ミレニアム公国と聖女伝説
どんなに気になる事があってもレティは学生だった。
逸る気持ちを押さえて、学園が終わると馬車に飛び乗り皇宮へ……
アルベルトの執務室に駆けて行った。
「 早く早く! 」
まだ制服を着ている可愛らしい婚約者に、手を引っ張られて嬉しそうに歩く皇子様。
宮殿では、そんな仲睦まじい2人の姿を程に見る事が出来た。
卒業が待ち遠しい。
誰もが、彼女の卒業と同時に2人は結婚をするのだと思い始めていたのだった。
アルベルトとレティは窓から魔石を見ていた。
そう……
虎の穴の、魔法の部屋の真ん中の台座の上に設置されてる魔石だ。
これは、アルベルトが魔力を開花させる時に使用した魔石である。
あの時は訳が分からなかったが……
今思えば不思議な魔石である。
「 まさか……ジャック・ハルビンはこれを盗んだの? 」
「 ルーピン! この魔石は動かせるのか? 」
アルベルトに呼び出されていたルーピンが、丁度魔法の部屋にやって来た。
「 えっ!? この魔石をですか? 」
鍵を開けながら魔法の部屋に皆で入る。
魔法の部屋は虎の穴の所長であるルーピンにしっかりと管理されていた。
改めて魔石を見ると……
キラキラと光を放っている。
宮殿のボイラー室で見た光の魔力使いのノエルが放った薄い透明の光では無く、キラキラと輝いた光。
アルベルトの放つ黄金の光とも違う。
「 殿下自ら動かしてみて下さい 」
「 !?……… 」
2人の側に寄ってきたルーピンがニヤニヤしている。
アルベルトが魔石を持とうとすると……
魔石は貼り付いた様にピクリとも動かない。
「 魔石は魔力が融合すると軽くなるんじゃ無いの? 」
「 そもそも、この魔石は何だ? 」
応接室に移動すると……
畳み掛ける様に質問をする2人に、ルーピンは綺麗なスタッフのお姉さんが用意したお茶を飲みながら口を開いた。
「 そうですね。この魔石の話を致しましようか 」
***
シルフィード帝国は建国300年あまりだが、王国時代を含むと500年になる。
現皇帝のロナウド・フォン・ラ・シルフィードは15代皇帝だが、王国時代から数えると第31代目の君主で、アルベルトは32代目の君主となる。
北にあるミレニアム公国もかつては王国であった。
魔石が採れる事で、当時はシルフィード王国よりも国力は上。
しかし……
北の寒い地域の国である事から、魔石は採れても農作物はあまり育たなくて、国民は常にギリギリの生活を強いられていた。
魔石ではお腹が膨れなかった。
まだ他国との貿易などは盛んでは無く、自力で国を治めなければならない時代だったから、豊かな国になる為には豊かな国を自分の物にするしか無かった時代。
それでも国民は穏やかに暮らしていた。
しかし……
ミレニアム王国に聖女が誕生した。
聖女とは……
浄化する能力を持った魔力使いの事である。
聖女は100年に1度現れるかどうかの貴重な存在だった。
王女の聖女の魔力が露になったのは1年前。
聖女も他の魔力使いと同じで、何時誰がその魔力が宿るのかは分からないものであった。
ただ……
聖女はミレニアム王国の女性にだけしかその能力が宿らないと言う特別なものがあった。
ここだけでしか採れない魔石と、何らかの関係があるのかも知れない。
それは突然だった。
隣国タシアン王国が聖女と魔石を求めて、ミレニアム王国に侵攻したのだ。
ミレニアム王国も防戦をした激しい戦いだったが……
タシアン王は、宮殿に追い詰めたミレニアム国王と王妃と王太子の首をはね、王城を焼き払った。
しかし……
城には魔石と王女の姿は無かった。
タシアン王が欲しかったのは聖女と魔石。
その魔石とは……
ミレニアム王国にだけある聖なる光を放つ大きな魔石である。
国王と王妃はいち早く聖女である王女を逃がしていた。
今生の別れの言葉と共に……
「 山脈を越えてシルフィード王に助けを求めるのです 」
「 お父様、お母様……お兄様……持ちこたえて下さい。必ずやシルフィードまで辿り着いてみせます」
王女達が逃げた道は……
険しいエルベリア山脈越えのルートだった。
僅か数名の騎士と侍女達を連れて険しい山の道を、放たれた追っ手から隠れながら逃げた。
この山脈にも魔獣がいたが、流石に聖女なので彼女は浄化しながら先へ進んだ。
ただ……
それは追っ手が早く追い付く事にも繋がっていた。
途中……
王城が炎に包まれるのを見た。
城が燃やされる時は主がいなくなった証。
「 お父様……お母様……お兄様…… 」
絶望と悲しみを胸に、王女は聖なる魔石を胸に抱いてただひたすらに走り……山を越えた。
シルフィード帝国の国境付近でシルフィード兵士に身柄を保護され、シルフィード王の元へ連れて行かれた。
その時……
一緒に逃げた騎士や侍女達はいなかった。
騎士達は追っ手と戦い、侍女は囮りになって王女を逃がしたのである。
たった独りでボロボロになりながらも逃げて来た王女がそこにいた。
「 この魔石と引き換えに、我が民を助けて下さい 」
王女が差し出したのは誰もが欲する聖なる魔石だった。
世界に1つしかない聖なる魔石。
聖なる光を放ってキラキラと輝いている。
「 この魔石は魔力使いを開花させる魔石です 」
魔力使い同士はお互いの魔力を感じる事が出来る。
しかし……
いくら魔力を感じる事が出来ても、開花するのは人それぞれであり、この魔石はまだ魔力に目覚めていない魔力使いの魔力を開花させる事が出来ると言う代物であった。
魔力使いは国の宝。
錬金術師もいなくて魔道具の無かった当時は、魔力使いは最大の戦力として利用されていた。
魔力の宿った人間を開花させて、1人でも多く戦いに参加させる事が国の勝利に繋がっていたのである。
王女の願いを受けて、シルフィード王はミレニアム王国に滞在する王太子率いるタシアン軍に宣戦布告をした。
「 タシアン王のミレニアム王国への不意打ちの侵攻は到底見過ごす事は出来ない! 我が国の兵力を掛けてミレニアム王国を取り戻す! 」
この戦いが……
この時のシルフィード王の初陣。
この戦いを皮切りに、シルフィード王国が帝国になるまで、何代にも渡る戦乱の世になっていくのであった。
赤の軍旗のドゥルグ軍を先頭に、緑と軍旗のディオール軍、紫の軍旗のウォリウォール軍が続き、見事な策略で敵を撃破し、敵陣まで侵攻していく様は圧巻だった。
初陣にも関わらず、国王直々に戦いに出るシルフィード軍は強かった。
ミレニアム王国からタシアン軍を追い出し、シルフィード王は見事ミレニアムの地を取り戻す事に成功した。
命辛々逃げていくタシアン王国の王太子が哀れだった。
王太子の首も取れたのだが……
一般国民が犠牲となる事になる隣国であるタシアン王国との戦争は避けたかった事もあり、王太子を逃がしたのだが……
そこにあったのはミレニアム王も王太子もいない焼け落ちた王城。
シルフィード王は、王家と繋がりのある公爵家を国王にする事を示唆したが……
その公爵は国王になる事を拒み、シルフィード王国の属国になる事を望んだ。
王女もまた、ある事情で母国に帰る事はしなかった。
ミレニアム王国はミレニアム公国となった。
シルフィード王国に守って貰う為に。
魔石が採れる事から、今までの度重なる侵攻により国民は疲れ果てていた。
そして……
シルフィード王国の属国になれば、豊かな農作物を国民に与えられて飢えから解放されるのである。
大公は魔石と引き換えに、農作物の輸入を希望した。
こうして……
シルフィード帝国とミレニアム公国の関係は今でも続いている。
これは……
帝国民であれば誰もが知る帝国史の1つである。
この時、王女が持ち込んだ魔石。
これは虎の穴の魔法の部屋にある魔石であった。
世界に1つだけしか無い聖なる光を放つ魔石。
魔力使いを開花させる事の出来る魔石。
この魔石があっても、シルフィード帝国の魔力使いは12名しか発見されていないのである。
いかに魔力使いが貴重な存在なのかが分かる事だ。
この時の王女の、命を掛けた山脈越えは聖女伝説として書籍化されている。
勿論レティも小さい頃に読んだ事がある。
国民を守る為に聖女である王女がシルフィードに辿り着くまでの物話だ。
「 その聖女様はそれからどうなったの? 」
「 それは…… 」
レティの質問に皆が口ごもる。
「 また、後の皇族史でお話します 」
ルーピンは、レティのお妃教育を指導しているトラスを応接室に呼んで来ていた。
詳しい帝国史は彼がした方が正確だと考えて。
ルーピンによると……
この聖なる魔石には特別な処置がなされているのか、この台座からは動かせないんだとか。
シルフィード王国に魔力使いが増え、国力が上がったのは事実。
世界中がシルフィード王国の聖なる魔石を狙って、その後の戦乱の世に突入していったのは過言ではない。
そして……
戦争の無くなった今でも、この聖なる魔石が狙われている事には変わりはなかった。
父である皇帝の命によって、アルベルト皇子が雷の魔力使いだと公言して、戦争の抑止力として世界にその存在を知らしめたのは最近の事。
***
「 じゃあ、やっぱりジャック・ハルビンがなんらかの方法で、聖なる魔石を盗んだのかしら? 」
「 可能性は大だな。どうやって盗んだのかは分からないが…… 」
あの胡散臭いジャック・ハルビンならやりそうだと。
しかし……
未来の事だから捕まえて問いただす事も出来ない事が難点だ。
「 ジャック・ハルビンには監視を付けるよ 」
「 監視? 」
「 ああ…… 」
レティは知らないが……
いや、薄々は感じていたが……
アルベルトには影がいる。
学園時代に裏で活躍していた影である。
知らない間に生徒会の雑用が片付いているのだから気付かない訳がない。
ラウル達は気にも止めなかったが……
「 もしかしたら影ね? 」
「 それは内緒 」
アルベルトがフフンと悪い顔をする。
「 君にも監視を付けようか? 」
「 嫌だ! 護衛騎士でさえ煩わしいのに…… 」
監視なんてとんでもない!
……とレティはプンスカ怒ってスタスタと歩いて行った。
アルベルトが笑いながら……
「 レティ、お茶しよう! 美味しそうなお土産があるんだ 」
「 美味しそうなお土産!? 」
丁度お腹が空いていたレティが立ち止まり、最大の笑顔で振り返った。
可愛い……
食いしん坊のレティの機嫌を取るには食べ物で釣るのが一番。
「 父上と母上が視察に行った時に買って来たんだよ 」
「 食べる!」
「 じゃあ、皇太子宮のサロンに行こう。おいで 」
アルベルトから伸ばされた手に手を繋ぐと、2人は仲良く皇太子宮に歩いて行った。
 




