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庶民病院での記憶

 



 レティは意識を失ったルーピンの診察をした。

 しかし……

 やはり異常は無い。


 だけどこれがアルベルトと同じ状況ならかなり危険な状態であるらしい。

 魔力の袋が空になれば命が危ないのだから。


 アルの時は……

 私とのキスで命が助かったとルーピン所長が言っていた。

 あれ?

 もしかしたらさっきの掌へのキスは……そう言う意味?


 でも……

 アルの時は……

 2人の心が通じあっているからこその命のキスだとしたら、やはりルーピン所長は違う。


 魔法の部屋での……

 あの激しいキスを思い出す。

 レティは顔がカァ~っと熱くなり、両手で顔を覆った。



 駄目だ……

 惚けている場合じゃない!

 レティは頭をブルンブルンと横に振る。


 ポーションだ!

 やっとポーションの真の威力を試す事が出来る!


「 ルーピン所長を虎の穴に運びます! 」


 レティは、ずぶ濡れの騎士達にも馬車に乗る様に言った。

 冷たい風が吹き荒れてガタガタと震えている彼等を、早く着替えさせて暖を取らさなければ、低体温になり命が危ない。




 もう、怪我人もいないだろう。

 残り火が無いかを確認していた消防団員や自警団員達も一旦引き上げる様だ。

 皆はレティ達に敬礼をして来た。

 少しの間でも我々は同志だったのだから。


 水の魔力使い達が心配そうにルーピンを見ていたが、レティは大丈夫だと親指を立てた。

「 貴方達も栄養と休養が必要だからね! 」


 騎士達がルーピンを馬車に運び入れ、レティもマーサと共に公爵家の馬車に乗った。




 その時である。


「 お医者様ーっ! 」

 ガラガラと車輪の音を立てながら荷車の御者が叫びながらやって来た。


「 お医者さま! 病院が……病院が……鍵を閉めて……開けてくれません 」



「 何ですって!? 」

 レティは、瞬時に馬車から飛び下りてその荷車に飛び乗った。


「 私が行くわ! 皆は虎の穴に急いで! ルーピン所長にはポーションを飲ませる様に薬師に言って! 」

 この時間ならまだ薬師達も虎の穴にいるだろう。


 ガラガラと荷車は走り出した。

「 それからーっ! 2人はちゃんと着替えなきゃ駄目よーっ!これは医師命令だか*#※×………… 」


 最後の言葉はもう聞こえなかった。



「 リティエラ様!? 」

「 お嬢様! 」 


 レティは荷車に乗って行ってしまった。




 ***




 病院に鍵を掛けてるって……

 一体何故?

 私がいた頃は何時でも開いていたわ。

 いや……

 あれは未来の庶民病院の事だから……

 今は違うのかも……



 レティの乗った荷車が庶民病院に着くと、病院の前には沢山の人で溢れ返っていた。


 この冷たい風が吹き荒れる中……

 子供の泣き声や病院に文句を言う人の怒号が飛び交い、レティが応急措置をした患者だけでは無く、自力で病院に来た人達が座り込んだり、また、重症患者は壁際に寝かされていた。


「 わたくしは医者です。 病院を開けてください 」

 レティが建物の窓に駆け寄る。

 すると、皆がザザ~っと道を開けて通してくれた。


 医者だって?

 この少女が?


 すると……

 中の男が窓を開けてレティをじろりと見てきた。

 背の低い小太りの男だ。

 レティは医師の証明書を見せた。



「 あんたみたいな小娘が医師の筈無いだろ? 嘘を付くと自警団を呼ぶぞ! 」

「 医師の証明書をちゃんと見てください。 他の医師は居ないの? 」

「 今は誰も居ないから開けても仕方無い 」

「 だからわたくしが医師なんですから、病院を開けなさい!」

「 しつこい冗談は止めてくれ! こんな小娘が医師の筈は無い! 帰れ! 」


 医師の証明書を見せても拉致が開かない。

 元気なレティまでもが寒さで震えが止まらない。



 仕方無い……

 権力の行使はしたくは無かったけど……


「 わたくしはリティエラ・ラ・ウォリウォールです。 皇太子殿下の婚約者ですわ! 」

 中の男は、窓から身を乗りだしレティを凝視する。

 周りの皆もレティに注目をした。


「 早くここを開けなさい! でないと殿下に言い付けて拷問部屋送りにして、石臼の刑にして身体をすり潰してあげますわ! 」


 石臼の刑?

 もしかして魔法使いと拷問部屋に出てくるあれ?

 患者達がざわざわとしている。

 重症患者も目を瞑って考えている。

 石臼の刑って……



 背の低い小太りの男は真っ青な顔をして、レティの持つ医師の証明書を確認する。

「 リティエラ・ラ・ウォリウォール……本物だ…… 」

 ガチャガチャと鍵を開ける音がして、扉が開けられた。


「 申し訳ございません……… 」

「 煩い! そこをどいて、お前は動けない患者を中に運べ! 」



 診察室に入ると……

 数名の看護助手である女性と、1人の男がいた。

 入院している患者もいるので、病院には必ず1人の医師が常備し、患者の世話をする医療助手が雇われていた。



「 ゴードン……先生…… 」

 レティは中にいる人物に驚いた。


「 何だ? お前は? 」

 近付いて来た彼からは酒の匂いがした。


 背の低い小太りの男がゴードンに駆け寄り耳打ちをする。

「 これはこれは、貴女が噂の皇太子の婚約者様のウォリウォール先生ですか…… 」

 ゴードンが揉み手でレティに近付いて来る。


「 居留守とは……どう言う事ですか?」

「 1人では対応出来ないだろうから 」

「 お酒を飲んでいたから開けれなかったのでは無いですか? 」

 ゴードンはテーブルの上に乗っている酒の瓶を慌てて隠した。


「 今夜は患者がいなかったもので…… 」

「 例え患者が来なくても、病院には入院患者がいるのですよ!? これは……病院長に報告させて頂きます。今夜は帰って下さい 」

 こんなに酒臭い奴に診察なんてやらせられない。

 ゴードンは、ぶつぶつ言いながら診察室から出ていった。



 レティは引き出しを開けて新しい白衣を取り出して、腕を通した。


 懐かしい……

 変わらない場所。


 レティがこの病院に来るのは2年後の事なのだが……


 軽傷患者は待合室に待機させ、重症患者はベッドに運ばせて1人で治療を始めた。


 それにしても……

 皇太子殿下の名を出さなければ開けないなんて……




 レティの2度目の人生で庶民病院に移動して来たばかりの頃。


 ヨハン・ゴードン30歳……多分。

 彼は平民の医師で……

 2度目の人生で私がここに来た時に、女だからと貴族だからと馬鹿にして来た嫌な奴だった。


「 お貴族医師様は、暇な皇宮病院でやぶ医者を貫けば良いのに何故こんな所に来たのかね? 」


 貴族だからと馬鹿にされたのは生まれて初めて。


「 スキルをあげる為ですわ 」

 皇太子妃の主治医になりたくない事は置いといて、ここは医師としての主張の王道を言わせて貰う。


「 はっ!? お嬢ちゃんが?……庶民病院の医師を嘗めるなよ ! それでお貴族医師の指導医は誰に?……何なら俺がなろうか? 」

 ゴードンがニヤニヤしながら近寄って来る。


 怖い……


 恐怖で後ろに一歩下がった時に……

「 それは、皇宮病院でも指導医だった私が引き続きやらせて貰う 」

「 誰だお前は!? 」


「 ユーリ先輩? 」

 ユーリ先輩が私とゴードンの間に庇うように入ってくれた。


「 どうして…? 」

「 俺もこっちに移動届けを出してきたよ 」

 その背中に……

 しがみつきたくなる程に嬉しかった。




 ユーリ先輩が庶民病院に来てくれなかったらどうなっていたか……


 ゴードン医師はあの頃よりも2年若いけど、やっぱり若い時からろくでもない医師だわ。



 そんな事を考えながら治療をしていると……


「 遅くなりました! 」

 ロビンだ。


「 遅い! 」

「 えっ!? リティエラ先生!? ここで何を? 」

「 患者を診ているのよ! 貴方も早く白衣を着なさい! 」


 ロビンはユーリと一緒にローランド国に留学した若い医師だった。

 何度かローランド国から来た医師との会議にも出席していた事もあり、レティとも懇意にしていたのであった。



 今日は非番で遠くに行っていたらしい。

 皇都で火事だと聞いて駆け付けて来たらしいが。


 それにしても、ロビンはユーリと同じ年齢なのだが……

 殺気立っているレティはお構いなしだ。


 ロビンは慌てて白衣を着て患者の診察を始めた。





 ***





 全ての診療が終わり病院は静かになっていた。


 今日も……

 医師ならば応急措置が終われば病院に行くのが、本来の医師としてのやるべき事なのは分かっているが。



 ここは私が死んだ場所。

 ここに来たくは無かった。

 来るつもりも無かったのに……


 レティは……

 病棟の外れの小さな部屋が並んでいる廊下の前にフラフラと歩いて来ていた。


 1番端の隔離部屋。

 この部屋で、まだ新米医師である20歳のレティが息絶えたのである。



 1度目の人生の死よりも……

 3度目の人生の死よりも……

 苦しみ抜いて死んだ2度目の人生の最期を迎えた場所。



 他国で流行り出したと言われた流行り病は、瞬く間にシルフィード帝国にも蔓延した。


 治療に当たった医師達も次々に感染していく中で、レティも感染してしまったのだ。


 高熱に震え、吐いて吐いて吐いて……下痢をして、食べ物も受け付けなくなり、みるみるうちに痩せ細っていった。



 自分の死を悟ったレティは、薬草を飲む事を拒否した。

 薬草が足らなくなっていた事もあって。

 自分はもう駄目だから、必要な人に飲ませてあげて欲しいと。


 泣きながら……

「 医者が死んだら誰が病人を助けるのか? 」

  ………と、言ったのはユーリ先輩だ。



 今なら分かる。

 ユーリ先輩をどれだけ困らせ失望させたのかを。

 患者を助ける事を志して来た医師として、生きる事を諦めたら駄目だったのだ。



 3度目の人生が始まった時……

 その衝撃は計り知れなかった。


 何で?

 また?


 あれ程苦しみ抜いた事が嘘の様に……

 死に際に一目だけでも会いたかった皇太子殿下が、壇上で入学式の挨拶をしているのである。


 14歳の健康な身体に戻った喜び。

 直ぐに騎士クラブに入部したのも、健康な身体を固持したかったからかも知れない。



 レティは自分が死んだ部屋の前で膝を抱えて小さくうずくまっていた。

 身体の震えが止まらなかった。



「 疲れた…… 」






 カツン……カツン……

 靴音が徐々に大きくなって来たと思ったら……

 レティの側に誰かが来た。



「 レティ…… 」



 顔を上げると……


 何度死んでも……

 何度人生をやり直しても……

 愛して愛して止まない愛しい人がそこにいた。








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