閑話─面倒くさい女
「 はぁ…… 」
また借金をしてしまった。
ラウルは出来たばかりの店を改装した。
ソファー、壁紙、絨毯に至るまで、全ての配置までごっそりと変えた。
まさか自分の店に、あんなとんでも無い女が来るとは思わなかった。
ただの歌姫だと思って来て貰っただけ。
男性スタッフだけの店に華を添えようと。
自分と店のスタッフが軒並み彼女に魅了されたのだ。
店を辞めたスタッフもいる。
ここにいたら思い出すからと。
そう……
俺達は本気で彼女に惚れたのだ。
命をも捧げる位に真剣に。
魅了の抜けた今は喪失感しか無い。
あの本気の恋が恋じゃ無かったなんて……
「 俺……もう一生恋は出来ないかも 」
本気の恋と言えば……
この皇子だ。
彼は俺の妹に本気で惚れているのだ。
あの女の魅了が掛からなかった程に。
エドガーとレオナルドもラウル程では無いが、あの女に魅了されていた。
あの2人に取られるかも知れないと言う焦る心で、ラウルは結婚を急いだのだった。
「 女は懲り懲り。俺は暫くは仕事に邁進する 」
「 ああ、俺も剣の道に生きる! 」
「 女は……もう、面倒くさいわ 」
シルフィード帝国の3大貴族の嫡男で、ルックスも良く、将来も有望視されてる優良物件の令息達がこれでは……
帝国の令嬢達は哀れであった。
面倒くさいと言えば……
この3人はレティが一番面倒くさい女だと思っている。
「 アル! レティは物凄く面倒くさい女だろ? 」
「 ああ……面倒くさい………でも、そこがまた可愛いんだ 」
アルベルトは嬉しそうに横を見た。
ラウルの店の新装開店のお祝いで、レティも店に来ていた。
アルベルトの横にちょこんと座って、静かにお酒のツマミをモグモグと食べている。
お酒のオツマミって甘いものが少ないのよね。
あるのはチョコレートだけってどうよ?
4人が話し出すと、蚊帳の外になってしまうのは昨年の生徒会では毎度の事。
この4人は本当によく喋る。
オレンジジュースのボトルが空になったので、鈴を鳴らしてスタッフを呼ぼうとしたら……
テーブルの上にあるお洒落なボトルに目が止まった。
このボトル可愛い。
お酒の色も綺麗。
グラスに注いで飲むと……
「 あら!? 美味しいわ……甘い……美味しいぃぃ 」
これお酒なの?
お酒ってもっと苦いのかと思っていたわ。
甘い物が大好きなレティは、グラスに注いではごくごくと飲み続けた。
4人は話に夢中だ。
個室であるから、周囲を気にする必要も無いので色んな話をしやすい事もあって。
それは突然に始まった。
「 アルにチュー 」
「 お兄様にもチュー 」
「 !? 」
「 何だ!? 」
レティがフラフラと立ち上がり、アルベルトとラウルの頬にキスをし出した。
「レオナルドにも……… 」
「 うわーっダメダメダメ、レティ! 」
アルベルトがレオナルドにチューをしようとするレティの腰を引き寄せた。
「 何だよアル? レティおいで~チューしよう 」
「 レオナルドに~ 」
両手を広げるレオナルドに抱き付こうとしているレティは、真っ赤な顔をして目の焦点が合わない。
アルベルトがレティの手を引き、抱き抱える。
「 駄目だよ! レティ! 」
「 誰だ? レティに酒を飲ませたのは? 」
こいつはまだ酒を飲んだ事が無いんだぜと、お兄ちゃんがあたふたしている。
ボトルが一瓶空になっている。
いきなり一瓶も飲んだのか!?
「 じゃあ、エドガーにもチューは?」
「 俺の胸の中にもおいで 」
エドガーとレオナルドがレティに向かって手を広げる。
「 ウフフ……良いわよ~ 」と、ヨロヨロと2人にチューをしに行こうとする。
「 エロガぁ~に~ 」
「 何が良いわよだ! ラウルはともかくお前らは駄目だ! いや、ラウルも駄目だけど……… 」
アルベルトはそう言ってレティを自分の膝の上に座らせた。
「 ウフフ……アルにチュ~ 」
アルベルトの頬を両手で挟んでチュッチュッと唇にキスをしてギャハハハハと笑うレティ。
この酔っぱらいが!
「 ほら! お水飲んで 」
赤い顔をしたレティにアルベルトは水を飲ませる。
ゴクゴクと水を飲み干すと……
いきなりレティからバチンと頬を叩かれた。
「 痛いよ、レティ 」
「 私以外の女と…… 」
「 えっ!? 」
急に真面目な顔をして、アルベルトの頬をペチペチと叩く。
「 あ~んな事をしたのはこの口かぁ! 」
「 してないから! キスなんかして無いよ 」
レティはじっとアルベルトの瞳を見つめる。
凄い至近距離だ。
究極の睨めっこ。
「 うわ~やっぱり魅了の女の事を根に持ってるよ 」
「 可哀想になぁ。トラウマだよトラウマ 」
「 レティ、もっと殴ってやれ! 」
ラウル達が面白がるが……
アルベルトは胸が痛い。
トラウマか……
「 レティ、仲直りの頬っぺにチューは? 」
「 しない! 仲直りはしない! 」
「 どうして? 」
「 ※#※☆*×*#☆だから……… 」
そう言いながら、アルベルトの逞しい胸に顔を埋めてうつらうつらとし出した。
「 うわ~これ何を言ったのか気になる 」
「 永遠に分からないやつだ 」
「 ラウル! 一旦レティを連れて帰るよ 」
「 もう、面倒くさい奴だな! その辺に転がせとけ 」
これは絶対にお袋に叱られるぞ!と、ラウルは両手で頬を押さえた。
「 レティ、送っていく 」
「 送られましぇ~ん 」
フニャフニャと空を切るレティの手を取ると……
「 抱っこ 」
……と、言って手を伸ばして来た。
甘えてくるレティが可愛い。
「 外に出てからだ 」
個室は店の中を通らずに出入り出来るが、通路が少し狭くてドアの高さも低い。
ユラリユラリと眠たそうにしているレティの手を引いて外に出る。
春先だからまだ夜の外気は寒い。
護衛騎士が馬車を呼びに行こうとするが……
「 いい! 酔い覚ましに歩いて行く 」
アルベルトはそう言うと、レティをおんぶする為にしゃがんだ。
「 レティ、おぶさって 」
「 おんぶ? おんぶだぁ~ 」
キャハハハと掌を腰に当てて高笑いをしている。
「 おいで 」
レティがキャハハハと笑いながら、凄い勢いで背中に飛び乗って来た。
「 うわ!? こいつ…… 」
前につんのめりそうになるのを辛うじて踏ん張りながら、よいしょと立ち上がる。
「 ちゃんと寄り掛からないと落ちるよ 」
「 走れ! 」
アルベルトの背中の上で、背筋を伸ばして腕を前に出して指を差した。
「 ………… 」
すると……
またキャハハハと高笑いをして……
今度はアルベルトの首に腕を回して、甘える様に頭を寄せて来た。
「 本当に……面倒くさい女だな…… 」
アルベルトはクスリと笑った。
だけど……
なんて心地良いんだろう。
耳元でスヤスヤと寝息を立てるレティが愛おしい。
「 レティ、月が綺麗だよ 」
「 月は食べれませんから! 」
小さな声で呟くアルベルトに、何故かハッキリと答えたレティが可笑しくて……
クックッと笑う。
相変わらず食い意地が張っている。
アルベルトはレティの温もりを背中に感じながら……
街路樹のある夜の街をゆっくりと歩いた。




