船上仮装パーティーのニャア!
突如現れた、目、鼻、口だけが出ている覆面の男。
背が高いだけでは無く……
逞しい胸、長い手足……
マントを羽織って歩く事に慣れているかの様な、その姿勢の良い歩き方……
覆面をしていても分かるそのカッコ良さに、女性達の目がハートになるのは必然的だ。
その覆面男の向かう先には……
何故だか自然に前が開けて道が出来る。
格闘技をするかの様な構えを取っている黒猫に向かって、黒のマントを翻しながら真っ直ぐに歩いて行く。
その圧倒的なオーラ……
2人に近付いてくる覆面男に圧倒され、エセ王子様は後退りしながらアタフタと逃げて行った。
!?
エセ王子様を投げ飛ばしてから来て欲しかったかも。
やる気満々だったレティは残念そうだ。
覆面男は黒猫の前に立ち、肩に手をやった。
「 大丈夫か? 何もされなかった? 」
「 うん! 大丈夫 」
本物の皇子様だ!
ヘンテコな覆面してても……皇子様だわ。
「 これなら正体は分からないだろ? 」
皇子様は自信満々だが、見る人が見れば分かると言ってレティは一頻り笑った。
「 それにしても……ラウルは何をやってるんだ!? 」
ラウルを見ると……
少し離れたテーブルでボサボサの髪と髭の預言者(←レティの主観)風の男と、妖艶な魔女と3人で大声で歌っていた。
お兄様はあんなもんよ。
小さい頃は、私は何度も置いてけぼりにされたんだから。
私がいる事を直ぐに忘れるせいで。
ラウルも……
直ぐに1人でフラフラと何処かへ行く奴には言われたくないだろうが。
「 それより誰と来たの? チケットが無いのに入れたの? 」
「 勿論1人で来たよ。連れは先に来てると言ったら通してくれた 」
覆面男はレティにウィンクをした。
丸くくり抜いた穴から見えるアイスブルーの綺麗な瞳が……
やけに強調されてやたらと色っぽい。
レティはちょっと赤くなった。
船上パーティーと言っても海に出るわけでは無いので、遅れて来る事も、途中で帰る事も可能だ。
受付で……
「 連れは先に来てる筈なんだ……チケット無しでも入れて欲しいな 」
そう言って、スタッフのお姉さんにウィンクをすると、ポ~ッと惚けたままに、コクコクと頷いて入れてくれたのだった。
何時も見慣れている筈のレティでさえも……
皇子様の色気たっぷりのウィンクに赤くなってしまうのだから、初めて彼を見た女性がイチコロなのも仕方が無い事で。
寧ろ……
こんな色気たっぷりのウィンクをされた貴女はラッキーだと言いたい!
この覆面男が皇子様とは知らなくても。
レティはアルベルトに、この船上仮装パーティーに行く事を伝えていた。
この船は料理クラブのミリアの父親の所有する船で、1度目の人生でのレティの最期の場所でもある。
何か手掛かりは無いものかと参加する事にしたのだと。
アルベルトも参加すると言ったが……
流石に平民のパーティーには皇太子は行けない事から、一時は参加を諦めたのだが。
最近は……
公爵邸に行く時は護衛を付けない事もあって、公爵家に行くと言ってこっそりと1人で城を出て来たのだった。
覆面は、仮装パーティーにはこれが良いと、ラウルから予め渡されていた。
「 ウフフ……やっぱり来たのね 」
レティが嬉しそうに、はにかみながら上目遣いで覆面男の瞳を見つめた。
「 レティの仮装を見たかったからね 」
可愛いと言いながら猫耳の耳をチョンチョンと触る。
「 ニャア!」
レティは両掌を顔の前でクニッとして猫ポーズをした。
「 ………… 」
「 ニャア、ニャア、ニャア 」
クニクニと猫ポーズを繰り返す。
「 ………… 」
覆面男は無言でレティを抱き上げてスタスタと歩き出した。
「 !?……ニャア? 」
片手でレティを抱きながらラウルの横を通り過ぎる。
「 レティを連れていく! 」
「 遅かったな。……おい! ……自重してくれよ! 」
あいつ……アルにニャア!をしたな……
ラウルはクックッと笑った。
覆面男は船室に続くドアを開けて、スタスタと長い足で歩いて行く。
最初にあった部屋のドアは使用中なのか鍵が掛かっている。
イラっとしながら次の部屋に。
どうやら休憩用に何部屋かを開けている様だ。
誰でも使用出来る様にと。
この手のパーティーには必ず用意されている部屋である。
ソファーの上にそっとレティを下ろした。
「 アル? 」
覆面男は覆面を取ると……
レティにいきなりキスをして来た。
「 !? 」
驚くレティに角度を変えて何度も口付けをする。
「 な……何? いきなり…… 」
「 もう1度……猫のポーズをやって…… 」
唇を外すと……
熱い瞳で猫のポーズを懇願する。
「 ニャア? 」
掌をクニッと曲げたら……
たまらないとばかりにまたレティの唇を奪う。
完全にスイッチが入った皇子様。
こうなるとレティはされるがままだ。
また……唇を外して……
「 レティ、もう1度……やって…… 」
「 ニャア、ニャア、ニャア 」
やけくそでニャアニャアやるレティに、皇子様は嬉しそうに何度もチュッチュッとキスをする。
その後……
これを繰り返しやらされた。
「 もう! いい加減にしてよ! 」
流石に30分もやらされたんじゃレティもキレる。
「 最後に一回だけ…… 」
うるうるお目々で懇願される。
もう! 最後だからね。
「 ニャア! 」
「 ………… 」
レティはまた顔中にキスをされるのだった。
ニャアニャアプレイは……
皇子様お気に入りのプレイになった。
***
覆面を被った皇子様は……
唇を少し腫らした真っ赤な顔のレティと、手を繋いで甲板に戻って来た。
満足が行くまで黒猫を貪って……
皇子様はご機嫌である。
お兄様が……
アルの前ではやるなよと言った意味が分かったわ。
あれだけ盛り上がるとは……
もう……散々な目に遭ったじゃないの!
猫耳カチューシャを並べている棚には、恋人の前ではニャアニャア言わない様にと言う注意書きを貼ろうかしら……
ご満悦顔のアルベルトを睨み付けながらレティは思った。
甲板上では、皆が踊っていた。
学園でのクリスマスパーティーの時に、庶民棟の生徒達が踊る平民達が日頃から楽しんでいるダンスだ。
その横をアルベルトと2人でこっそりと通り過ぎて……
レティが突き落とされた場所に向かって歩いていく。
あの日も……
1度目の人生のあの時も……
船室から出て来てここまで走ったのだ。
楽しげにダンスを踊ってるラウルとジャック・ハルビンを見ながら、レティは耽る。
「 ここにいても大丈夫? 」
「 うん……アルがいるから…… 」
ここはレティが突き落とされた場所。
アルベルトはレティを後ろから抱き締める。
あの時……
この船で一体何が起きたのだろう。
船が出港する前。
甲板には沢山の人がいた。
ジャック・ハルビンから渡された物が魔石なら……
軽かった事から、何らかの魔力が込められた魔石なんだろうけど。
あの時……
海に落ちる瞬間に皇太子殿下がタラップを駆け上っていた。
やはり、皇太子殿下に渡せと言う事?
多分……
殿下よりも先にグレイ班長が駆け上って来た筈よね?
自分から先頭を行くのがグレイ班長だもの。
私は走る方向を間違ったのか?
少なくとも殿下の方に向かって走ったなら、海に突き落とされる事も無かった筈。
レティは海を見ながらぼんやりと1度目の人生での事を考えてた。
もう13年も前の出来事だ。
その間に……
2度も壮絶な人生を生きて来たのだ。
あまり覚えていないのも仕方の無い事。
そして……
あの後、出港した船が爆発した事を2度目と3度目の人生で知る事になった。
爆発した原因は何?
アルベルトはレティの頭に唇を寄せる。
優しい彼は……
レティが話してくれるまでは何も聞かない。
記憶が混沌としてる事から、レティはそれが有り難かった。
その時……
「 皆様! 本日は我が船のパーティーにお出で下さり有り難うございます 」
主催者側の挨拶が始まった。
レティは何となく挨拶をしてる人を見た。
「 …………… 」
「 うそ…… 」
私を海に突き落とした男。
彼は……
ジャック・ハルビンと……
親しげに……話しをしていた。




