猫の船の記憶
皇都の東町に港がある。
アルベルトとレティのもう1つの目的は港に行く事だった。
2人は東町に入ってからの7番目の停留所で下りた。
港には直接馬車で行けば2時間位で行けるが、乗合馬車では倍以上の時間が掛かった。
「 これはかなりの負担だ。レティ、足腰は大丈夫? 痛めてない? 」
「 うんちょっと痛いかも………でも、町を見れたし、色んな人達と触れ合う事が出来て楽しかったわ 」
風の魔力の融合した魔石が、乗合馬車に組み込まれてあるからそれ程揺れる訳では無いが……
人々が下りて座席が空いたらレティを座らせ、また混んで来たらお年寄りに席を譲る事を繰り返しながら、ようやく目的地に到着したのである。
お年寄りに席を譲らない若者をつまみ上げたりしながら。
護衛騎士達の4人も馬車から下りて屈伸運動をしたりしていた。
風が潮の香りを運んでくる。
港町はディオール領の港町と同じ様に異国情緒たっぷり。
寒さの中でも、大勢の人達が行き交い色んな言葉も飛び交っている。
屋台も建ち並び立ち上がった湯気の間から、美味しそうな匂いが漂う。
馬車から下りると直ぐに大きなレストランがあり、そこで少し遅めの昼食を取る。
遅めが幸いして店は空いていたが、アルベルトが向かったのは個室。
お忍びであろうとも皇子である事には違いない。
危険を少しでも避ける為には当然の事。
また、護衛騎士達にも昼食を食べさせなければならない上司の立場としても。
「 美味しそう~ 」
海辺の街ならではの海鮮料理。
アルベルトが注文したのは、ロブスターの丸焼きに魚介類のパスタやマリネ、白身魚のアクアパッツァなどのヨダレが出そうな位の新鮮な海の幸料理。
アルベルトがレティのロブスターを甲斐甲斐しく解体してあげている。
皇子様は食べ慣れている様だ。
「 アルはここに来たことがあるの? 」
「 何度かね 」
取り出した身をレティのお皿に乗せて上げると、レティは目を輝かせてフォークとナイフで切り分けて、一口口に入れた。
「 美味しい? 」
「 美味しいわ……本当に美味しい 」
目をキラキラとさせ、手を頬に当てながら嬉しそうにモグモグと味わって食べているレティが可愛らしい。
そんな婚約者の顔を嬉しそうに見ている皇子様は何処までも幸せそうだ。
横の席では騎士達もロブスターにかぶり付いていた。
アルベルトが「 お前達も食べなさい 」と、言ってくれたので。
騎士のお給料では到底食べる事の出来ない料理をご馳走になった彼等らはラッキーだ。
今日、護衛に付けた事を神に感謝した。
同僚達にどれだけ羨ましがられるか……
彼等は遠慮なくたらふく食べた。
レティもたらふく食べた。
美味しい美味しいと言いながら。
時たまレティと騎士達は、顔を見合せ親指を立てて喜びを分かち合っている。
何時も護衛をしている事もあり、レティと護衛騎士達はかなりの仲良し。
レティが騎士達と異常に仲が良いのも、ループの話を聞かされた後では納得の出来る事であった。
護衛騎士は皇宮騎士団第2部隊がその任務に当たる。
アルベルトの護衛を主としている部隊で、学園時代や留学時代の護衛も務めたのも第2部隊。
彼等は24時間体制でアルベルトを守る部隊である。
グレイ達の第1部隊は、危険を恐れず敵に向かって打って出る特攻部隊だが、第2部隊は身体を張って敵の攻撃からアルベルトを守る護衛部隊だと言えよう。
余談だが……
第2部隊はアルベルトの外出先の、民衆を整理すると言う任務がある為に、第1部隊よりは所属人数が圧倒的に多いのである。
腹ごしらえが出来たらいよいよ目的の場所へ。
1度目の人生で、レティは海に突き落とされて絶命した。
その時の船のマークが猫だった事を、先日の旅の時に思い出していた。
レティの1度目の人生の記憶はもうかなり薄い。
2度目の人生も、3度目の人生も、過去(未来)には振り返らずに新たな人生を生きて来た。
まだ、このループが受け入れられずに自分の過去(未来)に蓋をして恐怖や複雑な思いを避けて来たのは仕方の無い事。
終わりの無いループに……
3度の人生で死んでしまった出来事と、立ち向かおうと決めたのが4度目の人生の今なのである。
3度目の正直論が成り立たなかった事もあって。
船には国旗と所有者のマークを必ずや船旗に掲げなければならない海のルールがある。
入港してくる船が何処の国の船で、所有者が誰かが分かる様にと。
1度目の人生で、レティが死ぬ事になった運命の船。
その船に乗り込んだレティが、船に猫マークって珍しいと思った事が記憶に残っていたらしい。
しかし……
レティが乗った船は……
今から3年後の船である。
この時に、猫のマークを付けていると言う確証は無かったが……
船を所有するには国に届ける事が義務付けられているので、皇宮の管理室にある書類を調べれば直ぐに所有者が判明した。
猫の船の所有者はガスター・ストロング。
平民である。
平民である彼が船を持っている事はかなりの財力があると言う事になる。
今回は約半年振りの帰船であった。
船は今朝港に到着した事もあり、船の荷物は全て下ろされた様だ。
今は船の点検をしてる所である。
船を見上げれば……
ロイヤルブルーの帝国旗と猫の姿の旗。
間違いない。
この猫マークだ。
「 アル? 甲板に乗れないかな? 」
「 乗っても……大丈夫なの? 」
「 うん 」
この船はレティが死んだ船。
自分が死んだ場所に行こうとしているレティに、アルベルトは心が震えた。
船の荷物は既に下ろした後なので、乗組員達は船を下りて、久し振りに家族の元へ帰宅しているらしく人影も疎らだ。
交渉したら甲板だけなら乗っても良いと言う了解を得た。
アルベルトに手を引かれ、タラップを上ると……
あの日。
レティは逃げる様に公爵邸を後にした。
トランク1つを持って。
「 お父様、お母様、落ち着いたらお手紙を書きますわ 」
「 レティ……女の子1人で外国に行くなんて……それに貴女は共通語を話せないのにどうやって暮らすの? 」
「 大丈夫ですわ。何とかなるでしょう 」
「 そんな… 」
「 着いたらここを訪ねなさい 」
父親から、ローランド国にいる知り合いの住所と名前を書いたメモ書きを渡された。
言い出したら絶対に言うことを聞かない娘であった。
レティは学園を卒業すると程なくして自分の店を持った。
19歳の時にレディ、リティーシャの名を元に、『パティオ』店をオープンさせたのである。
公爵令嬢と言う身分は世間に隠して。
学園時代にあらゆるお洒落を研究し付くし、お洒落番長になっていたレティ。
皇宮主宰の舞踏会には、皇太子と王女の婚約と共に行かなくなったが、その代わりに貴族達が主宰する夜会にはリサーチの為に程に顔を出していた。
19歳のレティには婚姻の申し込みが殺到していたが、本人は店を大きくする事にだけしか興味は無かった。
店は順調に大きくなり、レディ、リティーシャの名はモード界では有名になった。
レティが20歳になった頃……
イニエスタ王国から王女のウェディングドレスの注文がレディ、リティーシャの店に入った。
皇太子と婚約してから実に2年になろうとしていた。
まだ結婚式の日は明らかになってはいなかったが……
入学式の時に一目惚れをして以来、皇太子が婚約しても尚、まだ淡い恋心があったレティにはそれを引き受ける事は無理だった。
王女のウェディングドレスの注文を受ければ、一気に世界にも注目される美味しい話ではあったが、了承すれば何度も何度も王女と打ち合わせをする為に会わなければならないのである。
自分の好きな男と結婚する女のウェディングドレスを作るなんて……
しかし、王家からの依頼を断るにはそれ相応の理由がいる。
その理由の為にレティはシルフィード帝国を出る決心をしたのである。
「 他国にお店を出す為に、今から勉強にローランド国に行きますのでお引き受け出来かねます 」
そう告げて船に飛び乗ったのである。
船の部屋にトランクを置きに行き、甲板に出てきた時にジャック・ハルビンに何かの包みを渡された。
彼は何かを叫んでいた。
「 !? 何? 何を言ってるのか分からないわ!」
「 *#※*×*×#*※」
すると何処から来たのか、見るからに胡散臭い男達が2人に向かって走ってきた。
訳が分からないが……
追い掛けて来るから逃げた。
船尾に駆けていき、手摺に追い詰められる。
しかし……
運悪くそこにはある筈の手摺が壊れていて、人が1人通れる様な隙間があった。
ジャック・ハルビンから渡された包みを奪おうとする男と揉み合いになり、その包みは……レティの手から離れて海に落ちた。
今から思えば……
さっさと渡せば良かった事なのだが。
その瞬間に男が包みを取ろうとして手を伸ばした時に、レティを突き飛ばした。
レティは海に投げ出された。
落ちる瞬間に、タラップを駆け上がる皇太子殿下が目に入る。
ザバーーン……
息が出来ない。
苦しくて苦しくて……
最後に見たのが殿下の顔なら……
もう思い残す事は無い……
意識が遠くなった時。
私は……
入学式の日にいた。
殿下の演説を見つめている私の中にいたのだ。
「 レティ…… 」
アルベルトは……
手摺の前で手を握りしめて佇んでいる小さなレティに、後ろから腰に手を回して抱き締めた。
レティはここで突き落とされたのか……
ザバーーンザバーーンと船体に当たる波の音を聞いていると、胸が苦しくなり泣きそうになった。
レティを少しでも苦しみから救ってあげたくて、彼女をぎゅっと抱き締める。
あの瞬間……
自分がここにいたのに、助けてあげなかった贖罪も込めて……
「 ………… 」
沈黙の時間だけが波の音と共に静かに流れていく。
「 ジャック・ハルビンから渡されたあの包みの中身…… 」
「 …………? 」
「 魔石……じゃないかな? 」
レティは海を見つめながら……
うわ言の様に呟いた。




