閑話─公爵令嬢のドロップキック
どの国でもそうだが……
公爵夫人と公爵令嬢はその国の貴族の女性のトップとして君臨している。
外交においては、公爵夫人は王妃や皇后の補助と言う重要な接待をする。
時には自宅にまで外国客を招き、外国の夫人達をもてなしたりする事もあると言う。
そして……
その国の貴族のトップ令嬢として貴族令嬢達のお手本であり、憧れられる存在である事が公爵令嬢に求められる姿。
皇女や王女が比較的自由に我が儘いっぱいに育てられる中、皇族や王族に嫁ぐかも知れないと言う立場である公爵令嬢は、生まれた時からとても厳しくしつけられて育てられる。
公爵令嬢を見れば、その国の品位が分かるとまで言われている程で、親達も必死で最高の女性になる様にと育て上げるのである。
だからか……
最近では、優秀な公爵令嬢は、外交に力を入れる国の王族からの婚姻を求められる声も多くなって来ている。
我が儘で高慢なお飾り王女よりも、公爵令嬢の方が役立つ存在だと言う認識が高まって来ている事もあって。
何にせよ、まだまだ政略結婚が当たり前の世界だ。
そんな中で……
シルフィード帝国の皇太子殿下と公爵令嬢との婚約は、他国からも注目されている。
皇太子殿下と恋愛をしている公爵令嬢とは、どんな素晴らしい令嬢なのかと。
***
「 ラウル! レティ! 朝から食べ物の取り合いは止めなさい! いい歳をしてみっともない 」
シルフィード帝国の公爵令嬢は朝から、兄と朝食の取り合いをして母親から叱られていた。
ローズは朝から機嫌が悪い。
いや、機嫌が悪いのは先日のご夫人達のお茶会が終わってからである。
貴族の夫人達にとっては昼間のお茶会が活動の場。
情報交換をして国の様々な出来事を知るのである。
要は、噂話をして退屈な日々を楽しんでいるだけなのだが。
だから……
このお茶会に出ると出ないとの差は大きい。
貴族夫人達にとっては、お茶会に招待をされるされないと言う事が最大の関心事であった。
高位貴族の夫人は下位貴族夫人によって主催されるお茶会には行かない。
だから公爵夫人のローズは自分でお茶会を開くか、皇后陛下のお茶会に出向くしか噂話を聞く事が出来ない。
公爵家のお茶会は人気で、皆が招待状が届くのを待っている。
娘が皇太子殿下の婚約者なのだからその人気の高さは当然だが……
嫡男ラウルが結婚適齢期に入ってもまだ婚約者がいない事から、令嬢達も挙って参加を希望するので毎回招待客には頭を悩ませている所だ。
そんな中での先日のお茶会……
ラウルの話どころか、レティのドロップキックの話に花が咲いたのである。
卒業プロムで派手にやらかしたもんだから、親達もその場にいた子供達から聞いている事である。
「 皇太子殿下のご婚約者様は、大層ご活発なご様子で…… 」
「 殿下は格闘技をなさる女性がお好きなのですねぇ 」
ホホホと扇で口元を隠してせせら笑いをする夫人もいる。
「 穴があったら入りたかったわ! 」
過去に何度も穴を掘らされてるローズは、ルーカスに涙ながらに訴えた。
「 我が家だけでなく殿下まで恥ずかしい思いをなさるのよ?レティのせいで! 」
公爵令嬢が……
いや、世の中の貴族女性が殿方にドロップキックをかますなんて前代未聞。
ローズの怒りは凄まじかった。
レティは何処に出しても恥ずかしく無い公爵令嬢である。
マナーも所作も完璧な令嬢になる様に育ててきた。
しかし……
何処でどう間違ったのか
殿方にドロップキックをかます令嬢になっていたのである。
「 だって……私の正拳突きでは、あんな図体のデカイ男は倒せないのよね。だからドロップキックしか…… 」
「 おだまり! そんな話は令嬢のする話ではありません!ラウルじゃあるまいし……いいえ! ラウルでもそんな真似をしたことはありませんよ!」
「 あるよ、あるある! ローランド国で暴漢に襲われた時に一発かましたな! 」
「 まあ! カッコ良いですわ。お兄様……どんな相手でしたか? 詳しく……」
レティは目をキラキラさせて、ラウルに話を聞こうと身体を乗り出している。
「 レティ! 」
お前と言う娘は……
怒りの形相のローズの小言は延々と続いた。
「 それで……殿下は何と申しておるのだ? 」
ルーカスがローズを宥めつつレティに聞いた。
その後の両家の婚約破棄は公爵家が間に入らなくてもすんなりいった様だ。
あの騒動に、皇太子殿下の婚約者が乱入した事が全てだったのだから。
一連の騒動はルーカスも知っていたが、アルベルトがどう思ったのかは聞いてなかった。
アルは、自分に言わないでプロムに行った事を怒っていたけど。
それは私があの断罪事件があると知っていたなら、予め自分に言うべきだと言う事であって……
ここでそれは言えないし。
「 殿下は……何も仰らなかったわ。でも……女性に暴力を振るうなんて許せないですわ 」
あの伯爵令嬢は鼓膜が破れた事から、きっとその後にも殴る蹴るの暴行をされた筈。
う~っ! とんでも無い奴だわ……ムカつく……
かかと落とし位はかましとくべきだったわね。
この勇ましい娘をどうしたらものやら……
ルーカスは自分の眉間をギュッと押さえた。
「 そもそもレティは何故あの場所に行っていた? 卒業生だけのプロムだろうが? 」
一難去ってまた一難。
流石にお父様。
尋問が得意だと聞いた。
「 来年の……参考に……皆はどんなドレスを着てるのかな~って 」
私が店をやってる事はもう家人達の皆が知っている。
「 殿下が何も言わないなら、もうこの話は終わりにしよう 」
ローズはまたまだ怒りが収まらない様子だが……
ルーカスは、もはや自分の手に負えない領域に入った娘を、アルベルトに丸投げをしているのであった。
シルフィード帝国の皇太子殿下の婚約者はドロップキックをする公爵令嬢。
この噂は世界にも広がって行った。
読んで頂き有り難うございます。




