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皇都炎上

 



 その日は2月の特に寒い日だった。

 風もビュービューと強く吹き、街を歩く人々は身を屈めて寒そうに歩いていた。



 レティは劇場のお姉様達の所にいた。

『パティオ』のオープン1年目にして、お姉様達が劇場で着用するドレスを仕立てて貰える様になった。


 劇場は半年単位で演目を変えている。

 その他大勢は着回しをしてる様だが、流石に主役は同じドレスと言う訳にはいかない。


 次の演目に入る時は、マネージャーと念入りにドレスの打ち合わせをするのも、物語に参加している様で楽しい仕事だった。

 今は春の演目に向かって皆で準備をしている所。

 デザイナーレディ、リティーシャとして。


 これは19歳で店を持った1度目の人生では無かった事だった。



 お姉様達との縁は、昨年の夏のまだレティの店がオープンする前の事。


 錬金術師シエルと一緒に、魔道具であるスポットライトを設置をする為に劇場を訪れた時、ライトを照らした時の映え具合を見る為に、レティが自作のドレスを着て舞台で踊った事が切っ掛けだった。


 レティが虎の穴の研究員になったからこそ始まった縁なのであった。



 劇場のお姉様達は魅了の魔術師の兄妹の詳細は知らない。

 突然消えた兄妹に……

 あの2人は旅の芸人だから、他国に旅立ったんだろうとあまり深くは考えてはいなかった。


 今まででも……

 旅芸人は突然に姿を眩ます事は多々あったからで。

 まあ、どれもが劇場のお金を盗んだとか、楽屋の物を持ち逃げしたりした事が原因なのだが。


「 きっと……あの美しい声で何処かで歌っているんだよ 」

「 生きてさえいれば何時かまた会えるサ 」

 お姉様達にとっては、可愛がっていたお気に入りの兄妹だったのだ。


 レティは胸がチクリと痛んだ。





 ***





 夕方に劇場を出ると……

 北の空が赤かった。

 火事だ。


「 リティエラ様! ここは危険です。早く公爵邸に帰りましょう 」

 何時もなら少し離れた位置にいる護衛騎士達がレティの側にやって来た。


 火事自体は北町の方だからこの辺りには直接の被害は無いが、テンションの高い野次馬達がうろうろしていて街は危険なのである。



 また、大きく火柱が上がった。

 強風に煽られて火の回りが早い様だ。


 平民達の町だ。

 今は丁度夕げの支度をする時間。

 平民達の暮らしは、まだ薪や蝋燭を使っての生活だから小さな火事はしょっちゅう起きていた。


 しかし……

 風の強い今回の火事は、広範囲に渡る大きな火事になるだろう。

 きっと怪我人が沢山でるに違いない。


 北町はつい最近に通ったばかり。

 あの停留場で下りたおばさんや、荷物のおじさんが住んでいる町……



 レティは……

 走って来た自警団の荷車に飛び乗った。


 ドンッ!!ガタン!

「 えっ!? 」

 高そうなドレスを着たどう見ても高貴な貴族の女性が、馬が引っ張って走る荷車に飛び乗って来たのである。


 弓騎兵のレティにとってはなんて事は無い事だが、お高くとまったお淑やかな貴族女性がやる行為ではない。


「 火事場に行くんでしょ? 私は医者よ! 乗せて行って 」

 驚いて声も出ない自警団の団員達。



「 リティエラ様ー!! 」

「 直ぐに来てねー! 」

 青ざめて追い掛けてくる騎士達に手を振りながら、レティは荷車に乗って行ってしまったのだった。


「 嘘だろ…… 」

 騎士クラブに入っているとは聞いていたが……

 騎士達はレティの身体能力の高さに驚愕した。




 ***




 燃えていた。

 赤々と立ち上がる炎。


 燃えているのは市場だった。

 現場は、悲鳴が上がり逃げ惑う人々でごった返していた。


 赤く炎が立ち上がり、辺りに漂う異臭。


 レティはデカイ顔のリュックからマスクを取り出し、一緒に来た自警団の皆にも、タオルで鼻と口を被う様に指示をした。



「 よし! 行くぞ! 」

 気合いを入れる。


 煙りの来ない建物の陰を指差しながら……

「 怪我をしている人はここに運んで来て! 」

「 りょーかい! 」

 自警団の皆は井戸に行き、頭から水を被ってレティに向かって親指を立てた。


 猛炎の中、誰もが恐怖で逃げ惑うしかない状況で、こんな小さな少女が立ち向かおうとしているのだ。

 我々が怯む訳にはいかない!

 既に消火活動をしていた消防団員と新たに加わった自警団員に気合いが入った。



 レティも井戸に走りバケツに水を汲んで来たり、ドレスの裾を裂いて何枚も包帯を作り、運ばれてくるであろう怪我人に備えた。


 荷車に飛び乗る前に……

 マーサに自宅に戻り、医療器具セットと消毒薬を持って来る様に頼んだ。

 レティお手製の火傷の膏薬も。


 1人2人と、待機しているレティの元に怪我人が運び込まれてくる。

 彼等は2階から飛び下りたらしく足を怪我している様だ。



「 私もお手伝いします! 」

 1人で手当てをしているレティに、若い女性が声を掛けてきた。

 勇敢な女性はちゃんといる。


「 有り難うございます。助かります 」

 レティは骨折した人に添え木にする木を集めて来るように言う。


 そこに護衛騎士の2人が到着した。

 ハァハァと息を切らしている事から、どうやら走って来た様だ。

 スピードの出る荷車を走らせても15分は掛かる現場までを走って来るとは……

 流石に日頃から鍛えている騎士達だ。


 レティは嬉しくなったが……

 そんな事を考えてる暇はない。


「 貴方達も救助に協力して! 」

 騎士達はレティを護衛する事が使命である。

 こんな危険な場所なら尚更側を離れてはいけないのだ。

 周りは酔っ払いの野次馬などが増えて来ていたのだから。



 しかし……

「 分かりました! リティエラ様もお気を付けて下さい! 」


 騎士達は、レティを手伝っている女性に、レティに危害があれば直ぐに知らせる様にと言って……

 罰せられる事を覚悟して救助に向かった。


 大丈夫よ!

 罰を受けるなら指示した私も一緒よ!

 躊躇無く救助に向かう貴方達が誇らしいわ。



 息をしてない患者には心肺蘇生をする。

 息を吹き替えしたのを見た野次馬達から拍手が沸き上がる。


 直ぐ側に医者がいるのはなんと頼もしい事か……



「 私もお手伝いさせてください 」

 勇敢な女性は3人になった。


 どんどん運ばれてくる患者達。

 彼女達もドレスを引き裂いて、包帯代わりにした。

 レティの指示通りにテキパキと動いてくれる彼女達は頼もしかった。


 しかし……

 消防団員や自警団や住人達が火を消し止め様とバケツリレーをしているが、全然追い付かない。



 強い風に煽られて火の勢いは更に増す。

 ゴオオオ………


 早く火を消さなきゃ……

 早く早く……



 この火事は……

 北町の半分を焼き付くしたシルフィード帝国建国以来の大火災となり、死傷者行方不明者の数は数十人に及んだ。


 この時吹いていた強風に煽られた炎が、あちこちに飛び火をした事で大惨事となったのであった。

 後に皇都火災として語り続けられる事になる。



 レティの……

 3度の人生での17歳の冬に起こった火災。


 この時のレティは……

 この火災が、その大惨事になる火災である事をまだ知らなかった。





「 リティエラ嬢!?」



 声の主はルーピンだった。










 

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