室との間には子供もいなかった事から彼女は臣下に下賜された。


 彼女は王太子妃と言う正室から側室になり……

 そして宮殿から追い出されると言う数奇な運命を受け入れたのである。

 彼女が王族では無く、身分の低い公爵令嬢であったが為に。


 その背景には……

 輿入れしてきた見目麗しいフローリアに、王太子が一目惚れをしたと言う事もあるのだが。



 側室を追い出したと言うニュースはシルフィード帝国民を歓喜させた。


「 皇女様が、輿入れ先の側室を叩き出したぞ~っ! 」

「 流石は我等が皇女様だ! 」

「 あちらの王太子は美しいフローリア皇女様にメロメロだってよ~ 」


 グランデル王国に勝利したと大層喜んだと言う。



 しかし……

 当然ながらグランデル国民からは嫌われた。

 貴族達からも総スカンを食らった。


 侍女達からも冷たい態度を取られ、シルフィード帝国から連れて行った侍女だけが頼りだった。



 夫婦仲は良かったから直ぐに妊娠して……

 世継ぎである王子を生んでからは皆の態度は変わったが。


 それでもフローリア自身が、宮殿を出ていった彼女に悪い事をしたと言う認識はまったく無かった。

 自分が他国の皇女だから受け入れられなくて、皆はこんな冷たい態度をするのだと勘違いをしていた。



 結婚してから5年後位に1通の手紙が届いた。


『 王太子殿下をお慕いしていた私は、当時はショックで悲しい思いをしましたが、殿下の妃殿下を見る目が恋をする目だと気付いておりましたので、これで良かったのだと思います。今では私も旦那様からの愛される喜びを知る事が出来ました。あの時、追い出してくれて有り難うございます。 わたくしは今、幸せです』



 その時に……

 やっと自分の犯した罪の重さを知った。

 なんと酷い事を彼女にしてしまったのかと。


 彼女は殿下をお慕いしていたのに……

 あの時……

 彼女の気持ちを考える事は少しもしなかったのだから。


 彼女は王太子妃時代から公人として優秀で、公務もきちんとこなしていた。

 彼女や彼女の家族達を思いやれず、我を通しただけだったと気付いたフローリアは、それからは人が変わった様に王太子妃として国に尽くしたのだった。



 今更ながらに……

 酷い事をしたわねとフローリアは独りごちた。




 ***




「 母上……長旅の疲れはございませんか? 」

「 母国に帰るのですから少しも疲れてはいませんよ 」

「 良かったですね 」

「 里帰りを許して下さった陛下には、感謝しかありませんわ 」


 王太子の名は、アンソニー・ティシモ・ア・グランデル26歳。

 今回は後学の為に同行した。

 シルフィード帝国から様々な事を学び取ろうと。




「 ああ……我が母国のシルフィード帝国 」


 シルフィード帝国の陸地が見えて来ると、フローリアは涙で前が見えなくなった。

 侍女がハンカチをフローリアに渡した。


 この侍女も泣いていた。

 28年前に、フローリアと一緒にグランデル王国に行った侍女である。


「 皇女様! わたくしは皇女様にお仕えすると誓ったのです。どうかわたくしを連れて行って下さいませ 」

 そう言って若かった侍女はフローリアと一緒に海を渡ったのだった。


 この侍女はグランデル王国で結婚をして子供もいる。

 彼女にとっても里帰りである。



「 お母様……泣かないで…… 」

 第2王女は母の腰に手を回して抱き締めた。

 リズベット・ティシモ・ア・グランデル14歳。


 来年から学園に入学すると暫くは遠出が出来なくなると言って、今回同行した。



「 リズベット王女様、お帰りになりましたらシルフィード帝国の皇子様の事をお聞かせ下さいね 」

「 分かったわ 」


 リズベットは従兄妹である麗しのアルベルトに会いに来たのである。

 彼は……

 お友達たちが羨ましがる自慢の従兄なのであるから。




 ***




 船はシルフィード帝国の港に着岸して、長かった旅がようやく終わった。


 荷物が下ろされるのを甲板から見てると……

 一際キラキラと金色に輝く背の高い男性(ひと)がいるのが見えた。


「 あ……あの方がアルベルトお従兄妹様(にいさま)ね! 」


 青い軍服に赤いマント。

 後ろにはズラリと騎士団が並んでいる。


 遠くからでも分かるその格好良さにリズベットは心臓が跳ね上がった。

「 どうしましょう……ドキドキが止まらないわ 」



 フローリアはアンソニーがエスコートをして、その後ろを護衛騎士にエスコートされてリズベット達はタラップを降りた。



「 叔母上、アンソニー殿、シルフィード帝国にようこそ 」

 アルベルトはフローリアの手の甲にキスをして、横にいるアンソニーに手を差し出した。


 3人で挨拶を交わしているのをリズベットは顔を赤くして見ていた。

 自分の従兄妹であるアルベルトを。



 何あれ!何あれ!お兄様よりも頭1つ背が高いわ!

 お兄様ってチビだったのね。

 いや、お兄様なんてどうでも良いわ!


 お母様は姿絵はハンサムに書くと言っていたけど……

 姿絵よりも全然格好良いわ。


「 リズ! 皇太子殿下にご挨拶なさい! 」

「 あっ! ……リズベット・ティシモ・ア・グランデルです……リズとお呼び下さい…… 」

 最後の語尾は消え入りそうだ。


 アルベルトはリズベットの手の甲にキスをした。

「 ようこそ、リズ王女 」

 

 リズベットは顔を真っ赤にしながらカーテシーをした。


 優しく微笑む美しい顔……

 素敵な声。


 挨拶を終えると……

 白馬に乗り騎士達に合図をおくる皇子様。


 赤いマントを翻して馬に乗って駆ける姿が……

 涙が出る程に格好良い。




 ***




『グランデル王国の王妃ようこそお越し下さいました』

『 フローリア皇女様。お帰りなさいませ』


 港から皇都までの懐かしい道に横断幕が掲げられていた。

 手を振る人達。


「 皇女様~お帰りなさいませ~ 」


 ああ……

 覚えています。

 覚えてくれていた。

 忘れていません。

 忘れないでいてくれた。


 私は確かに……

 この国で生まれてこの国で育った。

 フローリアは涙が止まらなかった。


「 お母様はシルフィードの国民達に好かれていらっしゃったのね 」


 天真爛漫で愛くるしい表情がくるくると変わる皇女様。

 彼女は帝国民のアイドルだった。

 他国へ輿入れした時には皆がロスになった程だ。




 白馬に乗ったアルベルトを先頭に10台もの馬車が連なり、周りには騎士達が馬を走らせる。


 沿道には手を振る帝国民達。

 その町並みと、人々から感じるパワー。

 圧倒的な熱量に馬車の中にいるグランデルの人々は驚きを隠せなかった。


「 国力が違う…… 」

 アンソニー王太子は呟いた。




 馬車の窓から垣間見える、赤いマントを翻して白馬に乗って駆けて行く皇子様をリズベットは見ていた。


 お母様とアルベルトお従兄妹様(にいさま)は少し似ている気がしますわ。

 お母様と叔父様は似てらっしゃるのかしら?


 お兄様はお母様似のハンサムなお顔なのに、少し背が低いのはお父様似。

 お姉様は可哀想だけどお父様似。

 わたくしは……お母様似だから……美人だと言われて来たのよ。


 格好良いアルベルトお従兄妹様(にいさま)と美人なわたくしが並んだら……

 きっとお似合いのカップルだと言われますわね。



 わたくし……

 アルベルトお従兄妹様に恋をしました。



 運命のベルが……

 カラ~ンカラ~ンと、リズベット14歳の頭の中に何時までも鳴り響いていた。







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― 新着の感想 ―
[一言] また、皇子様に恋した王女様のお話ですね。 また、レティが嫌な思いをしなければいいけど 成長した皇子様の対応を期待しますね❗ どうも、皇子様関係の王女様の恋の話しは前に嫌な思いしかないか…
[一言] 例え父母が防御しようともは崩御かな? 投稿お疲れ様です。
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