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大きな存在

 



 その日アルベルトは南部の地域に視察に行っていた。

 アルベルトの中では、道を作ると言うビジョンが既に始動していたのである。


 気の遠くなる様な行程だが、一歩一歩確実に進める事が大切な事だと、様々な公務をこなしながら前に進めていた。


 皇帝陛下や宰相、各大臣達や領地を持つ貴族達にプレゼンするには、膨大な資料が必要な事もあって、まだまだ先は見えなかったが。




「 殿下! 皇都の空が赤いのですが……火事かも知れません 」

 御者の横にいる護衛騎士が窓越しにアルベルトに報告をする。


「 今日は風が強いからな……広がらなきゃ良いが…… 」

「 いや……かなり大規模な火事の様ですね。北の空が真っ赤だ 」

 抱えていた書類を横に置くと、クラウドが窓から身を乗り出して進行方向である北の方角を見ていた。


 皇都が近付くと、巨大な宮殿のシルエットが更に大きくなる。

 どうやら火事は宮殿よりも北の方で起こった様だ。



 風が強い日は馬車も風に煽られない様にゆっくりと進む。

 今日は移動しやすい様に、皇太子殿下専用馬車では無くお忍び用の馬車に乗っていた。


 皇都に入ると北の空にはもう赤い炎は無かった。

「 どうやら鎮火した様ですね 」

「 広がらないで良かった 」


「 ルーピン達が消し止めたんだろう 」

 騎士とクラウドが話すのを聞きながら……

 手に持っていた書類から目を離さずにアルベルトは言った。



 水の魔力使いの火災における活躍は素晴らしかった。

 因みにアルベルトはドラゴン討伐以来、活躍する場は無かった。

 戦いにおいての最大の魔力なのが雷の魔力。

 戦いでは最も重宝されるのだが……


 魔道具への融合のお呼びが無いのが気に食わない。

 魔力を放出する瞬間がお気に入りのレティに、格好良いところを見せたいのに。

 皇子様は……

 大好きな彼女に何時でもキャアキャアと言って貰いたいのだから。




「 皇子様の御帰城ですーーっ! 」

 皇宮に入ると、門番がラッパを吹いてアルベルトの帰城を知らせる。


 少し前を走っていた馬車は端に寄り、待機してアルベルトの乗っている馬車を先に通らせる。


 正門に到着しクラウドとアルベルトが馬車から下りると、後ろに付けて止まった馬車から騎士達が転げ出て来た。



「 殿下! 殿下! リティエラ様が! 」

「 !? 」


 見れば騎士達はびしょ濡れでガタガタと震えている。


「 何があった? 」


 騎士達は、先程の火災にレティが医師として現場に行った事、魔力を使い果たしてルーピンが倒れた事、そしてレティは庶民病院に行った事を搔い摘まんで説明した。



 アルベルトは公爵家の馬車の中を確認して、中で緊張して手を固く結んでいるマーサに優しく言った。


「 虎の穴の薬師に事情は説明できるか? 」

「 はい! 」

「 では、このまま虎の穴に向かい、ルーピンを下ろしたら公爵邸に帰りなさい。レティは私が迎えに行く。ローズにも安心する様に伝えてくれ 」

 マーサはコクンと頷き、御者のフランツも頷いた。



 アルベルトは踵を返してクラウドの側までやって来た。

「 ルーピンはこのまま虎の穴に運び、医師を向かわせて、ポーションを与えろ。」

「 御意 」


 クラウドが、出迎えに来ていた女官長や侍従や侍女達に指示を与えて、馬車には女官長と警備員を乗り込ませて虎の穴に向かわせた。



「 殿下……申し訳ありません 」

 ガタガタと震えながら騎士達はアルベルトの前で膝を付いた。

 護衛対象であるレティを1人にしてしまった事を懺悔しているのだ。


「 お前達は直ぐに暖を取り、着替えた後に報告書を書きなさい。その後は帰宅して構わない 」

「 ………御意……… 」


「 クラウド! このまま庶民病院に向かうぞ! 」

「 御意 」


 アルベルトは下りたばかりの馬車にクラウドと乗り込み、庶民病院に出発した。



 全く……

 俺の婚約者は何時も何時も斜め上を行く。

 どうか何事もなく無事でいてくれ……




 ***




 病院に着くと治療が終わったのか静まり返っていた。



「 皇太子殿下のご来訪です。礼を尽くしなさい 」

 クラウドが病院のスタッフ達に言うと、皆が一斉にひれ伏した。

 ここは庶民病院なので、貴族はいない。


 ロビンがアルベルトの前に立ってレティや患者達から聞いたある程度の事情を説明する。


 平民と言えどもそこは医師。

 皇太子殿下を前にして、目も合わせられずに床にひれ伏している平民達とは違って医師と言う権威がある。



「 それで私の婚約者は今何処にいるのか!? 」

 事情は大体分かったが、肝心のレティの姿が見えない。


「 まだ、病院内におられるとは思うのですが…… 」

 病院のスタッフ達も姿を見ていないと言う。



 入院してベッドで寝ている重症患者達は、皇太子殿下が婚約者を迎えに来た事を聞いて驚いた。

 彼女は……

 公爵令嬢であり皇太子殿下の婚約者だったのかと。


「 俺……治療して貰っちゃった 」

「 私も…… 」

 あんな高貴な人が……

 我々平民達の治療をするばかりか、何時も横柄な態度のあの嫌な医者を叱責してくれたのだと皆が喜び、中には涙を流す者もいたのだった。




 最近、皇宮病院の病院長から病院の改善の要望を聞いたばかりのアルベルトは、クラウドにロビンや病院のスタッフ達に詳細を聞くように指示をして、病院内にいるであろうレティを探しに行った。


 全く……

 俺は何時もレティを探しているな……

 アルベルトは静かな病院の廊下を歩きながらクスリと笑った。



 病棟から少し離れた廊下に歩いていくと、そこの廊下には灯りは1つしかなく、薄暗い廊下に面して沢山の扉があった。

 どうやらここは伝染病患者対応の隔離病棟の様であるが、今は伝染病が流行って無いこともあってか誰もいない。



 目をすがめて見ると奥に白い物体が見えた。

 近付いて行くと……

 白い物は白衣で……

 白衣を着たレティが廊下の奥に膝を抱えて小さく踞っていた。



「 レティ…… 」


 名前を呼ぶと、彼女は膝に伏せていた顔を上げて、虚ろな表情でアルベルトを見上げた。

 何処か体調が悪いのかとアルベルトはレティの側に駆け寄り、膝を付いた。


「 大丈夫か? 怪我は無い? 」

 レティはぼんやりとアルベルトを見つめながら顔を横に振った。

 泣いていたのか……

 目が赤くなっている。



 白衣の下から見えるドレスの裾は引き裂かれていて、白い足が見える程だ。

 ドレスの裾を包帯代わりに使ったのか……

 彼女が火事場でどれだけ奮闘したのかが分かる。



「 この部屋はね……2度目の人生で私が死んだ場所なの 」



 レティは、1度目の人生と3度目の人生の話は結構アルベルトに話してはいたが……

 特に騎士時代は楽しかった様で……

 しかし……

 2度目の人生での医師時代の話はあまりしなかった。


 アルベルトは、レティのループの話は無理に聞き出す事はしないで、彼女が話してくれるのを待つだけにしていた。


 勿論……

 聞きたい事や知りたい事は沢山あるのだが。




「 流行病にかかって……ここに隔離されて……死んじゃったの 」

「 ………… 」


 こんな所で死んだのか。

 こんな所でたった独りで……

 公爵令嬢が……

 我が国の筆頭貴族である公爵令嬢が。

 僅か20歳で……


 アルベルトは、小さく踞って膝を抱えているレティの隣に座り、肩を抱き寄せた。

 頭をコトンとアルベルトの肩に寄せて、甘える仕草をするレティが愛おしい。



「 私の世話を最期までしてくれたのがユーリ先輩なの 」

 ユーリ先輩は……

 私の為に泣いてくれたのだとレティが小さな声で呟いた。


 ここにも……

 俺の知らないレティとユーリの強い繋がりがあった。

 レティの、ユーリを見つめる目が特別なのも今なら分かる。

 グレイを見る時の目と同じ様に……



「 レティ……何度でも言うよ。4度目の人生の今は……僕がいる。僕がずっと君の側にいるから。決して君を独りで死なせたりはしない 」

 僕はこれでも皇太子だからねと、アルベルトが眉を上げてレティの顔を覗き込んで来た。


 レティの大好きなアルベルトの顔だ。

 今にも泣き出しそうだった彼女の顔が安心したように綻んだ。

 アルベルトは優しくレティの頭に唇を落とした。



「 あっ!……そうだ! 病院の鍵を開けさせる為に、私は皇太子殿下の婚約者だからって言っちゃったの……勝手に名前を使ってごめんなさい 」

 医師の証明書を見せても、こんな小娘が医者の筈が無いと言って取り合ってくれなかったのよ。

 ……と、レティが口をへの時に曲げた。



「 良いよ、君は僕の婚約者なんだから、いくらでも皇太子の名前を使えば良い 」

「 殿下に言って拷問部屋送りにして、石臼の刑にして身体をすり潰すと言ったら直ぐに鍵を開けてくれたわ 」

 レティは口元を押さえて凄く悪そうな顔をした。


「 石臼の刑……それって…… 」

「 魔法使いと拷問部屋の拷問ね 」

「 またその本…… 」

 全く……どれだけ影響を受けているんだか……



 白衣を着ているレティの身体が、寒そうに少し震えているのを見たアルベルトは……


「 レティ……ここは冷える……もう帰ろう 」

 アルベルトはレティをヒョイと抱き上げて、片腕で抱えた。


 アルベルトの首に手を回して捕まりながらレティは考えていた。


 そう………

 閉めていた扉の鍵を開けてくれたのも、ゴードンが大人しく病院から出ていったのも、私が皇太子殿下の婚約者だから。


 ローランド国の医師達との会議を、学生である私の帰りを待って開いてくれたのも、私が皇太子殿下の婚約者だからだ。

 彼等にとっては私は17歳の小娘でしか無いのだから。


 そもそも、ローランド国との医師や薬師達の交換視察の話に、ウィリアム王子が耳を傾けてくれたのも、私が皇太子殿下の婚約者だからなのだろう。



 何もかもが、皇太子殿下と言うビッグネームで成し得た事なのだと、今更ながらにその存在の大きさに泣きそうになる。


 レティは、自分を抱きながらズンズンと歩いていくアルベルトの耳元で小さく呟いた。


「 アル……有り難う…… 」


 アルベルトはニコリと微笑んでレティに頬へのキスをねだると、彼女は恥ずかしそうにチュッとキスをした。


 こうして医師レティは、アルベルトに連れられて病院を後にした。




 2度目の人生では……

 レティは約2年後に庶民病院に来る事になるのだが、それはもう実現しない未来である。



 皇太子殿下に病院の改善を申し立てた病院長は、皇宮病院と庶民病院の病院長である。

 各々の病院の管理は各々にいる副病院長がしてる事だが。


 後に……

 病院長は、庶民病院の杜撰な管理をアルベルトに糾弾される事になり、医療界は皇太子殿下の名の元に大規模な改善をされる事になる。


 勿論、医師である皇太子殿下の婚約者がその立役者になった事は言うまでも無い。









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