皇子様ファンクラブ
レティは最高学年の4年生。
昨年もそうだったが、この時期のレティに刺さる視線が半端ない。
皆が見ようとしているのだ。
皇子様の婚約者であるリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢と言う女性を。
新1年生から、レティの一挙手一投足を観察されているのだった。
高位貴族でも1年生はまだ成人していない事から晩餐会や舞踏会には参加出来ないので、公爵令嬢と会う機会は無い。
ましてや庶民棟の生徒達なら尚更だった。
レティの所属しているクラブにも新入部員が入部してきた。
真新しい制服に緊張した面持ちに、希望に満ちたキラキラした笑顔が初々しい。
「 14歳って……こんなに幼いんだわ 」
しかし……
こんな幼い私に恋をしたアルってどうよ?
一目惚れをしたと言っていたけど……
アルってもしかしたらロリコン?
あの時アルは17歳。
でもまあ、私は20歳の精神年齢だ。
3度も死を経験して来た事から、同じ14歳でも雰囲気は随分と違っていたのかも知れないけれども。
レティは童顔で小柄だからか見た目だけなら今でもかなり幼く見える。
レティを好きな大人達は……
きっと20歳の彼女の精神年齢に惹かれているのだろうが。
アルベルトは昔から随分と大人っぽい少年だった。
身長も高く体格も良いからか、学園に入学した位からは大人の女性といても何ら違和感の無いくらいに。
だから……
1度目の人生でのレティは、大人っぽいアルベルトに釣り合う様にと、子供っぽい自分を隠すために背伸びをして、めいいっぱい化粧をしていたのだった。
***
今日は雨。
雨の日の料理クラブは、並木道を通らずに学生食堂からの庶民棟への廊下を通って料理クラブの教室まで行く事にしている。
「 ノア君、ごきげんよう 」
「 お供します 」
雨の日は騎士クラブは休みなので、学生食堂には必ずノアがいて、料理クラブまでの送り迎えをしていた。
ノアとレティが出会った時は、レティと同じ位の身長で、ひ弱な身体で同級生達に虐められていたが、騎士クラブに入部してからは身長も伸びて、身体も随分と逞しくなっている。
ジャック・ハルビンの甥であるノアとは、ジャック・ハルビンの事が話題になってよく話をしている。
今回はミリアの父親の船上仮装パーティーの話に花が咲いた。
ノアとの会話は全てサハルーン語。
語学クラブの時間が終わると、ノアからサハルーン語をレオナルドと一緒に習っていたが、レオナルドの卒業とともに終わりになっていた。
2人だけで教室にいる訳にはいかないので。
だから……
昨年から、雨の日の料理クラブまでの送り迎えのひと時は、レティには楽しいサハルーン語の勉強の時間だった。
レティは待って貰っているのが申し訳ないと言ったが、彼は少しも苦では無い。
そもそもレティとの出会いは、料理クラブに通うレティに、叶わぬ想いを抱えたノアがこっそりと見ていたからだったのだから。
ノアもケインと同じで、アルベルトから学園内でのレティの護衛を頼まれていた。
勿論レティは知らない事だが。
ノアと歩いている時に何気無く廊下の掲示板を見ると……
『 会員募集中! 皇子様のファンクラブ 』の張り紙があった。
ふむ……
数日後。
レティは皇子様ファンクラブの活動をしている部屋の扉をノックしていた。
***
皇子様のファンクラブは昨年に発足していたが、当然ながら学園から正式に認められたクラブでは無い。
同志で集まった会員4人のサークル。
5人集まれば、サークルでも生徒会から、少しばかりではあるが活動費を貰える。
しかし、後1人が中々集まらなくて今に至る。
新入生を求めて……
せめて後1人だけでもと募集の張り紙を出した事て、レティの目に止まった。
彼女達はいわゆる『喪女』。
平民である庶民棟の女性徒達にも、金持ちで綺麗な生徒達がこの学園には沢山いる。
料理クラブのミリアやスーザン、ベル達もそのレベルの平民である。
喪女の4人は奨学生であった。
勉強を怠れば退学と言うプレッシャーの中で、彼女達は自分達の生き甲斐を見つけた。
それが皇子様だった。
3年生2人と2年2人だが、2年生は皇子様を間近では見た事が無い。
遠くからバルコニーに立つ小さい皇子様を見た位である。
3年生の2人は、1年生の時に皇子様を見ている。
遠くからだが……
それでも確かに皇子様はこの学園に存在していて、同じ空気を吸っていたのである。
2年生は3年生の話す皇子様の話を聞く事が好きだった。
どれだけ格好良いか。
どれだけ素敵に笑うのかと。
学園祭の時の皇子様のご奉仕喫茶に……は、上級生達に邪魔をされて入れなかったけれども、廊下にいたら皇子様が直ぐ側を通った事とか……
凄く良い香りがしたんだと。
2年生の2人には羨ましい限りであった。
そんな妄想ばかりをして楽しんでいるサークルに……
誰も入会してくれる事は無かった。
しかし……
そこにとんでもない雲の上の生徒がやって来たのであった。
「 こんにちは 」
まるで天使の様な……
絶対にこの世のものでは無いだろうと思う程の、とんでもない生き物が喪女達の前に立った。
彼女達のパニックが一頻り収まると、まだ入会のオッケーを出して貰っていないのにこの天使は自己紹介をし出した。
天使は、彼女達が名前でなく会員ナンバーで呼び合っている事を知った。
ふむ……
楽しい。
斯くして天使は……
無理やり会員ナンバー5番をゲットした。
恐れおののく喪女達は呼び捨てには出来ないと、天使は「5番様」と呼ばれる事となった。
***
「 リティエラ君……君は何を考えているのかな? そんなサークルに入るなら、生徒会に入ってくれれば良かったのに 」
俺が何度誘っても時間が取れないって……
お妃教育があるからと言って断ったのは誰だと、レティは激しく責められている。
「 そ……それは…… 」
生徒会長はレティの同じクラスのケイン。
成績優秀で、騎手クラブと語学クラブに所属している彼は大変な人気者だ。
ジラルド学園の生徒会会長は先生達から打診されて決まり、副会長や書記、会計は会長自らが選ぶ事になっている。
会長にアルベルト、副会長にラウル、護衛にエドガー、広報にレオナルド、会計&書記&雑用がレティと言う、学園史上最高のメンバーでの生徒会になったのは一昨年の事。
サークルの会員が5名になったからと、申請された用紙に『リティエラ・ラ・ウォリウォール』の名前があった。
我が国でウォリウォール姓は公爵家のみ。
「 大体君が何故殿下のファンクラブに? 」
「 そ……それは…… 」
何故かと聞かれても……
そこに皇子様ファンクラブがあったからだと言うしかないのである。
皇子様ファンクラブには厳しい掟がある。
『 皇子様は遠くから愛でるもの! 皇子様の半径30メートル以内には近付いてはいけない 』
破った者は除名させられるらしい。
この掟。
会員ナンバー1番から4番までには必要の無い掟だと言う事に、誰も気付いてはいない。
一体平民の誰が皇子様に近付けると言うのか。
「 成る程……遠くから愛でるのは正しいわ 」
私も皇子様の立ち姿が好きだし。
確かに……
あれは遠くから愛でるものだわ。
5番様は真面目に掟を守った。




