水の魔力使い
「 リティエラ嬢!! 」
声のする方を見ると……
黒のローブを着たルーピンが立っていた。
息を切らしている事から、たった今ここに到着した様だ。
「 ルーピン所長…… 」
そうだ!
彼は水の魔力使い。
数々の火災を消し止めていると言う。
ルーピン所長……
これで火が消える。
レティは安堵感で泣きそうになった。
彼はレティを横目に、直ぐ様腕捲りをして燃え盛る建物の前に走り出した。
足を肩幅に広げ……
手には魔法の杖。
魔力が込められて行くのか……
黒のローブが翻ると、真っ直ぐに突き上げた魔法の杖を横に広げた。
次の瞬間。
広げた杖から水色の光とともに猛炎の建物全体に水が落とされた。
ザバーーーンーーン!!
圧倒的な水の量に一瞬にして炎は消えた。
凄い魔力だった。
周りからは拍手と凄い歓声が上がる。
カッコいい……
魔力使いの魔力を放出する姿には本当に痺れてしまう。
しかもルーピンは魔法の杖を持っている。
魔法の杖と言っても、これは魔力を込めやすいだけの物らしいが。
遠くで燃えている建物にも飛ばせる魔力。
何度もその所作を繰り返すルーピンをレティが見惚れていると……
そこに2人の黒のローブを着た魔力使いが駆け付けてきた。
シルフィード帝国の水の魔力使いは3人だ。
ここに3人の水の魔力使いが集結した事になる。
なんて心強い。
レティも、ギャラリーの皆も……
ワクワクしながら3人を見つめる。
ルーピンともう1人の魔力使いは魔力の水を放出して他の建物の火を消して行く。
しかし……
1人の魔力使いは見てるだけで何もしなかった。
魔力使いに憧れるレティはすかさず聞いた。
「 貴方は魔力を使わないのですか? 」
「 恥ずかしいのですが……私の魔力は弱くて…… 」
あんな風には水を出せないのだと恥ずかしそうに言う。
役には立たないが……
火事だと聞いて、いてもたってもいられなくて駆け付けて来たのだと。
「 役に立たないなんてとんでもないわ! 」
レティは彼を引っ張ってきて、バケツに水を入れる様にお願いした。
彼が手を翳すと魔力の水が手から出て来る。
「 これを出せる貴方達って本当に凄すぎるわ 」
感嘆するレティや手伝いの女性達に、少し頬を染めた魔力使いの出した清んだ水が、バケツに溜まっていく。
「 井戸の水は細菌が多いから……この水が治療には持ってこいなのよ! 」
怪我人の足や手を綺麗な水で洗うと皆は気持ち良さそうにしている。
どんどん水を出して貰って……
タオルを濡らし、火傷を冷やしていく。
水の魔力使いは……
火事場で役に立った事を嬉しく感じていた。
強い魔力持ちであるあの2人に比べると、自分は本当にお粗末な魔力使いだと常に感じていた。
一概に魔力使いといっても、その能力は人それぞれ。
この魔力使いは、こんなチョロチョロの魔力なので、魔道具に魔力を融合する仕事は回って来なくて、情けない思いを抱いていたのだった。
まあ、常にルーピンが虎の穴にいるのだから、お鉢が回って来ないのは仕方の無い事なのだが。
そんな風にワチャワチャしている所に、マーサがレティの医療器具を持ってやって来た。
「 有り難うマーサ! 」
医療器具を手にしたレティは、応急処置をどんどんと施していく。
皆は、こんな可憐な少女が酷い傷をいとも簡単に治療をして行く姿に驚く。
ピンセットで傷口から丁寧に石や砂利を取っていったりとする姿に。
護衛騎士達も、ずぶ濡れで逃げ遅れた人々を運んでいた。
2人位は軽く担いで来る彼らは凄い戦力だった。
炎も消え……
運ばれてくる患者もいなくなる。
重症患者は、既に何台かの荷車に乗せて庶民病院に運ばせていた。
後は病院の医師達が治療をしてくれるだろう。
「 お疲れ様でした 」
ルーピンの側まで行くと……
彼は魔力切れで立っているのもやっとの様だった。
「 ルーピン所長……大丈夫ですか? 」
「 ああ……何とか…… 」
今までも火事を消し止めて来たが……
ここまでの魔力切れは初めてだった。
強風に対抗しながら、勢いのある炎に向けて水を放つのには、何時もの倍の魔力を消費したのだった。
火が広範囲に及んでいたこともあって。
やっと終わった……
ルーピンがホッと一息ついたのも束の間。
ゴォォォ
また強風に煽られて火の手が上がった。
もうこれ以上魔力を出せば命が危ない。
しかし……
今、この炎を消さなければまた、強風に煽られて広がってしまう。
もう1人の魔力使いも魔力切れの様で座り込んでいた。
ルーピンはよろけながらレティの側にやって来た。
「 申し訳ない。リティエラ嬢……後から処罰を受けます 」
ルーピンはそう言ってレティの手を取った。
ルーピンは物心が付いた時から自分の魔力を自覚していた。
水を手から出せるのである。
まだ制御出来ない頃は、寝てるうちに布団を濡らし、オネショをしたと思われ、母親からお尻をぶたれた事も1度や2度ではない。
魔力を自覚していたので自分から虎の穴に出向き、政府から認定して貰ったのも、情報の入りやすい貴族だからなのだろう。
父親からも早く認定して貰えと急かされていた事もあって。
学園時代は静かに普通の学生生活をしていた。
同級生にはあの、クラウド・ラ・アグラスがいた。
騎士クラブに所属している様相の良い彼はとにかくモテた。
女は取っ替え引っ替えで、舞踏会や夜会、学園のクリスマスパーティーも何時も違う女を連れていた。
ルーピンにとってのクラウドは、いけ好か無い野郎でしかなかった。
ルーピンが文官養成所を修了し、職に付いた頃に先代の皇帝が崩御された。
突然の崩御は国中が混乱した。
文官だったルーピンも皇宮に缶詰め状態になった事も1度や2度ではない。
やがて混乱が落ち着いた頃……
クラウドがまだ幼い皇子の護衛になったと聞いた。
新人の騎士であるクラウドが抜てきされた事は、凄い出世だったのである。
その後は文官養成所に通い、今は殿下に側近として仕え、あんなに派手に遊んで色んな女と浮き名を流していたのに、いつの間にかちゃっかりと結婚をして清楚な奥方と2人の子供までいる。
本当に……
何から何までいけ好か無い奴。
それから……
ルーピンも若くして皇立特別総合研究所の所長に抜擢された。
皇子に魔力があると訴えていた事も関係してか、ルーピンが所長になったのも異例の早さであった。
魔力使い同士は近くに行くとお互いに存在が分かる。
特に魔力の強いルーピンは開花していなくても分かるらしい。
魔力使いの何名かは彼が発見して来たのだった。
それに伴って魔力と魔石の研究にも没頭した。
そんな頃に……
皇立特別総合研究所の事を、虎の穴だと言う女子学生に出会った。
彼女は天才だと学園のモーリス先生が言っていた。
どんな堅物な生徒かと思えば、とんでもなく綺麗な少女だった。
いくら綺麗な女性でも……
まさかこんな少女にこれ程までに惹かれるとは……
しかし……
彼女の側には皇太子殿下がいた。
彼女の事を狙っているのは一目瞭然だった。
あ~あ……俺は運が悪い。
そして……
その可憐な少女から、水の魔力使いなら街の消防団に入団して役に立つ事をしろと言われた。
目から鱗とはこの事であった。
我が国の水の魔力使いは3名。
彼等と共に消防活動に加わる事になった。
そんな忙しくしている時に殿下のドラゴン討伐のニュース。
魔力を存分に行使しての討伐だったとか。
ルーピンは思っていた。
雷の魔力使いである殿下に命を吹き込んだ彼女には……
あの力があるのではないかと。
それを試したかった。
しかし……
皇太子殿下の婚約者である彼女には到底試す事は出来ない事。
彼女に触るなと言う皇太子命令が出された事もあり。
ルーピンはレティの手を取り……
彼女の小さな掌に唇を付けた。
ブワッと凄い熱が身体に感じる。
その熱が、身体の中にある袋に入って行く様な気がした。
殿下のケースを考えても……
今、魔力を使い果たしても……死ぬ事は無いだろう。
「 有り難うリティエラ嬢 」
驚いて固まっているレティにお礼を言うと……
ルーピンはありったけの魔力を込めて水を放出した。
水色の綺麗な水が炎に被さり……
ザバーーーン………
炎は消えた。
完全に炎は消えた。
消防団や自警団の皆が確認に行き、手を振り上げた。
周りから大歓声が起き、人々が手を叩き、肩を抱き合って喜んだ。
ルーピンはガクっと膝を付き倒れた。
レティの横にいた騎士が慌ててルーピンの身体を抱き抱えた。
消え行く意識の中でルーピンは確信した。
間違いない。
彼女はヒーラーだ。
そこに……
ガラガラと車輪の音を立てながら荷車に乗った男が叫びながらやって来た。
「 お医者さま!! 病院が……病院が……鍵を閉めたまま……開けてくれません 」
「 何ですって!? 」




